アンダーワールド 5
 許して下さい

 今の俺達バンパイア族は、あなたの導き無しにここからは先へは進めないのです











ディーンは心の中でビクターに訴えながら、一目を避けながら彼が眠る地下の『寝室』へと向かった

コンピューター制御の重い扉を開けば、内部の石造りの床に棺の封印を解く為の鉄の細工が、鈍い光を放って浮かび上がる

禁忌を犯す恐ろしさに一つ息を付くとディーンは決意を改めて固めて、背後に誰も居ないのを確認してからそれを操作した

真ん中の円盤を回すとその四方の小さな円が凹み、更に4つの方向からも溝が走ってその封印が床へと深く沈み込む

やがてVの文字が装飾された棺が縦にせり上がり、中には骨と皮ばかりの姿のビクターが横たわり眠っているのが見えた

ゆっくりとそれを床と水平に倒すと、ディーンは長い間会うことの出来なかった愛しい人の姿をほんの少しの間だけ感慨を持って見下ろした

だが誰にも見つからずに終えなくてはならない作業に掛けられる時間は限られていて、直ぐにその棺に内蔵された復活式用の器具を下ろすとビクターの口の位置に合わせ、自らの左手の内側を噛み切ってその滴り落ちる血を上部の皿状になっている部分に落としてゆく



バンパイアにとって、己の血液は己の記憶






ポタリ








ポタリ







食道、胃、肝臓、腸

ディーンの血が、乾ききったビクターの体内の全ての細胞に染み渡り、ゆっくりと彼を目覚めさせる

ディーンの記憶がビクターのものとなり、復活後の新たな記憶となって加わるのだ















 分かっています

 一族の長を、長老以外の者が復活させるのはこれまで無い事

 長老はその時代の記憶や記録を一貫したヴィジョンでお見せ出来ますが、俺にそんな力は有りません

 でも、どうか俺の訴えを聞いて欲しい





 早すぎる復活、そして掟破りは承知の上

 でも、このまま眠りに就いたままでは、あなたも危険だ

 何故なら、ルシアンは殺されたのではなく生きている

 今も、この街の何処かで

 恐らく復活式に合わせて襲撃して来る

 そして

 もし、俺の勘が不幸にも正しければ







 クレイヴンは狼男と密通しています






















ディーンは警備の監視カメラの無い奥の小部屋へと棺を移動させると、急いで用意して来た血液パックとチューブを繋ぎ未だ眠ったままのビクターの体に何本も刺し入れた

完全なる復活までは、まだ少しの時間と大量の血液が必要なのだ

途中警備の交代での点検か突然開かれたが、小部屋の側面の壁の影に身を潜めたディーンには気付かず、彼は安堵の息を吐くと再びビクターの復活を完全なものにする為に動き始めた

今のバンパイア族の危機を救ってくるのは、彼しか居ないと信じて







































その頃、館から逃げ出したサムは自分の職場に忍び込んでいた

そしてこっそり廊下を伺い、偶然前を通りかかった同僚のウェントを無理矢理部屋の中に引きずりんで、傷の手当てを頼むと同時に今迄の状況を話した

誰かに聞いてもらわなければ、サムにとって気が狂いそうな一日だったからだ

「・・おまけに奴に噛まれてから幻覚を見るんだ・・妄想かもしれない・・」

サムはインターン仲間のウェントなら的確なアドバイスをくれるかもしれないと期待して、時折見るようになった白日夢のような映像についても口にした

それは理解に苦しむ、不思議な光景だ

随分と昔の、まだ文明など発展していない頃の服装の人々と、まるで時代物の映画に出てくるような鎧を着て剣を携えた兵士達が見えてくる

そして、円形の広い空間の真ん中に居る一人の男と、壁に縛られている女

しかし余りにも映像が断片的なせいで、明確にそこで何が行われたのかまでは分からない

そして、何故突然自分に、そんなものが見えるようになったのかも




「で・・今はどんな感じなんだ?、サム」

だが取り敢えずはそんな夢の話よりは傷の手当てだろうと、ウェントは手当ての為の器具を用意しながら聞いてきた

「・・兎に角頭が痛くて・・二つに割れるような感じだよ・・」


「傷口を見せてみろ」

サムが言われるまま左肩のシャツを捲って噛み傷を見せると、ウェントは顔を顰めて言った

「・・・本当に噛まれたのか?、人間に・・・本当は犬じゃないのか?」

所詮他人事なのか、信じていないのか、ウェントはさっき説明した事を何度も聞いて来る

「だから人間だと言っただろうっ?・・追いかけてきた・・そしたら
 ・・地下鉄で会った若い男・・・そう・・・ディーンが・・・・」

「ディーンって?」

「だから言っただろっ!!、その男に連れて行かれたって!!」

暢気に再び聞き返されて、サムは体調の悪さもあってついカッとなってウェントの喉元を掴んでしまう

「わ・・わかったっ・・・落ち着け・・落ち着けよ・・・」

「・・・・・・・ごめん・・・でも、本当なんだ・・」

「ちょっと待ってろ・・直ぐ戻る、いいな?」

ラバーの手袋を外し、ウェントが部屋から出ようとするのを、サムは何故か白衣を掴んで頑なに引き止めた

「・・僕を信じてくれ・・ウェント」

「ああ、分かった・・大丈夫だ・・・・直ぐだ、直ぐ戻る」

「・・・・・・」

同僚でもあり友達でもあるウェントの言葉を信じて、サムはその手を離すと彼が廊下を歩いてゆくのを見送った

だが落ち着き無く部屋の中を歩き回りながらドアに嵌ったガラス越しにふと見ると、突き当りの廊下の向こうの部屋には警官が居て、なんとウェントがこの部屋を指差し自分の事を通報していていたのだ

「・・っ・・・」

サムは裏切られた気持ちで胸が痛み、同時にもう誰も自分の話など信じてくれないのだと悟った

そしてもう頼れるのはあのディーンと名乗った男だけだと、病院から逃げ出すとタクシーに飛び乗り、再びあの館へと向かったのだ








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