妖蟲 9
「ディーンが昔ミミズの化け物に犯されたと聞いて怒ったって?
んで・・金の為じゃなく男欲しさに体を売ったと疑って、又怒った?
・・お前、怒っただけで勃起すんのか?・・・器用だよな?」
アッシュは据付の椅子を逆に回すとカウンターに背を凭れ掛けて座り、反論出来なくなったサムの顔を斜め下から覗き込んだ
「普通・・感じるなら、前半は哀れみで後半は嫌悪かだ
・・だけどお前は、兄貴を犯した・・それって変だろ?」
「・・・・・」
そして黙り込んだまま落ち着き無く視線を揺らすサムの肩に、その手で優しく触れて言った
「・・なぁ・・・・もう本当は分かってるはずだぜ、サム・・ただ認めるのが怖いだけだ
でもな・・・ディーンはずっと前から気付いてた、そして苦しんでたんだ」
「・・っ・・ぇ?・・・・そ・・それって・・・」
「いくら鈍いお前でも、少しは心当たりあるだろ?・・ねぇのか?」
アッシュは途端にサムが滑稽なまでにうろたえるのを、微笑ましい気持ちで傍観した
「・・アッシュ・・・ディーンはなんだってっ?・・なんてあんたに言ったんだ?」
そして詰め寄るサムに笑って肩を竦めると、立てた一本指をビシッっと真っ直ぐ、自分の部屋の方向へと向けのだ
躊躇いがちにサムがその部屋のドアをそっと開け中に足を踏み入れると、丁度ディ−ンはベッドの下に落ちていたシャツを拾い上げ袖に腕を通しているところだった
「アッシュ、悪いけどもう行く・・熱も少しは下がったし、どうにか歩けるみたいだ」
「・・・・・」
こちらに背中を向けたまま入って来たのがサムだとも知らず、毛布からはみ出した日焼けしてない真っ白な脚も晒した無防備な様子に、やはりアッシュとは何も無かったのだとサムはたった今はっきり自覚した自分の独占欲の強さに内心呆れた
そしてたった数日ぶりだというのに、ディーンの姿が視界の中に有る事の嬉しさをかみ締める
やっばり自分は、アッシュが指摘した通りの気持ちを持っていた
気付いていなかっただけで、ずっとずっと以前から
サムはそのまま駆け寄りたい衝動をジッと堪え服を着るのを静かに見つめたが、やがてジーンズを床から拾い上げたディーンが言うのを聞いた
「・・もし・・サムから連絡があったら・」
それだけは、痛みを堪えるような暗い声だ
「・・・・・あったら?・・・どうするんだ?、ディーン・・」
ディ−ンはその聞き慣れた声に、初めて弾かれたように振り返った
「・っ!・・サ・・サムっ・・」
「・・アッシュが連絡をくれたんだよ・・兄貴が倒れてるって・・」
サムは少しだけベッドに近寄るが、途端に身を固くしたディ−ンが無意識のまま自分の肌を毛布で包んだのに、その足を止める
「・・どうして・・来たっ・・・・」
「・・・・ここに来るまでは、何も決めてなかった
でも・・アッシュに言われて分かったんだ・・」
「・・・何・・が・・?・・」
サムは、今迄こんな目でディーンが自分を見たことはないし、そして自分も又生まれて初めてディ−ンをある意味を込めた目で見つめてるのだと思った
例えこの気持ちが一方的だったとしても、サムは今ディーンに告げるべきだと心に決める
「・・もう・・・・・はっきりさせよう・・はっきりさせたいんだ、ディーン」
するとディーンの顔が哀しげに歪み、これから発せられるサムの言葉が自分を傷付ける物だと予想しているのが分かったが、それでもサムは今を逃せばディーンは自分から逃げ出すだろうと彼の前に立ち塞がったまま続けた
「・・このまま・・こんな・・心がグチャグチャで、苦しいのは嫌なんだ
だから・・・今言うよ、ディ−ン、僕の本当の気持ちを・・」
「・・・・サム・・」
見慣れた筈のやや厚めの唇も、潤んだ翠色の瞳も、不安げにシーツを握り締めて震えている指先も、自分の気持ちに気付いたサムにとってはディーンの全てが色を変えて写る
愛しい、と
彼が愛しくて、堪らない
例えディーンの答えが何でも、この自分の気持ちは変わらないとサムは確信を持って言えた
そして、サムは、はっきりとそれを言葉に出した
「・・僕は・・ディーンを好き・・・だったんだと思う
きっとずっと前から・・・・これが正しい気持ちだ」
やがて、ゆっくりとディーンの首が横に振られる
「・・・・・・嘘・・だ・・・・サム・・」
「嘘じゃない」
「・・・・でも・・・・・怒ってただだろ?・・・気持ち悪いと・・俺を・・」
信じられない、とディーンが目を伏せたのに、サムはゆっくりとディーンが腰掛けたベッドに近寄り、静かに隣に座って向かい合った
「あの時は自分の気持ちが分からなかった・・だけど、今なら分かる
・・ディーン・・・あれは全部、嫉妬だった」
「・・・・・・」
「・・あの墓で・・男の亡霊が言った事も、半分が嘘で半分が真実だ
・・・そうなんだろ?・・」
俯くディーンが微かに頷くのに、サムは自らの心の中のドロドロとした塊のような物が、ゆっくりと解けてゆくのを感じた
あんなミミズの化け物に、幼いディーンが進んで身を任せる筈など無い
きっと父親の留守中家を預かっていたディーンは、その時一緒に家の中居たサムを守る為に自らの体を犠牲にしたのかもしれない
サムは、そんな事も知らずディーンに我侭を言い、彼を困らせていた小さい頃の自分を殴り飛ばしたくなった
「・・ごめん・・ディーン・・」
「・・・サム・・・・」
「・・何も・・僕は知らなかった・・・」
サムの目が、自分の仕出かした残酷な行為の後悔で僅かに滲む
「謝らなくていい・・・あの時点では誰にも・・どうにも出来ない事だった」
漸くディーンから自分の怯えや戸惑いが消えたのを感じたサムは、心に引っ掛かっていたもう一つの事を尋ねてみる
「あと・・一つだけ聞かせて・・あの・・体を売ったりしたのは・・」
「・・サム・・あれは・・」
「あれは?」
サムは、そのままディーンの肉感的な唇が躊躇いがちに開いては又閉じるのを、じっと見つめた
「・・・あれは・・身代わりだ・・」
「・・?・・身代わり?・・」
それは、もしかしたら、とサムはある可能性に思い当たる
アッシュも言っていた、ディーンもずっと前から気付き苦しんでいたと
「もしかして・・ディーン・・・・ディーンも・・?・」
「・・・・・・・」
するとディーンは何も言わず、突然ジーンズに足を通し靴を履き始め、立ち上がると壁のフックに吊るされていた革のジャケットにも手を伸ばした
「・・ちょ・・ちょっと待ってよ、ディーンっ・・」
「もう、行こう・・」
先日の事もあるからディーンに許可無く触れるのを躊躇うサムは、そのまま部屋を出て行こうとするディーンの前に両手を広げて体を滑らせ、まだ話は終わっていないと言った
「ディーンっ、ズルイぞっ!!」
「・・・何が・・ズルイいんだよっ」
「僕は自分の気持ちを言ったのに・・兄貴はまだ言ってないっ、そんな・」
サムはそこまで言って、ふと目を逸らし忙しなく瞬きを繰り返すディーンの頬が赤く染まっているのに気付いた
恥ずかしい事が起こると、照れ隠しに突飛な行動に出たりその場から立ち去ったりするのは、ディーンの行動パターンの一つ
つまり、これは
「・・なあ・・ディーン・・・・・・俺達って・・・」
「・・・・・・」
たいして晴れてもいない日だというのに、急に辺りが明るくなったような気がしたサムは、呆然と部屋から出てゆくディーンを見送った
それでもその擦れ違いざまディーンが手渡して来たインパラのキーを握り締めると、溢れる笑顔を抑えきれないまま、その部屋を出たのだ
end