契約の日 2
「・・・?・・・・ディーン・・・」

その朝サムは目を覚まして直ぐ、隣のベッドが空なのに気付いた

ここ数日はディーンの姿から常に目を離さないようにしていたから、覚醒した直後にやる事は彼の姿の確認なのだ

毛布だけが人形に丸まったディーンのベッドに、嫌な予感に駆られたサムはトイレとシャワールームのドアを開けるが姿は無く、その間にも自分の体調の異変に足元をよろめかせる

「・・っ・・・まさか・・」

ずきずきと痛む頭と、全身の虚脱感

これは明らかに薬物を盛られた後の症状だ

クローゼットに掛けられていたディーンの上着が無くなっている事から確信したサムは、モーテルを飛び出して駐車場を確認するが予想通りインパラは無くディーンが既に遠くへ行ってしまったのだと知った

考えてみればここ数日サムは眠れない日が続いていたというのに昨夜は不自然なほど寝付きがよく、ディーンが姿を眩ます為に昨日の夕食に睡眠薬を入れたのは明らかだった

「・・・ディーン・・・どうしてっ・・こんな・・・」

あと二日で、あの契約の日がやって来る

このまま自分の力の及ばない所で彼が死ぬなど、それ程残酷な結末は無い

例えあの悪魔との契約からディーンを逃す方法が見つからなかったとしても、最後の瞬間まで自分と一緒に足掻いて見せて欲しかった

「・っ・・くそっ・・」

サムは涙と焦りでグチャグチャな顔のまま、駐車場に止められていた車の一台を盗み当ても無くディーンを探す為、猛スピードでそれを発進させたのだ



































「今夜脱獄すると宣言してFBIを挑発したって、本当なの?、ディーン」

マーラは再び、ミルウォーキーの警察署に仮拘置中のディーンのもとを訪ねていた

重犯罪者として最も警備の厳重な最深部の檻の中にいるディーンは、こんな状況にも関わらず何をするでもなく静かにベッドに腰を下ろし、壁をぼんやり見つめているだけだ

「ヘンリクセンは、あなたは弟さんの罪も自分がやったと認めたと言ってた
 それを聞いて私・・・・あなたはサムを庇う為に自首したのかと思った
 サムに捜査の手が迫って、それで自分が罪を被って救おうとしたのかと・・」

「・・・・・」

マーラは格子の外から必死に話し続けるが、ディーンはこちらに視線を向けて来ない

「でも・・・ディーン
 分からないのよ・・どうしてそんな挑発をする必要があるのか
 ・・・お願いよ、何とか言って・・」

「・・・・・」

「それとも本当にあの時みたいに此処から出るって言うのっ!?・・・どうするのよっ!」

余りの自分の無力さに、マーラは格子を掴み激情のままそれを揺さぶって耳障りな音を立てたが、それでもディーンは目を閉じて微かに眉を寄せただけで、何も言ってはくれなかった

やがて面会の時間が過ぎ、担当の警察官がマーラを連れにやって来る

「・・明日も来るわ、ディーン・・話してくれるまで来る・・」

半ば強引に促され、マーラはディーンの居る檻に背を向けて歩き出す

そして数メートル、ディーンの檻から離れたとき、小さな彼の声が聞こえて足を止めた

「マーラ・・もう俺に関わるな・・・・忘れてくれ」

急いで警官の手を振り切って戻れば、ディーンはマーラがここを訪れた時と少しも変わらぬ姿勢で穏やかな表情のまま呟いていた

「・・無理よ」

そしてマーラはそう答え、彼の檻を後にした




































警官のマイクはその夜の当直だった

真夜中の見回りといっても署内の仮拘置の檻は数も少なく、ほんの数分で終わる

それに今は満室ではなく、ほんの数人の容疑者がいるだけなのだ

「・・今、何時だ?」

だがマイクがある檻の前に差し掛かると、中から少しも眠気を感じさせない声で尋ねられた

「・・?・・・ほぼ0時だな」

「正確に教えてくれ・・まだ針は重なってないはずだ」



眠れないのかと思い答えてやると、何故かベッドに座ったままのその男は正確な時間を知りたがった

「ぁぁ・・正確には3分前だが・・・なぜだ?」

そう言って漸くマイクは檻前に掛かった名前の書かれた札を確認し、今夜のこの男がFBIに突きつけた脱獄宣言を思い出して懐中電灯を点け、檻の中を確認する

平の警官にすれば、あの天下のFBIの連中がそんなからかいに焦りこの拘置室の周りを固めるのは小気味良かったが、実際この男が何かを待つ素振りでこうして起きていられると少々不安な気分になってくる

たしかこの男は、以前にも刑務所から脱獄した前科があると聞いた

「お前・・妙な気を起こすなよ、ここは外部からの手引きが有っても簡単に逃げ出す事など不可能だ所だ
 それにお前の馬鹿な脱獄宣言のお陰で、今夜は非番の奴まで警戒に借り出されてるんだ
 ・・今夜は特に、誰も入れない・・猫一匹だってなっ」

「・・知ってるさ・・・・・・・・入れるのは犬だけだろ?」

「・・???・・・・訳の分からない事をブツブツ言ってないで、さっさと寝ろっ」















「厳重にしてくれないと困る・・・サミーが来たら大変だ」




















































次の日の朝、マイクはその男、ディーン・ウインチェスターの死体を発見した

その体には鋭い爪と牙の痕が残り、まるで大きな獣に襲われたようだった










end

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