アンダーワールド 10
月明かりの下人気の無い駅に、内部と最新鋭だが外見だけは年代物というバンパイアの所有する機関車が滑り込んで来た
永久を生きる彼らにとっては時が止まっているからなのか、唯単にそんな趣味の者が多いのか分からなかったが、バンパイアの持ち物は懐古的デザインが多く見られる
その機関車は外見だけでなく本当に勢い良く蒸気を噴出させ、それは駅のに濃い霧のように立ち込め辺りを白く染めた
中には3人の長老の一人アメリア卿が乗っていたが、本来なら同胞の歓迎が有って然るべきだというのにこの列車を包むのは紛れも無い鋭い殺気で、列車が止まった途端彼女は不穏な空気を感じ取り窓の外を見回した
「・・・・・・」
列車の出口へと向かう足を止めた彼女が耳にしたのは、無数の狼の遠吠え
そしてクレイヴンとルシアンの陰謀が、やがて機関銃のけたたましい音の中、永遠だった筈の彼女の命を奪ったのだ
人気の少なくなった館の中、牢の中のディーンは、クレイヴンの部下に無理矢理飲まされた強い薬のせいで眠っていた
そのお陰で今はもう冷たい床に倒れこんだ彼の前に騒がしい見張りはおらず、その静けさがディーンの意識を遡らせ、夢の中で何時か過ごした時間を反復させてくれている
それはディーンが家族を殺され、人間からバンパイアへと変化して直ぐの頃
命の限られた人間から不死の魔物への圧倒的な肉体の変化についてゆけず、ビクターに連れて来られた城の一室で臥せり苦しむ日々を送っていた時だ
その症状も今なら変えられた直後稀に起こる自家中毒だと知っていても、当時のディ−ンにすれば復讐も遂げられずこのまま死ぬのかと不安で仕方が無く、やがて精神のバランスを崩したディーンは夜な夜な泣き叫んだ
変化してすぐの馴染めぬバンパイアを診るのに慣れた者達にさえ心を開かず、ただビクターの名を呼んで無理矢理飲まされる血液も吐き出して、見る見る衰弱した
そんなある日、噂が耳に入ったのかビクターが部屋を訪れて来た
当然親の胸で甘える歳ではなかったが、その時のディ−ンは幼子のようにビクターに抱き着いて離れず、ビクターも又ディ−ンにだけは誰にも見せぬ顔を見せてくれた
そしてやがてその信頼と依存は愛に変わり、ディ−ンはある夜ビクターから口付けを受けても拒まないどころか、求められるまま迷う事無く体を開いたのだ
そしてずっと拒否し続けていた血液の摂取も、閨でのビクターの口移しでならなんとか補給出来るようになり漸く一人前のバンパイアとしての生活が可能となったディーンは、それからは処刑人になる為の戦闘訓練を受けた
長老の一人に血を受け直接変えられた体は優秀で、直ぐに頭角を現すと隊を率いるまでになったディーンは、ビクターに命ぜられるままそのまま600年間、狼男達を殺してきた
凶暴な狼男
殺されて当然だと、夢の中のディーンは思った
いまでも引き裂かれた家族の姿が、目に焼きついている
愛しい父と母、そして弟
闇の中で蠢いていた、黒い影
だが不意に、その姿が変わった
凶暴な筈の目が優しげなものとなり、鋭い爪は温かな手に変わって、ディーンの頬を包み込む
「・・・サム・・・?」
ディーンは夢と現実の狭間で、自分でも気付かぬうちに、ビクターではなくサムの名前を呼んでいた
やがて、いつもは闇を心地良く感じるディーンだが、皮肉にも部屋の光が突然消えるという異変が切っ掛けで覚醒する
彼は知らなかったが、その時エリカが館の警報機を操作し全ての電源が落ちたのだ
夢の名残を振り切って立ち上がればディーンの耳には牢に近づく一人の足音が聞こえて来て、見ればエリカが鉄格子の前に立ち、その手は牢の鍵を開けている
「・・・?・」
そして彼女は部屋に入るなりディーンに向かって彼の2丁の銃が入ったホルスターを投げ、愛車のシヴォレーの鍵も翳して見せた
「・・なんで俺を助けるんだ?」
疑いの目で見たディーンだが、その手は既にホルスターを自らの腰に装着し、投げられた鍵を受け取る
「これは自分自身の為よ・・あなたの為じゃない、こうしなけりゃ私が損するのよ」
微笑むエリカの答えは理解出来なかったが、監禁を解かれたディーンは構わずに窓から庭に飛び降りシヴォレーに乗り込んだ
そしてサムが待つ場所へと、車を走らせたのだ
「これは何事だっ?!」
異変に気付いて武装して館内を見回っていたカーンの隊に、廊下で出会い頭のクレイヴンは怒鳴った
「・・センサーが作動しましたので、館内を封鎖しました」
そしてそんな二人の前に、知らぬ顔のエリカが走り寄る
「ディーンが逃げましたっ!・・きっとサムの元にっ」
思い人が執着する男の罪を勝ち誇った顔で報告すれば、クレイヴンはエリカを疑う事無く、途端に嫉妬にその顔を紅潮させてカーンに向けて叫んだ
「・・・っ・・持って来いっ、サムの首をっ!!、皿に乗せてっっ!!」
やがて足早に男達が走り去った館の廊下には、同じように嫉妬に身を焦がしたエリカが一人、静かに佇んでいるだけだった
その頃、満月の影響を受け始めていたサムは、一人始まった体の異変に苦しんでいた
窓から差し込む月明かりを見るだけでドクドクと打つ胸の鼓動は激しさを増し、全身に漲る力にディーンが繋いで行った手錠無しには、じっとしている事さえ困難だ
そして堪えようときつく閉じた瞼の裏には、あの夜エレベーターで男に噛まれて以来見るようになった幻覚が写っている
だがそれも鮮明過ぎて、更にサムを苦しめた
周りを牢が取り囲む円形の空間に倒れこむ、鞭打たれた男
その前の壁に繋がれた若い女
叫び
黒焦げになった体
そして剣を抜く音と、跳躍する獣
差し込む陽の光
割れたガラス
それらが今までよりもはっきりとした姿で、目の前に浮かんでは消える
恐ろしかった
恐ろしくて、ディーンに傍に来て欲しかった
「・・・ディーン・・・助けて・・」
サムは今まさにその場所に向かって急ぐディーンに向けて、何度も呟いていた
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