アンダーワールド 3
狼男族の研究所では、ジンゲイ他数人がリーダーの帰りを待っていた
だがその姿が手ぶらなのに失望した視線を向けたが、男は懐からある物を取り出すと彼等の前に差し出す
「そんな顔をするな、ジンゲイ・・これを取ってきてやったぞ」
「・・・・・・ぉぉ」
それは男がサムの首筋に噛みついた時に採取した、血液が入ったカプセル
ジンゲイは微かに震える手でそれを受け取り、呟いた
「・・もしサムが保因者なら・・これでやっとバンパイアと・」
「そう慌てるな、ジンゲイ・・・おれはサムを噛んだ」
男はジンゲイを遮って告げる
「2日後の満月になれば・・・あいつも狼男になる・・そのうち向こうから俺達を探しに来るさ」
やがて男が息を飲んで見つめる前で、ジンゲイは早速サムの血液を検査薬に垂らした
量が少なかったため反応が確認出来るか不安がっていたが、二人の前でそれは確実に色を変化させる
「・・・陽性だ」
そしてその液体の反応にジンゲイが呟くのを、男はその顔に満足気な笑みを浮かべて見つめていた
二人が乗っていた車は海の中に沈むとすぐ、割れていたガラスが水圧に耐えられず軋んだ音を立てた
事故の時に強く打った頭のせいで酷い眩暈を感じていたサムはこのまま溺れ死ぬ恐怖に駆られたが、気を失ったままのディーンを助けなくてはと咄嗟に彼の銃で上部のガラスを撃ち、そこから引き上げて水面に浮上することに成功する
だがどうにか泳ぎ着いて陸に引き上げてもディーンは息をしておらず、サムはその胸を強く押して水を吐かせると、気道を確保してから唇を重ねた
その同性とは思えぬ柔らかさに一瞬戸惑ったが、直ぐ息を彼の肺へと吹き込みディーンが自発的に呼吸するまで幾度もそれを続けて、やがて彼の呼吸が落ち着いたのを見届けるとサムは次に肩の傷の手当てを始める
自分の上着の裾を歯で裂いて帯状にし、それできつく縛って止血する
そうしながらもさっき海中に沈んだ時の恐怖を思い返し、手が震えた
それに強く打ち付けた頭部の痛みも激しさを増し、サムはずっと起きて様子を診ていなければ思いながらも、耐えられず力の抜けた体をディーンの隣に横たえる
そしてすぐ傍にある彼の手に触れればまだ酷く冷たくて、サムは重い腕を上げるとディーンを暖めるように体を重ねてから、その目を閉じたのだ
やがてディーンは、ビクターに抱かれている幸せな夢から、微かに聞こえた打ち寄せる波の水音で覚醒した
もう随分とそんな夢は見なかったのにと辺りを見回せば、まるで夢の中と同じ格好でサムが自分を抱いて横たわってる
「・・・・・・・・」
まさか人間に助けられる事があるなんてと、ディーンはこれまでの数百年に及ぶ人生でも始めての経験に呆れ、体を起こす
見れば既に肩の傷は塞がっていたがそこにはサムが巻いたらしい布が有って、懸命に彼が自分を手当てしようしたのが分かった
「・・どうして・・お前みたいなのが奴らに追われるんだ・・?」
ディーンはそっと呟き、気を失っているらしきサムを見下ろした
どこから見ても、普通の人間の男だ
人間の中にはバンパイアや狼男族と取引して富や権力を得ようとする強欲な輩もいるが、この男はただ優しく平凡な人間の筈なのに
そしてディーンはサムから発せられる若い生命力の煌きに引き寄せられて、そっとその体に手を伸ばした
だが、シャツ越しの逞しい胸に触れた瞬間に、そうしなければよかったと後悔する
指に伝わる、力強い心臓の鼓動
それがサムの体の隅々にまで送り出している血液の流れさえ、全て克明にディーンは感じてしまった
「・・・っ・・」
思えばもう丸一日、血液の補給をしていない
こんな状態で人間を目の前に置かれればサムの存在はそれだけでディーンにとって拷問なのに、その上さっきまで彼の腕の中に居たせいでサムの熱がディーンの体にも伝わり燻って、違う衝動までもが溢れ出しそうになってくる
「・・畜生・・」
何故なら、ディーンは普通のバンパイアではない
だからディーンは、自らの体に沸き起こる男の肉への衝動がコントロール出来ているうちに、気を失っているサムの体を担いで館への道を急ぐことにしたのだ
館の中にクレイヴンの目を盗んでサムを運び込んだつもりだったが、やはり仲間はディーンの行動を逐一見ていた
一度目を覚ましたサムに此処は安全だからと言い聞かせてもう一度眠らせていると、早速話を聞きつけたクレイヴンの愛人のエリカがやって来る
「・・噂は本当だったのね、ディーン
あなたが人間のペットを連れ込んだって・・みんなその話題で持ちきりよ」
「・・・・・・・」
いつも筋違いの嫉妬心をあからさまにぶつけて来るこの女が鬱陶しくて、ディーンがサムの方を向き見つめたままで居るとエリカはそれをどう勘違いしたのか、声を潜めて聞いてくる
「まさか・・彼を噛んで仲間にする気じゃ・・?」
「・・する訳ないだろっ」
ディーンはきつい目で彼女を睨み付けた
確かにさっきまで自分はサムの血が欲しくて仕方が無かった
あと数時間この館に戻れない状況が続いたら、彼の首筋に歯を立てていたかもしれない
そして恐らく罪も無いサムをそのまま殺すなど出来ず、それは血の契約となっていただろうが、そんなものはあくまで仮定の話だ
「だったら何故連れて来たの?」
「・・・・・・・」
ディーンは興味本位に尋ねてくるエリカに、事実をただ静かに答えていた
「・・命の恩人なんだ」
やがて覚悟していた通り、ディーンはクレイヴンに呼び出された
サムの部屋にエリカを残したまま、ディーンは彼の部下達によって無理矢理連れ出される
そして奥の部屋の中に突き飛ばされれば、開口一番クレイヴンは言った
「今回の事は断じて許さんぞっ!!
私の命令に背いて街中で一晩人間と過ごしたばかりか・・私の館に人間を連れ込むとはっ」
「この館はお前の物じゃない、ビクターの物だ」
「・・っ・・」
当主の怒りも恐れないディーンに、部下達の前で真実を口に出されればクレイヴンは悔しそうに傍の机を拳で叩いた
だがディーンにしてみれば、今はバンパイア族存亡の危機
クレイヴンの当主としての面子や資質は後回しにして、兎に角今夜彼に理解して貰わなくてはならない事が有る
「そんなことより・・・狼男達はサムを欲しがってる
それだけは分かって欲しいんだ、その理由を調べないと・」
「そうか・・・サム・・サム・・サム、お前はあの人間の事ばかり頭に有るんだなっ!」
しかしクレイヴンはディーンの話を聞くどころか、真面目に取り合おうともしない
「クレイヴン、俺の話を聞けっ!」
「どうしてお前は、そんな馬鹿げた仮説にこだわり続けるんだっ?!
狼男が人間に興味を持つ訳が無いっ・・サムであれ、誰であれだ
奴等にとっては人間など、食うだけの存在でしか無いっ!!」
「・・・・・・」
ディーンはそう言って後ろを向いたクレイヴンの背中を、息を飲んで見つめた
長年彼には嫌悪や不満と同時にぼんやりとした疑問を抱いていたが、今こそそれがはっきりとした疑惑となったかだ
そして今やビクターが彼を後任に選んだ最大の理由である狼男のリーダーを倒したと言われる伝説でさえ、ディーンは信じられなくなっていた
しかしディーンの決定的な不信に気付かぬクレイヴンは、醜い嫉妬心まで剥き出しにして話を逸らす
「・・・そうゆうことか・・・お前、あの人間が好きなんだな?」
「それこそ馬鹿げた仮説だ」
ディーンはそう言い捨てると、もはや話す必要も無いと扉を開け部屋から出て行こうとした
当主への疑惑が真実なら、今からやらくてはならない事がディーンは沢山有る
だがそれを予測していたのか、外にはクレイヴンの部下が待ち構え即座にディーンを拘束すると、寝室のベッド上に倒され両腕を縛られて固定された
「どうかな?・・お前の体に聞けば分かるかも」
「・・・っ・・くそっ・・」
「勝手な事をしたお仕置きだ、ディーン」
そしてそのままクレイヴンが覆い被さって来るのを、ディーン悔しげに唇を噛み締めたまま受け入れる他無かったのだ
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