作者: 948さん >948-949
臥牀の中、上半身だけ背凭れに凭れて、李斎はそれを見つめていた。
黒銀の細工の美しい腰帯の一端。
それは鋭く断ち切られて、血で汚れていた。
「主上……驍宗様」
その帯の残骸に頬を寄せる。
眼を閉じれば即座に蘇る、その美しい影。
剣を振り上げるしなやかな肢体。
流れるように舞う白銀の髪。
涙が頬を伝った。
ああ、私はまだあの人と繋がっていられる。
そう思うだけで、胸の中に熱いものが広がった。
一度は抱かれたあの力強い腕を思い出すと、頭の芯が蕩けるようだった。
熱くて、高く屹立した宝重。
それが李斎の中に入ってきた時の感動は今も忘れられない。
褥の中で驍宗は言ったのだ。
私の傍に来い、と。
自分の傍らで働け、と。
だから、迷わなかった。
紅玉の瞳に見つめられて、背中に回された無骨な指が温かくて。
突き上げてくるその力強さに焦がれて。
そうして李斎は、自分の命運を驍宗に預けたのだ。
驍宗は、必ず生きているはず。
そう、信じているから。
早く、早く逢いたい。
誰よりも崇敬している、愛しい御方。
驍宗に会えれば全てが解決するような気がした。
戴の国も救われ、泰麒と共に、また幸福な時が戻ってくるような気が。
「主上……戴を、いいえ……私をお見捨てにならないで下さい」
呟いた声は誰も聞いてはいないけれど、驍宗にだけは届いてほしかった。
後から後からまなじりからこぼれ落ちる涙が止められない。
独り、異国の褥の中で。
左手に帯を包み込むようにして、李斎はただ独り驍宗を想う。
もう一度あの腕に抱かれることが叶うなら、
利腕を失ってまで慶に来たことを、後悔なんてしないから。