アンダーワールド 9
闇夜に浮かぶ荘厳な洋館の扉を開ければ、今夜もそこには敗退的な雰囲気を纏わり付かせたバンパイア達が集っていた

赤ワイン代わりの血の匂いと、軽い幻覚作用を齎す紫色の煙が立ち込めたホール

ディーンは、自堕落な生活を一族の危機だというのに変えようともしない彼等を空気のように無視して、これまでと変わらずその中央を足早に颯爽と歩いた

そしてディーンを見る、長年バンパイア族を狼男から守る事に尽力した戦士に対するものとはとても思えない彼らの眼差しも、又これまでと変わらないものだった













そのまま地下のビクターの所へ向かっていると、途中ディーンはクレイヴンに腕を掴まれ横の小部屋に引き入れられた

「・・まだ俺に恥をかかせたいのか、お前は勝手な真似ばかりだっ!」

そう声を潜めて怒鳴るその顔には、ビクターの復活による焦りがはっきりと浮かび上がっている

「・・・・・・」

「いいか、ディーン・・我々の仲はここに居る連中に知れ渡っているんだぞ?」

「お前との仲?」

ディーンは鼻で笑ってやったが、クレイヴンは未だ自分の所有物だとでも思っているらしく、指を目の前に付きつけて命令してくる

「・・っ・・ビクターの所へ行って、これから私が言う通りに言うんだ
 今後は俺の命令には絶対服従だっ・・・私の言っている事がわかるなっ?!」

ディーンは、自分の喉元を締め上げまるで飼い犬相手のような言葉を吐くクレイヴンを一睨みすると、その股間を思い切り膝で蹴り上げてやった

そして呻き声を上げて蹲るクレイヴンに背を向けると、再び復活したビクターに会うための道を急いだのだ































「もっと近くへ来なさい、ディーン」

驚くことに、復活の為の作業をしてからそれほどの時間は経っていないというのに目の前にしたビクターの体は二周りも大きくなり、浮き出た血管の太さもしっかりとして、筋肉も張り詰めて盛り上がっていた

まだ毛髪は無く肌はくすんだ色をしていたが、ディーンは跪きながらその姿にビクターの面影を見出して胸が熱くなる

そしてそれはビクターも同じらしく、昔と変わらぬ青い瞳は感慨深く細められて、こちらに向けられていた

「ビクター・・あんたが居ない間、俺はずっと道に迷っていた
 ・・・クレイヴンの果てしない欲望に振り回されて・・・」

二人だけの時は敬語も要らず呼び捨てにしてもいいと言った昔の閨でのビクターの言葉を思い出し、ディーンは声に微かな甘えを滲ませて言った

「ふふふ・・・昔からありふれた話よ、彼は手に入らないものを欲しがっているのだ」

既に二人の間には、血による記憶の共有が成されている

だからこそ確信に触れるビクターの言葉に、ディーンはその顔を上げた

「では、話せ・・・・何故お前はルシアンが生きていると言うのだ?」

「・・その証拠は、全部見せた筈だ」

「イメージの断片と脈絡のない考え、それだけだった・・
 ・・・だからこそ復活は長老が行わねばならんのだ・・お前にはそれだけの技量はあるまいっ」

ビクターが自分を見る眼差しに怒りが混じるのを感じて、ディーンは息を飲んだ

「でもっ・・俺はこの目でルシアンを見たんだっ、ビクター・・頼むから信じてくれっ」

「・・我らの連鎖はずっと守られてきた・・今に至る1400年間ずっとだ
 3人の長老が交代制を敷いて以来受け継がれてきたのが、一人が復活し二人が眠るというしきたりなのだっ
 次はマーカスが復活する番だっ、私ではないぞ、ディーンっ!」

自分の記憶が完全な形で伝わる事は無いだろうと覚悟していたディーンだが、ここまでビクターに自らの非を責められるとは思っていなかった

自分が考えていたよりもずっとビクターの心の中で自分が占める場所は小さいのかと、ディーンの声は哀しみに震える

「でも・・こうする他無かった・・一族は危機に瀕していたし、サムは・」

だが、その名を口にした事はビクターの、そしてバンパイアの最大の禁忌に触れた

こちらを見るビクターの目は鋭さを増し、その気迫の篭った思念はディーンからそれ以上の言葉を発する力を奪う

「サムは・・狼男だぞ、ディーン」

ビクターから放たれた静かな怒りのオーラは、ディーンの能力をしてもはっきりと見えた

「・・ビクター・・・俺に納得のゆく証拠を集めさせてくれっ・・」

ディーンは完全にビクターの心が自分から離れたと感じて縋る様に頼んだが、ビクターは首を振る

「・・いや、証拠はクレイヴンに集めさせる・・有ればの話だが」

「・・っ・・彼を・・・・彼は信頼するのか・・?・・」

父親のように、そして恋人のように愛したビクターがもはや自分を完全に信じていないのだと、ディーンは目の前が涙で曇るのを感じた

「奴は一度も獣に汚された事の無い、純血種だからな」

「・・・・・」


「・・・お前は愛している、ディーン・・・だが、こうする他ないのだ・・」

ビクターもディーンの目から流れ落ちる涙に一瞬心を動かされ口調を緩めたが、やはり罪人であるディーンにはバンパイア族の長として威厳を持って厳しい言葉を言い渡した

「しかるべき根拠を元に掟が作られ、その掟が守られたから我々種族はここまで永らえた
 ・・お前だけを特別扱いする訳にはいかん・・アメリアが到着したら元老院でお前の処分が決められる
 復活の連鎖を乱し掟を破ったのだ・・裁かれねばならんっ!!」
































ディーンはビクターの前から下がると直ぐ、館の中に有る牢へと連行された

何時も館の中ではクレイヴンの後をこっそり付いてまわっているエリカは、その時も彼がディーンと牢の前に行くのを柱の影から見ていた

一族の危機など思いもよらず、ずっとクレイヴンに想いを寄せていたエリカにすれば、彼がディーンばかりに感けるこの状況が面白い筈はない

何故従順な自分ではなく、一々逆らうディーンにクレイヴンは夢中なのか

「俺の忠告を聞かないからだぞ、ディーン・・・元老院に命乞いだけはしておいてやるがな」

「それより・・・教えてくれよ、クレイヴン
 お前の何処に、ルシアンの皮を剥ぐ度胸があったんだ?」

そして今も、鉄格子越しにディーンが毅然と言い返すのが聞こえてくる

「・・っ・・言っておくがお前も・・そのうち私に逆らえなくなるぞっ」

狼男族リーダーのルシアンを倒したと言われているクレイヴンだが、エリカにとってはもうそれが真実でもそうでなくてもいい事だった

今頭の中にあるのは、どうやってディーンをクレイヴンから永遠に遠ざけるか、それだけ

その焦りと嫉妬は、性行為での繁殖という原始的な方法から開放されたバンパイアにとっては同性も又パートナーとして選ぶ選択肢に入るという事実で、更に激しさを増していた







「・・ディーンは俺のものだ、未来永劫な・・」

そして牢に鍵を掛け、部下に見張りを命令したクレイヴンが呟いたこの一言が、エリカの心からこれからやろうとしている事に対する迷いを、完全に消し去ったのだ





























新開発の硝酸銀の弾丸をたっぷり込めた銃を兵士に配布していたカーンは、その日の長老アメリアの出迎えの警備に同行する予定だった

「予定変更だ、アメリア卿の出迎えはソーンに頼んだ」

しかし武器庫まで足を運んで来たクレイヴンに突然そう言われ、その不可解さに眉を顰める

「・・?・・では、我々は?」

「ここに居ろ」

問題を起こしたとされるディーンが除外されたのは理解できたが、予定では処刑人の隊を周囲で警備に当たらせ厳戒態勢で長老を守る筈だったというのに、選りによってソーンなどこれまで禄に戦闘に携わった経験の無い新参者だ

カーンは、敵の狼男達が大量の紫外線弾で武装して襲撃して来る可能性も有ると言っていたディーンの意見に賛成だったから、立ち去ってゆくクレイヴンの背中を半ば確信を持って見送った

それはディーンが以前しきりに言っていた、現当主への疑惑

だが命令に逆らう事は出来ないカーンは、仕方無しに手にしていた銃を置き、部下達にもそれを実行させるしか無かったのだ






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