妖蟲  1
ディーンが酔っ払った芝居をして帰ったあの夜から、サムは二人の経費の収入源をギャンブルやカード詐欺で賄う事に一切文句を言わなくなった

そしてそれだけではなく、今どれ位の貯えが有るのか酷く気にするようになり、二人の間での金銭の管理を担当するとまで言い出した

あの夜については二人とも改めて口に出すような事は無かったが、後ろめたい気持ちの有るディーンはその申し出を断れず、又あれ以来常に側に付き纏うようになったサムを振り払う事も出来なかった

だがそれは少しずつ度を越し、聞き込みに必ず二人で向かうだけでなく夜息抜きにバーで飲んでいても、サムはディーンの側に世間話をしに近寄る男さえ睨み付けて追い払う始末だ

「・・お前、いい加減にしろっ」

とうとうその日バーのカウンターで飲んでいたディーンは我慢出来ず、気の良さそうな老人相手に凄んでいるサムに声を潜めて怒鳴った

これでは何処に行ってもサムとしか話も出来ない、半ば隔離・監禁と同じだ

「いい加減にしろって・・何をだよっ、ディーン」

シンっとなった酒場の中に、振り返ったサムの低い声が響く

「・・・・・いいか?・・俺は獣に狙われてる小動物でも、10代の初心な小娘でもない
 そうまでしてくれなくても、自分の身は自分で守れる・・」

周りの人間に聞かれたくなくてディーンはサムの襟元を掴んで耳元に顔を寄せたが、サムは声量を落とす事もなく言い返してきた

「・・守れなかったから言ってるんだろっ!・・・いいか、ディーン
 俺は二度と兄貴に近寄る奴を許さない・・今度あんな事が有ったら、そいつを殺してやるっ!」

「・・・・殺すって・・お前・・」

呆れて目を見開くのと同時に、酒場の視線が全て自分達二人に集まっているのに気付いたディーンは、カウンターに札を置くとさっさと背を向け出口に向かって歩き出した

後ろからサムが名前を呼んでいるのも構わず、そのまま駐車場に向かってズンズン歩く

「・・ディーンっ・・待てって・・っ!・・」

「誰が、待つかっ・・」

そして車の所で追い付いて来たサムに、意を決したディーンは禁忌となっていたあの話題を持ち出した

「・・・いいか?、よく聞け、サム・・・・あの夜俺は襲われた訳じゃないっ、自分から・」

「そんな事っ、聞きたくないっっ!!!」

バンっと、サムは両手の平でボンネットを叩き、息を飲んだディーンはサムの目が潤んでいるのにも気付き、呆然と見つめる

「・・サム・・」

「・・・っ・・・・聞きたくないよ・・・ディーン、考えてみて・・もし、これが逆の立場だったら?
 金の為に、俺が内緒でそんな事をしてたと知ったら・・?・・」

「・・・・・」

ディーンは鋭い胸の痛みを覚えて、微かに頷きながら深く息を吐き出した

あの夜全てを知られた失態は酷くサムの心を傷付け、同時にその誤解を利用し続けるディーンの精神も疲弊させていた

守れなかった、とサムが言ったのは自分が金の困窮に気付かず兄にそんな行動を取らせてしまったという意味で、ディーンが一方的に誰かからあんな目に遭わされる弱い人間だとも、再びあんな事を繰り返すと疑っている訳でもない

それでもサムはあの夜の傷付いたディーンの姿が忘れられず、いっそ過剰なまでに兄を守りたいと自らに歯止めが掛けられなくなっていたのだ

そしてディーンも、ある意味では金の為というのは真実だったが許されぬ想いを隠す為にサムの誤解を解く事が出来ず、その狭間で苦しんでいる

「・・・悪かった・・・サム」

「・・いいんだ・・・俺は自分が許せないだけなんだ
 それに・・・・・少しやりすぎたよ・・つい・・」

「・・・・・・」

お前は悪くないのだと言おうとしたディーンに、サムは分かっていると表情で伝えてきた

そして再びこの話題は二人の間で禁忌となり、ディーンもサムも表面上は何事も変らぬかのように振舞った





あの事件が起こるまでは


























次の日店のカウンターにオーダーしに行く位ならと、漸く一人で行動する許しを貰ったディーンがトレイを手に席に戻ると、珍しくサムがテーブルにパソコンを広げ次の仕事を見繕っていた

「・・何かあったか?」

難しい表情でモニターをにらみつけているサムに、ディーンは事件の発生を確信して尋ねる

「多分・・これは俺たちの管轄だよ・・」

「なんだ?」

「一昨日・・10歳の男の子が急死、死因は不明
 外傷は全く無いが・・解剖の結果、内臓に通常では見られない酷い損傷が有ったって」

「どこで?・・家の中か?」


「子供部屋、誰の侵入の痕跡も無いし・・両親もちゃんと家に鍵を掛けてた」

ディーンは決まり、と目を輝かせサンドウィッチに齧り付く

「場所は?、近くか?」

「・・・・そう・・でもないよ・・」

「・・?・・」

「カンザス・・・州の反対側だけど・・」


「・・・・・そうか」

元の俺たちの家からは、という意味のサムの言葉にディーンは頷き、コーヒーで無理矢理美味しくない食事を喉に流し込んだ

そして自分達の助けが必要な所へ早く向かいたいという思いから、二人は早々に席を立つとインパラへと乗り込んだのだ






















カンザスまでは車で8時間

途中泊まるには短すぎ、続けて走るには長い距離だが、二人は交代で運転して今夜中に町に入る予定を取った

そんな音量を絞ったロックのかかる車内の助手席

眠れず目を閉じていただけのサムは、2時間程走った所で不意に激しい頭の痛みに身を捩った

「・・ぅ・っ・・・」

目の前には白い靄が懸かり、予知夢を見る何時ものパターンだ

「・・・サム?」

運転席からティーンが心配そうに掛けてくる声も聞こえていたが、サムの閉じた瞼の裏には勝手に禍々しい画像が映し出されて来る











『・・っ・・・あっ・・・』

暗く、狭い部屋の中

一人の男がベッドにうつ伏せに横たわっている

その手は苦しげにシーツを強く掴み、微かに聞こえるのは呻き声

目を凝らせば纏わり付いた黒い影が揺ら揺らと蠢いていて、やがて男は全身をビクリと跳ねさせ何かを振り払うように激しく首を振った

『・・ゃ・・・やめ・・ろっ・・・ぁっ・・』

美しいラインを描いて、綺麗に筋肉の付いた背中が反り返る

まるでそれは背後から誰かに犯されているようで、夢の中でサムはその淫靡な光景に思わず唾を飲み込んだ

だが、暫くして感じる、聞き覚えの有る声への確かな違和感

「・・まさか・・・」



次の瞬間、男は黒い影に無理矢理仰向けに返され、夢の中のサムと目が合った

額から汗を流し、苦しげに喘ぐ、その男






それは、サムが最も夢で見たいくない人




ディーンだった










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