『街に降る雨』
作者104さん

ある晴れた秋の日、街へと続く川沿いの街道を歩く二人連れ――

「そう言えば景麒とこうして二人で歩くのって久しぶりだな…」
見上げれば高く澄んだ蒼穹に浮かぶ柔らかな雲、見下ろせば陽光の煌く清流の岸辺に揺れる薄の穂。
爽やかな秋の空気に陽子は大きく伸びをする。
「天気もいいし、たまには下に降りて歩くのもいい」
陽子はやや遅れて歩く景麒に歩調を合わせ、その腕に自ら腕を絡ませる。
「何故腕を組まれるか。人に見られたら…」
相も変らぬ仏頂面で景麒は溜息を吐く。
「いいじゃないか、見られたって…こうしてると恋人同士に見えるかな?ふふ……」
道行く人影を気にしながら不機嫌そうな景麒とは対照的に陽子は微笑み、長身の従僕の腕に凭れ掛
かるように身を寄せる。

「私が男色家と間違われるのは我慢ならない」
景麒は眉を顰めて呟いた。
「へ?男…色?……」
陽子は少しの間首を傾げていたが、すぐにその言葉の意味を理解した。
「何を!このばか!」
絡めていた腕を解いてその肘を景麒の脇腹に突き入れる。
「ぐっ!……少しは加減して頂けぬか?私の体は何処かの乱暴な女王ほど丈夫ではないのです」
苦痛に呻きながら景麒は主をねめ付ける。
「うるさい!悪かったな乱暴で!お前って奴は、ついこの前まで暇さえあればわたしを口説いてた
くせに! もう可愛い采麟に乗り換えたか?男みたいなわたしと腕を組むのはそんなに嫌か?」

街に降りよう――そう言い出したのは陽子だった。五穀豊穣を祝う祭礼が近付く王宮は俄に慌しく、
陽子はずっと外出を許しては貰えなかった。漸く夕べ祭礼の衣装が整い、取敢えず今日一日の休み
を貰うことが出来た。この頃忙しくてろくに話もしていなかったから偶には労ってやろうと思い、
愚図る景麒を無理矢理引っ張って出てきたのに…


――そりゃあ、女物着て来なかったわたしもあれだけど、そんな言い方することないじゃないか…
陽子は目まぐるしく想いを巡らせる。
――人の気も知らないで…ばか!………まさかほんとに采麟に…そんな訳……でも王に選んだから
ってわたしを好きになるとは限らないし…そう言えば…傍にいるのが当たり前過ぎて今迄気にして
なかったけど、景麒はわたしのこと好きだなんて言った事なかった…

「私に嫉妬して下さるとは…」
「違う!焼き餅じゃない!この馬鹿!……ん?」
痴話に傾倒しているうちに如何にもごろつきな風体の男たちが遠巻きに取り囲んでいる。

「何処のお大尽か知らないが…こんな処で小姓とお戯れとはお目出度い」
にやにやと下卑た笑いを浮かべる連中を陽子は一瞥し、冷めた口調で言い放つ。
「何だ、追剥ぎか何かか?…妖魔は少なくなったけど…町の外はまだまだ治安が悪いようだな…」
「失礼な、生憎と私は男色家ではない。これは只の下男」
澄ました顔で悪漢に言い返す景麒を陽子は睨む。
「お前は黙ってろ!もういい!下がってろ…お前ら、運がいいな。今の気分じゃ斬捨てたい所だが、
この馬鹿のお蔭で死なずに済んだぞ」
群れて襲いかかる妖魔や兵士に較べれば、こんな連中の五、六人を素手で倒す事など造作もない。
「陽子、乱暴は止めなさい。ここは穏便に――」
「馬鹿か?穏便に強盗が出来るか!坊主も寝言はあの世で言いな!」
襲って来る暴漢を小さな身体で次々と受け流すように投げ、関節を極め、倒して行く陽子。最後の
一人が背後から斬りつけて来たのを察し、素早く身を翻す。その視野を遮ったのは己の従僕の影。

「景麒!血が出てる…」
最後の一人を地面に投げ落とし、陽子は呆然と突っ立っている下僕の許へ駆け寄った。
「掠り傷です。それに自分の血なら…どうと言うことはない」
言ったその場に景麒は崩れ、膝を突く。
「って景麒!全然大丈夫じゃないぞ!どうする?帰るか?」
裂けた袖、陽子の当てる白い手巾が赤く色を変える。迂闊だった。冬器だったとは――
「いえ大丈夫…本当に掠り傷ですから、街に入って少し休めば」
「分かった…馬鹿だな、何でわたしを庇ったりした?あんなの躱せてたのに…でも…ありがとう」
景麒を支えるように膝を突いた陽子は少し決まり悪そうに言った。

「主命に背いてしまいました」
景麒がぽつりと呟く。
「え?」
陽子は怪訝そうに上目遣いで覗きこんだ。
「先日五歩以内に近付いてはならぬと」
「ばか」
景麒の胸に額を押し当て、俯いて陽子は言った。
「さっきからずっと近付いてたのはわたしだ…」
「国が傾くかもしれません」
その背に片手を廻し、そっと景麒は囁いた。
「一度くらい平気だ…と思う……」
陽子は目を閉じ、軽く景麒に唇を重ねる。こういう風にいつも流されてしまうのだと、陽子は思う。

いつの間にか黒く分厚い雲に覆われた空から落ちてきた滴。
その一粒が陽子の薄く紅差す頬に弾けて落ちる。

「主上、身体が辛い。雨も降ってきたようです。つづ、もとい、街へ急ぎましょう」
「そんなに辛いのか?やっぱりもう帰ろうか」
心配そうに陽子が見詰める。景麒は首を振り、陽子の心配を打ち消すように微笑った。
「いえ、心配には及びません…そう、…宿で二、三刻ほど休めば良くなるかと」
「分かった。じゃあ少し急ごう」
陽子は立ち上がり、景麒の手を取って歩き出す。
二人が街の門扉をくぐる頃には雨は地を叩く様に激しく降り出していた。


「何だ、碧双珠のお蔭で傷はもう塞がってるじゃないか。ほんとに掠り傷だったんだ」
駆け込んだ宿の客室の中、宿で借りた小衫に着替えた陽子は、袍を脱いだ景麒の腕を見て安堵する。
景麒の着替えを避けつつ、陽子は窓際へと歩を進めた。
「よく降るね…さっきまであんなにいい天気だったのに…」
窓硝子越しの雨に煙る街を見下ろし、濡れた髪を拭きながら陽子は呟く。

背後に景麒が立っている。景麒はそっと陽子の身体に腕を廻して抱き寄せる。
「主上、お身体が冷えてしまわれた…」
陽子は廻された腕に掌を置いて言った。
「お前、初めからその気だったな?薄々気付いてたよ…だから金波宮に戻りたがらなかった…」
「……はい」
「身体が辛いのに…それでもわたしを抱きたい?」
陽子はじっと窓の外を見詰めたまま問い掛ける。景麒は静かに答えた。
「もう、治りました」
「いいよ…ほんとは…わたしもその気だったんだ……でも一つだけ教えて」
陽子は景麒の腕をゆっくりと解いて向き直る。翠の瞳がじっと見詰める。

「正直に言うよ…わたしはお前が好き。だから景麒、教えて。わたしのこと、どう思ってるのか。
今まで聞いたことがなかったよね?」
「常に態度で示しているつもり。敢えて言う必要などないでしょう」
景麒は困ったように目を逸らす。陽子は顔を近付けそんな景麒を見上げて問い詰める。
「分からないよ。わたしには…分からない……そうであって欲しくないけど…景麒は天命に背け
ないから、わたしに従ってるだけなのかも知れない…景麒はいつも、自分の気持ちを言わない。
…だから、聞きたいんだ」
――教えて、本当の気持ち……だけど、嘘でもいいから、誰よりも愛してると言って欲しい…

黙っていた下僕は目を逸らしたまま呟くように言った。
「…乱暴で、我侭で、気が多くて、無鉄砲で…いつも私を困らせてばかり…」
「そうだね……」
陽子は俯き自らを嘲笑う。その頬をそっと撫で、濡れた髪を優しく梳る指先。
紫の瞳が見下ろす先に、冷えてしまった細く小さな身体を震わす主君。
「それでも…私はそんな主上をお慕い申しております…言葉では言い表せぬ程に…愛している」
「ありがとう…」
見上げる瞳に涙が溢れる。長身の下僕はその身体を優しく抱き寄せ、言った。
「もう一つ、忘れていました…私の主は強がりなくせに、よく泣かれる…」
「そうだね……」
その胸に頬を寄せ、陽子は小さく呟いた。

横抱きにされた陽子は臥牀の上に優しくその身を降ろされ、傍らに腰を下ろす景麒を見上げた。
景麒は覆い被さるように上体を近付け、耳許に囁く。
「冗祐を退がらせます。目を閉じられよ…」
言われるままに目を閉じて、陽子は離れて行く冗祐の気配を感じる。そして何かに強く手首を
引っ張られるのを感じてはっと目を開いた。陽子は臥牀の飾り柱に両の手首を縛られていた。

「な、何を?…景麒!どうして!わたしのこと好きなら……こんなのはいやだ!お前はまた!」
景麒は両手を挙げて緩やかな曲線を描く陽子の胸元を、細くくびれた腰を、小振りだが充分に
女を感じさせる尻をゆっくりと撫でまわす。
「貴方は人を疑おうとしない…主上の仰る通り、麒麟は主だからと言って愛するとは限らない」
「そんな!……うそ…」
「愛などと口にしても儚い事。劣情に押し流されて主上を犯す私に、貴方はただ穢されるだけ」
乱暴に唇を塞ぐ景麒に陽子はいやいやと首を振る。雨に濡れた緋色の髪を褥に散らして。
「んっ…んくっ…」
翠玉の瞳を涙で濡らし、嗚咽の声を景麒の唇に押し殺され、陽子は泣きじゃくる。
――どうして?…景麒、どうして嘘を吐いたの?…

景麒は陽子の身体に馬乗りになる。こんなにも男の身体は重かったのかと陽子は思った。

はだけた小衫の袷、露わになった乳房を鷲掴みにする景麒。
「やっ…いやだ、もうやめて…」
その願いは聞き入れられず、景麒は乳房を絞り突き出した乳首を強く捻る。
「い、痛い!止めて!…お願い!」

苦痛に悲鳴を上げ怯んだ陽子の股を割り、景麒は身体を押し入れる。小衫の裾を開き、猛々しく
上を向いた己の肉棒を嫌がる陽子の身体にあてがった。未だ微かな湿りを帯びているだけのその
場所。尻たぶを掴んで閉ざされた扉を大きく押し広げて。
「ま、待って!まだ…だめ――痛っ!痛いっ!」
引き裂かれるような痛みにばたばたと暴れる脚を抱え、景麒は無言のまま容赦なく杭を穿ち激しく
大きく抽送を繰り返す。
「いやぁっ!景麒、いやだ、もう止めて!ひっ、痛い!やぁっ!」
声も枯れるほどに悲鳴を上げるその喉を仰け反らせる陽子。悲しみと苦痛に涙は止まらない。
「主上!」
程なくして近付く終局の予感、景麒は堪えることなく欲望を陽子の奥深くへと解き放つ。

息を荒げて身体を重ねる景麒の耳許に陽子はそっと囁きかける。
「もう満足した?…もっと…滅茶苦茶にされてもいい…お前の気の済むまでわたしを犯して」
漸く解放された苦痛、それを陽子は下僕に促す。陽子は垣間見ていた。己の下僕が自分と同じよう
にずっと苦悶の表情をしていたのを。
「なりません…主上、何故私を憐れむか?貴方を傷付け辱めるこの私を!」
身体を起こして険しい顔で見下ろす景麒。陽子は微笑みさえ浮かべて言う。
「そんなに辛そうな顔して…わたしを傷付けて愉しんだようには見えないよ?…景麒は自分の
気持ちを言わないけど、嘘を吐くのも下手だね……お願い景麒、この手の戒めを解いて」
景麒は陽子の手首を縛っていた帯を解いた。陽子は身を起こし、その手で景麒を抱き締める。
苛烈な責めは陽子の秘所に熱く鈍い痛みを残し、欲望の残滓が尻を伝う。それでも――
「いくらひどい事されたって、わたしはお前を嫌いになんかならないから、景麒」


抱き付く陽子を押し返し、景麒は言葉を探すように俯く。
「私は一人の王を破滅へ追いやりました。求められるまま応えたが故に…私は貴方を失いたくない」
陽子は優しく景麒の手を取り、そして言った。
「予王とわたしは違うと思うよ…そんなに心配しないで……わたしは景麒と一緒に…ずっと一緒に
この国を導いて行きたい…景麒がわたしを愛してくれるなら、ずっとこの気持ちは変わらない…」
向き合った裸の胸に陽子はそっと凭れ掛かる。
「愛しています、主上…」
重ねた唇にその想いを込めて、景麒は主の身体を強く抱きしめた。

「美しい我が主…今度街に降りるときは是非女物で」
何よりも大切な宝物、揺蕩う肢体を景麒は指先で余すところなく愛でる。
「ん、…そうしたら…手を繋いで歩いてくれる?」
深く切ない吐息も悩ましく、そう問い返す陽子の声さえも、愛撫を加える景麒の胸をくすぐる。
「喜んでそうさせて頂く…今日も決して嫌では…寧ろ嬉しかったのですが…少し照れました」
景麒は照れを隠すように陽子の狭間に手を差し入れる。
「ぁ……」
掌は赤茶の草原をそよがせ、指先は潤んだ花びらをくすぐる。
「さっきは、ほんとに痛かったんだから」
陽子は拗ねたような目つきで怒ってみせ、膝を擦り合わせてその手を締めつける。
「愚かな振舞い、本当に申し訳ない…だが何よりも主上が私の胸の内を察してくれたことが嬉しい」
真摯に見詰める景麒を翠玉の瞳は真直ぐに見詰め返す。
「だってわたしはお前の主だよ…そしてわたし達は二人で一人、だろ?」
そう言って陽子は微笑った。

「確かに少し腫れている様だ」
景麒は顔を近付け、僅かに覗く小さな宝玉をくすぐった。
「あん!そこは…違う…もう、ばか!意地悪言うな」
しとどに濡れた花芯にゆっくりと指を沈める。陽子の熱を帯びた柔肉が滑る指先を包み込む。

「まだ痛みますか?」
「ううん、大丈夫…でも優しくして……はぁ、ぅ…」
程なく景麒は陽子が泣き出す秘密の場所を探り出す。自然に身体が逃げようとするその場所を。
「あっ!…優しくしてって言ってるのに…」
次第に激しくなる指の動きを陽子は両手で制した。
「痛いですか?では止めましょう」
「違うの……」
首を振り、陽子は羞ずかしさに目を逸らす。
「そこは…いっぱい濡れちゃうから……」
――本当はそれを望んでいるの。腕を掴んだ指先を弛めているの…分かるでしょう?
やがて陽子は望みを叶え、しとどに濡らして愉悦に咽び泣く。

「……ね、今度は…うんと甘えていいかな?」
陽子は甘く痺れた身体を起こし、景麒の胸にしな垂れ掛かる。
「お好きなように……」
愛する主君の緋色の髪を指先で撫で梳き、下僕はその髪に口づける。
「聞かせて…もう一度……景麒の気持ち…」
――何度でも、聞かせて、その想い………
甘い言葉を耳に、陽子は想いに口づけで応える。絡み付く舌に切ない吐息を洩らしながら。

「ですがこの想い、普通の愛し方で伝えていたのでは何日掛かるか見当も付きません」
真顔で言う景麒に陽子は何か可笑しささえ覚えた。
「そんなこと言われたって…どうすればいいの?」
「では獣の格好に…」
景麒は仰臥する陽子の手を取って促す。自らその格好になるのはそれだけで恥ずかしいのだけれど。
「やっぱり…後ろ…なのか?」
それでも言われるままに四つん這いになりながら、陽子は振り向き問い掛ける。
「お好きでしょう?」

からかう様に景麒が問い返す。陽子は顔を前に向け、呟くように小さな声で言った。
「そんなこと…ない」
期待していたから出掛ける前に念入りに洗っておいた、などとは口が裂けても言える訳がない。
「好きだと顔に書いてありますが」
何だか見透かされたような気がして陽子はひどく赤面した。
「ばか!……痛くしないで…」
陽子は上気した顔を枕に埋ずめて隠し、もうひとつの、そしてこの上なく淫らなところへと誘う。
愛しい男のうねる舌を、悪戯な指を、猛り狂った男根を妖しく淫らな秘密の門に。



「――止まないね、雨…」
牀榻の向こう、夜の闇。雨滴に濡れる窓をぼんやりと見ながら陽子は独り言のように呟いた。
「そのようです」
牀榻の天井を見上げたまま景麒は穏やかに、いつものように素っ気無く答える。
隣に横たわる下僕に身体を並べ、陽子も仰向けになる。
石畳を限なく濡らす雨音の調べ、それは寄せては返すさざ波のよう。

「帰るのは…明日の朝にしようか…」
その指を愛しい下僕の指先に絡ませて、やがて穏やかな吐息を一つ、瞼を閉じる。

―了―

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