代用品  
突然修理途中の愛車のボンネットをボコボコにし、そのくせ直った車の運転席で大はしゃぎしたかと思えば、ナイフを片手にまるでピクニックを楽しみにする子供のように狩りの話に興奮する

『親父が死んでから行動がぶっとんでない?』

そんなディーンは、サムから言われた

確かに最近のコントロール不能になったかのように大きく振れる感情にサムが違和感を感じているのは分かっていたが、その時は大した自覚も無く誤魔化したディーンだ

だがその夜、奴らのアジトでヴァンパイアの首を切断しその生暖かい血飛沫を頭から浴びた時、まるで化け物を見るかのように自分を見つめるサムの視線で、ディーンは以前には無かった暗い影が自分を蝕み始めているのにはっきりと気付いた

父親を失った時ぽっかり開いた、胸の中の大きな穴

それは時間を掛けて小さくなるどころか徐々にその闇を濃くし、じわじわと染み出た禍々しい暗黒は何時の日か自分自身を飲み込んでしまうのではないかと思える程だ

いつか死神が言った、怒れる霊

だがディーンは再び健康な体を手に入れたにも関わらず、自分がいずれ生きながらそんなものになってしまう気がした

だが気付いていても自分ではどうにも歯止めは効かず、サムの前で平静を装えなくなる位の不安や虚無感は皮肉にも、命懸けのスリリングな狩りの時間や酷い暴力行為の只中に身を置いている間だけは忘れられた

ディーンは、そんな時だけ感じる心の安息と充実感に漸く息が出来る最近の自分を見たられたくなくて、殊更にサムから視線を逸らしていた

そして、そんな時、目の前に現れた一人のヴァンパイアハンターに、サムにも言えない心の内を打ち明けたのだ





























その夜ハンター同士の会話は自然とこれまでの狩りの話に及び、粗方大物退治の自慢話が終わるとどちらからともなく始めての狩りの時の話になった

そしてディーンは互いの過去の経験を聞きながら、目の前の男同様に自分が社会から隔絶された異端者なのだと改めて自覚する

まだ本来なら母親の胸の中で甘えているような歳から、留守しがちな父親に代わって弟を守る為にその手には銃を握ってきたし、義務教育もハイスクールも碌に通った記憶も無ければ親しい友達を持った記憶も無く、代わりに学んだのは魔物の退治方法の他に身分偽装やカード詐欺のやり方だった

そんな生活は、やがて世間一般の道徳や常識をディーンの中で全く無意味なものと変え、何事においても禁忌やタブーを破る事への躊躇も無くさせて、そしてその時期の若者が最も興味を持つ異性でさえゆっくりと愛を育む課程を学ぶ時間も無かったディーンは、最初から欲望を解消する相手に手っ取り早い方法だけを実践した

それに父親も、未成年のディーンが酒に酔い酒場で遊びなれた女に声を掛けるのを黙認し、まるでそれがこれから先もそれがお前の運命だと言わんばかりに、そんな生活に馴染んでゆく息子を放置したのだ









「・・酔ったのか?」

二人で飲み比べを初めて数時間、ディーンが机に肘をついて額を押さえるとゴードンは顔を覗き込んで来た

「・・・いや、まだ・・」

ゆるく首を振って残りの酒を飲み干し、ディーンは今は男しか居ないカウンターの中を見つめて言った

「・・・ゴードン、あんた・・恋人は?・・」

「いると思うか?、こんな生活で?」

「・・そうだよな・・・それじゃ、いつもは・・」

ディーンは、視線を戻すとゴードンが意味有りげに微笑んでいたのに、こんな所も自分と一緒なのかと思った

「ああ・・大抵はこんな酒場で一夜の恋人と巡り合う・・お前もだろ、ディーン」

「・・恋人なんて呼べないが・・・・・そうだよ・・」

「そう思った方がいいぞ・・錯覚でもな、少しは慰めになる・・孤独な日々の」

体目当ての女など少しも心の慰めにはならなかったと、ディーンはこれまで通り過ぎて行った相手を思い浮かべる

自分にとってサム以外、全てどれも同じ価値しかない

たとえ女でも、男でも

「・・俺には・・慰めになんかならない・・・」

「ディーン・・?・・」

「・・何故なら、誰でも同じだからだ・・・女も・・・・・・男もな・・・」

理解者と信じたゴードンに、ディーンは思わず全てを受け止めて欲しくて自らのもう一つの秘密も口にした

そしてゴードンはただ静かに、そんなディーンを見つめていた









やがてディーンがお代わりのオーダーを入れようとするのを、何故かゴードンは制した

「・・?・・もう降参か?、ゴードン・・」

「いや・・そうじゃない、ディーン・・・今のうちに確かめたいんだ
 その・・・・・俺の聞き間違いじゃないよな・・?」

「・・何が・・?・・」

酒で鋭さを失い潤み始めた瞳を上げると、ゴードンはそっとディーンの手首に掴み親指でその滑らかな肌を撫でていた

性的なものを連想させるその動きにディーンは一瞬驚いて手を引いたが、直ぐ彼と自分の間に漂う共犯者のような雰囲気の原因の一旦を知り納得する

残酷な真のハンターに、こんな禁忌は禁忌ですらなかったらしい

だがディーンにとっては最初からそのつもりだったかと聞かれれば決してそうではなく、先程何気なくもらした言葉も決して彼への誘惑の為でもなかったが、今ディーンはゴードンの誘いにNOと言う理由が見つからなかった

「・・ぁぁ・・・・そうだな、ゴードン・・・俺の答えは、yesだよ・・」

拒まないどころか途端に艶を増した視線をやったディーンに、ゴードンは真剣な顔で身を乗り出した

「・・ディーン、正直言うと・・俺はもう我慢出来ない
 もう一回聞くが・・本当にまだ酔ってないのか・・?・・」

「ふっ・・・俺みたいなのを相手に随分気を使うんだな・・
 ・・酔って、何処かに連れてってくれって言うまでじっと待つのか?・・」

ディーンは、ここにきて何故か遠慮勝ちなゴードンがおかしくなった

「・・まあ、そんなところだ・・俺は何時も紳士的でね」

「野郎相手なら力づくで・・強引にホテルに連れ込んだりするタイプかと」

「・・心外だな・・・だが、されたいのか?、そんなのが好み?」

両手を広げて、やってもいいぞというジェスチャーをしたゴードンに、ディーンは笑って首を振った

「遠慮する・・乱暴にされるのは好きじゃない・・・」

「・・・・・・人前では、だろ?、ディーン」

そう言って立ち上がり肩を抱いて来たゴードンに、ディーンは何故か安心して全てを委ねた

今日、初めて会った男だというのに







end




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