妖蟲  3
だが結局いくら問い詰めても話始める素振りはなく、その夜ディ−ンは一人黙々と父親の残した手帳をめくっているだけだった

やがて夜も更け、明かりを消してすぐ寝付いたサムだったが、不意に何者かの気配に目を覚ます

「・・・・?・・・・」

だが部屋の中をぐるりと見回すも何も異常は無く、隣ではディ−ンが寝息をたてているだけでサムは妙な胸騒ぎと説明のつかない違和感を覚えながらも、バッグから銃を取り出してベッドサイドのテーブルに置くと直ぐ再び目を閉じた

すると脳裏に、昨日予知夢で見たディーンが何者かに襲われていた部屋の光景が再び甦る

そして、このモーテルに一歩脚を踏み入れた時に感じた既視感も

「・・っ・・・?・」

次の瞬間、サムはその夢で見た部屋の内装が、まさに今自分達が泊まっているモ−テルと全く同じだと気付いた

「・・っ!!・・・ディーンっ・・・くっ・・」

しかし起き上がろうとしたサムの体は既に動かず、何時しか隣のディ−ンは苦しげに身を捩り始めている

その全身には黒い影がゆっくりと纏わり付き、やがてサムの耳はディーンの喘ぎ声の他に何かが床を這う音を拾った

「・・・っ・・なんなんだっ・・」

それはまるで、カーペットの上を太いロープでも引き摺っているような音

凄い力でヘッドに押し付けられながら、サムは必死で首を上げてその音源を確かめた

「・・っ・!!・・そんなっ・・」

見るとそこには、一匹の巨大なミミズがいた

生物学上ありえないその大きさは、明らかに呪術で操られる命を持たない『蟲』だと分かる

ディーンの横たわるベッドの足元から這い上がったそれはシーツの下にウネウネと潜り、サムと同じように動けなくなっている彼の体の上を這い回る

そして上の黒い影がまるで人のような形に変わりディーンの腰を後ろから抱え上げると、その蟲もある場所を目指して身をくねらせた

「・・っ・・よせっ!、ディーンに触るなっ!!」

叫ぶサムの祈りも空しく、それはディーンの体内に顔を潜らせる

「・・ゃ・・・やめ・・ろっ・・・ぁっ・・」

見つめるしか出来ないサムの前で夢の中と同じ悲鳴を上げたディーンは、しなやかな体を反り返らせて巨大な蟲に犯されてゆく

サムは、昼間聞いた最後には内臓だけをズタズタに傷付けられて死んだ男の子の話を思い出し、それがこの魔物達の仕業だと確信して、ディーンを同じ目には遭わせないと密かに魔物退散の呪文を口の中で唱えながら身を起こす事を試みる

「・・・くっ・・っ・・」

すると少しずつだが自由を取り戻した手はベッドサイドに置いた銃に近づき、サムはそれを掴めるまでになると懸命に震える手で、蠢く蟲の体に標準を合わせた

ディーンに触れる者は殺してやると、これまで感じた事がない程純粋な殺意がサムの中に燃え上がる

「・・死ね、この・・化け物っ!!」

カッとサムの銃が火を噴き岩塩の弾を喰らうと途端に、ディーンの体を弄んでいた黒い影は形を変えて部屋の空中に舞い上がり、巨大な蟲も甲高い雄叫びを上げるとズルズルと部屋から逃げ出した

そして自由を取り戻したサムが追おうとするもあっと言う間に影はドアの下や窓枠の隙間から外へ流れ出し、それと同時に蟲の姿も消えてなくなってしまう

「・・っ・・畜生・・」

完全には倒しきれなかったと窓から外を見て追いかけるか迷ったサムだったが、背後のディーンの呻き声がそれを押し留める

「・・う・・っ・・」

「ディーンっ?・・・・ディーンっ!!、しっかりしろっ」

シーツを剥がし下肢からの出血が無いのを確かめると、サムはディーンを揺さぶった

「・・サ・・ム・・?・・」

「大丈夫かっ?!、どこか痛むところは・」

「・・ぁぁ・・平気だ・・」

だが無事でもたった今まで蟲に犯されていたディーンの目は潤み、全身の真っ白な肌は薔薇色に染まっていて、落ち着かない気分になったサムは急いで目を逸らした

「今の・・・あの子供を殺したミミズ野郎だっ
 ・・でもまさかディーンを襲うなんてっ・・」

「・・・・・・・・」

「・?・・・どうかした?」

サムは、襲われた当のディーンがそれを驚きもせず唇を噛み締めて俯いているのを見て、改めて彼に向き直った

やはり昼間の様子といい、この蟲に関してのディーンの様子はおかしい

「・・・・サム・・・話が有るんだ・・」

「・・・・聞くよ、ディーン・・・でも、もう隠し事は御免だ・・全部、ちゃんと、話して」

ディーンは頷き、ベッドの上に体を起こすと、まだ呼吸も整わないままにサムに話を始めた

それは彼がまだ幼い頃の、カンセル・イングリセンシスとの戦いの記憶だった

























「俺が8歳になった頃だった・・ワンブロック先の角地に一人の中年の男が越してきた
 ・・・小さかったお前は覚えていないだろ?・・」

「・・?・・それって猫を沢山飼ってたおばさんの家の隣?
 ・・俺の記憶だと、そこは空き地だよ」

サムにディーンは、そうだろうな、と頷いた

「そいつは・・一見優しくて子供好きな男で、近所の人達にも直ぐに溶け込んだ
 俺も家が近かったし・・・よく遊びに行ってた」

「・・ディーン、が?」

「ああ・・俺が、だ」

サムは話が意外な始まり方をしたのに少しばかり驚いて、思わず確認してしまう

どうせあの影と蟲は親父とディーンで狩りに行った時に逃した獲物だとか、そんなものを予想していたのに、取り分け人見知りの激しかった幼い頃のディーンの知り合いなどとは意外過ぎる

「・・だが・・やがてその男の行動は常軌を逸してきた
 俺が何処に行くにも付き纏い始めて・・そのうちまだ幼かった俺に・・・・・・」

「・・?・・・・なに・・?」

サムが顔を覗き込むと、ディーンは、わかるだろ?と言いたげに肩を竦めた

「実は・・・その男は、刑務所から出所したばかりだった
 前科は児童への性的虐待・・異常な性癖ってのはなかなか直らないものだ」

「・・ちょっ・・ちょっと待てよっ、ディーンっ」

「なんだ?」

「親父はっ?・・親父は何やってたんだよっ!、息子がそんな危険な・・」

「サム、親父はずっと家に居なかったんだ、だから俺は・」

サムはそんな危険な目にディーンが遭っていたと知って憤慨したが、ディーンは何時ものように父親を庇い本音を言葉にはしなかった

まだ8歳だった兄が一人不安と闘いながら自分を守る光景を想像し、サムはディーンが飲み込んでしまった言葉を代わりに言った

「だから、兄貴は・・・・寂しかった・・のか?・・」

サムが汲んだ自分の思いに、ディーンは暫くの沈黙の後静かに頷いた

「・・・・・・そうだ・・・だからあんな奴の所に・・
 だけど・・奴が直接的な手段を取って来る前に逃げて、親父に言った
 それで前科が町の皆に知れ渡ったのか・・・奴は孤立したんだ」

「当然だよ、そんな奴」

「・・ああ・・だが・・それから数ヵ月間、奴は家に引き篭もって・・
 最後には自殺したのか・・・・死体は腐乱して、その悪臭で発見された」

「・・・・・・」

「そして・・以前から男はその家で、気味の悪い生き物を沢山飼ってた
 死ぬ前にケースを目茶目茶に壊した男は・・自分の死体を彼等に喰わせたんだ」

「・・・・・・それって・・それが・・?・・」

サムはさっきの人の形をした黒い影と、それし行動を共にする巨大な蟲を思い返し、まさかとディーンを見た

「・・そうだ、サム」

だが何かを決意したようにこちらを見たディーンの表情で、それがこの事件の真相なのだと確信する

「・・・だから、これは俺が終わらせる・・絶対にだ」

そしてサムは、ディーンの言葉に頷いた











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