契約の日 1
弁護士、マーラ・ダニエルズは運転手を急がせていた

昨夜遅くウィスコンシン州に入り、今朝ミルウォーキーの警察署へとタクシーを走らせている途中だ

「お願い、もっと急いでっ」

手元の書類を焦る手でどうにか整理しながらそう運転所に声を掛けるが田舎ののんびりした男は未だ鼻歌交じりで、道は空いていてもこのオンボロの車ではどうやらこのスピードが最速らしい

「・・っ・・もういいわ・・ラジオを点けてっ」

「・・・・」

せめて最新の情報が入ればと、マーラは書類に順番通り目を通しながら雑音だらけのその音を聞いていたが、幸運にもそれは数分もせずにラジオから流れてきた

『 昨日*****に**出頭*****は******** 』

「・・っ!・・ねぇ、チューニングをちゃんと合わせて、お願いっ!!」

「・・・分かったよ・・」

煩い客だとばかり運転手は舌打ちしたが、マーラは身を乗り出しその劣悪の性能のラジオが告げる彼のニュースに耳を欹てた

『 ***第一級殺人犯の**********は***ミルウォーキー管轄***FBI***事情聴取**** 』

「・・っ・・もう来たのね、ヘンリクセン」

マーラはやがて窓の遠くに警察署が見えると急いで持ち物を全てバッグに詰め込み、車が止まると同時にドアを開けて走り出した

だが走りながら、なぜ彼はわざわざあのFBIのお膝元にまでやって来たのかと、そればかりを考えていた
























「・・ディーンっ」

マーラが警察の取調室に入ると以前初めて彼と会った時と同じように、ディーン・ウインチェスターは目の前の机に肘を付いて暇そうにしていた

「・・っ・・・マーラ??・・」

振り返って自分を不思議そうに見るディーンに、マーラは向かいの椅子に座る時間ももどかしく尋ねる

「ディーン、あなた・・どうして自首なんかっ!」

「・・それより、何故・・君が此処に?」

「答えてっ!」

すると力ないジェスチャーで両手を小さく広げ、ディーンは言った

「・・・・・それを聞くのか?、法に携わる君が?
 犯罪者が悔い改めると言って警察に来たってのに・・それをどうしてか、なんて・」

「惚けないでっ!・・あの時、あなたは自分は悪党じゃないと言ったわっ・・なのに・」

ディーンの正面に座って顔を覗き込んだマーラは、どこかディーンの様子が違うことに気付いた

これまでのどこか人を小馬鹿にしたニヤニヤ笑いも無く、かと言ってあの刑務所で面会の時に無実を訴えた熱い眼差しも無い

彼の表情から感じるのは漂白されて褪せたような精神の白、そして全ての欲望を捨て去った僧侶のような静けさだった

「・・・・・・ディーン・・・・何があったの・・?・・」

優しい目で微笑むディーンに、マーラはこれが彼本来の姿なのだと感じた

これまでのディーンには何か分からないが成すべき事が有った筈で、それが彼に肉体的にも精神的にも強靭な男という鎧を纏わせていた

でも、それが必要なくなったという事は、もしや彼は全てを賭けてやってきた仕事を捨ててしまったのかと、マーラは信じられない気持ちになる

「・・やっぱり・・あんたは一流の弁護士だな」

「・・・ぇ?・・」

マーラは、以前彼が言った優れた弁護士なら一目で有罪か無罪かを見分けられるという言葉を思い出し、彼は暗に本当は罪を犯していないと言ったのだと分かった


そして彼を劇的に変化させる何かか起こったのだという事も

「・・ディーンっ!・・っ!」

「落ち着けよっ、マーラ」

ディーンは手錠をかけられた手を伸ばし、握り締めて机を叩いたマーラの拳をそっと撫でた

「・・っ・・・」

「・・君には感謝してるんだ
 あの看護婦の事を調べてくれて、それに墓地もFBIに教えないでくれただろ?
 あれで多くの人が救われたんだ・・この世でほんの数人しか知らないことだけど・・」

「・・教えてっ」

マーラには耐えられなかった

このまま罪も無くディーンが一生刑務所で過ごすか、最悪命を奪われるような事態に陥るのは

「マーラ?」

「全てを教えて、ディーン・・あなた達がこれまで何をしてきたのかを」

「・・・・・・・」

マーラはそれにディーンが沈黙を守ると知っていたから、直ぐバックの中から資料が分厚い束にファイルされた物を数冊取り出して見せた

「調べ直したわ、・・あれから全部、あなたが犯したと言われている犯罪を
 カード詐欺や家宅侵入は事実・・でも殺人や銀行強盗は違う
 目撃者やあなたに助けられた人達の証言も取った、これは裁判でも有効よ」

「・・マーラ・・」

「それに・・昨日あなたが自首したとニュースで聞いて、この中の多くの人から私に電話が有ったの
 裁判で証言台に立って話してもいいって、真実を明らかにするって
 ・・みんなあなたを助けたいのよ、ディーンっ」

「・・・・・・・・」

「ねぇ・・・・あなた・・・ずっと人々を救ってきたんでしょ?
 ・・みんな言ってた・・あなたに救われたって・・命が助かったって・・
 あとはその方法だけよ、それが明らかに出来れば・・」

マーラの見つめる前でディーンはそれに微かに頷き、事実だと認めた

だが次に視線を合わせた時、彼の目には強い意志が宿っていた

「・・ありがとう、マーラ・・・でも、もう必要無いんだ」

「なんですって?」

「証言も証拠も・・もう役立つ時は無い
 俺はあんたを弁護士として雇わないし、雇ったとしても勝てる見込みはゼロだ」

「・・どういう意味・・?・・まさか」

マーラは最悪の可能性に震え、思わず立ち上がってしまう

そして、彼の口から絶望的とも言える言葉が発せられるのを、呆然と見つめた









「・・もう俺は全てを自供したよ・・あのFBIのヘンリクセンに」



































マーラは直ぐミルウォーキー署内を走り回ってヘンリクセンの姿を探したが見つからず、所長に掛け合ってFB I本部へと連絡を取ってもらった

「マーラ・ダニエルズよ、ディーン・ウインチェスターの公選弁護士の
 ・・彼の自供テープを聞かせて、私には権利がある筈よ」

電話に出たヘンリクセンに、直ぐマーラは切り出した

『・・おやおや・・弁護士殿
 余程仕事がお暇なのかな?・・こんな裁判を担当したいとお望みとは』

「ふざけないでっ!・・テープ閲覧許可をここの所長に出して、今直ぐっ」

わざとのんびりとヘンリクセンに話されて、マーラは苛立ちを隠しきれず声を荒げた

しかしそれに答えるヘンリクセンからは、意外な言葉が続く

『生憎と容疑者本人から、マーラ・ダニエルズの弁護は拒否するという要望が出てる
 それに・・・自供テープを聞いたところで、君はスゴスゴと帰るだけだと思うがね』

「・・なんですって・・?」

『奴は、容疑がかかった全てを認めた・・それはもう、俺が感心するほど見事にね
 そしてそれだけじゃなく、弟のサム・ウインチェスターに掛かっていた殺人容疑も
 奴は俺が犯って弟に罪を被せたんだと言ったよ
 ・・これで全て一件落着、弁護は無駄・・・・100%奴は死刑だ』

「・・・そ・・・・そんな・・・・」

マーラは署の電話を、震える手で置いた

そして冷たい署の廊下を呆然と歩くマーラを包んでいたのは、電話を切る直前のご機嫌なヘンリクセンの声に腹も立たない程の、絶望と悲しみだったのだ







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