塙王×塙麟+触手?
作者448さん
黒い水面が風にあおられて、静かに打ち寄せている。月のない夜の雲海は、底なしの沼であるかのように
深く、暗い色を宿している。その底でかつては無数の星のように光っていた町の灯火も、今となってはその数
は大きく減ってしまっている。
塙王は硝子張りの窓から黒い雲海を見つめていた。肩には色鮮やかなオウムがとまっている。
翠篁宮に設けられた王の私室、その窓も柱も王の調度品もすべて美しい細工が施され、贅を凝らしたもの
であったが、不思議と華やかさは感じられず、どことなく冷たい雰囲気を漂わせている。そして、その雰囲気
は今や宮中内全体の雰囲気となっていた。
無機質な主の横顔を見やって、塙麟は小さくため息をついた。
一声鳴き声をあげて彼女の肩のオウムと塙王の肩のそれが互いにぶつかり合い、二羽が完全な一羽となって
何処かに飛び去った。
「――塙麟」
伏し目がちに、はい、と塙麟は主の呼ぶ声に答える。
「例の小娘は始末しそこなったようであるな」
脳裏にくっきり浮かび上がる、鮮烈の赤。一見少年にも見える少女の髪の色。その娘は塙王の厭う海客であり
胎果の――景王であった。
「また使令をあれに送れ」
「主上…」
「つぎこそ奴の息の根を止めてやろうぞ」
「どうか…お止めください。主上…」
長い金色の睫毛が、白い肌に淡い影を落としている。
「天はきっと主上をお咎めになります。王殺しなど…そのような愚かな罪を犯してはならないのです。
すぐにでも御意向を改めなさって…」
「台輔」
抑揚のない低い声が塙麟を制する。
「………」
「主の命が聞けぬというのか」
「……」
麒麟がいくら主の考えに賛成できなくとも、不満が残ろうとも、主の命令は絶対的なものであった。
どんな命令でも麒麟はそれに従わなければならない。
物憂げな表情のまま塙麟が名を呼ぶと、彼女の影から別の黒い影が飛び出し、翠篁宮の窓をすり抜けていく。
――いつからこの様にお変わりになられたのだろうか。
「儂は、真に玉座に相応しい者なのであろうか」
この問いが投げかけられることが多々あった。その度に塙麟は微笑を浮かべながら答えていた。
「はい、主上。麒麟の私がお選びしたのですから、天が主上の治世を望んでおられるのです」
そうか、と弱弱しい笑みを塙麟に返す。
「――台輔、雁州国の治世は五百年を越えようとしておる。秦南国は六百年…。そして雁国の王は胎果
だそうだ。儂はやっとのことで四十年を越えたというのに…女の腹から生まれた汚らわしい胎果が………」
「主上、そのような事をおっしゃらないで下さい。この世界に十二国あろうと巧国は一つ。比べる必要
はございません……全く、ないのです」
「慶東国の女王が斃れたそうだ。在位わずか六年…巧の方がまだましということであるな。だが………」
「……?どうなさいましたか、主上」
「のう、台輔。先の景女王には確か妹がいたと思うのだが」
「ええ。舒栄といったはずです」
「……ふむ。台輔、直ちに慶に使者を遣わせよ。巧州国の塙が先の女王が妹、舒栄殿の登極にご助力申し上げ
たいと」
「……何をお考えなのですか、主上…。巧の民のためにも、愚かな真似は……」
「――台輔?どうしたのだ、台輔」
はっと我に返ると、主の足元にもぞもぞと蠢く「何か」が目に留まった。
下僕の視線の先に気づいた塙王の目が冷たく笑う。
「主上、妖の様ですが…それは――?」
「珍しいであろう?黄海の湿った洞穴にひっそりと住まい苔や虫を食らうという人畜無害の妖獣だ。強い日光
を当てれば弱り、牙も持たぬために隠れ家から出れば簡単に他の妖魔に食われる。このような姿ゆえ騎獣にさえ
もならぬ。醜く哀れな生き物よ」
ほの暗い明かりの中、「それ」は蠢きながら塙麟の前へ進み出た。
元蓬山公であった塙麟でさえ見たことのない、珍しく実に奇妙な姿をした妖だった。大きさは塙麟の膝にも
満たないが、その代わり体の何倍も長い触手がついている。それが動くたび、赤黒く、てらてらと光沢を放った。
妖獣であることは確かなのだがなぜか他のものとは違う違和感がある、と塙麟は思った。
他の妖魔や妖獣に見られるような、攻撃の意思や恐れの意思がこの妖獣には無いのだ。眠っている状態に近い
気もする。しかしそのわりには活動しているようであるし、様子も大人しい。塙王を襲う素振
りさえ見せないということは、塙王が言ったとおり無害であるのは確実だ。
奇妙な生き物だと、何の気もなしに手を伸ばした時だった。
「…――っ?!」
突然触手が塙麟の体に絡みつき、体の大きさにそぐわない力で手足を押さえ、塙麟を床に押し倒す。
押し倒されたと同時に服と服のあわせから胸元へ、ずるりと触手が進入する。
「…ああっ!」
ひやりとした感覚に、一瞬体がのけぞる。ひどくぬめりを帯びたそれが塙麟の胸に触れ、巻きついた。
同時にもう片方の触手が塙麟の口へと進入し、無意識にもがいた塙麟の白い足首を捕らえて大きく開かせる。
そのままふくらはぎから太ももへと、触手は自らの体液を塗りつけ、舐めあげた。
使令が飛び出そうとする。触手を切り裂き台輔を助けねば、と。だが、
「呪、とは便利なものであるな。全ての妖とは言わぬが、このくらいか弱いものならば短時間程は意のままに
操れる。…塙麟、そやつに危害を加えることはならぬ」
「ふぅっ……あっ…あっ」
触手が口に入ったまま、塙麟は肩を震わせながら小さく首を振った。
動きをゆるめていた触手が再び動き出す。体中を這い回り、首筋を背中を腹を舐め上げていく。
「…ふぁ、あぁっ…」
触手が口の中で動き回り、舌を追いかける。塙麟の唇の端から唾液が肌を伝って流れ落ちた。触手にはだけ
られた胸元に、その雫がこぼれる。
胸の突起を探りあてた別の触手が、強くそこにむじゃぶりついた。
「――っ!ああッ!あっ…あんっ」
「美女が乱れる様というのも、また一興であることだ」
金の髪を掻き分け、触手がうなじを舐めた。ぞくり、と肌が粟立つ。
「…はぁっ…」
――駄目…。
ここで性の悦楽に屈してしまったら。
巧の民は塙麟がこうしている間にも苦しみ、命を削っていく。
――主上…主上に諫言を…。
暴走を始めてしまった塙王。。決して王に逆らえるわけではないが、聞き入れてくれるまで、死ぬまで諌め続けるしか麒麟には道はない。
塙王がどうしてこのようになってしまったか、塙麟には解らない。移ろっていく人の心は霊獣には理解し難いことだった。
毎日こんなに傍にいたのに。
毎日同じ宮に住んでいたのに。
ずっと同じ場所を見ていられると思ったのに。
いつの間にか、違う場所を見ていた。
それが哀しい。かつての、ずっと続くと思っていたあの頃を思うと胸が苦しくなる。
「…っ…くぅぅぅっ」
太ももを嘗め回す触手が、しっとりと濡れ始めた塙麟のそこを擦りあげる。赤子の手の様な形状をした触手の先が肉芽にあたり、
何とも形容しがたい快感を覚える。
――あぁ…駄目…。駄目…なのに。
何も考えられなくなってくる。
「ひあぁっっ!」
触手がこりこりと肉芽を刺激すると、塙麟の体が弓なりに仰け反る。
触手が、まるで逃げようとする獲物を逃すまいとするように、手足により強く巻きついた。弄られ、溢れ出す塙麟の蜜が、床に敷かれた敷物を
を濡らして丸い染みをいくつも作る。
「台輔、佳氈が汚れておるぞ」
「ぁあっ…あっ…それはぁっ……ぁ…」
白々しく塙王が言い放つ。話しかける間にも、触手は容赦なく塙麟の秘所をせめた。
器用に動く触手は、塙王の眼前に大きく曝け出されている美女の秘所を何度も往復して弄び、花唇を広げ、
蜜でぬれそぼった内部を塙王に見せ付ける。
そして、ぐぷり、と秘所の赤い肉の中に触手が入り込んだ。
「あぁっ…っ!うくぅっ……」
内部に入り込んだ触手が前後に運動を始めると、他の触手が乳首を吸い上げ、胸を刺激する。
「あぁあっ…」
快楽が思考する力を侵食していく。ねっとりと粘液のついた塙麟の乳房が、突き上げられるたびに揺れる。
「…っ…あ…はぁ…ぁあんっ」
静かな部屋に淫猥な音と、女の喘ぐ声のみが響く。探るように蠢く触手が塙麟の薄紅の蕾に達し、粘液でもってなで上げた。
その感覚に、ぴくりと体が反応する。体を固くしたその一瞬に、秘所から抜けかけていた触手がさらに深く突いた。
「――ぁああああぁっっ!!!」
涙が目尻に溜まる。突かれながらも体を反転させ、伏せた状態にしつつ、塙王の方へ顔を向けた。
「うくっ……しゅっ…主上ぉぉっ…お許しを……あっ…」
足元の下僕を見やって、塙王はかるく笑った。
「まだ、許しはせぬ」
着物がはだけ、荒い息を吐きながら泣きそうな表情で許しを請う塙麟の姿は、艶めいていて劣情を誘う。
徐(おもむろ)に帯を緩め、塙麟の顔にすでに大きくなった一物を差し出してやる。
塙王の意図することに気づき、塙麟は顔前のものから目を逸らす。ほのかに顔が熱くなっていることが自分でもわかる。
伺うように視線を主の方に向けると、言わんとすることを含んだ視線が返ってきた。
主の意のままに唇を近づける塙麟だったが、触れる寸前で躊躇い、いやいやと頭(かぶり)を振る。
「主上、これは……」
「麒麟とは王に逆らえぬ獣のはずだが」
さぁ、と急かしてやると、意を決したように塙麟はそれのちょうど先端部に口付けた。半開きになった赤い唇に、塙麟の頭を
手で押さえ、塙王は一気に腰を進める。
「んんっ!!?」
口内にまんまと根元まで侵入する。塙麟の喉の粘膜に先端があたり、温かく規則正しい吐息が中のそれ
にかかった。おぼつかなげに舌を絡める塙麟の頭を固定し、前後に動かす。
「んっ…んんぅっ……」
動くたびに粘膜同士が擦れ合ってくちゅくちゅと音をたて、唾液でぬれた物が塙麟の口から出入りする。
息をつく暇すら与えてはくれない。
胸に巻きついたまま一時動きを止めていた触手が、再び胸の突起を円を描くように転がし始めた。
「んあぁ…ん…ぁあぁ…」
乳首が先程よりもずっと気持ちがいい。
――…どうして、こんなに……
もっと、と塙麟は自らの肉芽にそろそろと指を伸ばす。塙麟の意に気づいたがごとく、先の行為で濡れた触手がそこを強く擦った。
「んぅっ…んあぁぁんっ!」
全身を駆け抜ける様な快感に、思わず塙麟は口の中のものを強く吸い上げた。
「う………」
塙王が、呻くと同時に口内から引き抜く。そして手足を触手に縛られ、うまく身動きの取れない塙麟を
床の上に押し倒し、両足を大きく開かせる。
艶かしい太ももを持ち上げ、再び欲しいと言わんばかりに涎を垂らすそこに、塙王は自身を押し進めて
いった。
――何をしているのだろう、と塙王は思う。
夢中になって塙麟を貪る中、どこか冷めた己がいる。
――妖獣を使って仮にも一国の麒麟を犯して――
そして今度は自ら犯している。
体の直ぐ下で、金の髪を乱して快楽に打ち震えている女がいる。その肢体はこの上なく美しく、淫らで一層気が高ぶっていく。
繋がっている部位が蕩けてしまいそうになるほど熱く、気持ちがいい。
己のものを、塙麟の柔らかくぬるぬると湿った膣壁にこすり付けてやる。
「ああっ…あ…はぁあん…」
呪が弱まってきているのか、動きの鈍くなってきた触手を塙麟の胸から払いのけ、汗と液体に濡れたそれを手で揉んだ。
「あぁ……良いです、主上…あっ…」
「ならばこれは如何なものであろう、台輔」
そう言って、さらに奥に突き上げる。
「はああぁぅっ……しゅ…じょぉ…」
じゅぷじゅぷと音が聞こえる。脳の奥底まで響く、ひどく淫らな音。
ふと横目であの妖獣に目をやる。
延王が大空を舞う鳥――それこそ鵬の如く大きく力強い鳥であるならば、己はあの触手の妖獣の様に醜い、醜く哀れな獣だ。
あの胎果の延王には分かるまい。
空を飛ぶ鳥には、地を這う醜い獣の気持ちなど解りはしない。いつか望んだ名君という名の空は、今は限りなく遠い。
同じく大王朝を築いた奏よりも、蓬莱という別世界から来たのにも関わらず、言わば「よそ者」であった延王が揚々と賢帝
の名誉を手に入れたのがたまらなく口惜しいのだ。
後世の者に愚帝と罵られたくは無い……きっと、この世界のどの時代の王もそう思うことがあっただろう。
しかしどんなに素晴らしい王朝であろうと、いつかは沈む。永い時間は王の心に少しずつ毒を盛っていく。
それは単純に生きることへの飽きであったり、焦りであったり、傲慢さであったり、怠慢さであったりもする。
無論、その毒が王のみに効果を持つわけではないが――
国の事を王が考えなくなった時、その毒は猛威を振るう。治世の永さなどその毒が早く回るか回らないかの差ではないか。
王は心を狂わせ、臣は反旗を翻し、国には妖魔が溢れ…また新王がたつ。それならば塙王自身がより早く斃れてしまえば、塙王より優れた塙王がたつのも早くなる。
五十年という治世は短いかもしれないが
塙王には手一杯だった。受け止める手も、民に善政という名の恩恵を施す手も残ってはいない。
両手に抱えあげたものは、すでに零れつつある。
今更それを拾い上げようと躍起になったところで、もう遅い。どうせ、自分は王の器量ではなかったのだから。
――せめてその手を反してしまうのみ――
もう、引き返せない。
一瞬どうも空虚な心地がして、それを振り払いたくて塙王は塙麟の胸に顔を埋めた。
夜はまだ長い――
石畳を、兵士が列をなして歩いていく。
下級の兵士が大きな入れ物を担いで、翠篁宮の門外へ出て行く。あの入れ物の中には武具や馬具、宝玉等、軍事利用されるものや軍事資金と成りうるものが入っている。
それらは全て登極して日も浅い女王、女王の元へと送られる。名目上では、新王に反抗する逆賊討伐の
ために巧が援助をしているということになっている。
王とその下僕は、列を成す兵士を宮から見ていた。
この様子を王と見るのは、何回目だろうか。塙麟はため息をつく。
「主上…愚かなことはもう…」
悲しげに目を伏せる。
胸が痛む。国が…壊れていく。
「何を今更…もう遅い、遅いのだ」
遠い目をして、塙王が言う。
「今からでも引き返すことはできるはずです…。今すぐにでも偽王への援助をお止め下さい」
「台輔…もがきにもがいて辿り着いた、儂の一つの選択だ。月の無い夜道を歩んできたようだの…もう引き返せはせぬ。どの道に引き返せば良いかももはやわからぬ…」
「…主上………」
それでも、塙麟は諌め続けるだろう。
そして塙王は気づかない。例え月の無い夜道を行こうとも、傍らには常に僕が、今行くべき道を指し示しているということに。
厚くどんよりとした灰色の雲から、一滴、ぽたりと石畳の上に落ちた。それを追いかけるように、ぽたり、
ぽたりと滴が落ちてくる。その間隔は徐々に短くなっていき、やがてザーザーと音を立てて降り出した。
――その後、塙麟失道。そしてその一年もたたないうちに、一つの王朝が幕を閉じることとなる。