アンダーワールド 12
その言葉を聞くなりビクターは激昂し、ジンゲイに叫んでいた
「・・っ・・貴様らとの交配は有り得ない・・口にするのも汚らわしいっ」
「ふ・・どうかな?・・ルシアンがそれを注射・」
「ルシアンは死んだっ!!」
鋭く遮るビクターに、ジンゲイは勝ち誇った顔でニヤリと笑う
「それは・・誰から聞いたのかな・・?」
「・・っ!・・」
ビクターとディーン、二人が振り返ればそこにクレイヴンの姿は無く、もう館から逃げ去った後だった
全ての真相に気付いたビクターは椅子から立ち上がると、ディーンに向かい怒りを押し殺し静かに告げる
「ディーン・・お前に誓ってもいい、クレイヴンには命で償ってもらう」
やっと慕うビクターに昔のように信頼した視線を向けられて、ディーンは安堵からずっと張り詰めていた体の力を抜いた
「だがもうじき・・この館は崩壊するぞ・・」
そしてそれを望むようにジンゲイが呟くのに、ディーンはその米神に押し当てた銃に力を込める
この男の価値は、ビクターにクレイヴンの反逆の証拠となる話を聞かせ終えた時点でもう無いからだ
「館の崩壊より、お前の死が先だ」
「っ・ま・・待ってくれっ!・・待てっ!、実験の本当の目的を話してやるっっ!!」
もはや助かる道など無いのに命乞い出来ると思ったのかジンゲイがそう言うのに、ビクターはディーンに目配せで制してきた
「今・・・ルシアンは、純粋なバンパイアの血液を欲しがっている
強力な長老のだ・・例えばアメリアや、あるいは・・・・あなたのだ」
銃が無くなって余裕が出たのか、ジンゲイは直接ビクターの顔を見上げて笑った
「その血と・・サムの血を混ぜて注射するのさ」
「・・なんとおぞましいっ・・」
「半分はバンパイア、半分は狼男・・・どちらよりも強いっ!」
嫌悪に顔を歪めたビクターだが、ジンゲイの言葉を否定する事は、最後まで出来なかった
「閣下っ!、元老院のメンバーが皆殺しにされました」
その時、駅に様子を見に行かせた部下からの報告を受けたカーンが、青ざめた顔で警備の隊を引き連れ入って来た
余りの驚愕と衝撃に、ガクリとビクターの体から力が抜ける
「・・っ・・アメリアはどうした・・?」
「血を・・抜かれていました」
「・・まさか・・っ・・」
「・・ふふふ・・もう始まっていたとはなぁ・・」
ビクターは、その知らせに嬉しそうに呟いたジンゲイを、恐ろしい目をして見下ろした
その口調に既にジンゲイが全ての計画を知り、手遅れになると最初から確信していたと分かったからだ
拳を振り上げたビクターは、ディーンの前でジンゲイの頭を殴り、その一撃で絶命させる
「・・疑って済まなかった、だが恐れるな、ディーン・・お前の罪は許されるだろう」
「・・・・・・」
見る見る夥しい血が流れ出し床のマーカスの装置を赤く染める前で、ディーンは自分に告げるビクターを複雑な思いで見つめた
「但しそれは、あのコルヴィナスの末裔・・・・・サム・ウインチェスターを殺した時にだ」
「・・っ・・ぅ・・ん・・」
「・・目が覚めたか、サム?
変身を食い止める酵素を注射したんだ・・眩暈がするだろうが暫く我慢してくれ」
警官に偽装した男達に連れ去られたサムは、狼男族の研究室の柱に縛られていた
聞こえてきた声に霞む目をどうにか開ければ、目の前にはあの夜エレベーターで自分に襲い掛かった男が立って、こちらを見ている
「自己紹介をしよう、俺はルシアンだ」
「・・・っ・・・・離してくれ・・僕は・・・・もう戻らなきゃ・・・」
サムは、自分が連れ去られた時襲われていたディーンのことが心配で、男に言った
だが、ルシアンは優しげな目でこちらを見ているだけだ
「戻る所は無い・・・・もう、どこにも無いぞ?
バンパイアに殺されるだけだ、今やお前は狼男だからな」
「・・・・・・・・」
確かにそうだったと、サムは思い出して絶望に目を伏せる
さっき月を見て車の中で自分に起こった変化
あのまま薬を打たれなければ、自らの力では制御出来ない状態に既になりかけていた自分は狼男となって人を、もしかしたらバンパイアも殺したかもしれない
ディーンはバンパイア、自分は狼男
殺し合う二つの種族で、出合った時から一緒にいることなど無理なのだ
だが自分は彼と共に行きたい
どうすればいいのかと、サムは取り敢えずは自分を殺す気は無さそうなルシアンを見つめ、ルシアンも愛し気にそんなサムの左腕を撫でて来る
「お前は・・・・仲間だ」
「・・・・・・・?・・よせ・・何をする気だ・・?」
見ればルシアンの手には注射器が握られていて、気付いたサムは必死になって体を捩って拒むが拘束は緩む気配が無い
「この戦争を終わらせるんだ、じっとしていろ」
やがてその針はサムの皮膚を突き破り、ルシアンの希望通り血液をたっぷりと吸い上げる
「・・っ・・あんたの戦争なんか、僕と関係無いっ・・」
「俺の、戦争だと?」
その時、意外そうに言ったルシアンの胸のペンダントが目に入ったサムは、脳裏に突然あの幻覚が蘇って来るのを感じて目を閉じた
そしてそれは、これまでのどの映像よりも鮮明に、真実をサムに告げてくれたのだ
地下の牢の前の広い空間の床に繋がれた男が、処刑人に皮を剥がす特殊な鞭で叩かれている
それを一段高い所から見届けているのは、背後に部下を引き連れた身分の高そうな男
その残酷な行為はもう一人の壁に縛られた女がそれを見て何か叫んでも、男が激痛に耐えられなくなって突っ伏しても止められず、やがてその男は何か部下に命じるとその場から逃げるように出てゆく
そして部下がその部屋の上に有る天窓を開けられれば眩い陽の光が差し込み、壁に繋がれた女は悲鳴をあげてその体は見る見る焦げ始め、
床に這っていた男が血の滲むような声で叫ぶ
『ソーニャ!!』、と
だが彼の前で彼女は、最後には黒い炭となって絶命する
やがて夜になり、男は処刑の済んだ女の側に再び戻って来た
その手は女が着けていた特殊なデザインのネックレスに伸び、それを毟るように取り上げる
だがその時、丁度開いたままになっていた天窓に雲の切れ間から満月が顔を出し、鞭打たれていた男の目が蒼く発した
彼とその部下が、その咆哮に気付いた時にはもう遅かった
狼男に変身した罪人に襲い掛かられた男は剣を抜いて反撃するも手にしていたネックレスを床に落とし、狼男となった罪人はそれを拾って窓から飛び出した
それが、この戦いの発端の真相だった
「・・・処刑を見せられた・・・・ソーニャって・・?・・」
現実世界に戻ったサムは目の前に立つ、たった今幻覚の中で見たのと同じ顔の男の背中に向けて呟いた
「・・!・」
背を向けて採取した血液を保存し、これから届くアメリアのものを待つ作業をしていたルシアンは、その長年聞いていなかった昔愛した者の名に驚いて振り返った
そして思った
自分が噛んだサムなら、そして彼が直系のコルヴィナスの子孫なら、ここまで鮮明に記憶が移る事も有り得ると
「あれで、戦争が始まったのか?・・・・今・・僕はまるでその場に居たみたいに見た・・」
「・・我々は奴隷だった、バンパイアの昼の守護者としてな」
ルシアンは、特別な仲間となるべきサムになら話すべきと感じたのか、心を決めたように口を開く
「俺も奴隷だったが、彼等を恨んだりしてなかった・・・バンパイアを妻にした程だ
だが結婚は禁じられていた・・・ビクターは血が混ざるのを恐れていたんだ」
「・・・・ビクター・・?」
「そして・・恐れる余りソーニャを殺した・・
見たんだろう?、ビクターが自分の娘を陽に晒して焼き殺したんだ
・・これは奴の戦争だっ・・ビクターのなっ!」
「・・・・・」
「奴は600年の歳月を費やして、我々を殺してきた」
「・・奴等は、ディーンをどうする・・?」
全てを知ったサムだが、大事なのは過去ではなく未来だった
思わず口をついた彼の名前に、ルシアンは何故か嘲笑う
「ディーン?・・・ビクターのペットか?、なんだってそんな奴が気になる?」
「・・っ・・ペットじゃないっ!」
「ペットさ・・たかが20数年生きたお前に何が分かる?
奴はビクターに言われるまま、俺達を虐殺し続けた
・・それだけじゃない、薄汚い売女のような奴さ・・・・お前も誘惑されたか?」
「・・っ・・誘惑なんかっ・・」
サムが首を振るのにルシアンはまだ何か言いかけたが、その時部屋に入ってきた彼の部下が言った
「客が来ました」
その言葉でルシアンは出て行き、サムは一人研究室に一人縛られたまま取り残されることとなったのだ
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