妖蟲  2
ディーンは夢について深くは追求せず、サムの呼吸が落ち着くのを待って再びエンジンを掛け車を発信させた

だが気がかりなのかサムの方をチラチラと伺い、暫くの間彼が何時ものように夢の内容を話し出すのを待っていたが、暗い顔を背け俯くばかりなのに我慢出来なくなりとうとうディーンは自分から尋ねた

「・・まさか、って、なんだ?・・今度は何を見た?」

「・・・・・・」

だがサムにしてみれば今見た予知夢はあまりにもショッキングで、本人を前に言葉にするのはとても無理だった

それにどうしてもあの夜の事が連想されてしまい、まるで男に抱かれるディーンの姿を近くで見物させられた直後ような気分のサムは自分の運転時間までずっと黙り込み、ディーンも様子がおかしい弟に気を使ったのか交代後助手席に着くと直ぐ目を閉じてしまった

そして二人は目的地カンザスまでの長い時間、今の夢には一言も触れぬままに、車を走らせたのだ























町のモーテルで一泊した次の日、二人は今回の変死事件の死体が安置されている病院へと、検死官見習いを装って入り込む事に成功していた

大物の医師の名前を使った偽の紹介状を見せると、その病院の医師は手の平を返したように快く二人を男の子の死体の置かれた霊安室へと案内してくれる

「・・新聞では、内臓に酷い損傷が有ったとありました・・本当ですか?」

解剖の痕以外見かけは傷一つ無い少年の死体を前に、些か信じられない気持ちでディーンは尋ねた

「ああ・・そうだ、こんなのは私も初めてだよ」

「体内にはどんな傷が?」

「傷も何も・・直腸、大腸、胃、肺、心臓まで・・全部がグチャグチャにされてる
 ・・・まるでミンチ肉みたいに」

「・・では・・もしこれが殺人事件なら、犯人は少年の肛門から何か道具を入れて・・」

「いや、肛門にもその周囲にも、外部には一切傷は無い
 後はもう直ぐ出る細胞の検査の結果から、何か分かるといいが・・・期待は持てない」

その言葉に二人は顔を見合わせ、礼を言うと直ぐ、身分がバレる前に足早に病院を立ち去った

これが自分達の領域に間違いないと、密かに確信して













次に二人は事件があった家へと赴き、その家族から聞き込みを試みる事にする

こんな異常な状況で子供を失った者から話を聞くのは困難な場合が多いが、刑事の偽身分証の提示で二人はすんなり家の中に通された

何故なら母親は悲しみに暮れると同時に、息子の死に方に疑問を抱き原因の究明を望んでいたらしいく、その泣き腫らした目からは真実を知りたいという意思がはっきりと見て取れた

「では・・外部からの進入は有り得ないと?」

「ええ・・主人が出張の夜は、家には私と息子だけ
 それに・・普段からも寝る前に鍵は何度も確認します・・もちろんあの日も・・」

「では・・鍵が壊されていないなら、やはり病気だったと思いますか?」

サムの言葉に、母親は即座に首を振った

「一ヶ月前の検診では全く異常の無かった子です・・そんな筈は・・」

「・・・・・」

サムが頭の中で、あらゆる魔物が書かれた本のページを捲ってそんな事例は無かった筈だと考えていると、今度はディーンが母親に話しかけた

「全く・・今回の事は、不思議な事ばかりですね」

「・・ええ・・」

「こんなのは我々も初めてで・・・どんな些細な事でも教えて欲しいんです
 何か以前の息子さんの様子で変わった点は?・・・気付いた事があれば」

「・・・・・・・・・そういえば・・」

「なんです??」

何かに気付いた様子の母親に、サムは身を乗り出す

「・・一月くらい前、息子は夢で魘されると言ってました
 でも、数回だけで・・それからは何も・・・・」

「どんな夢か、聞きましたか?」

「巨大な・・蟲だと言ってました・・ミミズのような形で、黒い
 ・・でも・・こんな事、関係無いわよね・・?」

「いいえっ、そんな事ありません・・どんな事でもっ」

そうは言ったもののサムは益々聞いた事のない事例だと、思わず隣に立つディーンを見た

だが、何故かその話を聞いたディーンの顔色は真っ青で、口元を押さえた手は震えている

「・・ディーン?・・」

「・・・・サム・・俺は家の外を見てくる・・お前は続きを・・」

「・・・・」

サムはそう言い残し逃げるように立ち去るディーンを何度も振り返りながらも、再び何かを思い出した様子の母親に再び向き直った

そして少年についてもう一つ、不可解な話を聞く事に成功したのだ














「カンセル・イングリセンシスの仕業だ・・・イタリアの伝説に出てくる」

聞き込みを終えたサムが家の外に出ると、横の木に寄りかかるようにして立っていたディーンが告げた

「そんなもの聞いたことない・・どうして兄貴が知ってる?、昔親父が狩ったとでも?」

その顔色はまだ悪く、サムは過去に何かあったのかと詰め寄った

「・・・・・・」

ディーンはそれに否定も肯定もせず、酷く気分が悪そうに車まで歩いて行く

「・・待てよっ、ディーン」

サムは急いで運転席を占拠するが、初めからディーンが大人しくそこを明け渡して反対側のドアに回った事に驚き、益々不可解な反応に眉を顰めた

誰よりも車を愛し、運転を楽しんでいるディーンがそれを無理だと認める程に、今彼の気分は悪いらしい

「あの後・・もう一つ話が聞けたんだ、妙な事」

エンジンを掛けながら言ったサムにも、視線を合わさず答える

「・・・呻き声でも・・聞いたんだろ?・・分かってるさ、サム・・」

確かにその通りだけどと、サムはディーンをじっと見た

少年の部屋から聞こえたと母親が語った言葉と多少のニュアンスのズレはあったが、恐らくディーンの知識はこの魔物に関しては確かなものだ

それから解決は容易いのかと、サムはモーテルへの道を急ぐことにした

ディーンが隠しているであろう、過去の話を聞きだす為に









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