どんなに嘆いても、取り戻せないものはある。


「なぁカスガ。お前、雪って見たことある?」
「雪か……そういえば無いな」
「ならさ、今度ルティエ行こうぜ、ルティエ。あそこって一年中雪降ってるらしいし」
「騒がしい所は嫌いなんだが」
「……ノリの悪い奴だなぁ。クリスマスシーズンでもなきゃ人いないって。な、いいだろ?」
「そういうことなら、まあ」
「よ〜し! 約束だぜ、カスガ」


決して果たされることのない約束というものは、ある。









『友よ、永遠に』
















「お〜い、起きろって」
『武器製作請け負います』という看板を出したまま、眠りこけている鍛冶師の男。
そいつを起こそうと、オレは四苦八苦していた。
「……ふぁ?」
「あー……属性短剣、作って欲しいんすけど」
「…………。す、すみません! あまりにも客こないもんで」
客こないって……こいつ、ひょっとしてヘボいのか?
どうやらオレの視線はそうとう疑わしそうなものだったらしい。男は慌てて弁解を始めた。
「腕に自信はあるんすけどね。やっぱみんな有名な鍛冶師んとこいっちまうでしょう。
 オレみたいな新米は、それに割を食うんです」
結構厳しいんだな、鍛冶の世界も。
「で、ご依頼の品はなんでしょ?」
「風と、火のスティを一本ずつ」
「スティ? 見たところお客さん、かなり腕が立つほうでしょ。
 そのくらいのレベルのアサシンさんになると、みんなダマを使うっすよ。
 オレ、ダマも打てますし、万一失敗しても金は取りませんから」
……けっこうおせっかいな奴だな、こいつ。
オレも相棒によく言われるから人のことは言えないけど。
「最初はそのつもりだったんだけどな。これ買っちまったせいでダマ頼めるほどの金がないんだ」
「……ソルジャースケルトンカード? カタールもお使いになるんで?」
「いや、オレが使うんじゃない。あと一枚が揃わない、相棒への日ごろの感謝をこめたプレゼントってやつ」
「はぁ〜。そういう仲間同士の信頼関係っていいっすねぇ。
 あ、すんません無駄話して。じゃあ、製作に移りますわ」





スフォンとかいうらしいさっきの鍛冶師。
腕に自信があるとかいうのは嘘じゃなかったらしく、打ってもらったスティはなかなかの出来だった。
問題はそいつとどうもウマが合い、話し込んでしまったことだ。
気づいたら相棒との待ち合わせの時間が過ぎていた。時間に厳しいあいつ相手に、遅刻はヤバい。
「遅いぞ、バット」
「うぁ、ごめんカスガ。どうも鍛冶師の奴と気が合っちまって、長話しちまった」
「……まったく」
待ち合わせの時間に遅れたオレに、相棒のアサシン、カスガの冷たい視線が突き刺さる。
……別にそんなに大幅に遅れたわけでもなし。そんなに怒んなくてもいいじゃんか。
「ところで、お前はダマスカスを作ってもらうはずではなかったのか?」
「う……それは」
どうせなら、もうすぐ来るオレたちが出会った記念日に渡したいしな。カードのことは黙っとこう。
「……箱。青箱でスっちまった」
「……馬鹿か、お前は」
誰が馬鹿だよ。人が気を利かせて欲しいもの買ってやったっていうのに……。


こんな風に互いのテンションが合わないことはよくあることだ。
まぁ、それでもうまくいっているあたり、やっぱりカスガはオレの最高の相棒だと思う。
そんなカスガとオレが出会ったのは、3年前。
オレがユウという師匠の元を卒業し、一人立ちしてすぐのこと。
ダンジョンで急に沸いた魔物に囲まれているカスガに加勢したのが始まりだった。
カスガは無口で無愛想な男だった。その時は師匠によく似てるなぁと思ったもんだ。
ただ、師匠と違うところは……微妙に世間知らずで、天然なところだった。
よくアサシンに転職するまで無事に生きてこれたなぁ、とちょっと感心した。同時にこいつは放っておいたらヤバいとも思った。
他人の言葉を借りれば、生来のおせっかいでお人よしらしいオレはこういう奴が放っておけないのだ。
仲間などいらないというカスガを無理矢理説き伏せて、今に至る。
世間知らずな所はマシになったものの、天然な所は未だに治っていない。
……このままじゃオレはカスガに一生付き合わなきゃならないんじゃないだろうか。
恋人でもあるまいし、勘弁してほしい。


「……はぁ」
思えばあれこれ世話焼くのって、恋人っていうより母親の仕事じゃないか。
カスガの母親代わりかよ。まだ成人もしてないうら若き美男子のオレが。
そう思うと、思わずため息が出た。
「どうした、ため息などついて。腹でも痛いのか?」
「…………」
いや、腹痛くてため息とか意味わかんねーし。……やっぱこいつ、天然だわ。





「……なんだよ、カスガのアホ、わからずや、天然!! どっか行っちまえっ!!」
「それはこっちのセリフだ。……貴様などどこかでのたれ死んでしまえ!!」


ささいなことで、カスガと喧嘩をした。
へそを曲げたカスガは一人でフェイヨンダンジョンに潜っていってしまい、オレは一人町に残されていた。
原因は、本当にささいなことだ。カタールと二刀流、どっちが強いかっていうアホなこと。
……オレもカスガも、ガキだよなぁ。
まぁ、いつも通りオレが謝りゃ済むことだし、気にする必要もないけど。
「……ん?」
なんだか、妙に周りが騒がしい。
物がぶつかる音とか、壊れる音とかが断続的に続いている。……テロでもあったのか?
慌てて駆けつけたオレの目の前に現れたものは。
ありえない数の、さまざまな魔物の群れだった。


これはテロとかいうレベルじゃない。おそらく世界の『秩序』が乱れたんだ。
この世界では、町には枝によるテロを除いて魔物は存在しないことになっている。
だが例外として、世界を統べる者が誤った操作をした時、『秩序』が乱れ、魔物が現れることがある。
「……くそっ」
立ち向かう二次職、逃げ惑う一次職。フェイヨンの町は大混乱に陥っていた。
その時だった。逃げる一次職の連中の前に、突然別の魔物の群れが出現した。
他の二次職の奴らは別方向に気を取られている。……迷う暇などなかった。
「ここから、早く離れろ!!」
群れの中に飛び込み、力の限り叫んだ。
アサシンが集団戦に向かないのはわかっている。オレが無事でいられる可能性が、ゼロに近いことも。
それでもオレは、逃げることなどできない。
――だからお前はお人よしだっていうんだ。
いつもオレの性格に文句をつける、カスガの言葉が頭に浮かんだ。
およそ暗殺者には向かない、重度のおせっかいともいえるほどのお人よし……いつもあいつはそう言った。
すまない、カスガ。だからこそオレなんだ。
師匠がオレをアサシンにしたがらなかったのも、これが理由なんだろう。
でも、これがオレの生き方だから。最後まで、他人を守るために抗ってみせるさ。





それからのことは、あまり覚えていない。ただ、みんなを守るのに必死だった。
避けきれなかった爪や牙が身体を切り裂いても、ひたすら短剣を振るい続けた。
ふとすれば途切れてしまいそうな朦朧とした意識の中、魔物の姿を捉えようと目をこらし。
少しずつ、少しずつ数を減らしてゆく。その繰り返しだった。


傷が深い。魔物を殲滅させるまで気を張って立っていられる自信はあったけれど、終わった後の結末は見えていた。
この戦いが終われば、オレは死ぬ。そんな確信の中、ただ。
カスガに、会いたいと思った。





「……は、ぁ……」
魔物は、殲滅した。同時にオレの命も尽きかけていたけれども。
スフォンに打ってもらった二本の短剣も、その役目を終えたかのようにボロボロになっている。
「ごめんなさい……私の力じゃ、もう……」
「……あんたが、謝ることじゃ、ねぇって」
オレの傷を癒そうと懸命になってくれたプリーストの女に、笑って返す。
もう、助からないのはわかってる。あともう少しで、オレの命は尽きる。
悔いはない。アサシンらしくはないが、オレらしい死に方だって、師匠もカスガも思ってくれるだろう。
死ぬことだって怖くない。そんなことを言っていたら、アサシンなんてやっていられない。


……でも、どうして、オレはこの期に及んで『生きたい』だなんて思ってるんだろう。
ふと、懐にしまったままのソルジャースケルトンのカードのことを思い出した。
そういえば、まだ渡してなかったっけ。せっかく買ったのにな。
「……カスガ」
そうか、オレは死ぬのが怖いんじゃない。
カスガを残して逝くのが、怖いんだ。
天然で、危なっかしくて、放っておけない相棒……あいつの傍にいられなくなるのが、怖いんだ。
「カスガ……カスガっ」
お前と喧嘩したまま、死ぬことになるなんて。
お前と離れたまま……一人で……。
「プリさん、オレの相棒がここに来たら、伝えてくれませんか……」
このままお前に何も伝えずに逝くのは、嫌だから。


芯が強そうに見えて、本当は脆くて弱いカスガ。
オレがいなくても、誰かに騙されたりするなよ。
……いい奴を……オレなんかよりずっといい相棒を、見つけろよ。







「死ぬときまで、俺の心配などしているな……馬鹿」
プリーストからバットの最期の言葉を伝えられたカスガは、動かない彼にそう呟いた。
「仲間のスペルミスでこんなことになってしまって……。
 その者には厳しい罰を与えるけれど、それで彼が戻ってくるわけではないものね。……ごめんなさい」
「いえ……」
俯く『世界の支配者』らしき娘が、憎くないといえば嘘になる。
だが彼女を責めることをカスガはしなかった。娘を責めたところで、バットは戻ってはこないのだから。
「彼の遺品……受け取る?」
「……はい」
娘が、身に着けていたもの以外のバットの遺品をカスガに渡す。
それはぼろぼろになった二本のスティレットと、一枚のカード。
「ソルジャースケルトン……」
運のないカスガが、どうしてもあと一枚揃えられなかったカード。
その時彼は悟った。どうしてあの日、バットがダマスカスではなくスティレットを持って帰ってきたのか。
もしもバットがダマスカスを装備していたならば、彼は生き残ったかもしれない。
可能性の低い話ではあったが、まったくありえないというわけではないだろう。
「お前は……本当に、お人よしだ……ほんとうに……」
ぽたりと、カスガの瞳から涙が落ちた。
(……これが、悲しいということか。涙を流すということか……)
カスガは、生まれて初めて誰かのために涙を流した。
何もわからない自分を、光ある道へ導いてくれたバット。
いつの日かわからなくなっていた彼の大切さ。失って初めて、カスガはそれを実感していた。


――貴様などどこかでのたれ死んでしまえ。
……どうして、あんなことを言ってしまったのだろう。彼に対する最後の言葉だったのに。
カスガは悔いた。だが、時間は戻らない。
いまは亡きバットに、暖かい笑みも言葉も、向けてやることはできないのだ。





「雪だ……雪だぞ、バット。お前の見たがっていた雪だ」
賑やかな時期を過ぎ、静けさに包まれたルティエ。
カスガは最愛の友が残した二本の短剣を携え、そこにいた。
最期まで雪を見ることができなかった友が、いつでも雪を見ることができるように……この常冬の街に、第二の墓を作るために。
果たすことができなかった約束を、果たすために。



















暗いですね。まことに暗いです。ごめんなさい。
カスガはこの後微妙に救われることになります。
早めに書き上げたいと思います。このままじゃ中途半端だし。
今思うと、属性短剣の値段感覚が間違ってるかもしれません……












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