発情期ネタ@供麒
5651さん
北の国恭国にも雪解けの季節が訪れようとしていた。木々も芽を膨らませ、
生き物がどことなくそわそわと浮き足立つ季節がやってくる。
身体の奥に、熱が篭っている。その熱は冷たい水を浴びても、どれだけ夜空
を駆け回っても収まることを知らず高揚する一方だった。供麒は実りのない
ため息をついた。神獣だなんだといわれても、この時ばかりは己の獣として
の性を思い知らされる。
彼が欲するのは自分の主だけ。
斜め後ろ上方に付き従っていると襟から僅かに覗くうなじに目を奪われる。
転がったくつを拾い履かせるときに触れる小さな足に息を呑む。引っ叩かれた
後に与えられる至近距離からの微笑みに頭の中が真っ白になる。
その唇を吸い上げ、思う様啼かせてやりたい。花開く直前の蕾に触れたい片手に
完全に収まってしまう位小さな乳房を撫で、硬く立ち上がった先端を指の腹で弄り、
舌で舐り、そして。
他国の麒麟もこんな思いをしているのだろうか。そう思いを馳せて、もう一度
深く息を吐いた。
「景台補と延台補は、景王殿にお願いしていると仰っていた・・・」
羨ましいと思う。それは「景王だから」ではなく、想い人が近くに居て『それ』
を許容してくれることへの羨望だった。
最近、下僕の態度がおかしいと珠晶は感じていた。元々要領が悪い彼女の下僕が、
話していてもどこか上の空で視線が彷徨っていることが多くなっていた。
呼んでも生返事だし、脛を思い切り蹴っ飛ばされるまで珠晶の怒りに気付かなか
ったことも一度や二度ではない。
「・・・供麒」
怒りに満ちた声音で呼ばれ、下僕が我に返った次の瞬間。
「あんたの頭は一体いつから本当のすっからかんになったの?」
珠晶が、脛の痛みに涙を浮かべ蹲った供麒に問う。
「も・・・・・申し訳ありません」
「当たり前よ。この期に及んで申し訳があるなんて言ったら、そのまったく活用
できてない頭をかち割っちゃうから」
そう言い捨てて踵を返した彼女は、数歩歩いて立ち止まった。そのまま暫く思案
していたが、やがて振り向き、供麒に言う。
「供麒、今夜一緒に寝ましょうか」
その言葉に供麒の思考が停止した。信じられないことを聞いたという顔の下僕に、
「一度やってみたかったのよ、麒麟湯たんぽ」
まだ夜は冷えるもの、と無邪気に言い放ち、動物が大好きな女王は笑む。
「動物にひっついて寝るのって暖かいのよねぇ。あんた最近まともに仕事してない
んだから、あたしが安眠できるようにせめてこの位はしてもらわなきゃ。でも明日
からはちゃんとしなさいよ?今回だけよ」
このくらいで許してやる自分はずいぶん優しくなったものだと一人満足して、供麒の
顔色に気付くことなく珠晶は行ってしまった。
『一緒に寝れば、仲良くなる』
幼い頃、目撃してしまった大人の閨事について訊ねたら、こう返ってきた。処女な訳
でもないのに何故か珠晶はこの言葉を、未だに何の疑問も抱かず額面どおりに受け取
っていた。寧ろ、それとこれとが全く結びついていなかったと言うべきか。ついでに
以前、景王陽子から聞いた蓬莱の娘のやる『お泊り会』というものに興味もあった。
「別に仲良くならなくて結構だけど、あのダメ麒麟が何に悩んでるのかは分かるかも
しれないし」
珠晶の上機嫌も、命令で転変した供麒と牀に入るまでだった。
銅に輝く金の髪の男が、当分帰ってくるなという殴り書きの御璽つき勅命を携えて奏国
清漢宮を訪ねてきたのはそれからしばらく経った日のことだった。
大柄な体躯に似合わない情けない顔で彼は第二太子への面会を申し入れ、号泣して関係者を
大いに困らせたという。