漣麟×漣王
作者183さん
慶国の首都、尭天。
そこに聳える凌雲山の上、雲海に浮かんだ王城では、ひとつの出来事が結末に向かおうとしていた。
泰麒帰還。
金波宮に収容された黒麒の無事な姿を見届けた廉麟は、切れ目のない緊張から急に解放されて、自分が喩えようのないほどに疲労を溜めていることに初めて気がついた。
蓬莱との隧道を作る呉剛環蛇の出番がなくなった今、もうここでの役目は終わった。
金波宮ではとても良くして下さるけれど、自分の場所ではない。
しかも今回協力しあった他の麒麟たちがそれぞれの主と共にいるのに、廉麟は一人だった。
廉王が同行できなかったのは、国の事情だから仕方のないことだとは解っているけれど、こんなに長く主(あるじ)から離れていたことはなかった。
あの方のことだから、私がいない間にご自分の房室に農具を持ち込んで手入れをしているに違いない、爪の泥を落とさずにご飯を召し上がっていたりしたら・・・。
一旦考えがそちらに向かうともう矢も盾も堪らず、廉麟は泰麒の意識が戻るのを待たずに帰国することを決めた。
慶と漣との間は旅程十日余り。
転変して気脈に乗ればすぐだからと言う廉麟に、景王と景麒は敢えて騎獣の旅を勧めた。
傍目からは一人旅も危うく思えるほどに廉麟は疲れ果てて見え、随従をつけることも無理矢理承知させたのだった。
陸路で才の港町まで移動したのちに、船に乗り、一昼夜をかけて海を渡る。
そして、あと一日で首都・重嶺に着くというところまで来た最後の舎館。既に主の王気が感じ取れそうな気さえするその町まで来て、廉麟はもう我慢ができなかった。
慶からはるばる付き添ってくれた随従に非礼を詫びると、あとから城に来てくれと言い残し、転変して一気に重嶺山へと戻ったのだった。
雨潦宮(うろうきゅう)・北宮の園林(ていえん)。
月が明々と照らすそこには誰もいない。
当然だ。もともとが使われていない後宮の園林を主(あるじ)が畑にしてしまった場所だった。それでなくともこんな真夜中に人がいるはずはない。
雌黄の毛並みの神獣は、胸一杯にかぐわしい空気を吸い込む。
禁門を通ることなく、直接に戻ってきたのがこの場所。
主の「仕事」のお陰で、この北宮の園林は、国中のどこよりも香りかぐわしく手入れの行き届いた果樹の類が育っている。
菜園の整った畝には、収穫期を迎えた野菜が実を太らせている。
幾何学模様に仕切られた池の静かな水面は月光を捕らえて白く光り、池の端(はた)にある四阿の影がくっきりと映っている。
帰ってきた。我が家に・・・。ここは廉麟にとって、城内のどこよりも大好きな懐かしい場所だ。
何か変わっているだろうか、何も変わっていないだろうか。
園内を逍遙し、馴染みの木々や草花に帰館の挨拶をしてまわる。廉麟を優しく包み込んでくれるこの空気。
その安心感と共に、泰麒の帰るに帰れなかったこの数年を思い、戴国の現状を思うと胸が痛む。首尾良く戻れたとしても、彼の主を見つけ出すことができるのだろうか。
主と一緒にいられない麒麟は不幸だ。漣に来てくれたときは、あんなに小さくて、あんなに幸せそうだったのに。
物思いに深く沈んでいて、気配に気づかなかった。
「廉麟?」
そう呼ぶ声にはっとして、声の方を見る。
そこにいたのは漣国国主・鴨世卓(おうせいたく)。
「主上…」
こんな時間なのに・・・。
鼓動がひとつ飛んだ。今夜顔を見ることができるとは思ってもいなかった人。
会いたかった。会いたかった。こんなに長いこと離れていたのは初めてだもの。
こんな時間では誰に会うこともあるまいと、いつまでも獣型を解かなかった自分を悔いた。
このままでは主の手をとることもできない。
しかし漣の国主は顔を満面にほころばせて自国の麒麟のそばに近づいた。
「早かったね。明日の帰国だと思っていた」
「その予定でしたけれど、あと一日の距離まで来たら、里心がついてしまいました」
久しぶりのせいだろうか、少しどぎまぎしてしまう。
「うん、そうか。俺もね、今夜はなんだか気になって、目が冴えて眠れなかったんだ」
言いながら廉麟を四阿に誘(いざな)う。
「疲れたでしょう」
そういうと、麒麟の姿に頓着せず、いつも池の端に置いてある手桶に水を汲み、廉麟の足を流してくれた。
こんな時間にこんな場所で麒麟相手という状況なのに、普段通りの様子で世話を焼いてくれる主がどこか微笑ましい。
世卓は相手が誰であろうと、その見かけや地位が理由では態度を変えることなどしない男だ。今も家畜の世話をするのと同じ要領で背中にも水をかけて、手際よく旅の埃を流してくれる。
無論、家畜扱いされているということではなく、今の廉麟にはこうするのが快いだろうという単純な理由だった。
そして、それはただただ気持ちが良い。廉麟はうっとりとたたずみ、世卓の力強い大きな手が優しく世話をしてくれるのに任せた。
「お役目はうまくいったんだね」
話しかけながらも、世卓は手を止めずに世話を続ける。
「ええ。みんなで力を合わせて、蓬莱から泰麒をお連れすることができました」
腰から尻に向かって大きな刷子で擦り、園林の中でついた葉や草の種を落とす。首から背中にかけてなんども手巾でこすってくれる。
「うん、そのことは景王が青鳥で知らせてくれたよ」
長い鬣を梳ってもつれを解く。
「景王…が?」
疲れた身体に主の手の感触が気持ち良くてぼんやりとしてくる。
「だから廉麟からは、そうなるまでの話を聞かせてもらいたいな
随分長いあいだ話をしていないし」
背中から腰をぬぐい終わり、尻尾の毛を梳いてくれる。
「本当に長いこと留守にしてしまって」
半ば上の空で返答をする。
考えていたのは、こんな風に主(あるじ)の手に触れられたかったのだということ。主の体温をこんなにはっきりと感じるほどのそばに戻りたかった。こんな風に自分の身体を・・・。
(主上……、主上………)
燐光が集まり、麒麟の姿がぼんやりと滲んだと思う間もなく、廉麟は人型になっていた。
驚いている主の首に腕を投げかけしがみつく。
こんな風に主に触れたかった。
・・・世卓の手から、手巾が落ちた。
廉麟が主に抱きついて、さらさらとした髪をその頬にこすりつけていると、直立のまま硬直していた世卓の緊張が少しずつ解けてきた。
大きな掌が廉麟の裸の背中を遠慮がちに抱き締める。
月光がくっきりとした影を落とす中で、二人静かに寄り添っていた。
初秋の夜の豊かな静けさと爽やかな空気が包み込んでくる。
ただ抱き合っている、そのことがこんなに心地よい。
なんの他意もなく、廉麟はつま先立って口づけを求めた。もっともっと主に触れてみたい。
世卓が口づけを返す。そっと唇をふれるだけの、挨拶のような口づけを。
主の皮膚の硬い、胼胝(たこ)のできた掌が腰を撫でるのを感じて、廉麟はぴたりと身体を押しつけ、さらなる口づけをねだった。
返してくる唇の熱さに身体の芯が火照る。
主上、もっと・・・。
合わせた身体に当たるものがある。
なにか持っておいでですか、袴の中に? 固くて熱くて・・・、何なのだろうーーー。
それが気になって無心に腰を押しつけた。
不意に世卓が身体を離した。これ以上近寄らないように、廉麟の肩を押さえて腕を一杯に伸ばしている。
突然の拒否にうろたえる廉麟に向かって、いや自分自身に向けて、世卓は言い聞かせるように言った。
「ごめんなさい、台輔。
俺はこの国の王で、廉麟は宰輔なんだ。
国の大事なお役目を担う俺たちが、ここでこんなことをしていちゃいけない」
呆然とした廉麟が動く気配を見せないのを確かめて手を離すと、世卓は自分の衫を脱ぎ、廉麟の剥き出しの身体にかけてやる。
「おやすみ、台輔。
大変なお役目で疲れたでしょう。
明日は丸一日ゆっくり休むといい」
堅苦しくそう言い残すと、振り返ろうともせずに立ち去った。
廉麟はその場から一歩も動けなかった。
「何がーー」
起きたの?
何がいけなかったのだろう。
いいえ、いけないことをしてしまった。
ようやく逢えた嬉しさに、己の分を超えた浅ましい真似をして、主を困らせてしまった。
あんなに会いたかったのに、そばにいて触れて欲しかったのに。
ーーー一度は触れて下さったのにーーー。
四阿の椅子にぺたりと座り込んだ。
項垂れた顔を長い髪が隠す。
肩が震えるのが判った。
微かな嗚咽が漏れた。
小半刻ほどが過ぎた。
ここで泣いていても仕方がない、自分の房室へ戻らねばと気持ちを奮い立たせ、世卓の匂いの染みついた衫を抱きしめ、全裸のままでとぼとぼと歩く。
転変する気力はなかった。どうせ誰に見られることもあるまい。
今夜の帰館は予定外のものだったから迎えの下官が待っているはずはないし、女怪も使令達もなんの警告も発しなかった。
園林のある北宮から自室のある仁重殿に向かう小道に入ろうとしたところで、廉麟はいきなり裸の腕に抱き上げられた。
声をあげようとして、でもすぐにその気配を見分ける。
この世界で何よりも大切な、誰よりもそばにいたい人の・・・王気!
「主上 !?」
戸惑って呼ぶと、「しっ」と優しくたしなめられた。
どこへ、と問うまでもない。世卓は廉麟を軽々と抱え上げたまま、木々の間を抜けて王の私室のある正寝へ真っ直ぐに向かっている。
「考えたんだ」
難しい顔で前を向いたままで話し出す。
「俺は王様だし、廉麟は麒麟だ。
それにこだわりすぎて、廉麟が女だっていうことを考えないようにしていた俺が馬鹿だったんだ」
言われていることの意味が読みとれない。
「なのに、さっき俺はーー。
いや、それで、あのーーー廉麟がああして誰かを求めることがあるんだと思った後で考えたんだ。俺は、本当はどうしたいのか」
廉麟の身体を揺すり上げて抱き直す。
「廉麟に男を求める気持ちがあるのなら、その相手が俺以外の誰かだなんて、我慢がならない」
「主上?」
世卓の腕に力が籠もる。
「廉麟、さっきはごめん。二人であの続きをしたいんだけど、構わない?」
立ち止まって、初めて廉麟の方に顔を向けた。
廉麟を見ているのは、人生の一大告白をした青年の顔。
「主上…」
ぽっと頬を赤らめた廉麟は、白い腕を世卓の首に絡め、首筋に顔を埋める。
世卓が頬ずりをするように顔を寄せ、ためらいながら唇を探ってきた。
ほんの少し時間を止めて、お互いを求め合う。
そして廉麟は主に抱かれたまま、王の私室の扉をくぐった。
世卓の臥室は、一つだけ点けた常夜灯と大きな窓からの月光とで思いのほか明るい。
抱いていた身体をそっと牀榻へおろすと、世卓は何も言わずに身につけていたものを脱ぎ捨てた。
廉麟はただうっとりと主を見つめている。
毎日野良仕事をしているせいで、日に焼けた上半身は特に首筋と二の腕を境にくっきりと色が変わっている。膝から下も褐色に日焼けしていて、それが腰のあたりの白さと好対照をなしていた。
腕にも胴にも脚にも力仕事で鍛えられた筋肉がついていて、働き者の身体だと思う。
この人が漣の国を支えようとしてくれていて、そして廉麟を欲しいと言ってくれたのだった。
一方の世卓も廉麟を見つめていた。
何一つ覆い隠すもののない白い身体。
それがどれほどに柔らかく、その皮膚がどれほどに滑らかなのかは、すでに知っている。
長く艶やかな鬣と同色の恥毛。思いがけず豊かな乳房とその先端で誘うように色づいた可愛い果実。きゅっとしまった腰にほどよく張った尻。
そして瞬きもせずに自分を見つめている愛らしい顔。
なんてきれいなんだろう。どうしてこんなに美しいものが自分のそばにいるんだろう。
「廉麟の好きなようにしていいよ」
そう言うと衾(ふとん)をはぐって、廉麟の隣に腰かける。
廉麟はあまりのことに口がきけなかった。
蓬山育ちの麒麟として、当然性技の知識は教えられていたが、これまでは実際にそういう場面に遭遇することがなかった。
なのに今、この世で一番大切な男が、自分に身体を差し出してくれている。
そう、私はずっとこの人を捜して、求めて、ここまで来たんだ。王気を頼りに蓬山を下りたあの日から。
そう思っただけで胸がいっぱいになる。
何も言わずに牀榻から降りて、主の前に立った。
広い胸に手を這わせ、肩に掴まると世卓の膝に半ば乗り上がって、額、まぶた、鼻、と口づけを繰り返しながら、その身体を押す。
押し倒されそうになった世卓が
「牀榻の真ん中の方がいい?」
と尋ねるのにうなづいてみせ、二人して中央に移った。
床から足が離れたことで、もう後戻りすることができないような気がする。
仰臥した世卓の上に馬乗りになって、好奇心いっぱいに手で触れてゆく。
指先を思い切り敏感にして、主の身体を撫でさする。
主の顔、頬から顎へ。耳へ。首筋へ。
厚みのあるがっしりした胸板を探り、日焼けした肌よりもさらに色の濃い部分を見つけて輪郭をそっとなぞった。周辺から中心へ円を描きながら少しずつ範囲を狭めてゆき、小さな突起が立ち上がると桃色の舌でぺろぺろと舐めた。
乳首が涎にまみれ、快感を堪えていた世卓が息を一つつくのを聴いて満足そうなため息を漏らし、腹へと愛撫を移す。
快感は指先からも味わえるということを廉麟は初めて知った。
主の肉体をなぞるたびに、接点からじんわりと痺れるような感覚が駆け昇ってくる。
その感覚に酔いながらわき腹をかすめるように撫で上げ、世卓の陰毛が臍から下へ続いてゆくのに頬ずりをし、更に身体をくねらせて下へと沈んでゆく。
長い金色の鬣が腹の上に広がり、世卓がくすぐったそうな声をあげた。
廉麟が股間に辿りつき、まだ柔らかく大人しい形の器官に指を触れたのだ。
指先でつまみ上げ、ぽたんと落とす。たるんだ皮を引っぱってみる。ぶら下がっている袋を弄ぶ。
思いついた楽しみに目をきらめかせ、口に咥え、唇で絞り込んだ。
まだ小さいものを根本まで一杯に咥えこむと舌で嬲る。素直に反応してむくむくと体積を増すそれはたちまち廉麟の口腔に余る大きさになり、喉の奥を突かれた廉麟はえづきそうになる。
「してくれているところが見たい」
世卓の求めに応じて、紗幕のように覆っていた髪を背中に払い上げた。
肉色の太い茎が、形の良い唇から生えているかのようだった。
両手で大切に根本を支えると、舌先でちろちろと刺激したり、舌全体をつかってねっとりと舐め上げたりしてみる。
世卓は、廉麟のなすがままに任せていた。
愛撫を与えるたびに別の生き物のように反応するそれに、廉麟はおもちゃのようにじゃれついた。根本から先端へ、袋の裏側から太股の内側へ、夢中になって舐めしゃぶる。
そんな光景を見られていること、見せつけていることで、廉麟の昂奮は高まってゆく。股間に不思議な疼きを感じ、もっと深い繋がりを望んでいることを悟る。
「主上、もう……」
目尻をほんのりと紅潮させて世卓を見た。
世卓も限界寸前だった。
いつもは明朗快活で女をあまり感じさせない自国の麒麟の淫らなふるまい、あまりに色っぽい流し目に、すっかり呑まれていた。
「いいよ、おいで」
再び先端から口中に収めて、唾液をたっぷりとまぶしつけると、廉麟は主の上に跨る。
固く屹立した器官の先端を自分の潤んだ秘裂にあてがい、呑み込ませようとする。
「ぁくっ!」
途中で何かがひっかかった。
蓬山で女仙に教えられたことを思い出す。
初めての時はうまく入らないし、すこし痛みがあるかも知れない。慌てずにゆっくりとお馴らしなさいませ。
ーーー馴らしている余裕などなかった。早くひとつになりたくて気持ちが逸る。
体重を利用して無理に根本まで飲み込むと、それだけで体の中がぎっちりとふさがれた気がした。
少し気持ちが悪い。血の穢れに当たったときに似ている。
とてもひりひりする。この痛みを「少し」というのだろうか。
しばらくじっとしていると、気分が落ち着いてきたようだった。そして廉麟はおそるおそる腰を動かしてみた。
世卓の肩に手を置いて、尻を浮かせたり沈み込ませてみたり、倒れかけた独楽のようにゆらゆらと身体を揺すった。
重みで揺れる乳房が男の胸板でこすれ、乳首がきゅっと締まってくる。
ひりつく痛みを眉を顰めてこらえながらも、乳首を起点とする快感に甘い喘ぎが漏れる。
「廉麟?」
世卓の息が荒くなってきている。そして廉麟も主の言葉に応える余裕はなかった。
痛くないわけではないけれど、ゆっくり動けば大丈夫。
少しずつ身体がのけぞる。
起きあがるにつれて、呑み込んだものがさらに奥へと潜り込む。
入り口の傷みと、その奥で感じる不思議な感覚。
痛痒い痺れに声が出てしまう。
月の光を受けて、金の髪が微光をたたえてゆれた。
白くなだらかな輪郭を描く肩も胸も腰も輝いて見え、その姿は人知を超えた天の造形そのものだった。
世卓の手がのびて、廉麟の腰を捕まえた。
「ごめんね、廉麟」
言うが早いかどんと腰が突き上げられた。今までよりも更に深く、廉麟の中に世卓のものが突き込まれる。
「きゃんっっ !!」
「好きにしていいって言ったけど、我慢できない」
仰臥し、廉麟を乗せたままで腰を浮かせると、一番奥までそれが届く。喉元までひと思いに貫かれたような感覚。
「もっと奥まで、根本まで入りたいんだ」
強い腹筋でらくらくと上半身を起こすと、廉麟の身体がふわっと持ち上がってしまう。
世卓は些か乱暴に廉麟を捕らえた。
「れんりん……」
口の中で低くつぶやくと、廉林の顔を両手で抱え、唇を己のそれで塞ぐ。
強く吸っては放すことを繰り返す主に、廉麟が口を開いて応える。
熱い舌が進入してきた。廉麟の舌を探り出し、荒々しく吸い上げた。
たちまち重い水音がたち、二人の息遣いが激しくなる。
「廉麟、ずっと欲しかった」
主の声が欲望でざらついている。
「私も」
愚かしく互いを呼び合い、互いを求め合う。
腰を繋げたまま、世卓が激しく突き上げてくる。
痛みとも快感ともつかない鋭い感覚に廉麟がのけぞる。
紅く色づき固く勃ち上がっている先端に、手も添えずにしゃぶりついた。
生まれて初めて味わう掛け値なしの快感に背筋からそそけだった。
日に焼けた太い指が白い肉に食い込み、左右の乳首を乱暴に吸い上げる。弾力のある丸い乳房が涎にまみれててらてらと光る。
掴まるものを求めた廉麟は腕を伸ばして世卓の髪をかき乱した。結い上げた紐が解けて、長い髪が肩に落ちる。
長く形の良い脚が世卓の腰を挟み込み、乳房を与えながら白い喉を長く反らせる。
「ああっ、世卓ーー!!」
間断なく襲う快感に翻弄され、主の名を呼び捨てにしたことにも気づかなかった。
そのまま仰向けに押し倒され、世卓が改めてのしかかる。
「ごめんね、廉麟から先に求めさせて」
「そんなこと…」
再び主のものが入ってくる。
「あんっ」
強い。しかし腰を引いた勢いですぐに離れてしまう。
「王と麒麟なんだから駄目だって言い聞かせてた」
視線を絡ませたまま、慌ただしく手で位置を直す。
「廉麟が欲しいと思う気持ちをずっと抑えていたんだ」
更に奥に突き込まれる。
「離れてみてやっと判った」
飛び出しそうな勢いのそれを、廉麟の腰が追いかける。
「廉麟…」
互いに口を開き、届かない距離を舌を伸ばして繋ごうとする。
「あん、主…、世卓っ」
貪り合う舌から流れ込む唾液を飲み込んで、廉麟は喉を喘がせた。
力任せに主の身体にしがみつく。このままでは溺れてしまう。ああ、どうにかして。お願い。
世卓が廉麟の肩を牀榻に押さえこむ。
「いいね」
言うが早いか、腰を深々と突き込んだ。
廉麟の肉襞は主の動きを一つも逃すまいとみっちりと包み込み、共に押し込まれ、引き出される。
蓬山で性交の基礎は教えられていたものの、その時は、本当にそうなることがあるとは思っていなかったような気がする。
始めのうちこそ教わったことをなぞっていたが、すぐに目の前にいる相手を受け入れる事だけが大事になった。
だっていくら言葉で説明されたって判らない。今、自分の上にいるこの人のことだけが知りたい。私の身体でこの人を感じたい。
よくわからないけれど、腰の奥がじんじんしているみたい。
激しい動きに離されまいと、主の腰に脚を絡みつかせた。
腕にしがみついていないと身体が浮いてしまう。
世卓はただただ繋がった部分に集中している。
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
頭の中で言葉がぐるぐる回る。
目を閉じて打ち込まれる感覚に集中する。
全部受け入れてあげる。あなたがしたいようにして。
息を詰めた世卓の動きが急に止まったかと思うと小さく震え、やがて廉麟の上にそのまま覆い被さった。
「世卓?」
何が起きたのかよくわからない。急に重くなった男の身体を受け止め、背中に手を回す。
「廉麟、ごめんね」
耳元で囁かれた。
「? あの…」
さっきから謝ってばかりいる。
「もっと優しくしてあげたかったんだけど、俺ーー」
「せい、たく……?」
柔らかいものがつるりと身体から離れ、世卓が隣に仰向けに寝転がった。
天井に向かってぼそっと言う。
「ーー初めてだったんだ」
思いがけない告白に胸が熱くなった。
そんなこと、言われなければ気づく余裕なんてなかった。
なんて可愛くて、なんて正直で、なんておバカさんなの。もう、なんてーーー。
「あのね、私も、そうだったの」
真っ赤になって廉麟も告白する。
「え…?」
はじかれたように世卓が廉麟を見た。
互いに赤面したまま、しばし真剣な表情で見つめ合ってしまう。
やがて額をこつんと合わせると、極上の秘密を共有した子供同士のように、どちらからともなくくつくつと忍び笑いが漏れてくる。それが口を吸い合うくぐもった息づかいに変わるまでにはいくらもかからなかった。
「もっと、廉麟と、したい」
「私も、あなたとーー」
世卓が大切そうに抱きしめてくれる。
こんなに暖かくて安心できる場所がすぐそばにあったのに、何でもっと早くこうならなかったんだろう。
気持ちを込めて抱き返そうとしたが、腕に力が入らなかった。
急激に意識が遠のいてゆく。主の声が遠くてよく聞こえない。
身体が勝手に眠りの淵に引き込まれる。
そんな廉麟を優しいまなざしが見つめている。
「疲れていたんだよね、廉麟。今夜はゆっくりおやすみ」
「………」
常夜灯を消すと二人の上に夏用の薄い衾を引き上げて、世卓も安らかな眠りについた。
深く安らかな寝息が聞こえる。
薄明の中、廉麟はふと目が覚めた。
傍らを見やって、夢ではなかったと己の身体を抱きしめる。
ここはようやく戻ってきた雨潦宮の正寝で、傍らには主が裸で横たわっているのだもの。
世卓の厚みのある胸が規則正しく上下している様をうっとりと眺める。
こんなに近くで、まじまじと主を見たことはなかった。
その寝顔はなんだか少年のようにも見える。
一番会いたくてたまらなかった人。
漣国の国王にして廉麟の主。
この世で一番大切な人。
廉麟の初めての男。
「世卓さま」
胸の中から溢れる沢山の思いを、ようやくのことで廉麟はひとつの言葉にする。
「大好き」
そして、主の身体に寄り添った。
世卓が夢現なままに腕を回して抱き寄せてくれる。
「大好き」
もう一度そっとつぶやく。
主の力強い腕の中でふっくらと微笑むと目を閉じた。
麒麟が民意を具現する生き物というのなら、廉麟が紡いだ言葉もやはり民意の顕れなのだろうけれどーーー。
それはどうあれ、この夜の廉麟は、間違いなく十二国の中で一番幸せな麒麟だった。
〈 了 〉