ウィンチェスター家族計画 2
ピッキーンっと音を立てて固まってしまったサムだが、それからディーンは構わず一人で喋り始めた

ここ最近胃の辺りがムカムカして吐き気がしていた事、食べ物の好みが急に変わった事、妙にだるくて寝てばかりいたかった事等

そして今日知り合いの医者に診てもらい、エコー検査をして判明したのだと言う

妊娠が

「・・・・・・・・・・」

どうやら最初サムが聞き取れなかったディーンの言葉は、『俺、妊娠したんだけど・・』だったらしい

「俺も驚いたよ、サム・・・・・でも、ちょっと嬉しくて・・・・」

小さな異物の写ったエコー写真をわざわざプリントアウトして貰ったのか、こちらに紙をぺランと差し出して恥ずかしそうに俯くディーンのつむじをじっと見つめながら、サムは自分の兄は女だっただろうかと考え始めた

確か昨夜のシャワーの後、腰に巻いていたタオルを落とした時見たディーンの股間にはちゃんとあるべき物がぶる下がっていた気がするし、子供の頃からの記憶を遡ってみても姉を兄だと間違えて育った可能性は全く無い

第一ベッドを共する行為で使用する部分は男の場合一箇所しかなくて、万が一それが突然二つになっていたら触って気が付かない訳無い

だっだら何がこんな状況を作ったのだと、サムは取り合えずディーンから全てを聞き出すしかないと思った

「・・え・・えーっと・・・・まず・・それ、誰の子??」

だがサムはついそう言ってから、しまった、と思った

何故なら一秒後にはディーンが目を剥いて、食って掛かってきたからだ

「・・おっ・・お前の子だぞっ!!、俺を疑うのかっ?!・・・なんて奴だっ」

「・・ごっ・・ごめん、でも・・・その・・疑うとか・・疑わないとかじゃなくて・・・」

「やっただろっ、俺とっ!、何度もっっ!」

バンバンと、ベッドを叩いてディーンは言った

「・・そうだけど・・まさか・・そんな・」

「しらばっくれる気かっ、サム・・・・俺の浮気だとでも言って逃げるのかっ?
 ・・・それとも・・まさか・・この子を・・」

ディーンは堕胎するなどと言ったくせに庇うように自らの下腹部を両手で押さえていて、サムに向ける視線はまるで今直ぐにでもその腹を蹴られて無理矢理子供を流されるのではと疑う母親のものになっている

無条件で喜んでもらえるとは思っていなかっただろうが、どうやら妊娠を告げてからの余りの態度の冷たさに不信感を募らせたのか、今のディーンは軽いヒステリー状態だ

サムは、いくらディーンでも妊娠なんてとんでもない状況では冷静さを欠くのは仕方が無いと、まず自分が落ち着かなければと言い聞かせた

「・・・・ちょっと・・・待って、ディーン・・ちゃんと最初から話し合おう・・」

まさに子供を守ろうとフーフー言う母猫のようなディーンに兎に角腹の中の赤ん坊に危害は加えたりしないと、まずはサムは両手を広げて少しだけ後ろに下がる

「僕の言い方が悪かったよ・・
 誰の子か、じゃなくて・・どうして出来た子か、って事」

「・・・・・・・・・」

「・・っ・・いやそのっ・・どうしてかはわかってるけどっっ
 えっと・・・だからっ・・なんで、男のディーンが妊娠したのかってのが聞きたいんだっ!」

気の立った妊婦をこれ以上怒らせまいと、サムは慎重に言葉を選んだ

するとディーンは忽ち叱られた子供のようにションボリとうな垂れ、イジイジとシャツの裾を弄り始めた

「・・言ったらサム・・怒るだろ・・?」

「・・お・・怒らないよ・・」

なんだか今までのディーンと違って仕草が一々可愛いと思いながら、サムはその顔を覗き込む

そして、とんでもないディーンの失敗を聞いたのだ














ディーン曰く、切っ掛けはほんの偶然

事の発端は3ヶ月前、ある事件の現場を調べに二人で死体が発見された家に侵入した時の事

それまでの調査で、そこで死んだ家主の女は長年ある男に対してストーカー行為を繰り返していて、最後にはブードゥーの呪術でその彼の気持ちを自分に向けようと画策していたと判明していた

親しい友達がそう女から打ち明けられたと証言しており、誰かその方法を知らないかとも尋ねられたと言っていたから、そこまでは確信が有った

だがそこは素人、読んだ本が悪いのか参考にしたサイトに間違いがあったのか、ディーンとサムが現場の魔方陣を見てみればそれは人を呪い殺す呪文とアイテムで埋められていて、その中心にはしっかりと本人の写真が置いてあった

つまりその時点で、この事件は呪術間違いに因る事故死という珍しいケースなのだと二人は結論付け、確か簡単に片付いた事件だったのにと、サムはその時の事を思い返す

「・・自業自得の魔方陣ストーカー女だよね?・・・覚えてるけど・・それでなんで?」

そしてさっさと帰ろうとする自分に対し、ディーンは他にも沢山の素人臭い魔方陣が書かれた家の中を面白がって歩き回り、呪文やアイテムの微妙な違いを指摘して笑っていた筈

「それが・・・あのイカレた女の作った魔方陣の中に・・妊娠祈願も有ったんだ、サム・・」

「・・・・・・・」

「・・それも選りによって呪文もアイテムも完璧で・・その上真ん中の女の写真を摘んで覗き込んだら
 代わりに俺が胸に付けてたニセ身分証がそこに落ちて・・・・・それで・・・・」

「・・それで・・・・ディーンが・・・・妊娠・・・・?・・」

「マズイと思って、写真・・・直ぐ拾い上げたんだけど・・な・・」

サムは、でもブードゥーって凄いよな?と言うディーンに呆気に取られ、彼の軽はずみな行動を怒る気も失敗を笑う気も無くなった

起こってしまった事はしょうがない

全身の力が抜けたサムは、もはやそんな気持ちになってしまっていたのだ


















だが、作ろうと思って出来た子でなくても、やはり自分達の子

サムはディーンの中で育っている小さな命を絶つなどという選択は、どうしても出来なかった

次の日もお腹が痛いというディーンの体を擦り、すっかり甘党になってしまった彼の為にスイーツを買出しに行ったりした

そして本当に生んでもいいのか?と、不安そうに聞いてくるディーンには、一緒に育てようと安心させるように微笑んで見せ、二人はベッドに寝転んでこの子の将来について話し合ったりした

そんな時のディーンの目はキラキラして、もう一人家族が増えるのを彼がとても喜んでいるのが分かった


















だが次の日になっても、ディーンの腹の痛みは治まらなかった

ディーンの体と赤ちゃんが心配になったサムは、急遽心霊関連に精通した知り合いの産婦人科ではなく、異常者扱いされるのを覚悟で近くの病院に担ぎ込んだ

そして、そこで、今回の事の真相が明らかになったのだ



















< 診断結果 『想像妊娠』 ※又、エコーの影、及び腹痛の原因は長期に渡る便秘の為と思われる >





































「・・ディーン・・」

病院から帰ってくるなりディーンはベッドに突っ伏し、頭を枕の下に入れて縮こまってしまった

それから何を話しかけても黙り込んだまま動かず、サムは今はそっとしておこうと暫くその場を離れる

やがてサムがシャワーから出て来る頃になってそっと枕を持ち上げれば、ディーンはずっと泣いていたのか長い睫には水滴が付いていて、頬には数本の筋が残っていた

「・・・・・・」

サムは堪らず横に腰を下ろすと、泣き疲れたディーンの頭を優しく撫でてやる




彼が『家族』というものを何より大事に思っている事は知っていた

26歳にもなって、夢が父親と弟と自分再び一緒に暮らす事だなんて確かに変なのだが、サムはそれを聞いた時それほど幼い頃にディーンが受けた心の傷は深いのだと、哀しくなったのを覚えている

きっとディーンの心の中は、両親と赤ん坊だった自分が一緒に住むあの家で止まっている

今回妊娠したと思い込んだディーンは、またあんなふうにみんなで暮らす日々が少しの間だけでも実現すると思ったのかもしれない

サムの知らない、笑顔と笑い声が溢れていた、ウインチェスター家が
















「・・・・サム・・」

やがてコシコシと目を擦って、ディーンは目を開けた

「・・大丈夫・・?」

「・・・・・ん・・」

サムがそっと髪にキスしてやると、ディーンは両手を首に回してギュとしがみついて来た

「・・ごめん、サム・・・・俺って・・馬鹿だよな、想像で・・なんて・・」

「・・・・ディーン・・・」

「でも・・・家族が増えるんだって思ったら・・凄く嬉しかった
 又・・昔お前を育てたみたいにするんだって・・考えただけでワクワクした
 ・・オムツを替えてミルクを温めて、離乳食を作ってってさ・・」

「・・僕みたいにって・・嫌な思い出じゃないの?・・世話をさせられて・・」

「どうして?・・そんなふうに思った事は一度も無い
 ・・なんだってしてやれる・・どんなことだって・・命だってかけて守るよ・・」

サムはディーンが言っているのが幻だった子供ではなく、幼い日の自分なのだと感じた

母親は、居なかった

父親も、何時も家を留守にしていた

そんなあの頃ディーンはサムにとって兄であるだけでなく、限りない愛情を、母性を感じさせてくれる暖かな存在でいてくれた




不意にサムは胸が痛くなった

痛くなって、同時に酷く熱くなった

これまでもディーンを愛していたが、今又自分の中で種類の違う愛が、彼に向かって生まれたのを感じたのだ





「・・ディーンは・・ママだよ・・」

唐突にそう言うと、ディーンは不思議そうにこちらを見上げた

「?・・もう・・違う・・そもそも妊娠なんかしてなかった
 ・・俺が馬鹿なこと考えて・・・勝手に・」

「でも・・・・ずっと、ママだ・・僕にとっては」

「・・・・サム・・」

「それに兄貴で、恋人で・・・・・・・家族だよ」

「・・・・・家族・・だよな・・」

だから、もう泣かないでと、サムはディーンにキスをした











end

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