金策 3
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だが当のディーンは見られてしまった事で全てを諦め、力を抜き壁に凭れ掛って、冷めた目で動揺するサムを見上げていた
そして拳を握り締めて激情を堪えるサムの前で、先程の抵抗が嘘のように悠然と全ての服を脱ぎ捨ててやる
「もう、いいか?」
「・・ぇ?・・」
サムはディーンが発した言葉で漸く我に帰ったように、聞き返してきた
「もうシャワーを浴びてもいいかと聞いてるんだ、サム・・・俺の傷を見て、満足だろ?」
「・・・・ディーン・・?・・・」
「確かにお前に嘘を付いた・・・酔ったってのは芝居だ
一人で静かに部屋に入ってベッドまで辿り着く自信もなかったし・・
偶然お前も起きて外に出て来てた・・・・だから、ああいう方法をとった」
「・・・・」
「・・後の手当ては自分で出来る、もうお前は寝ていい」
ディーンはそう言ってサムの答えも聞かず、もう話は終わりだとばかりにパスルームへと入ってゆく
傷付けるであろう弟の顔をこれ以上見たくなかったから
「・・・待てよっ、ディーンっ!!」
だが当然納得しないサムは、後ろから閉めようとしたドアを掴んでいた
「なんだよ?・・まだ何かあるのか」
「・・質問に答えてないっ、誰にやられたのか・・・これは犯罪だよっ!」
「・・・ああ」
そんな事か、という顔で、ディーンは笑ってみせる
「俺が少しばかり遊ぶ相手を選び損なった・・それだけさ」
「・・・・ぇ?・・」
呆然とサムは、ディーンを見ている
「聞こえなかったのか?、サム・・これは合意の上の行為だと言ったんだ、問題無いだろ?」
「・・合意・・・合意って・・・・・嘘だ、そんな事・・・嘘に決まってる・・・」
これまでそんな素振りさえ見せなかった兄のディーンが同性愛者だったなどど、サムにしてみれば信じられる筈は無い
だが側に女の影がこれまで見当たらなかった事に全てを完全に否定出来ないのか、サムの目は忙しなく動き嘘だと言って欲しいと訴えている
そんな弟の様子に、ディーンは全てが終わるのだと覚悟して言葉を発した
「嘘?・・・俺のプライベートの真偽を、どうしてお前が決め付ける?・・そんな権利でも?」
「ち・・違う、ディーン・・・・だけど・・」
「兄貴が特殊な趣味を持ってたと知ってショックなのは分かるけどな・・・諦めろ、どうせ俺は変人だ」
そうディーンは冷たく言い捨て、一人シャワールームへと入ってしまった
サムはまだ混乱しているのか頭を抱え、曇りガラスに映るディーンの影を見つめて暫くただ立ち尽くしていたが、やがてそのドアを叩いて叫びだした
「・・金だ・・金なんだろっ?!、ディ−ンっ!・・・言えよっ、金の為だったってっ!!」
シャワール−ムの曇り硝子越しでは、そう言ったサムの顔は見えないぼんやりシルエットが映るだけで、ディ−ンはまるで俺達二人の関係のようだとその影を見つめた
今夜あの男達と寝たのは金の為だった
だけどそんなのは自分に対する言い訳で、わざわざ性質の悪い二人組を選んで酷く抱かれたいと思ったのは欲しいものが手に入らないからだ
サム、お前には思いも付かないだろう?
俺がお前に抱かれたくて、堪らないなんて
夜、お前の寝顔に勃起して何度も自らを慰めた事があるなんて聞いたら、お前は俺から離れて行くんだろう?
いや、既にお前は俺を嫌ってる
嫌って軽蔑して、きっとここから出たら汚い物を見るような目で俺を見るんだろう?
そして、俺を置いて行くんだ
父さんと同じように
強烈な眩暈に襲われ、ディーンはシャワール−ムに崩れ落ち頭上からの水飛沫に目を閉じた
そしてドアの向こうからの弟の心配そうな声に向かって、決して彼には聞こえないように呟く
「・・・行かないでくれ・・もう、お前しか・・」
お前しかいないと思っているのは一方的に自分だけだと知っていても、ディーンは硝子に映ったサムに手を伸ばした
そして薄れ行く意識の中、サムの温もりだけを求めた
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シャワールームの外に立ち尽くしていたサムは、暫くすると嘘のように頭の熱が冷め、冷静さを去り戻せた
ディーンが理由も無くこんな事態を招く筈は無い
そして自分の推理が正しいという証拠を探して、サムはディーンが抜き捨てた上着を拾い上げるとポケットを探る
「・・・・・やっぱり・・」
そこからは、束になった高額紙幣
そんな事の相場に見当も付かないサムでも、今夜ディーンが相手に要求した値段が酷く高いと分かる
「高い金を貰って・・・その分酷い事をさせたのかよっ」
サムはグシャリと札束を握り締め、振り返ると中の動かなくなってしまった人影を見つめた
「・・・・・・?・・・・ディーン?・・」
シャワールームからはザアザアと水の流れる音だけが聞こえ、体を洗っている気配も全く無い
「・・・ディーンっ!!」
途端にサムは中で何が起こっているか思い当たり、凄い勢いでシャワールームのドアを蹴破る
「・・っ!・・」
そこにはぐったりと倒れこみ、降り注ぐ水飛沫の中で気を失っているディーンが居た
そして手を伸ばせば、彼が長い間浴びていたのがお湯ではなく冷水だったのだと分かる
「っっ!!・・どうしてっ・・」
サムは自分の服が濡れるのも構わずディーンの体を抱え上げ、真っ白な裸体をベッドに運んで毛布で何重にも包んだ
見れば、いつもはピンク色で弾力の有るディーンの唇は色を失い紫色に変色して、まるで死体が横たわっているかのようだ
ゾっと水に濡れたからだけではない寒気を感じたサムは、急いでディーンの体を自らの体で覆い衝動に突き動かされるままに彼と唇を合わせると、自らの体温を与えるよう包み込んで唾液で湿らせ、舌を中に差し入れて口腔を探って熱を送り込む
「・・ディ・・ン・・頼むから・・」
それでも反応を返さないディーンの体を摩り、その胸に冷たくなった彼を抱きしめると、サムの目からは一筋の涙が落ちた
金の事など、これまで自分は考えてもみなかった
いや、考えた事が有るとすれば、それは自分の生活、学費、欲しい物、そんな物についてだけだ
父が居なくなってからのディーンは全て一人でこの異常な生活を仕切ってきたが、それに対して自分はリーダー面してと腹を立てただけで、何一つ彼の苦労を思いやろうとはしかった
今日だって、とサムは冷たいディーンの頬をそっと撫でる
「馬鹿だよ、ディーン・・・俺にだけ飯を食わせて・・っ・・自分は、こんなっ・・」
ポタポタと、ディーンの頬をサムの熱い涙が伝う
「・・・・」
「・・っ、ディーン!・・気が付いた!?」
やがて微かにディーンの瞼が動き、美しい彼の瞳が覗いた
「・・ん・・・・っ・・・・サミー・・・?・・」
「うん、そうだよっ・・」
いつもはそう呼ばれると怒りたくなる子供の頃の愛称も、今は気にもならない
ただディーンか無事に目を覚まして自分の名前を呼んでくれた、それだけが嬉しくて、サムは長い兄の睫がゆっくりと上下するのを息を詰めて見めた
「・・サム・・・・行く・・のか・・?・・」
だが今の自分の状況を理解したディーンが口にした言葉は、意外なものだった
「・・?・・・・行くって、どこへ?」
「・・・・・」
「・・行かない・・・どこへも行かないよ、ディーン・・」
ディーンこそ何処かへ行ってしまいそうだとサムは意味も分からないままに無理矢理笑顔を作って堪えたが、目の前の兄は全てを諦めたような表情で哀しげに微笑んでいるだけだ
「サム・・・実の兄が・・男と寝てたんだ・・・見捨てて出て行くには十分な理由だろ・・?
・・無理するな・・・もういいんだ・・」
そして手を突っ張り、サムの体を遠ざけたディーンは顔を背けてしまう
「・・無理なんかしてないっ、ディーン・・・もう全部分かった、これは金の為だったんだろっ?
そして俺の・・俺の為だっ・・・・だから兄貴はっ・・」
「そう・・思うのか・・?」
「そうだよ・・・そうじゃなくて、あんな事・・・有り得ない・・」
「・・・・・・」
ディーンはそれっきり口を閉ざし、そして異様に長く感じられる沈黙が、二人の間に続いた
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ディーンの前には今、二つの選択肢が突き付けられていた
一つは自分の想いを全てをぶちまけて、弟を永遠に失う
もう一つはこのまま嘘を続け、偽りの心に苦しみながら弟と旅を続ける
どちらも、自分にとっては苦しい結論だ
「・・・苦しい・・よ・・」
「・・ディーンっ!」
俯いて顔を覆い、思わず口から出てしまった言葉はサムを動かしてしまった
肉体的な痛みだと勘違いしたサムは無理矢理ディーンを横たえるとバッグから傷薬を取り出して治療を始め、そのサムの心配そうな眼差しと優しく触れる手のぬくもりにディーンは、彼を失う事など不可能だと悟った
皮肉にもサムの誤解が、今ディーンにどちらを選択するかを自動的に決断させてしまったのだ
「・・・ごめん・・俺のせいで・」
謝って来るサムに、ディーンは首を振る
「・・お前は悪くない・・サム・・」
「・・でも・」
「いいんだ・・・・・側に・・いてくれ・・」
「・・・・・・・」
ディーンはベッドの隣に来てくれたサムが自分をそっと胸に抱くのを、じっと目を瞑って感じていた
この先自分の汚れた欲望が発覚し、弟を失う日が来たとしても
たとえ悪魔でも、この記憶は消せない
そのままディーンは朝まで、サムの匂いに包まれて眠った
end