アンダーワールド 6
密かにビクターの復活の為の作業を終えることが出来たディーンは、暫くの時間大人しく館の中で過ごして見せた
そしてふと監視カメラの置かれた部屋の前を通り過ぎようようとすると、この館の警備担当者とエリカと数人の取り巻きを引き連れたクレイヴンがその数台のモニターの前で厳しい顔をしているのに出会う
こちらの顔を見るなりエリカは意味有りげな視線を寄越し、クレイヴンは怒りを露に名前を呼んだ
「・・っ・・ディーンっ!!」
指し示す画面を覗き込めば、そこにはサムが館の門の前に立ちインターフォン越しに叫んでいる
『ディーン!!・・ディーンと話を・・・・話をさせてくれっ!!』
「・・・・」
「これが、あのサムか?・・どうなんだっ!!」
大声で問い質されるディーンだが、その耳にはサムの悲痛な叫びだけが絶え間なく届いている
『教えてくれっ!、頼む・・・僕に何が起こってるんだ!』
「・・今行く、待ってろ」
ディーンはクレイヴンの剣幕を無視して、画面の中に顔を見せるとサムに安心させるように言った
「奴と行けば二度とこの館には戻れんぞ、ディーン・・いいのか?」
そして足早にその部屋を出ようとする背後から追いかけてきたクレイヴンのその言葉に、ディーン悠然と振り向くと彼の時代の終わりを宣告した
「それは、目覚めたビクターが決めるよ」
やがて呆然と立ち尽くすクレイヴンの前のモニターには、ディーンとサム、二人の乗った黒のシヴォレーが映し出されていた
それは激しい雨の中躊躇いもせず館から走り去ったが、誰一人としてそれを見ている者はいない
ディーンの告げた、ビクターの復活
それがその場に留まる者達に、戦慄と恐怖を与えていたからだ
「もう此処には来るな、サム・・殺されるぞ」
「・・どうしてっ?、君達は何者なんだ!?」
ハンドルを握りながらディーンは助手席のサムに言ったが、動揺した様子のサムはこちらに身を乗り出し、全てを教えてくれるまでは引かないという姿勢だ
ディーンは右手を伸ばすと、エリカが言った言葉を確かめるためにサムのシャツを捲って左肩を確認する
確かにそこには狼男の牙が肉を抉った痕がくっきりと刻まれ、ディーンはもうサムが人間ではなく戦うべき相手となってしまったのだと知ったが、それでもサムの子犬のような不安そうな目にディーンは勤めて冷静さを保って話を続けてやる
「・・千年も間続く戦争の中に、お前は放り込まれたんだ・・・狼男とバンパイアのな」
「・・・・・・・・」
その言葉にサムは一瞬考え込む様子を見せたが、これまで見てきたエレベーターでの男や館で見た女の姿で話を信じ、直ぐ顔を上げてディーンを見る
「だが、不死者に噛まれて生きているなんて幸運なんだ、サム
・・普通は一時間後には死ぬ、強力なウイルスで・・」
「・・じゃあ僕は、もしあんたに噛まれたら・・今度はバンパイアになるっていうのか?」
ディーンは、これまでは優しかったサムの目が自分の正体を知り厳しさを増した事で、自らの胸に痛みが走るのを感じ戸惑った
人間がバンパイアを、そして狼男がバンパイアを恐怖と嫌悪の対象にするのは、当然だというのに
こんな事で心を痛めるなど馬鹿馬鹿しいと、ディーンは殊更に冷たくサムに当たった
「死ぬさ」
「・・え?」
「両方に噛まれれば死ぬって言ってるんだ
・・・・それに、本来ならお前なんかとっくに殺してる」
「・・っ・・じ・・じゃあ、なんで助けるんだよっ!?」
「俺は、狼男どもがお前を狙う理由が知りたいだけ・・それだけだっ!」
「変なものを見るようになったんだ・・幻覚を・・あれは何なんだ・・・」
到着した建物の螺旋状に続く階段を登りながら、サムが言った
一時苛立ちを爆発させてもやはり頼れるのはディーンしか無く、このまま自分がどうなってしまうのか不安に思う彼の声は弱々しい
「それは幻覚じゃない、記憶だ・・・噛まれてあの狼男の記憶がお前に移っただけだ、サム」
ディーンも、そんなふうに自分の後ろを頼るように付いて来られると、死んだ弟を思い出して無下には出来なくなる
数百年も前に失った家族
だがその記憶は鮮明で、こうして見ればサムは弟によく似ていた
やがてディーンはその中の一室に入り、警備モニターで尾行や潜伏者の存在をチェックして確認すると、サムを部屋の隅の椅子に押しやった
「尋問用の部屋だ・・此処なら安全だ」
だがそこに有る物に興味を覚えたのか、直ぐ立ち上がったサムは周囲に置かれた物を手に取り一々ディーンに聞いてくる
まず彼の興味を引いたのは、横に放置されたままの残酷な尋問の跡らしい
「これは?、ディーン」
サムが指差す先には、銀の弾丸がトレーに入っている
「・・奴等狼男は銀アレルギーだからな・・尋問前に弾を摘出するんだ
そうしないと話を聞く前に死んじまう」
「・・尋問後は?」
「弾を体に戻してやるさ」
「・・・・・」
ディーンが処刑人らしく冷酷に言い切れば、サムは気不味げに目を逸らした
だがその後も、サムの懲りない好奇心の強さはディーンを苛々させた
唯でさえバンパイアとしての飢餓状態が迫っている時間だというのに、サムは部屋の中を探索して片時も傍を離れようとしないのだ
「ザイオデックス社って?」
今もディーンが保冷庫から出した血液の入ったパックを横から取り上げて、しげしげと眺めている
「俺達バンパイアの会社だ、前は合成血漿を作ってた・・それは次の資金源の・」
「クローン血液か・・」
「・・・っ・・」
暢気なサムにディーンはとうとう耐えられず、彼が手にしていた血液パックを乱暴に奪い取った
何故なら冷え切っていた車内と違い、暖かな部屋の中ではサムの体からは美味しそうな若い血の匂いが漂っていて、まるでディーンの理性を試すような酷い状態にさせていたからだ
だがサムは全く気付いていない様子で、隣でキョトンと目を丸くしている
「どうしたの??」
「・・お前・・頼むからあっちの部屋で大人しく座っててくれないか?
もう一人でいられないような餓鬼じゃないんだろ?!」
溜息混じりに怒鳴りつけるが、サムはまるでディーンが自分を置いてどこかに行ってしまうのが怖いとでも思っているかのように、両手を広げた抗議した
「どうして僕がディーンの傍に居ちゃいけないんだよ?!」
「・・・・・・」
ディーンは何故かサムには見られたくなかったが、こうなったら見せる以外納得させられないと、懐から鋭いナイフを取り出した
そしてそれに怯えて下がったサムの目の前で、鋭い刃を血液パックに突き立て流れ出した血を近くにあったコップで受け止める
「・・・・ディーン・・・まさか、それ・・」
「そのまさかだよ
分かったらあっち行ってろ・・・俺の飯時に、隣でお前に吐かれちゃ迷惑だ」
周囲にムッと漂う血臭に圧されてサムが静かに離れて行くのを感じながら、背を向けたディーンは漸く有り付いた食事を一気に喉に流し込んだ
だがいつも飲み慣れた物だというのにサムと同じ空間での食事は、酷く不味く感じたのだった
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