アンダーワールド 14
サムは、一人取り残された研究室で繋がれた鎖と格闘していた

だが強靭なそれは切れる様子など微塵も無く、隣室との仕切りの向こうからは獣の呻き声が聞こえ、やがて隙間からは黒く巨大な影が見え隠れし始めてしまう

「・・っ・・」

恐怖の余り吐き出すサムの吐息が震え、体が硬直する

だがこのままでは無抵抗に食われるだけだと懸命に体に力を込めていると、突然その獣は無数の銃弾を浴びて仕切りを倒し、こちらの部屋に倒れ込んだ

驚いて顔を上げれば、次にその隙間から入って来たのは銃を構えたディーンだった

「・・サムっ」

「・・ディーンっ!・・」

倒れた獣に止めを刺してから、ディーンはサムを拘束していた鎖を解いてくれた

「急いでここから逃げるぞっ、ビクターは狼男を皆殺しにする気だ」

自由を取り戻したサムはディーンの頬に付いた獣の血を手で拭うと、堪らずに抱きしめて米神にキスをした

「戦う訳は分かったよ・・これは彼の戦争なんだ、ビクターの・・そうだろ?」

「・・っ・・」

「ルシアンが・・ビクターとディーンのことを言ってた・・あれは・・本当?」

「・・・・サム・・時間が無いんだ・・」

気になっていた事を遠回しに聞けばディーンは忽ち目を逸らし、サムは彼は言いたくないのだと思った

だから、サムはつまらぬ嫉妬を押し殺し、頷いて見せる

「・・分かった・・・・・でも、このまま僕を助けたら、ディーンは殺されるよ」

「分かってる」

サムははっきりとそう言って自分を見上げたディーンの緑色の瞳に、強い意志が宿っているのに気付いて息を飲んだ

何を聞かなくても、これがディーンの答えだ

「分かってるんだ、サム・・それでもいい」

「・・っ・・ディーン」

もう言葉は必要ない

サムはもう一度だけディーンにキスして、彼の後に続いた





























ディーンは、サムを庇いながらバンパイアと狼男の銃撃戦を避け、広大な廃墟を利用した迷路のようなアジトの中を出口へと急いだ

双方どちらの種族に見つかっても、自分もサムも生きてはいられないからだ

やがて人気の無い通路を進んだ二人は一つの大きな鉄の扉を前に立ち止まり、そして後ろからの追跡を警戒するディーンの前でサムがその扉を開ける

だから、ディーンは咄嗟に反応する事が出来なかった

敵は後ろからと、思い込んでいたから

だが、サムが息を飲む気配に振り返れば扉の先にはクレイヴンが立っていて、3人の時間が止まった中、誰よりも早く動いたのは嫉妬に狂った男だった

クレイヴンの銃から3発もの硝酸銀弾が発射され、それは全て胸を射抜いてサムの体は後ろに弾け跳ぶ

咄嗟に声も出せないディーンの前で銀が回った血管は見る見る黒ずみ、サムは苦悶の表情を浮かべてのた打ち回る

「・・っ・・ぁ・・ぐ・・・うっ・」

「・・サムっっ!・」

だが、サムの頭を抱き上げようとしたディーンの腕を掴んだクレイヴンは、苛立ったように言った

「いい加減にしろっ、一緒に来いっ!」

「っ・・お前なんか・・・ビクターに殺されろっ、この目で見届けてやるっ!」

「・・ふっ・・そうか?」

掴まれた腕を振り払い憎悪を剥き出しにして叫んだディーンに、何故かクレイヴンは笑みを見せた

そして勝ち誇ったような表情で、話し始めたのだ

「それならお前の父親代わりの、ビクターの秘密を教えてやろう
 ・・お前の家族を殺したのは彼だ、狼男じゃない」

「・・っ・・」

「彼は生き血の誘惑に勝てずに、自ら掟を破り続けた
 時折街にふらっと出かけては人間の血を吸った
 俺はずっとその後始末をして・・・秘密を守ってきたんだ」

「・・嘘だ・・」

ディーンは耳を疑った

だがクレイヴンの表情は嘘を付いているとも思えず、又心当たりが無い訳でもなかった

「嘘じゃない・・お前も、奴が昔から時折姿を消す事を不思議に思っていた筈だ」

「・・・・」

「だから・・・あの時も彼が部屋から部屋へとお前の家族を襲うのを、俺は見ていた
 だが彼はお前だけは・・生き血を吸って、その後城に連れ帰ると言いだした
 何故ならお前は、娘のソーニャに似ていた
 ・・・俺しか知らない事だが・・ビクターは実の娘と近親相姦の関係だったからだ
 お前は失ってしまった娘の代わり・・・・狼男と密通し、自ら死刑にした娘のな」

「・・っ・・誰が信じるかっ・・・そんな・・」

クレイヴンの告げたあまりに残酷な事実に、ディーンは嫌だと首を振った

だがビクターのディーンへの裏切りは、それだけではなかった

「どう思おうと自由だ・・・ だが、もう一つ
 お前が血を摂取すると同時に男を・・ビクターを求めるようになったのは、彼が血に仕込んだ薬のせいだ
 まだバンパイアになって間もない頃、そうして自分無しではいられないように刷り込んだ
 だからお前は未だにそれを引き摺ってるだろう?・・・もう薬など使われてもいないのに」

「・・・・・」

「・・・・さあ来い、ディーン・・俺の側に居てくれっ」

クレイヴンは呆然とするディーンに向けて手を差し伸べたが、直ぐにショックを隠し断固拒絶する彼の様子に一転、銃を向けて引き金に指を掛けた

「・・っ・・じゃあ、仕方ないっ」

ディーンは顔を上げ、サム同様このまま此処で殺されるのだと覚悟した

だがその時、いつの間にかクレイヴンの足元まで這って来ていたルシアンが、彼の脚を掴んだ

そして何も武器を手にしておらず、又弱りきって辛うじて呼吸をしている状態の彼にクレイヴンが油断した瞬間、ルシアンは袖に隠したあった鋭利なナイフを脹脛に向けて射出したのだ

「・・ぐっ・あっ・・・っ」

直後ルシアンは殴られて数メートルも向こうに飛ばされたが、クレイヴン本人も太い刃物が脚を貫通した激痛からよろめき、サムとディーンから目を離して傍のドラム缶にしがみ付いて体を支える

その隙にディーンは再びサムを覗き込んだが、このままでは銀のアレルギー効果で呼吸困難に陥った虫の息のサムが、助かる見込みは皆無だ






「サムを噛め・・ディーン」






そんなとき、ルシアンがディーンに言った

「・・っ・・」



そして、ジンゲイが言った言葉も蘇ってくる

『半分はバンパイア、半分は狼男・・どちらよりも強い』







もはやサムは死に掛けている

彼の命を救うには、この方法しか無い

自分と、サムとの、血の契約






ディーンは意を決して、サムの喉に自らの尖った犬歯を差し入れた

助かって欲しい、ただそれだけを願って


















「何をしている・・?」

やがてそれに気付いたクレイヴンが体を起こしたが、ルシアンが再びそれを阻んでくれた

そして自分に標的を向けるように、クレイヴンを挑発する

「俺を殺すがいい、従兄弟よ・・・だが我意思は、成し遂げられる」

「・・っ・・」

クレイヴンはそれに乗り、ルシアンに向けて硝酸銀の弾丸を撃ちまくった

だが蜂の巣にされた彼が事切れて直ぐ、遠くの壁に数人の部下を引き連れた長身の人影が動くのが写る

「・・っ!・・ビクターかっ・・」

何より彼の怒りを恐れるクレイヴンは、ディーンとサムをそのままに、後ろの扉から逃げ出した







































やがてサムは、毒物が回り冷えかけていた自分の体が突然が酷く熱くなる感覚に、意識を取り戻した

酷い眩暈を堪えて目を開ければ直ぐ側にディーンの首筋と肩があり、その向こうからは憎悪に滾る目をした男がこちらに駆け寄るのが見える

彼が、ビクターだ

幻覚の中に出てきたのと同じ顔を見て、サムには直ぐ分かった

だが自分に覆い被さる彼に知らせる間も無く凄い力で引き剥がされて、ディーンは壁に向けて叩き付けられてしまう

そして、サムはビクターに抵抗も出来ぬまま首を掴まれると左の壁に叩き付けられ、その壁を粉々に砕いて穴を開けた挙句、遥か下のホールの水溜りへと落下したのだった







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