アンダーワールド 1
1000年も続いた戦いは突然、休戦状態となった
狼男のリーダー、ルシアンが遂に殺されたからだ
生き残った狼男達が憤怒と復讐を胸に一夜にしてこの世界のいたる所へと散った、あの夜からはや6世紀
ルシアン亡き後も二つの種族の因縁の争いは続き、今や俺達吸血鬼の勝利は目前
だが、数は劣るものの狼男は手強い
事実奴らは月の支配から開放され、歳を経た強い者は自由自在に狼に変身出来るようになっていた
あれから長い月日を経て殺しの武器は進化したものの、作戦は以前と同じ
彼等を一人づつ探し出し、追い詰めて殺す
この作戦で、狼男は減った
いや、減り過ぎた
それは狼男処刑人の俺にとっては、それは一つの時代の終わりを意味している
古い武器を捨てられるように、このまま俺も無用になると思っていた
そう
今夜の事件が起こるまでは
暗闇に浮かび上がる荘厳な洋館
その扉が軋んだ音と共に開かれ、今夜も戦いを終え獣の血の匂いを体に纏わり付かせた男が一人、館へと戻って来た
短く刈り上げた髪は金色で月明かりが写り込む瞳はグリーンに輝き、バンパイア特有の赤い唇はとても美しい形だったが、今はきつく噛み締められている
数に勝る繁栄に現を抜かし、享楽と怠惰な暮らしにその目を死んだ魚のように濁らせた館の吸血鬼達とは違い、その男は鋭い目をしたまま彼等がだらしなく座るソファをまるで穢れた物のように避け、ただ奥の扉を見つめて足早に歩いた
腰に着けた2丁の銃と無数の武器、黒い革のコートがマントのように背後で舞うその姿には、畏怖と嫌悪と排斥、そんな感情が篭った視線が周囲から遠慮なく浴びせられる
その同胞のバンパイアにさえそんな感情を投げ付けられていた者こそ、一族の中ではまだ歳若いが圧倒的な戦闘能力を誇る、狼男処刑人のディ−ン
3人の長老の内の一人であるビクターによって直接、人から吸血鬼へと変えられた男だった
「相当ヤバイ事になってるぞ」
ディーンは館の奥の武器開発部のカーンのデスクに、今夜の戦いで見つけた敵の狼男の持っていた特殊な銃の弾丸を、叩きつけるように置いて見せた
それは紫色のかすかな光を放つ弾丸で、今夜の銃撃戦の最中仲間の体の入るなり体内から肉体を焦がし、死に至らしめた物だ
「・・すぐ調べてみる・・・発光する液体が入っているな
ディーン、これは・・・何か放射する仕組みだったか?」
「恐らく紫外線弾だろう・・・日光の代わりって訳だ、これでライゼルが一発で殺られた」
カーンに答えながらディーンは、これを狼男達に使われればこの戦いの形勢は簡単に逆転すると、ゾッと背筋に震えが走っていた
今までは自分達が大量生産した純度の高い銀の弾丸で狼男を仕留めていたが、この弾が大量に作られれば今度は危機に陥るのはバンパイアだと
それに、今夜の戦いでディーンは狼男の気配を数百も、戦いの場となった地下鉄構内から続く廃抗の先に感じていた
彼等はもはや絶滅に近い筈だというのに、これまでの自分達の認識は根本から間違っていたのかと思うと焦りで居ても立っていられない
その上、今夜の狼男達の戦い方は何かが不自然で、ディーンは心の中にずっと引っ掛かっている不可解なモヤモヤが有った
「・・そんな高尚な事が出来るわけがない、あの獣どもがパンパイア専用の弾をつくるなんてな」
だがその時、数人の取り巻きを引き連れ、背後からある男が近づいて言って来た
現在のこの館の当主でもあり、この国のバンパイアを束ねる首長である、クレイヴンだ
600年前、狼男のリーダーのルシアンを殺したと言われていたが、それからは一度も戦いに手を染めた事のなく今ではバンパイアをこんな怠惰で傲慢な状態にした元凶だと、ディーンが認識している男だ
「いえ・・作ったんじゃなく、軍の曳光弾を盗んだんでしょう」
そうカーンが答えるのも無視して、クレイヴンはディーンの腕を掴むと強引にその部屋から引き摺り出した
「・・っ・」
「まったく・・・唯でさえ長老マーカス卿の復活式を控えて、屋敷の中が動揺しているというのに
こんな時くらい、狩りをやめて大人しくしていられないのか?、ディーン」
だがディーンはその手を振り払い、クレイヴンを睨み付けた
「離せっ、そんな事を言ってる場合じゃないっ!・・今直ぐあの場所に処刑人の隊を派遣させろ
俺は確かに声を聞いたんだ・・・あそこには数百という狼男が潜んでる!」
「ふん・・・・声を聞いただけだろう?、姿を見た訳じゃない
そう心配する必要も無い・・狼男はもはや絶滅寸前だ、リーダーのルシアンが死んでからな
・・そんな事より・・もうすぐ客が来る、今夜の歓迎会は着飾って俺の隣に座れ」
クレイヴンは無理矢理ディーンを廊下に連れ出し、手近な部屋へと押し込めるとそこに有った重厚な机に向けて突き飛ばした
「・・クレイヴン、本当だっ、今直ぐ手を打たないとっ・・
それに奴等は今夜・・妙な動きをしていたんだっ」
そして背後から覆い被さり、コートと腰に着けた武器のホルダーを床に落とす
「騒ぐな、ディーン・・・あの場所の捜査は他の者にやらせる、約束するさ
俺にはお前よりも従順な部下が沢山居るからな・・
・・それに・・今はもっと別に、やる事があるだろ?」
「だ・・めだっ、捜査は俺が・・っ・・」
身を捩る間にも、クレイヴンの手はディーンの腹部に潜り込み胸元を悪戯し始めている
「・・・っ・・あっ・・」
「奴らを殺戮した後は・・お前は必ず欲しくなる・・」
クレイヴンは、体を震わせ堪えきれぬ喘ぎをもらすディーンを、勝ち誇ったような顔で見下ろす
「お前は普通のバンパイアが血を欲しがるように・・男も欲しがる
・・ビクターの素晴らしい躾のお陰でな・・」
「・・あっ・・ああっ・・」
「昔は大層愛されたようだな・・・だからこんな淫乱な体になった、そうだろ?・・ディーン」
悔しいがクレイヴンの言う通り、ディーンには血も、男も、必要だった
それは最初にビクターに血を吸われパンパイアと変化した時の状況と、その後彼と共に過ごした時間のせいだ
だがそれはディーンがビクターを父親のように愛しての行為で、今の相手であるクレイヴンなどは嫌悪を感じこそすれ好意など欠片も感じていないというのに、餓えた体は素直に彼の手を受け入れて悦んで見せてしまう
「・・っ・・い・・ぁ・・あああっっ!・」
革のズボンも引き下ろすと、クレイヴンは慣らしもせずに一気にディーンを貫き、そして容赦無く突き上げる
思い出の中のビクターとは比べ物にならぬ乱暴に行為に、ディーンは机に爪を立てて堪えた
「・・くっ・・んっ・・どう・・して・・・どうして・・お前なんかを・・ビクターはっ・・」
「後任に選んだのか?、だろう?・・ディーン」
真の意味でディーンがこんなクレイヴンに抵抗出来ないのは、今の彼の地位ではなく自分の父とも言えるビクターの言い付けがあったからだった
これまで数百年間バンパイアの安全の為に戦い続けてきたディーンには、人間だった頃、家族が狼男に皆殺しにされた所を駆けつけたビクターに唯一人命を救われ、その後彼と血の契約を交わし復讐の為に必要な無限の時間と能力を貰った過去が有る
だからビクターに、これから数百年自分が復活するまでの間は後任のこの男の『世話』になれと言われれば、従う他無い
「だが・・お前は官僚で・・戦士なんかじゃないっ!
・・何も・・今の危機感を・・感じないっ・・くっ・・」
激しくクレイヴンに揺さぶられながら、ディーンは決して自分を犯し続ける男を主と認めようとはしなかった
この当主は、バンパイア族を破滅に導く
それはディーンの直感だったが、今夜その直感は確信に変わりつつあったからだ
「しかしどんなに俺を気に入らなくても、お前はビクターの命令には逆らえない
それに・・・ビクターの復活はまだ100年後の話だ」
「・・・・・・・・」
だが確信に変わりつつある自分の疑惑が真実なら、言葉に耳を傾け味方になってくれる人は一人しか居ない
今のままでは逃げ道の無いディーンは、やがてクレイヴンに抱かれて悦ぶ肉体と己の精神を切り離すことにした
背後で息を乱すクレイヴンの気配も消し去り、心を占めていた今夜見た狼男達の動きを脳裏に再現する
暫くして体内にクレイヴンの体液が注ぎ込まれ無理矢理頂点を極めさせられた体が悲鳴を上げても、ディーンの脳では少しの手がかりも見逃すまいと狼男達の分析が続いていた
どこかが不自然で、何かが違っていた今夜の彼等
やがてクレイヴンが立ち去ったその部屋で、ディーンが乱された服のまま部屋のコンピューターを立ち上げ仲間が今夜撮影していた映像データを再生すれば、ずっと引っ掛かっていた奴らの動きの目的が明確に目の前に示される
ディーン達処刑人が狼男達を襲撃した時、狼男達は確かにある一人の人間を飛び交う銃弾から庇うように動いていて、かと思えば隙を見て捕らえようと近づいていた
それはフードを被った、大柄な若い男
小さな画像を拡大して顔面配列のデータで検索を掛ければ、ある一人の男の個人情報が画面に映し出される
ただの人間だったが、ディーンの推理が正しければそれが今夜の狼男達の狙い
サム・ウインチェスター
画面には住所や職業と共に、彼の名前がそう記されていた
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