アンダーワールド 4
気を失っていたサムは、誰かが自分の首筋に触れている気配で目を覚ました

目を開けば見知らぬ金髪の若い女が覗き込んでいて、その手はあの夜男に噛まれた傷の有る左肩のシャツを捲っている

サムは傍に居るのがディーンでないのに不安になり、その女に彼の事を尋ねようと口を開いた

だが彼女はサムが覚醒したと知ると同時に、まるで化け物を見たかのように悲鳴をあげて数メートルも上の天井まで飛び上がり、人とは思えない長い牙を剥き出しにして威嚇したのだ

「っ!!」

その上女がそこにずっとへばり付いて居るのを見るに至って漸く、サムはそれが人ではないのだと分かり逃げ道を急いで探した

唯一この館の外へ通じるのは窓しかなく、テラスに出たサムは決意を固めると二階から飛び降り、庭の番犬が追いかけてくるのを走って振り切った

そして門をよじ登り、無事館の外へと逃げ出したのだ





































次の日、ディーンは館の中の射撃場に居た

暗黒のオーラを漂わせる彼の周りに他の処刑人達も寄り付かず、ただ一人標的の石膏像を何かの仇の様な形相で粉々にしている

「俺には八つ当たりをしてくれるなよ、ディーン」

振り返れば武器開発者のカーンが、一つの銃をこちらに差し出して立っていた

手首にくっきりと残る縄の痕に昨夜どんな目に遭ったか分かっているだろうが、さりげなくこんな冗談で流してくれる彼がディーンは好きだった

「試してみてくれ、新開発だ」

言われるままカーンから銃を受け取りその弾丸を石膏像に撃ちこめば、その穴からはやがて銀色の液体がドロリと流れ出てきた

「硝酸銀か・・」

「致死量だ・・液体状で血液に入り込むから何をしても無駄だ、狼男ども体内から出せないさ」

「・・・凄いな」

優秀な男だと、ディーンは思った

そしてこれほどの男でもクレイヴンの存在に疑問を抱かないのかと、最も気になっている事を尋ねてみる

「・・・教えくれ、カーン・・あんたはルシアンは本当に死んだと思ってるのか?」

「またクレイヴンがあの時の自慢話を?」

「それだよ・・奴はルシアンを殺したと言ってる、自分で・・
 ・・だが奴の彼の言葉以外、証拠は何も残ってないだろ?」

そう言うディーンを、カーンは不思議そうに見てくる

「確かにクレイヴンは出世欲の強い男だが・・奴はビクターに選ばれたんだ
 ・・・どうしてそんなに疑うんだ?、ディーン」 

「・・・・・・」

その理由をディーンは彼に話そうとはせず、再び銃を手にすると標的へと向かった





































激しい雨が降り続く夜

街の裏路地で二台の車が交差して停車した

直ぐに双方から屈強な、一目でガードと分かる男が飛び出しその車の脇を固めると、一方の車から出てきたのはクレイヴン

現バンパイアの当主だった

「公然とこちらの処刑人と交戦し人間を追い掛け回すとは、これは一体どうゆう事なんだっ!!
 ・・地下に身を潜めていると約束したんじゃなかったのか?」

もう片方の車に乗り込むなりクレイヴンはそう叫び、次の瞬間にはその車の中で待ち受けていた男に喉元を締め上げられていた

「喚き散らすな、クレイヴンっ!」

それは、眼光鋭い長髪の男

サムをアパートのエレベーターで襲った、狼男だった

「あの人間の事はお前に関係無い
 それに・・・充分過ぎる程身を潜めていた」

漸く離してもらえた喉元を擦りながら、クレイヴンは必死になって呼吸を整え半ば懇願のような口調で呟いた

「・・っ・・・じっとしてるんだ、ルシアン・・
 少なくとも暫くはな・・お前との密約を後悔したくない・・」

「黙って役目を果たせ・・・・忘れるな、俺は皮膚をくれてやったんだ
 ・・俺が居なけりゃ今のお前は無い・・これからも・・・・有り得ないっ」

だがルシアンと、既に死んだと言われる狼男のリーダーの名で呼ばれた男は、少しも怯むこと無く王者のように悠然と、クレイヴンに命令しただけだった





































『狼男の砦を襲撃した勇敢な戦士の中で、唯一生還したバンパイア

 クレイヴンはその砦に火を放った上、狼男の君主ルシアンの腕の皮を引き千切り持ち帰った

 皮に押されたルシアンの刻印が、その証拠である』


ディーンは館の中の、1000年にも渡る一族に関する書物が保存された部屋へと足を向けていた

調べるべきはクレイヴンが殺したとされる狼男のリーダー、ルシアンの最後

分厚いその本のなか、事件がそう記された次のページには証拠品のルシアンの腕の皮がそのまま貼り付けられ、彼の精巧な絵が描かれている

「・・・・・」

確かに、剥がされた皮と絵の腕の刻印は一致する

だが、ディーンはその絵を前に突如、恐ろしい事に気付いた

そして、自分の疑惑は間違っていなかったのだと、確信した

「・・・やっぱり・・あの男が・・・」

何故なら、サムを彼のアパートのエレベーターで襲った、長髪の男

あの男が首に掛けていたのと同じペンダントを、その絵の中のルシアンも首から下げていたからだ













「待ってっ!、ずっと探してたのよっ」

書庫から出て足早に廊下を行くと、途中エリカが追い縋って来た

彼女などど話している場合ではないとディーンが立ち止まらず無視して通り過ぎると、彼女は後ろから言って来る

「彼、噛まれてた」

内容が内容だけに、ディーンは思わず立ち止まった

「・・彼?」

「あの人間よ・・狼男に噛まれてた」

「・・それは・・クレイヴンの入れ知恵か?」

「違うっ・・この目で見たのよっ!」

こうなればこの女も信用する事は出来ないだろうとディーンは冷たく言い放ったが、エリカの目は真実を語っているように見える

それに確かにあの時襲って来たのがルシアンなら、そして彼等が何故かサムを欲しがっているなら、その可能性も有る

「・・あなた掟を破るつもり?、私達と狼男の接触は禁じられてるのよっ!!」

「・・・・・・」

ディーンは今度こそ彼女に背を向け、自分をバンパイアにしてくれた長老の一人、ビクターが眠る地下の『寝室』へと向かった

復活の時を待ち眠りに就いている彼に、110年早く目覚めてもらうために








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