「自家発電楽俊:アナザーサイド」
  作者89さん

「・・・楽しみにしてるよ」
くすくすと言う笑い声と一緒に銀の粒を小鳥に含ませる。
青い羽を数度撫でてやり、窓辺から雲海へと放つ。
空の青に小鳥が溶け込むまで見送り、陽子は軽く背伸びをした。
「よし、私も出かけるか・・・班渠」
卓の上に広げられている書面や筆を脇にまとめ、自分以外誰もいない部屋に声をかける。
(ここに)
姿をあらわさず気配だけを漂わせる。
「これから雁行く。連れてって欲しい」
陽子は部屋の隅の物入れから平民の男が着る着物を取り出す。
(いまから・・・ですか)
「そう、いまから」
着ている官服を脱ぎ捨て、粗末な着物に袖を通す。
(台輔はなんと・・・)
「ないしょ」
けろりと言い放ち、陽子はてきぱきと身支度を済ますと、水禺刀を卓からつかみあげ背中に結びつける。


「大丈夫、なにかあればすぐ戻ってくるから。手紙も置いていくし」
(・・・御意)
気配がかすかにため息をついた。

誰にも見つからぬように金波宮を抜け出し、久しぶりに爽快感を味わって陽子は軽く伸びをした。
「これが知れたら台輔がどんなにお怒りになるか・・・」
「知らない。第一、景麒が悪いんだ。最近、朝議が終わったかと思えばろくに人の顔も見ないですぐ自室に戻るし、呼んだって来ないし」
「・・・台輔にも事情がおありなのですから・・・」
「それならそれで私にはっきり言えばいいじゃないか。具合が悪いなら悪いで言ってくれればこちらも無理はさせないようにするし。それとも私にいえないようなことなのか?」
(それは・・・)
よもや発情期だなどとこの歳若い女王に言えるわけもないし、麒麟が王に告げていないことを使令の自分が耳に入れていいものでもない。
「それに、桓たいもおかしいんだよ。最近仕合ってくれないし、顔見ても逃げるようにどこかに行ってしまうし」
(それはそうでしょうとも)
桓たいとて半獣である。
いくら理性で押さえつけたところで獣の性は押さえきれるはずもない。
どうせこの無邪気で無頓着な王は、気付くこともなく無防備に近寄っているのだろう。
景麒と桓たいにとっては、この上なく残酷な状態である。
(予王みたいになられても困るが、もう少しなんとか・・・)
班渠は口の中で言葉を噛み潰し、話題を変えようとした。
「ところで、突然に雁国に行くと言われましたが、延王にはどのようなご用事で?」
「いや、行くのは玄英宮じゃなくて、楽俊のいる大学だ」

会うのはひさしぶりだと楽しげに語る陽子に、班渠は忠告しようとして思い直した。
どうせ、あのネズミの半獣なら襲うほどの度胸もないし、襲ったところでたいしたことにはなるまい、と。
いざとなったら自分が飛び込んでいけばよいことだし、少々痛い目にあったほう無知で周りを苦しめている王にとってはよい薬になるのでは・・・。
班渠は心の中でにやりと笑うと、一路雁国へと急ぐのであった。

人気のない大学の屋根の上に音もなく降り立つと、陽子は慣れた足取りで楽俊の部屋の窓へと歩み寄る。
すぐ声をかけようとして思いとどまる。
見慣れぬ人型でいる楽俊が新鮮で、一心に本を読んでいる後姿がたくましくて、意味もなく心臓が高鳴るのを感じた。
そう言えば、蓬莱では男の人をじっと見ることはなかったな、と、ぼんやりと思う。
両親からは男女間のことを話すのははしたない事だと教えられていたし、男性を見つめるなどはとんでもない話だった。
こちらにきてからは色々な事がありすぎて、男に囲まれた生活をしていても「男性」としては誰かを見つめたことはなかった。
(ああ、男の人なんだな・・・)
そよそよと流れる風に時も忘れて、自分より広い肩幅を眺めていた。
ふと、視野を青いものがよぎった。
自分が放った青鳥が、やっと到着したのだ。
青い小鳥は部屋の中で2、3度旋回すると部屋の主の机に降り立った。
楽俊が銀の粒を含ませるのが見て取れる。
どんな顔をして自分の手紙を聞いているのか気になって、少しだけ窓から顔を出して覗き込む。
楽俊は目を閉じて聞いているようで、こちらに気付く様子もない。
しばらくすると、なにやら楽俊がもぞもぞと身じろぎをはじめた。

不審に思ってみていた陽子だが、しばらくしてやっと級友たちが教室の隅で人目もはばからず話していた男性の行動のひとつに思い当たった。
次第に動きに激しさを増してくるのを見て、陽子はそっと窓辺から離れた。
陽子は人差し指を口に当て、真っ赤な顔をして班渠にまたがった。
「え・・・と・・・やはり雁に来たんだから延王に一言ご挨拶しておいたほうがいいと思うんだ・・・」
消え入るような声でそうつぶやくのが精一杯のようだ。
御意、と班渠は音も立てずに中に舞う。
(このくらいで赤面するようじゃ先が思いやられる・・・)
台輔の女王への思慕を知っているが、欲望を押し込めて黙ってしまう台輔に、相手がこの調子の女王ではその思いが遂げられるのはずいぶん先になることだろう。
思いを告げるだけでその永劫の時が費やされてしまうのではないかと危惧するのは自分だけではあるまい。
台輔もいっそのこと発情期の勢いで押し倒してしまえばいいのに。
そんな物騒なことを考えながら、班渠は玄英宮に向けて虚空を駆けるのであった。

(終)


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