恭主従
作者52さん
珠晶が供王になり、10年の歳月が経った。
政り事など知らぬと言った珠晶だが、老獪な官を相手に一歩も引かず、長い間王のいなかった恭を瞬く間にまとめ上げていった。
国としての体裁が整い、妖魔の出現も目に見えて減ったある日の晩・・・珠晶は誰にも知られないようひっそりと星彩に乗り街へと出かけていった。
ただ一人、供麒だけはそれに気づき、使令に後を追わせ、珠晶の不在を悟られぬよう臥室付近から適当な理由をつけて人を払わせた。
そして、ひとり、主の帰りを待つこと1刻・・・。
月が空高く光を投げかける頃に珠晶は戻ってきた。
院子に音も無く星彩が降り立つと、その背中から荒々しく降り立つ。
月の光の中、今にも地団太を踏んで暴れだしそうな、そんな目に見えて怒っている雰囲気に供麒はかける声を失った。
誰もいないと思っていたらしく供麒を目に留めると一瞬ぎくりとしたが、珠晶は足音も荒々しく歩み寄る。
供麒が礼をとる間もなく、珠晶は簪をむしりとり帯を解き、着物の前を乱暴にはだける。
永遠に花開くことのないつぼみの肢体を月光にさらけ出し、髪を振り乱し、珠晶は供麒をにらみつけた。
今まで見たこともない主の行動にうろたえる供麒。
珠晶の迫力に気おされながら、それでもぎこちなく跪き礼をとる。
どうにもかける言葉がなく、それでもなにか言わなければと思った供麒が言葉を捜していると、形相とは裏腹に静かに珠晶は言い出した。
「供麒、命令よ。私を抱きなさい」
主の言葉が耳から脳に到達するまでかなりの間があった。
やっと意味が理解できた供麒は
「は、ではご無礼を・・・」
静かに立ち上がりはだけた衣ごと珠晶を横抱きに抱えあげた。
「これでよろしゅうございますか?」
供麒の言葉が終わるか終わらないうちに珠晶の頬が朱に染まり、供麒の頬を張る高い音がし、珠晶は供麒の手を滑り降りて牀榻に駆け込んだ。
残された供麒はそれを呆然と見送るしかなかったが、我に帰ると慌てて散らばった簪と帯を拾い上げ、珠晶の牀榻に駆け寄る。
「主上、お加減でもお悪いのですか?」
「なんでもないわよ!あんたなんかどっか行ってちょうだい!」
主の癇癪はいつものこと・・・だが、供麒は毎度の如くおろおろし、主の機嫌をとりなそうとする。
何度か声をかけた後、いきなり牀榻に下がった布が開いて珠晶が姿をあらわした。
朱に染まったままの頬とは対照的に、衣を脱ぎあらわにされた薄く膨らんだ胸は月光に青白く映った。
「じゃあもう一度言うわ。命令よ。私を抱きなさい」
いつもの挑戦的な瞳に射すくめられて、供麒は手にした簪を取り落とした。
「私の言っている意味はわかるわね?」
「ですが・・・」
さすがにここまで来て鈍い供麒にも主の欲していることが理解できた。
しかし・・・
ぐずぐずしている供麒に、珠晶は怒りをあらわにする。
「おやさしい麒麟に言った私がバカだったわ。
いいわ、頑丘でもそこらの大僕でもいいから呼んでちょうだい」
あまりの剣幕に慌てて女官を使いには知らせようとしたが、その台詞の意味を理解してさらに青ざめる。
「主上! そのようなことは・・・」
「私が命じているのよ。嫌とは言わせないわ」
「ですが、そのようなことは命じて行うことではないと・・・」
顔を赤くしたり青くしたりして大汗をかきながら、なんとか珠晶を思いとどまらせようと言葉を探す。
「貴女は供王なのですよ。めったなことをおっしゃらないでください」
供王という言葉が聞いたのか、朱晶は今にもかみつきそうな顔をやめた。
「・・・わかったわ。供王でなければいいのね」
そういうと、朱晶は牀榻から飛び降り、部屋の物入れから古い褞袍を取り出し、袖を通す。
かつて昇山のときに着ていた友人のものだった褞袍だ。
「主上、なにを・・・」
「街で身分を隠して男を引っ掛ければいいんでしょ。花街の宿でもいいわね。若い娘が好みの客だっているんでしょ」
主の破天荒な言動に慣らされた供麒も、さすがに体中の血の気が音を立てて引いていくのを感じた。
声にならない叫びをあげて、朱晶の褞袍を無理やり脱がせる供麒。
「・・・やる気になったの?」
「は? はぁあああ!ご、ご無礼を!!」
自分のしていることの大胆さに我に返って、ものすごい勢いで飛び退り床に頭を押し付ける。
もはや供麒の体をつたうのは冷や汗ではなく脂汗である。
思い込んだら己の道をまっすぐと進むことは昇山の時、王として采配を振るっているとき、嫌と言うほど見てわかっている。
その王がこうまで欲していることを、思いとどまらす言葉はもう思い浮かばなかった。
しかし、なぜ突然・・・
「主上、街でなにかあったのですか?」
供麒の問いに朱晶は答えず、かわりに足先で供麒の面を上げさせた。
「私がしたいと言ったらやるの。私がそこらへんの男とことに及ぶのが嫌なら、供麒、あなたが相手をするの」
凄みのある微笑に供麒は抗う術を持たなかった。
「恐れながら主上・・・その・・・経験は・・・」
「ないわ。でも大丈夫よ。お父様の書斎には読み物がたくさんあって、何をすればいいかはわかってるつもりよ」
あっさり答える珠晶に、供麒はうなだれるように叩頭し、御意とつぶやいた。
「遠慮は要らないわよ」
いたずらっ子のように供麒の耳朶に小さく囁く。
男ならその一言で奮い立つのだろうが、供麒にとっては死刑宣告となんら変わらない。
ため息を押し殺して、供麒は珠晶の髪をなでそのまま背中、細い腰を撫でさする。
くすぐったいのか陽気に軽口を叩き、供麒の着物の前を押し開いて厚い胸板を指先でなぞる。
すかさず細い腕を供麒の首にまわし引き寄せ、挑むように口づける。
遠慮がちに応えながら牀榻に珠晶を横たえ、押しつぶさないように覆い被さる。
改めて珠晶の桜色の唇におずおずと口づけ、丸みに乏しい少女のままの体を優しく壊れもののように愛撫しはじめる。
そして唇から首へ、耳朶へ、胸元へと、唇を、舌を這わせる。
膨らみかけた双丘までくると、供麒は心の中でお許しをとつぶやきながら小さな蕾を口に含んだ。
あっ、と、小さな叫びに、供麒は慌てて身を引く。
慌てて口を押さえる珠晶。
「・・・主上、やはりおやめになったほうが」
「いいから続けなさい」
気遣わしげに覗き込む供麒を睨みつけて先を続けさせる。
続きを・・・と言われても不器用な供麒、再び首筋に口づけるところから再開。
しかし、さっきまでとは違い珠晶の軽口が消え、顔からも余裕が消えた。
しだいに愛撫に応えるように頬を上気させ、呼吸が荒くなる。
双丘の小さな果実は小粒ながらも固くなり、供麒の舌の動きにかすかに震える。
少女らしい細い腰から肉がつきはじめたばかりの小さな尻をまさぐり、太ももの内側をゆっくりとなで上げる。
時折、珠晶の口から耐え切れず声が漏れる。
その度に供麒はびくりと手を止め、珠晶が睨みつけて先を続けさせるという状態が続いた。
遅々として進まない愛撫だが、経験のない珠晶にはかえってよかったらしい。
珠晶の体がゆっくりと愛撫を覚え、少しずつだが確実に高ぶり続けている。
いまや見ただけでもわかる程、薄い恥毛の下の秘裂は潤っていた。
供麒は決意を固めて、その秘裂に太い指をそっとあてがった。
今度は小さな悲鳴の変わりに長い吐息が上がった。
少女が落ち着くのを待って、肉付きの薄い秘裂にそってゆっくりと指を滑らせる。
吐息にかみ殺すような声が漏れつづけ、しだいに速度を上げる供麒の指に耐え切れず声があがる。
人払いをしているとは言えあまりの声の大きさに慌てて供麒は珠晶の口を己の唇で塞ぐ。
声があげられないように無我夢中で幼い少女の唇をむさぼり、口内を蹂躙する。
指は珠晶自身の液体も手伝って大胆に秘裂を動き回る。
急に褥を握り締めていた珠晶の両の腕が供麒の太い首に回され、普段からは信じられないようなものすごい力で抱きしめられた。
頂点に達したらしく背は弓なりに反り、強く吸い続ける小さな唇のほかは硬直したようだった。
どれほど長い間だったのだろうか、それとも一瞬だったのか。
硬直したときと同じように小さな体は突然弛緩し、長い、長い吐息を吐き出した。
息を吐ききると共に珠晶は力なく牀榻に横たわった。
乱れた髪が散る額には薄く汗が光る。
瞳は閉じられたまま。気を失ったのか、眠ったのか、供麒には判断がつかなかったので、額にかかった髪を整え衾を体にかけてやり様子を窺った。
珠晶に何の反応もないと見て取ると、供麒は小さな額に軽く口づけると音を立てないように静かに牀榻から立ち上がった。
はだけた前を形だけ整えると足を忍ばせてその場を立ち去ろうとしたが、着物の裾を掴む手があり、供麒は立ち止まった。
「・・・まち・・・なさい・・・」
気が付いたのか、寝ていなかったのか。
着物の裾を握ったまま珠晶がだるそうに体を起こした。
「まちなさいよ・・・まだ、ちゃんとしてないじゃないの・・・」
よろよろと牀榻から下りると供麒の前を再びはだけた。
「はじめてだからって馬鹿にしないでちょうだい! ちゃんと最後までやりなさいよ!」
激昂している珠晶の眼に涙が滲んだ。
荒々しく供麒の着物を剥ぎ取る。
王のあまりの様相に抵抗らしい抵抗も出来ぬまま、供麒は褌も脱がされてしまった。
そこには持ち主の心情を映したかのような宝重が自信なくうなだれていた。
自分を絶頂へと昇らせた当人が爪の先ほども興奮していない。
あまりの屈辱に、珠晶はわなわなと全身を震わせた。
「子供の体だから!? 大人の女じゃないから!?
あたしだってこれでも23なのよ! 誰よ、子供のままにしたのは!!」
「抱きなさいよ! 麒麟は慈悲の生き物なんでしょ!? 王の命令には従うんでしょ!?」
泣きながら詰め寄る珠晶に、供麒はただおろおろとかける言葉を探した。
いつもの珠晶ならこんな理不尽な物言いはしない。
癇癪を起こすこともあるが、それだって道理にはずれたものに対する正しいと言える怒りだった。
一体、街へ下りて何があったのだろうか・・・
供麒の脳裏にいくつかの思い当たることがよぎる。
それらが正しい答なのか確認するには、珠晶本人に問えばいいのだが・・・
供麒は少しの間迷ったが、意を決した。
「本当によろしいのですね。体がお小さいからといって容赦は出来ないのですよ」
脅すように低い声でそう告げながら、珠晶の細い腰を抱き寄せる。
怒りに震える珠晶の頬は朱に染まっているが、肌そのものは色を失っていて冷たい。
とても愛や肉欲でつながりを求めているわけではないと体が訴えている。
「望むところよ」
珠晶の減らず口に供麒は何も応えず、その小さな体を牀榻に横たえた。
再び口づけからはじめる・・・しかし、今度は先ほどとは違い濃度の高いものだ。
先ほどと同じようにゆっくりと供麒の舌は肌の上を這いまわる。
しかし、その動きは宣言したとおり容赦なく、珠晶を気遣う様子は欠片もなかった。
双丘の蕾を優しく容赦なく吸い上げ、耳朶を噛み、足の指1本1本を含み、指の間を舐めあげた。
行為こそ優しいが、快感のツボを責めつづける。
耐えられず珠晶は絶え間なく声をあげつづけるが、もう供麒は手を止めることはなかった。
ももの内側に跡がつくような口づけを繰り返し、両の足を広げるように持ち上げた。
珠晶は肩と供麒の手だけで支えられるような格好になった。
当然、蜜をたたえる秘所は供麒の目の前になる。
繁りの薄い秘裂にゆっくりと舌を差し入れる。
さらなる快感が珠晶の体内を走る。
珠晶は抗うように身をよじるが足はがっちりと逞しい腕につかまれていた。
供麒はわざとゆっくりと小さな突起や花弁を舌で弄ぶ。
のぼりつめる珠晶に呼応するように蜜壷から蜜があふれ返る。
小さな唇が極限の悲鳴をあげるが供麒は珠晶の体が弛緩することを許さなかった。
絶えず刺激を与えつづけさらに高みへと押し上げる。
すでに衾褥は珠晶が掴み引っ張るために見る影もなく、その上にいやいやをするように力なく首を振る珠晶の髪が乱れ広がる。
供麒の終わりのない執拗な責めに、いつしか唇から漏れるのは快楽を通り越した苦痛の嗚咽に変わった。
ふいに供麒は珠晶の腰を牀榻におろした。
珠晶は責め苦から開放されて安堵の息を吐いた。
何も考えられずに体を投げ出したまま、眼だけで供麒を見やる。
今までの動きとは裏腹に供麒は微動だにせず、膝立ちのまま静かに珠晶を見下ろしていた。
怒っているのか、悲しんでいるのか・・・
月明かりを背にしているので供麒の表情は窺えないが、いつも見知っている大柄のくせに気弱そうな仁獣ではなかった。
視線をふと下に向けると、そこには隆々と反り返った宝重があった。
さきほど珠晶が目にしたのとはまるで別のもののような大きさに、珠晶はさぁっと青ざめる。
この後なにをするのか、知識としてだけだが十分に承知していた。
「い、いや・・・」
「これは異なことをおっしゃられる。お望みになったのは主上でございましょう」
供麒は静かに言い放った。
確かに自分が望んだことである。
しかし・・・そそり立つそれは見るからに珠晶の身に余る大きさであった。
「お待たせして申し訳ありませんでした。私も準備が整いましたのでやっと主上にお応えできるかと思います。
それとも、お待たせしすぎて主上のお気が変わられたのでしょうか?」
供麒はにやりとして膝で珠晶ににじり寄った。
「・・・困りましたね。私はともかく、コレはおとなしく諦めてはくれないのですよ・・・。
主上。せっかく主上の為に用意したのですから今しばらくお付き合いください」
供麒が覆い被さるようにして珠晶の膝に手をかける。
珠晶は身をよじって供麒から逃げ出そうとしたが、四肢が思うように動いてはくれず乱れた衾褥に幾度もつまずいた。
「追いかけ捕まえるのもまた一興・・・」
供麒は牀榻の端に押しやられていた自分の着物のひとつを取り上げると珠晶の上に広げ、着物ごと小さな体を捕らえた。
うつぶせのままの細い腰を押さえつけ着物をめくりあげる。
珠晶の細い足と小さな臀部が露わになる。
着物で上半身は身動きが取れず、暴れる両足も膝を広げられてもはや抵抗にすらなっていない。
確認する必要もないほど濡れそぼった小さな秘裂に、供麒はゆっくりと宝重の先端を押し当てる。
珠晶は声にならない悲鳴をあげ、身を硬くする。
「お覚悟はよろしゅうございますか?」
低く囁くようにつぶやく。返事など最初から聞く気もない問いだ。
秘裂の入り口と小さな突起を先端で弄び、破瓜への秒読みを告げる。
腰にかかる手に力がこめられるのを感じ、珠晶は硬く目を閉じる。
しかし、次の瞬間。
ひょいと持ち上げられ珠晶の体は宙に浮いた。
着物にくるまれるように横抱きにされ、供麒の渋面と向かい合った。
「命じて行うものではないと申し上げましたでしょう。
こういうことは本来、双方が心から相手を欲しなくては成り立たないものですよ」
あっけにとられる珠晶の眼を覗き込んで、供麒は噛んで含めるように静かに言った。
渋い顔のままとは言え、供麒には先ほどまでの容赦ない雰囲気はなかった。
いつもの供麒が、いつもと変わらず少し眉間に皺を寄せて珠晶を見ていた。
珠晶は安堵と羞恥が入り混じって、子供のように泣きじゃくり始めた。
供麒はその小さな体を包むようにそっと抱きかかえて、黙って珠晶が泣き止むのを待った。
臥室に差し込む月光の影が傾き、時が過ぎるのを教える。
やがてしゃくりあげる音が小さくなり、小さく鼻をすする音が聞こえた。
落ち着かせるように珠晶の髪をなで、背中をさする。
「・・・街で何があったかお聞きしてもよろしいですか?」
ころあいを見計らって供麒はずばり問い掛ける。
さすがにばつが悪いのか照れ隠しなのか、珠晶はしばらくぶつぶつと言い訳がましいことをつぶやいていたが、ふくれっつらをしながらポツリポツリと今日の出来事を語り始めた。
「・・・恵花を迎えに行ったのよ」
「たしか、幼馴染の家生の娘でしたね」
「そう、戸籍がないから結婚も出来ないし、お父様の所にいたって家の為に働いて一生過ごすだけだもの・・・本当は王になったときに一緒に連れて来るつもりだったんだけど、私ですら右も左もわからない宮中なんだもの、恵花には荷が重いと思って・・・」
言葉を途切れされて着物の端で眼を押さえる。
「やっと、最近、政も官も落ち着いてきたし、なにより私の目が城内に届くようになったから、恵花をつれて来れると思って。
でも、いきなり連れて来るわけにはいかないから、まず今日は会って話をしようと思ったのよ。そしたら・・・」
ふたたび珠晶の眼から大粒の涙がこぼれ始める。
「恵花は大人になっていたわ。そうよ、もう10年も経つんですもの。胸も腰も膨らんでて、汚れて手も肌もガサガサで・・・でも、とても綺麗だったわ。
みんなが寝静まってからこっそり自分の部屋から抜け出して、恵花は納屋に行ったのよ。
そしたら家の使用人の一人とこっそり会ってて、そして・・・」
最後のほうは涙に消えていた。
言われずともそのあと何があったのかはわかる。
外に出る自由も異性とめぐり合う自由もなくても、成長をすれば体が異性を求めるものだし、また、自由のない家生であっても目を盗んで快楽を得ることくらいはできる。
堪らず星彩に飛び乗って振り切るように屋敷を後にし、町の上を通り過ぎた時、ふと街中の里木に眼が行った。
かすかな灯りの中に白く浮かび上がる里木には多くの飾り紐が結び付けられており、多くの実がなっていた。
どこかで赤ん坊の泣く声と、子供をあやす歳若い夫婦の声がする・・・
「あたしだって、あたしだってあのまま王にならずにいたら・・・大人になっていたら・・・」
言葉の最後のほうは嗚咽に消えていった。
10年前、少女だてらに国を憂い昇山までした珠晶のことだから、王にならなくても学校に進んだり官を目指したりして、おそらく普通の女性のような恋や肉欲に進むことはなかっただろう。
しかし、姿形の変わらぬ官に囲まれた珠晶にとって、下界の人々の営々と積み重ねられてきた変貌を目の当たりにして、あまりの差に愕然とするのも理解できる。
知人がみな老いていく、自分ただ一人が取り残されていくような錯覚と焦燥感。
官となり、仙籍に入ったものがみな一度はその孤独に陥る。
王とて例外ではなく、孤独に耐え切れずに王位を退くものも少なくはない。
しかし、供麒はいま腕の中で涙をこぼしている少女が、じゅうぶん乗越えられる人間だと信じていた。
「・・・すばらしいことじゃありませんか。みんなあなたが頑張ったからですよ。
飢餓にも妖魔にも怯えずに暮らせるようになったから、人は愛しい者と心安らかなひと時を過ごし、子をなすことができるのです。
その平穏をあなたが作り出したのですよ・・・主上」
時折こうやってつまづいた時は麒麟の自分が少し手を貸してやればよい。
いや、この少女は手を差し出してやらずとも自分で立ち上がるだけの強さを持っている。
だからこそ、供麒はこの娘に王気を感じたのだ
「主上は主上ですよ・・・お歳も外見も関係ありません。今までもこれからも主上はご自分であることに自信を持ってください。
そして、きっと主上の前にも現れますよ。王であってもそうでなくても『珠晶』というその人を見て好いてくれる人が・・・」
なにしろ、時間はいくらでもあるんですから、と付け足して。
供麒の言葉に着物の端で涙を拭い、顔をあげる。
そこには月明かりに照らされた供麒の優しい瞳があった。
その瞳に見返されて、珠晶は再び泣き出した。
孤独から開放された安堵の静かな嗚咽・・・
震える小さな肩を抱き寄せ、供麒は飽くことなく珠晶の髪をなで続けた。
やがて空が白み始める頃、泣き疲れて寝てしまった珠晶を起こさぬようそっと褥に横たえ、あどけない寝顔の額にそっと唇を寄せる。
「・・・元気になったらいつもの勝気なあなたでいてくださいね」
翌朝。
朝議の席には夕べのことなど微塵も感じさせぬ、いつもの珠晶の姿があった。
ただひとついつもと違うことは、供麒と意図的に眼を合わさないことだった。
今までも珠晶の機嫌を損ねれば同じようなことがあっただけに、周りの官も特に気にもとめてないようだった。
午前中の政務を滞りなく終え、午後の政務の為に一旦仁重殿の自室へと向かうと、なにやら女官があわただしく行き来していた。
何事かと女官の一人を捕まえて問いただそうとしたら、「昼餉を一緒に召し上がりたいと、先ほどから主上がお待ちでございますよ」とにこやかに言われ、引っ張られるように自室に押し込まれてしまった。
陽の当たる露台に出された卓にはすでに食べられるように皿が並べられ、傍らの椅子には珠晶が雲海を眺めて座っていた。
突然のことに供麒が声をかけあぐねていると、珠晶はさっさと女官をさがらせた。
「座れば? 部屋の主に立たれてるとあたしの立場がないじゃない」
珠晶はぶっきらぼうに言いながら、卓のほうに向いて座りなおした。
ああ、いつもの珠晶だ、と少し安堵して向かいの椅子に腰掛ける。
「食べないの? 冷めるわよ」
そう言って、供麒の返事も待たずに箸をとる。
話し掛けるきっかけもないまま、しばらくふたりとも無言のまま黙々と食べ物を口に運んだ。
王や宰補と言えども普段の昼食は簡素なものなので、あっというまにあらかたのものを食べ終わってしまった。
供麒は空になった皿を少し脇に寄せ、食後用に置かれていた桃を甘い汁に入れて冷やしたものを小椀にとりわけ珠晶の前に置いた。
「・・・夕べはごめんなさい・・・」
少しうつむいてぶっきらぼうに珠晶がつぶやいた。
供麒は新しくいれかえたお茶を差し出した。
「・・・体はつらくないですか?」
うつむいたまま珠晶は首を振る。
「私も不慣れなので、少々性急にことを進めてしまったので申し訳ありません」
「供麒は悪くないわ。私が命じたんだもの。
・・・私、供麒にひどいことを言ったわね」
供麒はそれには答えず、お茶を一口すすった。
珠晶ももうそれ以上は何も言わず、冷えた桃を口に運んだ。
ふたりは再び無言で食後を過ごした。
しかし、もう珠晶は拗ねた表情ではなく、供麒も眉間の皺が消えていた。
ふたりで王城に来てから10年経った。
これから先、どれほどの時を一緒に過ごすかは天のみが知っている。
どれほどの永劫の時になろうとも、ずっとこの小さな王と共にありたい。
「ところで、ひとつ聞きたいんだけど・・・」
桃を食べ終え、お茶の椀を弄びながら珠晶が口を開いた。
「アレだけのことをやって、でもあたしはまだ処女と言えるのかしら?」
いきなりの発言に供麒はお茶を吹きだした。
「な、なにを・・・」
「最後までやってないし・・・でも、ほとんど寸前までやってるし」
思案しているところを見ると、本当に純粋に疑問に思っているらしい。
「やっぱりどっちつかずはおかしいわよね。あそこまでやったんだからやっぱり最後までしたいし。
それに、よく考えるとあれよね。わざわざ探さなくても『私』をずっと見てくれる優しい麒麟がいるんですもの・・・」
いたずらっ子のよう微笑んだ珠晶はすっかりいつもの珠晶だった。
今までの感慨深い想いは瞬く間に飛んでしまった供麒は、いつものように渋面で冷や汗を流した。
「命令はしないわ。でも、これからもよろしくね」
(終)