「鴻慈」 驍宗×李斎
作者413さん
<鴻慈
路木。荊柏を謂ふ。泰王驍宗願ひて得たり。
季を問はずして白花開き、実は鶉の卵の如し。乾きて炭と成せり。
(元、荊柏は黄海にのみ育てり。是により戴の民冬を越す。
故に民、鴻基におはす者の恵む慈しみとして是、鴻慈と呼びたり。)
是故に転じて――>
「主上、もう、このようなことは止めに致しませんか――?」
寝室。書と、官服に、幾許かの武具。主の性質を示すかのように、
必要最低限の調度品がそこには並びたてられ誂えられたその部屋に、李斎はいた。
卓には二つ、小ぶりな品の良い杯と、酒瓶とか置かれている。
今宵李斎は驍宗に、平生自分の行う働きを労うが為に呼ばれたのだ。
李斎がこの部屋に足を運ぶのは、何も初めてではない。
もし単に自分を労うだけだというのであれば、何も寝室でなくとも、
幾らでも部屋はあった。それでも驍宗が寝室に、と他人の目を盗んで自分を呼んだのは、
それなりの事情故であった。その、事情というものが、
政(まつりごと)における内密な話でもないということにも、
李斎は気付いていた。先刻の台詞はそれを踏まえた上でのものであった。
「――李斎?――一体、どうしたと言うのだ。そのような――。」
「――この様なことが、露見すれば配下の士気に関ります――。」
何か、言われたか。黙し、ただ、俯く李斎に、驍宗は呼びかけ、
そっと顔を近づける。猶も面を上げようとしない李斎に、李斎。と、
再び驍宗は呼びかける。
「――驍宗様は、御存知で有らせられぬのですか?
私が、驍宗様のお情けにより、此処に召し上げられたのだと――!」
顔を背ける。面を上げた瞬間に目にした、驍宗が紅いその眼を見張った様を、
見つめることは出来なかった。その視線から逃れるように、視線を、
首を横へと背け、胸に溜まっていた汚濁を吐き出す。
「――私は、そのようなつもりで此処に参ったのでは有りません。
私がここに参ったのはただ、戴を思うての、一心で御座います。
そうして、驍宗様が、そのような想いで官を召し上げる方でないことも、
存じております。されど――。」
「されど、何だ李斎。言うて見よ。」
――この様なことが、露見すれば配下の士気に関ります――。
先刻と同じ台詞を李斎が音にすると、部屋には、沈黙という帳が下りた。
李斎はただ俯いたまま。驍宗はしばし、静かにそんな李斎を見つめていた。
互いに何も発することはなく、やがて、ちん。と、
軽く器が触れる音が部屋に響いた。次いで、こぽこぽという僅かな水音。
音は繰り返され、何かと思って面を上げると、一人、驍宗が杯を呷っていた。
「……驍宗、様……。」
なんだ。と、声がかかる。紅い瞳に、射竦められながらも。飲み過ぎは、
身体に毒です。どうぞ御自愛を。そう告げて、席を立とうと椅子を動かす。
瞬間。腕を、掴まれた。
「な……。」
何をするのだと抗議の声を上げようとしたところで、声は喉で押し留められ、
くぐもった音のみが、僅かに除いた唇の隙間から、零れ出る。息つく間もなく、
強く舌を絡められ、漸く解放されたときには脳が幾分まわっており、つ。
と唇からは、細くて長い糸が引かれた。そのまま間を置かずに抱き上げられ、
寝台の上へと強引に運ばれる。慌てて身を起こそうとするが、力で敵おう筈も無く、
両の腕は頭の上で固定され、普段王の髪を結わえているその紐で、留められた。
「驍宗様!これは……!」
声は、またしても言葉にならずに、驍宗の唇によって塞がれる。
舌を絡めとられ、息ついたと思うとまた、くちづけを与えられる。
くちづけに混じった、僅かな酒気。それも相まり再び眩暈を起こしかけたところで、
李斎。と、声が掛けられた。ぼんやりとしながら面を向けると、じっと、紅い眼は自分を見つめていた。
銀糸の髪が、赤銅色の肌に零れ落ちている。綺麗な人だと。こんな状況で、女ながらありながらもそう思った。
「これは、仕置きだ。」
言われ、さらりと衣をその手で剥かれる。纏った幾重もの官衣は、
やがて一枚の薄布を残し、全て寝台の下へと、投げ出された。
白地の肌着を縫い止める腰に巻かれた一本の帯も、驍宗の手によってするりと解かれ、つ、と。
指先を一本、首筋から両の谷間、腹部へと文字でも描くかのように、走らせられた。
自然、薄布はさらりとずれて、まるで両の頂のみを覆い隠すかのような微妙な広がりをみせて、扇を描く。
見られまいと僅かに膝を上げ、重ね合わせた白い両の太腿の合間からは、隠し損ねた赤茶けた糸がちらりと覗く。
その様を、驍宗は目を細め、眺める。
……酔われておるので、御座いますか。震えの混じった李斎の言葉は、そうかも知れんな。
という驍宗の言葉とともに、僅かな喘ぎに転化する。ひとつ、またひとつ。と、
白磁に負うた傷を丁寧に、指でなぞり、舐め解く。そうして、時に思いついたかのように、
李斎の唇を吸った。そうやって、肌に触れられ、愛撫され。されども両の山にも、
下腹部へと下りた秘めたるところにも触れられずに、
変わらず薄布は両の頂きに覆われたままで、やがて真から湧き起こるむず痒いような、
火照りのような感覚には自分でも、気が付いた。
「見よ。李斎。……良い、眺めだ。」
指摘をされて目を向けると、そこには、ぴんと張り詰めた両の頂きがあった。
薄布を、その頭によって持ち上げている。誰の目にも、今の自分の状態は明らかだった。
羞恥に顔を赤らめ、顔を背ける。そんな李斎の耳に唇を寄せ、李斎。と、
甘い声で驍宗は囁く。どうされたい、李斎。と。背けたまま、知りません。
と答えると、苦笑するような声が聞こえ、つぃ。と、軽く衣を弾かれた。
堅くなった頂きはそれだけでも強く反応し、一瞬びくりと身体を震わす。
くちづけとともに、それは舐め取られ、軽い嬌声を、李斎は挙げた。
衣の代わりと掌にそれは覆われ、驍宗の思いのままに、かたちを変える。
その度に、李斎は零れ落ちそうになる嬌声を必死に噛み殺し、瞳を瞑って、
それに耐えた。手で、指で、唇で、指で――。一頻り驍宗によって弄ばれた後に、
吐いた息と共に、ぽろぽろ。と、李斎の眼から両の涙が零れ落ちた。李斎。と、
自分を慮る驍宗の声に、眼を開き、覆い被さる驍宗を涙目で見つめた。
「驍宗様……。何故で、御座いますか。――御戯れであるというならば、
これは、あまりにも酷な仕打ちで御座います――。」
李斎。と、再び自分を呼ぶ声の後に、一つ驍宗は溜息を吐いて、
そっと両手の縛めを解き、李斎の背を抱き起こす。
「やれやれ、貴公は聡いくせに、妙なところで鈍くて困る。」
苦笑をしながら、驍宗はその指で、未だ乾きらぬ涙を拭う。李斎、私は。
「私は、貴公の力を認めている。だからこそ、此処へと招いた。
そして、戯れと先刻貴公は言ったが、それは異なる。一時の想いのたけに身を任せてしまうほど、
私は弱くも無いし、貴公を易い者とは捉えていない。他の誰でもない、
貴公だからこそ、求めるのだ。男として、これは不自然なことかな?」
「……し、しかしながら。私のような無骨物の、どこが……。」
「では、初めてこの寝台に互いに契りを結んだ夜。何故(なにゆえ)私が貴公を選んだとお思いか。」
言葉に、かっと紅くなる。俯き、その時に思ったことを正直に、音にする。
「……恥ずかしながら、わたくしを、好いてくださるものと想い……嬉しく、お受け致しました。」
くつくつと笑いながら、指で李斎の顔を上げさせ、柔らかなくちづけをそこに落とすと、
「だから、貴女が好きなのだ。」と晴れやかに、驍宗は笑った。
「お分かりになって居られないぬ故、少々仕置きをと思ったが。
どうも、酷過ぎたようだ。許して貰いたい。――御自愛を、等と述べるくせにお逃げになるから、
つい、辛く当たってしまった。」
言われた言葉に、はっと自分の至らなさを思い返し、恥じ入る。
申し訳ございませぬ。と、驍宗の腕の中で小さくなった。貴公は。と、言葉が紡がれる。
「貴公は、どう思われているのか。改めて、お聞きしても宜しいか――?」
「――私は――。」
ふと、見上げる。紅い、視線がぶつかる。惹かれていたのだ、はじめから。
出会うその前から、噂を耳にした、その時から。麒麟は王を選ぶ。
それと同じように、官は仕えるべき王を直感する。そうして男女の絆もまた、
それと同じようなものだ。だから、本当に、会ったその日から、ずっと――。
「――お慕い、申し上げておりまする――。」
笑みとともに先刻までとはまた違う、甘く深いくちづけが李斎は与えられ、
長いくちづけその後に、先刻の侘びが欲しい。と耳元で囁かれ――はい。と、
恥じらいながらも李斎は応じた。
衣を解き、熱持つそれを手にすると、おずおず。と李斎はそれに舌を伸ばす。
知識はある。他の男と床を共にした経験も、また、ある。だが、
その数といっても同じ女官たちに比べれば圧倒的に少なく、何よりも、忙しさと、
生来の真面目な気質があってか、長い年月右手で数える限りであった。
結果、知識としては持っていても、こうしたことをする経験としては皆無となる。
これで本当に良いのかどうかも、不安になる。ただ、懸命に。歯が当たったりしないようにと、
舌を伸ばし、丁寧に舌を這わせる。驍宗からしてみれば、巧拙云々ではなく、
普段無骨なる相手が懸命に自分に奉仕するその様が何よりも好いのだが、
流石にそれを告げられよう筈も無い。ただ、李斎が紅い舌を懸命に伸ばしながら、
必死に行うその様を見て、目を細めた。もう、良いと制すると、
今度は自分が李斎を押し倒し、片足を、おもむろに持ち上げた。
「ぎょ、驍宗さっ!?」
先の行いで既に幾らか潤っていた其処に、舌を這わせる。
途端のことに李斎は身を堅くし、震わせるときゅ、と寝台の布地を掴んだ。
「や、あッ!あッ、あぁん!」
普段と異なる甘い声。酔わしているのは何時もこれだと、その様に内心苦笑する。
指をすっと差し入れると、大分濡れたせいか、躊躇いも無く其処は受け入れた。
もう少し遊んでみたい気もしたが、先程のことが頭を掠め、留めておいた。
自身をあてがい、射し入る。強く、鳴いた。
動く度に洩れる嬌声。深く射し入れようと、或いは受け入れようと、
自然足は腰に回され、互い、全身で相手を受け入れる。合わさるところからは粘着性の水音と、
互いの肉体の打ち付けれらる音。声を挙げ、一際高い声を李斎は挙げると、ぴん、と腕を、背筋を張った。
とさり、と力なく腕を落とし、はぁ、はぁと上気し、潤んだ瞳で息をしている。
驍宗はそんな李斎を潰さぬように、手を付くと、再びくちづけを李斎に落とした。
「驍宗、さま……。」
うっとりと自分を見上げる李斎の耳元に、今宵は、長いぞ。とだけ告げると、
抗議の声も聞かずに李斎の身体を抱き上げ、自分の膝の上へと乗せる。
そのまま首に腕を絡ませ、腰を支えていた手を、位置を定めて解き放つ。
「!ぁああああぁあっつ!!」
そのまま微動だにせず、びく、びく。と李斎が自身のそれを締め付けるのを感じ取る。
そこがそうであると、腕にも力が篭もるのか、首に回した腕の力を強め、身体はより密着し、
李斎のやわらかな胸が、驍宗の胸へと押し潰された。
「……李斎。」
呼びかけに、驍宗、さまぁ。と甘い返事がした。瞳は涙で滲み、
普段はきはきとした態度と口調であるこの女の、そうした様にまた酔う。
李斎、動け。と、そう命じると、きゅっと眼を閉じながらも躊躇いがちに、
李斎は自ずから身を動かし始めた。出し入れされるその度に、ふっ。うっ。
と嗚咽のような声が洩れる。それから幾度目にさしかかったところだろうか、
すっと背を支え、寝台に李斎を横たええると驍宗は一息に貫いた。途端、
大きな嬌声がわきあがる。や、あぁ!と。涙を流し訴える李斎を無視し、
驍宗は止めずに幾度も、幾度も己の身体を打ちつけた。肉も、水も、音も、
吐息さえをも交じり合い、互いの名も、言葉として紡げぬようになり、
李斎は声にもならぬ嬌声を挙げると背を弓のように張って沈み、それを見た驍宗もまた、
小さなうめき声をひとつ挙げると、自分の下に横たわる李斎を、潰さぬようにと沈み落ちた。
「王にとって、民とは自分の子のようなものだ。」
さらり、と。髪を一房掬い上げ、それにそっとくちづけをする。
李斎はされるがままに、王である驍宗の腕に頭を乗せて、ただ静かにそれを聞く。
「麒麟と王との関係は、主従だ。だが、それだけでもあるまい。
言わば、家族のようなものでもあろう。……李斎よ。願わくば未だ稚き台輔の母となってはくれぬか。」
紅い目は強く。けれども優しい。李斎はその目より面を背けず、わたくしなどで宜しければ。
と、そう、前置きして返事に応えた。
その答えに、驍宗はふ。と紅い瞳に弧を描かせると、配下にして妻なる者の唇へとそっと、くちづけを落とした。
「李斎?」
青年の呼び声に、はっと頭を上げる。どうやら少しの間、
眠ってしまっていたらしい。自分の後ろに座る青年が――あのとき、
幼かった台輔が心配そうに、少し休もうかと心配げに声を掛ける。その声に、
大丈夫ですよ。と優しく言葉を返す。慶を発ったその内から気を張りすぎていたせいか、
少しばかり、疲れがあった。
「ねぇ李斎。休みたければ休んでも良いよ。奇獣に乗る程度なら、僕にも出来るし。
とらと飛燕だって休みながら行っているんだ。僕等も、ここはそうしよう。」
「ですが。」
「大丈夫だよ。飛燕だってそれが良いと思っているよ。ねぇ、飛燕。」
泰麒の言葉を理解しているのか、していないのか。言葉にくぉん、と軽く吼えた。
ね、そうだって。と笑いながら泰麒は言う。
「だから、ね。李斎?」
「……分かりました。でも、先程休みましたので、その後台輔にはお願い致します。それで宜しいですか?」
うん。いいよ。と、くつくつと笑いながら泰麒は答える。きっと、
変わらず生真面目な自分を思って、可笑しく感じているのだろう。
と、そこでとん。と李斎は背中に軽い重みがかかるのを感じた。ふと振り向くと、
泰麒が自分の背に頭を乗せている。
「……李斎の背中って、お母さんみたいだね。なんだか、そんな感じがする。」
実を言ってしまえば、泰麒は実の母親にそうして甘えたことなどない。
親代わりとなっていたのが女怪であり、女仙であったが故に、
先刻の自分の台詞が果たして正しいのかどうかなども、知らなかった。
そうして、李斎もまた、流された泰麒のかつての境遇など、知らなかった。
「……よろしゅう、御座いますよ。台輔からそう思われるのは、光栄の至りで御座います……。」
また、泰麒も知らなかった。李斎が何故そのように答えたのか。
それが、単なる上辺だけの感謝の意ではなく、心からのものであるのだということを。
ただ、泰麒は有難う。とだけ呟き、李斎は自分の腰に回された手に、そっと触れた。
きっと、生きて行ける。
李斎は漠然と、そう思った。
驍宗は自らの子を民と言った。そして、泰麒もそのようなものだと。ならば、
自分がこうも泰麒を、そして戴の民を愛しく思うのは当然のことではないだろうか。
己の子を厭う母親が、一体どこにいよう。
泰麒と出会えたのは、驍宗のお陰であり、こうして再び泰麒と出会えたのは、
景王の。いや、景王だけではない、多くの人々の尊い慈しみの心によって、与えられたものだ。
この希望を、決して無碍にはすまい。隻腕となれども、この手を決して離すまい。そう、思った。
見れば、中天にあった月はその姿を薄れさせ、朝日を迎えようと空は白ばみ始めている。
この、暑い雲の下にも、どうか暖かな陽の光が照らしますようにと、
李斎は誰に祈るということもなく、そう願った。
<鴻慈
路木。荊柏を謂ふ。泰王驍宗願ひて得たり。季を問はずして白花開き、
実は鶉の卵の如し。乾きて炭と成せり。
(元、荊柏は黄海にのみ育てり。是により戴の民冬を越す。故に民、
鴻基におはす者の恵む慈しみとして是、鴻慈と呼びたり。)
是故に転じて人より受けし慈しみによる希望を謂ふなり。>
『群植録』
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