アンダーワールド 11
ディーンはサムの待つ部屋へと急ぐ為、その建物の大きな螺旋状になった階段を一気に上った
だが後ろからの足音に気付いて下を見れば、恐らく館から後を付けてきたのだろう狼男の隊が銃を手に駆け上がって来るのが見える
「戻ってきたぞっ・・・サムっ!?」
急いで部屋に入り自分が彼を繋いだ所へ走り寄れば、サムはこちらを見上げて安心ように微笑んだ
「・・・ディーン・・よかった・・」
「・・大丈夫か・・?・・」
額に冷や汗を掻き苦しげな呼吸のその様子に、ディーンは今にも変身が始まると分かった
だが直ぐ監視カメラの映像と、ドアの外に感じた複数の気配にディーンは手錠を外したサムを部屋の奥に突き飛ばすと、腰から銃を取り扉の外に向けて撃ちまくる
「・・っ!・・」
そして外からの銃弾も無数に飛び交う中、振り返ると背中に庇っていたサムに言った
「伏せろっ!」
途端にディーンが撃ったサムの後ろの窓ガラスが粉々に弾け飛び、退路が確保される
「逃げるんだ、サム・・早くっっ!」
しかしサムは窓の下を見てから、まさかと言う顔でディーンを振り返る
「・・っ・・僕に死ねって言うのっっ?!、ここからじゃとても・・」
「いいから飛べっ!」
だが顔の直ぐ横の窓枠に弾が当たり、このままでは自分を庇い続けるディーンも危険だと判断したのか、サムは彼の言葉を信じて窓から身を躍らせた
そこは、7階
しかしもはや人間ではなくなった体はその着地の衝撃を見事に吸収し、サムは無傷の自らを信じられない思いで見回した
そしてまだ頭上で続く銃声にディーンを案じて顔を上げた瞬間、横の路地から猛スピードで一台のパトカーが走り出て横に急停車すると、二人の警官に化けた狼男がサムを無理矢理車に押し込もうとして来たのだ
一人は殴り倒して抵抗したサムだっだが、初めての満月を迎えた体は上手くコントロール出来ず、もう一人に押さえ込まれて中に閉じ込められる
そして、そのタイヤから煙を出して走り去る不審なパトカーにサムが攫われたとディーンが気付いたのは、敵を全員倒してからで、その時はもう手遅れだった
だがディーンは、自分の予測が正しければ狼男達がサムを殺すつもりは無くある意味向こうに捕らえられた方が安全だとも言えると、彼等を追うのを止め、血で滑る床をしっかり踏みしめて出口に向かった
途中事切れていない男を一人、クレイヴンの反逆の承認とする為に館に持ち帰ろうと、拾い上げるのも忘れない
そして、それは偶然にも、全てを知る狼男の科学者、ジンゲイだった
「どうだ?」
館の廊下では、カーンが館内全てを見回わらせていた部下に報告を受けていた
「誤報でした・・もし外部からの侵入者なら番犬がいち早く襲っている筈です」
「・・おかしい・・・アメりア卿の到着も遅すぎる・・」
遠くで武装したクレイヴン直属の部下達が歩き回る姿に、カーンは今夜何かが密かに遂行されていると確信した
そして、彼等に聞かれないようにそっと部下に耳打ちする
「いいか・・密かに館を抜け出して、駅に様子を見に行け」
「・・分かりました」
走り続けるパトカーの中、連れ去られたサムの息の乱れは益々酷くなっていた
苦しげに肩を上下させ、腕は苦し紛れに運転席との間に設置された仕切りの格子を掴んだ足は勝手に前のシートを蹴飛ばす
その異変に後部座席を覗き込んだ助手席の一人が、運転席の男に言った
「車を止めて注射を打とう」
「ほっとけよ・・もう直ぐ着く」
だがサムはそんな会話も耳に入られない程、全身を襲う激しい痛みに気を失いそうになってゆく
どうにか霞む意識で目を凝らし脱出を試みようと車の窓から外を見れば、運悪く丁度雲の切れ間から満月が顔を出しその光がサムの脳を射抜いた
「・・っ・・ぁ・・・あぅっ・」
途端にその瞳は青く発光し、サムは仰け反って太い喉元を晒す
突っ張った長い足は勝手に前のシートを蹴飛ばし、口を開けば長い犬歯が伸びて顔を覗かせている
その呻き声と暴れる音にうるさそうに顔を顰めた運転席の男は、カーラジオのボリュームを上げ盛大な音楽を流した
激しいロックがかかる車内シャツを捲れば腹部は不気味に波打ち、内臓が違う生物へと変わる不気味な感触と激痛がサムを悶絶させる
絶望の中たった一人頼れる人の名前を心の中で叫ぶサムだが、もはや自分の変化を抑える事は不可能となっていて、このままでは人間としての心まで失ってしまいそうで恐ろしかった
「・・ぅ・・うわ・・あぁ゛ぁ゛・・っ・・」
ついに肋骨が形を変えて盛り上がりサムの顔も鼻が突き出て獣じみた物に変わると、音楽に気をそらしていた男も漸く危機感を持ったのか慌てて叫んだ
「おいっ!・・だめだ、あれじゃ持たないっ・・車を止めろっ!!」
「・・っ・・注射器を出せっ!!」
余裕を見せていた運転席の男も、焦ったように後部座席のドアを開きサムを押さえ付ける
それを蹴飛ばして逃げようとするサムだが、もう片方から乗りかかった男からは身をかわせなかった
「早く射て!!」
そうして、サムを乗せたパトカーは、濃い霧の中に消えていった
「閣下」
地下に現状報告に来たクレイヴンの前には、ビクターが背を向けて立っていた
「呼んだのはディーンだ・・お前ではない」
彼の地位を示す荘厳な上着を羽織って振り返れば、ビクターはもう完全な人の姿を取り戻していてその年老いていたが端正な顔立ちがはっきりと見て取れた
「・・っ・・ディーンは命令に背き、此処から逃げ出しました」
益々力を増している様子のビクターに、クレイヴンは内心酷く怯えながら跪く
「お前の無能さにはほとほと呆れる・・うんざりだ」
「・・私のせいではありませんっ、ディーンはまるで私が裏切り者のように思い込んでいるだけです!」
焦るクレイヴンは、ディーンに全ての罪を着せようと口を開いた
だが、その時後ろの扉が開き、ディーンの声が響き渡った
「ここに証拠が有る」
そしてビクターの玉座の前に、狼男の科学者、ジンゲイが引きずり出されて来る
「俺に話した通り、もう一度話せ」
両手を床に据えられた鎖に繋がれたジンゲイは言えば殺されると思っているかそのまま黙り込んだが、ディーンに長い爪を肩に突き刺されれば、その激痛で慌てて頷いて見せた
「・ぐぅ・ぅっ・・わ・・わかった・・わかった話す・・」
クレイヴンはゆっくりと二人の前からあとずさり、強張った顔でその様子を見守っている
「我々は・・長年バンパイアとの交配を研究及してきたが・・それは失敗の連続だった
虚しい努力だ・・・・細胞のレベルでも、狼男とバンパイアは殺しあっていたから
交配を成功させる鍵はある稀有な血統を見つけ出す事・・アレクサンデル・コルヴィナスの子孫の血だ・・」
その言葉に、微かにビクターは目を見開く
「彼は・・ハンガリーの将官だった・・5世紀の始めに大いに勢力を奮ったらしい
だが同じ時期、恐ろしい疫病が彼の村を襲い・・・生き残ったのは彼一人だけ
そして何故か彼の肉体は、その病原体を有効なものに変えられた・・こうして彼は初めて永久の命を得た」
そこまで話して疲れたようにジンゲイが息を付いて黙り込むのを、ディーンは再び爪で彼の肉を切り裂き喋らせる
「うっ・・っ・・か・・彼には子供が何人か居てっ・・その体質は受け継がれたんだ・・・」
「『コルヴィナスの末裔』だな
『蝙蝠に噛まれた者、狼に噛まれた者、そして人間として死への孤独な道を歩んだ者も』、と
だが、そんなものは馬鹿げた伝説に過ぎん・・・下らないっ」
ビクターが言うのに、ジンゲイは恐れず反論した
「だが現実に、バンパイアも狼男も祖先は同じだっ」
「コルヴィナスの末裔の一人ならそこに眠っているっ!、お前の直ぐ足元にな」
ビクターは、もう一人のバンパイアの長老であるマーカスの棺がある床を指差した
「そうだ・・だが彼はバンパイアになった
我々に必要なのは・・・混じり気の無いウイルスの厳密な複製だ
それは我々が調べ上げた結果、コルヴィナス家の人間の遺伝の暗号に隠されていて・・
そのままの形で代々受け継がれていた・・・・幾つもの時代を経て・・ある男にな・・」
「・・それが・・・」
ディーンが思わず呟くと、ジンゲイは振り返って笑った
「そう・・・あの、サム・ウインチェスターにだ
彼の血が、バンパイアと狼男の血の交配を可能にしてくれるのだっ」
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