いつから涙を忘れたのだろうか。
暗殺者として経験を重ねていくうちに、泣き方がわからなくなっていた。
……いや、もしかすると。
忘れたのではない、わからないのでもない。ただ、意地を張っていただけなのかもしれない。







『涙を忘れないで』












首都プロンテラの酒場の隅で、静かに杯を傾ける男がいた。
茶色がかった黒髪の暗殺者。まだ青年と言っていい年だが、ひどく達観したような印象を与える男だ。
「よっ、久しぶり。あいかわらず不景気なツラしてんな〜」
突然かけられた声。それは嫌なほど聞き覚えがあった。同じ声で、何度も聞いた台詞だ。
この男と自分はどうしてこんなに縁があるのか。不快感が目に見えるような表情で、彼は振り向いた。
「おいユウ。なんでそんなイヤそうな顔してんだよ」
目の前には青髪のプリースト。予想した通りの人物だ。
男の軽そうな顔を睨みつけながら、暗殺者……ユウは答えた。
「シン……お前は俺のストーカーか何かなのか」
「ス……! お前、失礼にも程があるぞ」


プリーストの男、シン。彼とユウは腐れ縁と言っていい間柄だった。
二人は元々幼馴染だった。別々の道を歩き出した時、双方とももう会うことはないだろうと思っていたのだが。
なぜか出会うのだ。この広い世界で何回も何十回も。
それぞれ相手が行きそうな所を予測して外れたコースを選んだところ、見事に出会ってしまったり。
シンは最初面白がって回数を数えていたが、二十回を超えたところで嫌気がさしたのか止めてしまった。


「そういえば、バットとかいったっけ、お前の弟子。アイツどうしたんだ? ここんとこ姿を見てねーが」
「バットならとっくにアサシンに転職した。俺の師としての役割もそこで終わった。もう三年も前のことだ」
「……へぇ」
「なんだよ」
にやつき始めたシンの顔を、再びユウは睨みつけた。
「お前も師匠としてちゃんとやっていけたんだな〜って、感心してんの」
「なんだそれは……」
「だってお前、あのガキをアサシンにするしないって、すごく悩んでたじゃんよ」
「……俺の人生ではないからな。あいつの自由にさせるのが一番だと、もうふっきれた」
「ふーん」
「……腹が立つ奴だな、お前は」
にやついたままのシンに、ユウは苛立った。
シンの態度はどうもユウの神経を逆撫でさせることが多い。それでもユウはシンを嫌ってはいない。
憎めないシンの性格故か。長いつきあいで愛着が生まれたのか。それはユウ自身にもわかってはいなかったが。
「弟子っつーコブもなくなったんだからよ、お前もそろそろ女でも作れば? 顔はいいんだし。顔は、だけどな」
「別にいい。それに顔はというのは余計だ。人にばかりそういうことを言うが、お前はどうなんだ」
「俺? 俺が特定の相手なんか作ったら、世の中のすべての女が悲しむだろ」
芝居がかった口調で言うシン。ため息をつき、ユウがそれに返す。
「上手い言い訳だな」
「バ……言い訳じゃねーよ! 見ろよこの顔を。これがモテない男の顔か?」
「そういう態度が女を遠ざけるんだろ。いかにも遊んでいる風でな。
 『シンさんって遊んでそう。一日遊ぶのならいいけど、ずっと付き合うとなるとね』とか言われて終わりだ」
「な、なんで知ってるんだお前。お前こそ俺のストーカーじゃねーのか!?」
「やっぱりな」
今度はユウがからかう番だ。からかわれ続けるのは彼のプライドが許さないのか、大抵彼はこうやって反撃する。
元々ユウは無口な男だったが、バットを弟子にし、その後シンとたまに出会っては言葉を交わすうちに、口数がかなり多くなった。
笑ったり泣いたり、そういう大きな表情の変化は未だ無いに等しかったが。
そんな彼が唯一激しく動揺したのが、弟子であるバット関係のことだった。
バットはユウが変わるきっかけとなった少年だった。だからこそ、ユウも彼を大事に思っていた。






二人の会話がからかい合いという方面ではあったが、それなりに弾みはじめた時だった。
「……っ、ユウ……さんっ」
一人の青年が酒場に駆け込んできた。少年を卒業したばかりといったところの、若いアサシンだ。
彼にユウは見覚えがあった。バットが相棒が出来たと言って紹介してくれた……確かカスガという名前だったはずだ。
「カスガくん、突然どうした。……!」
下を向いたままのカスガが顔を上げる。その頬には涙が伝っていた。
ユウは驚いた。以前会ったときカスガは、ユウ以上に表情や感情に乏しい少年だった。
それが今相棒の師とはいえ、他人の前で大粒の涙を流しているのである。
「俺は……あなたに、謝らなければ、いけません」
「……どう、したんだ」
カスガはまた一つ、涙を流した。それでも今度は下を向かず、ユウの顔を見据えた。
ゆっくりと、カスガが口を開く。そこから出てきたのはユウが予想もしていなかった言葉だった。
「……バットが、死にました」


カスガによると、バットはモンスターの大発生から一次職を守ろうとして負傷し、そのまま命を落としたのだという。
あの時バットと喧嘩などしていなければ一緒に戦えたのに、と自分を責めるカスガを、ユウは慰めていた。
カスガのせいではない。バットは自分の意志を貫いて死んだのだから、と。
あまりにも冷静な対応だ。大切にしていた弟子が死んだ師の反応にしては、淡白すぎる。
(……おかしいな、あいつ)
シンは知っている。ユウがこんな時、素直な感情を自分の内に封じ込めてしまう男だということを。
そして、そのままその感情に気づかないふりをするだろうことも。
「……これが、バットの遺骨です。ユウさんの手で、故郷のモロクに葬ってやってください」
「……君はいいのか」
「俺はこの……遺品の短剣を、あいつの行きたがってたルティエに置いてきてやろうと思ってます。
 だから、あいつの墓は二つです。本当の墓のほうは……ユウさんに任せます。あいつもそのほうが嬉しいでしょうから」
「……わかった」
遺骨の入った袋を受け取る。ユウはその袋をぼんやりと見つめた。
(……こんなに、小さくなってしまったんだな、バット……)
バットの、見上げるまでに大きくなった身長。それを知っているユウにとっては、あまりにも小さい袋だった。
その袋は、バットの死をユウに改めて実感させた。


カスガを帰し、ユウは酒を新しく注文した。
ユウは酒場で軽く飲むくらい酒は好きだが、それほど強くない。そんな彼がめったに頼まない強い酒だった。
その酒を無言で飲み続けるユウを、シンはじっと見つめ続けた。
普段は頼まない強い酒。ユウの心の動きを、彼はその中に見ていた。






「平気か」
「……ああ」
宿のベッドにユウを転がし、シンはその隣に腰掛けた。
「俺が平気かって聞いてるのは酔いのことじゃねーよ。お前の頭ん中さ」
「……バットの、ことか。……仕方がないことだろう。あいつがしたくてやったことだ……あれが、あいつの人生だ」
「それでいいのかよ、お前。本当にそう思ってるのかよ」
逸らされたユウの顔を、掴んで自分の方へ向ける。
その瞳が虚ろなのは酔いのせいだけではないだろう。ぎりっ、とシンは奥歯を噛み締めた。
「泣けばいいだろ。伝えにきたあのガキみたいに、素直に泣けよっ」
「涙など……流すものか。アサシンになってから俺は、表情を捨てた」
「なら、どうしてあの時笑った? バットの将来のことで助言をした俺に、どうして笑顔を向けた?」
「わからない。あの時は……どうして、だろうな」
シンの腕を振り払い、ユウは再び視線を窓の外へ向けた。
「わからない? どうしてお前にわからないんだ。お前がバットを大切に思ってるからだろうが!
 そんな大切なバットの死に、なんでお前はそんな反応しかできない? いや、なんでしようとしないんだ!!」
「お前には関係ないだろう? どうして俺にそんなに干渉したがる……」
「お前がそんなんなってるのに、放っておけるかよっ」
しばらく、沈黙が続く。
ひとつ、シンは大きくため息をついた。ぐったりと寝転んだままのユウに覆いかぶさり、その耳元に唇を寄せた。
「何なら無理矢理泣かしてやってもいいんだぜ、頑固者さんよ」
「……勝手にすればいい」
「……マジかよ」
覆いかぶさったまま、シンは硬直した。冗談のつもりだったのだ。
(いや、でもな……)
こうするくらいしかないのかもしれない。頑ななユウの心を溶かすには。
一粒の涙でもユウの瞳から零れれば、それがきっかけとなるだろう。
一回泣いてしまえば脆いものだ。こんな日くらいは、ユウに本音を出してほしかった。その胸のうちに封じ込めることなく。
「後悔……するなよ」
ユウの顔を再び自分のほうへと向けさせると、シンは悲しげに笑いかけた。






「う……っく」
ユウの白い肌には、いくつものシンが残した跡があった。
触れられる度に熱くなる体を、ユウは自分のものではないように思った。
今まで男とこういうことをしたことはない。だが何故自分はシンを拒まなかったのだろう。
ユウは酔いと快楽でぼんやりとした頭で、そのようなことを考えていた。
「うっ……!」
内部にシンの指が突き入れられる。先ほど自分が放った精のぬめりを借りてはいるものの、痛みは耐え難かった。
無遠慮な指の動きに、ユウは小さく呻いた。
「くっ、う……はぁっ」
痛みには慣れている。だが呻きは止まらなかった。
痛みも快楽も、感覚がいつもの数倍になったようだった。信じられない、とユウは小さく呟いた。
「何がだ……?」
「何かが、おかしい……俺は今変だ」
「……もっと変になっちまえよ」
ゆっくりと、シン自身が入ってくるのをユウは感じた。
(人の熱、だ。バットがいなくなってから、感じることがなくなった……すごく、熱い)
いつも自分にくっついてきたバット。直接の肌の触れ合いは無かったが、初めて人の温かみを感じた相手だった。
今シンに与えられている熱はそれとは別のものだ。だが彼の気持ちがまっすぐに伝わってくるようで、もっとそれを感じたいと思った。
「うあぁっ……!」
大きく声があがる。シンが動く度に、その声は大きくなる。
快楽の中でユウは、なぜかシンに謝りたい衝動にかられた。
彼の必死の呼びかけに答えようとしなかった先ほどが嘘のように、ユウは今素直になっていた。
懐かしいともいえる熱が、ユウの心を溶かしていた。
「う……うぅ、シン……」
「……どうした?」
「す……まない、シンっ……!」
ユウの瞳が涙に潤みはじめる。それに気づき、シンは彼に軽く口付け、言った。
「涙は、あのガキのためにとっときな。俺への感謝とかは後でいいから。な」
ユウが頷くと、シンは優しく微笑んだ。
親友とこのようなことをすることになるとは夢にも思っていなかったが、それもいいかな、とシンは思った。
言葉では伝わらない気持ちをまっすぐに伝えるには、これが一番よかったのだろう。
特に自分とユウのような不器用な人間にとっては。
この行為は、これが最初で最後だろう。愛情で成された行為ではないのだから。
それを少し寂しい、などと思う自分にシンは苦笑した。
「体、大丈夫か」
「……ああ、平気だ。続けて、くれ」
初めてなのだから、本当は平気なわけがないのに。
こんな時までユウは耐える男なのだ。傷を壁になって受ける職業という訳ではないのに、我慢強いものだ。
そんな男らしいユウが、自分のようなフラフラした男に抱かれている。シンはそれを可笑しく思った。
「……じゃ、いくぜ」
「うっ……くぅぅっ」
痛みと快楽がないまぜになったような表情で、ユウが呻く。
少しでも痛みを和らげようと、シンはユウ自身に手を触れた。
快楽を求めて始めた行為ではなかったが、やはり自分だけが気持ちよくなって終わるのには気が引けた。
「く、はぁ、あぁぁっ」
少しずつユウが喘ぎを漏らし始める。彼自身も固さを取り戻し始めた。
これならユウも何とか達することができそうだ。シンは安堵のため息を漏らし、彼の腰を強く掴んだ。
「ユウっ……!」
「シ、シン……あ、あぁぁっ」
意識が飛ぶような感覚。それを二人が感じたのは同時だった。
荒くなった呼吸を沈めながら、二人は照れくさそうに笑いあった。






「……シン。俺はやはり間違っていたのか」
「ユウ……?」
モロクから少し離れた墓地。そこに立てたバットの墓を見下ろしながら、ユウは呟いた。
「あいつはどうしてもアサシンになりたいと言った。俺はそれを許した。
 だが、もし俺が止めていれば、あいつは死ななかったんじゃないのか。そう思ってな」
「……後悔はしないんじゃなかったのか」
「そのつもりだった。でも……でもな」
ユウの言葉が止まった。その肩が震えている。
シンは彼の肩を、そっと抱き寄せた。
「ほら、泣けって。この時まで取っておいたんだろ」
「……っ」
ユウの頬を涙が伝ってゆく。今まで流さなかった分が溢れ出るかのように、絶え間なくそれは流れ続けた。
「後悔は、しないんだと誓った。でも、おかしいんだ……感情が、整理できない。……アサシン失格だな、俺は」
「それが人間ってやつだぜ、ユウ。何でもかんでも耐えられる奴なんていやしない」
ユウは流れる涙を拭いながら、バットの墓に手を触れた。
「あいつは優しすぎた。アサシンなんかには向いてなかったんだよ。
 人を守って死ぬ……アサシンらしくなんか全然ない。あいつらしすぎる、死に方だ……」
「……そうだな」
「あいつはいい奴だから……きっと俺を恨んではいない。でもそれが余計に辛いんだ。
 シン……俺はどうしたらいい。これからあいつのためにどうしてやったらいい?」
ユウがシンに助けを求めることなどこれまで一度もなかった。
だがそれは、ユウが自分の弱さを胸の内に封じ込め続けていたからなのだろう。シンは今、そう感じた。
「……今の涙を忘れないことだな。無愛想で無表情なお前が自分の為に泣いてくれる。
 それが一番あいつにとって嬉しいことだと思うぜ。だからこそ、今の思いを大切にしろよ。
 アサシンだとかそういうのを忘れて、人間らしく生きていけばいい。それだけで……いいと思う」
「……シン。そうだな。……それなら、もう一つ頼みがある」
「ん?」
「俺がそのことを忘れそうになったら……それを教えてほしい。これから先、ずっと」
「それって……」
ユウの方に目を向けると、彼の頬は赤く染まっていた。
それはかつて、バットのことで助言をしたシンに向けて礼を言ったときの表情だった。
早く答えろ、とばかりに睨みつけてくるユウに、シンはへらへらとした笑顔を向けた。
「わかったよ。じゃ、これで腐れ縁も解消だな。ずーっとこれから一緒にいるんだもんな、ユウさんよ」
「……ふん。飽きがこなけりゃいいがな」
「自分から言っといてなんだよその態度。あ、ずっと一緒っていっても結婚は勘弁だぜ」
「当たり前だバカ」
いつまで一緒にいられるかなどわからない。こんな危険が溢れる世界ではなおさらだ。
それでもできる限り傍にいてやりたいと思う。いい加減会いたくないと思っていた昔が嘘のように。
どちらかが結婚したり、下手をすれば命を落としたり。そんなことがいつかはあるだろう。
でもいつか来るその日まで見守ってやろう。かけがえのない親友なのだから。
シンはそう思い、笑顔を向けた。それにユウも笑顔で返す。
強い日差しの下で、二人は固く手を握りあった。
















そういえば最初はプリアサ萌えだったな〜と思いながら書きました(いや、今でも萌えですが)。
いつのまにかプリ受けになってから、あまり妄想することもなかったのですが。
まぁ、自分はどちらが受けでもいけます。というか、ROの男キャラはみんな可愛いし萌えるのでどの組み合わせでもいけます(w
















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