アンダーワールド 7
ビクターの復活をディーンに告げられたクレイヴンは、地下の重厚な扉を開け長老が眠る空間に足を踏み入れていた
それはその目で、ディーンの言葉を確かめる為に
だがそこに入ると直ぐ、後ろから追い縋って来たエリカの存在に気付き足を止める
「忠告したのに、ディーンは聞こうとしなかったっ
もっと早くに報告すべきだったけど・」
「・・なんの話だっ?」
来るなり訳の分からない事を早口で捲し立てるエリカに、クレイヴンは苛立って声を荒げた
この状況で、まだこれ以上に何か不都合が起こっていたのかと
だが次にエリカが言った言葉は、充分にクレイヴンを驚愕させ激怒させるに足るものだった
「・・・さっきの人間・・サム
彼は人間じゃありません、もう・・狼男です」
「・・・っ・・・・なんだとぉっっ!!!」
「一体なんの騒ぎだ?」
クレイヴンがその石造りの空間に怒りの声を張り上げたその時、もう数世紀は聞いていなかった地を這うような重厚な声が響き渡った
途端に二人の体は硬直し、クレイヴンは振り返ると奥で動く影を信じられない思いで凝視する
そこには数十本の血液を流し込むチューブに繋がれた、ミイラのような干乾びた体のビクターが、今まさに寝台から起き上がりその姿を現してくるところだったのだ
復活の直後で荒い息をついてはいたが、最高齢にして最強のバンパイアを前に歳若い二人は、震えながら跪いて最大の敬意を示すしかない
「外せ」
ビクターはエリカに言い渡し、鋭い目で一人その場に残ったクレイヴンを見た
「ディーンは何処に居る?」
「・・分かりません、閣下・・すぐに・」
全身に緊張を漲らせ、クレイヴンは答える
「捜しに行くのか?」
「・・はい、閣下」
「私の元に連れて来なさい・・・あの子とは話す事が山程有る
ディーンは私に、沢山の忌まわしいものを見せた・・」
クレイヴンは耐えられず、ビクターから目を逸らした
「すぐにでも対処せねばならんだろう
我が一族の勢力は衰え、堕落した
私は信頼に足る者を、後任に置くべきだったようだ・・・・・・っ・・く・・」
呼吸が乱れたがビクターの威厳は変わらず、クレイヴンはなんとかその場を誤魔化そうと汗に濡れた掌を握り締めていた
「とはいえ・・ディーンの記憶は混乱していた・・時間は曖昧で・・っ・・・」
だが流石に急な動きが体に負担を掛けたのか、ビクターはよろめき横の壁に手を付く
クレイヴンはこの時とばかりに、身を乗り出してビクターに進言した
「閣下、部下を呼んできますので、どうかお休みください」
なんとかこの場を切り抜け裏切りの証拠を隠して更に手を打たなければ、クレイヴンの命などこのビクターは一撃で奪える力を持っているのだ
しかしビクターはクレイヴンに疑惑の目を向け、それを断った
「もう十分休んだ・・・・・呼ぶというのなら、マーカスを呼べ」
「まだ・・眠っておられます、閣下」
「・・・なに?」
「明日の朝、マーカスの復活式の為にアメリアと元老院のメンバーがおいでになります
・・・閣下は・・予定より一世紀早く起こされたのです・・」
ビクターが信じられないという表情で床に有るマーカスの棺の封印を見つめるのに、クレイヴンはこうなれば全てをディーンの先走った行動のせいにしようと考えた
彼自身の口から、自分の憶測と勘違いから実際に有り得ぬ一族の危機を妄想し、掟を破り勝手にビクターを復活させたのだと言わせれば、自分に非が及ぶ事も無く今狼男達と進めている計画も無事達成されるだろう
そして罰せられるであろうディーンには恩赦を願い出て、ビクター亡き後自分の物にすればよい
その部屋から立ち去りながら、クレイヴンは決してビクターにディーンは渡さないと、心に誓っていた
安全と言われた狼男用の尋問室に、まだサムはディーンと居た
彼が血液パックの中の血を飲んだのには驚いたが、不思議とディーンに対しての嫌悪感や恐怖は湧き上がって来ない
それどころか隣の部屋から戻ってきた彼は血色が良くなって頬が薔薇色に染まり、その唇も紅を差したかのように赤く色付いていて、目のやり場に困ったほどだ
今まで同性をそんな目で見た経験もそんな趣味も無かった筈なのに、何故か今夜の自分は時間が経つにつれて体内の血が沸々と沸騰し、それをぶつける獲物を求めている、そんな感じなのだ
だが幸運にも、そんな不可解な衝動を自覚したサムがおとなしく椅子に座っていれば、ディーンの方から傍に近寄ってくる事は無かった
今も彼は月明かりの差し込む窓辺に佇み、窓の外を異常が無いか確かめている
「・・どうしてディーンは狼男達を憎んでるの?」
サムはこんな状態のまま沈黙が続くのに耐えられず、又ずっと知りたいと思っていたから、思い切ってディーンに尋ねた
「戦争だからだ」
だが、彼の答えは簡潔だ
「命令には絶対服従って訳?・・ディーン個人の意思は?、なんでもYes?」
チラリと一瞬こちらを見たディーンだが、直ぐ窓の外に視線を戻す
「・・・・・」
「・・答えられないのかっ?」
何故かサムは腹が立って、黙り込むディーンにきつい言い方をしてしまった
なぜなら、ふと見せるディーンの目はとても優しい
こんな彼が、例え相手も魔物の狼男とは言え虐殺や拷問じみた真似をするなど、信じられないのだ
「・・・・・・・」
「・・っ・・・別に・・いいけど」
だが、ここまで口を噤むのは余程の理由があるのだろうと、思い直したサムは俯いて首を振って見せた
するとやがて諦めかけた頃、ディーンは静かに口を開いた
「最初の異変は・・夜中の物音だった」
「・・?・・」
「俺が馬小屋を見に行くと、馬がズタズタにされて死んでた
そして親父はそれを追い払おうと戦ったのか、庭で殺されていて・・
・・次に母屋からの悲鳴で戻れば・・母と弟は・・体中を切り裂かれて、辺り一面に・・・」
「・・・酷い・・」
「・・俺は家族を助けられず・・・気が付けば彼の腕の中にいた
俺の家族は戦争の巻き添えになったが・・その狼男を追ってきた彼に、俺だけは助けられたんだ」
「彼って・・?」
サムは微かな嫉妬を感じて、その名を尋ねた
「ビクター・・・最高齢にして最強のバンパイアだよ
その晩彼が俺をバンパイアにして、永遠の命と家族の復讐をする為の力を貰った
・・それからずっと・・俺は戦い続けてきたんだ・・」
「・・・・」
「・・ずっと・・・」
サムは、ディーンがそうしてもう数百年も生きているのだという事を思い出し、胸が痛んだ
「・・この戦争を仕掛けたのは?・・発端は何なんだ?」
「仕掛けて来たのは狼男達だ・・少なくともそうだと言われてきた
切っ掛けは知らない・・・過去を詮索しない事も俺達の掟の一つだよ」
そこまで話終えるとディーンは、まるで過去を振り切るように顔を上げ窓辺から離れた
「・・そろそろ戻る」
「僕は・・っ?」
置いていかれたくないサムはその言葉に反応し、思わずディーンの前に立ち塞がった
だがディーンはまるでサムに触れるのを恐れるかのようにして避け、手を伸ばして軽く体を押しやった
「ビクターが判断する・・明日の夜又ここに来るから・」
「・・一人でいるのは嫌だっ」
「死にたくなければここに居るんだっ、サム」
「嫌だっ、一緒に行くっ!!」
「・・っ・・サムっ・・・」
サムはどうしても行かせたくなくて、ドアに向かおうとしたディーンを背後からきつく抱き締めた
そして、その瞬間に深く後悔した
何故なら、サムの中に閉じ込められていた凶暴な衝動がディーンの温もりを切っ掛けに噴出し、瞬時にもはや制御不可能にまで昂ぶってしまったのが、彼自身分かったからだった
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