嘘つき依存症
なんだってお前は、俺が嘘を付いてると分かるのだろう

母親の優しい声ではなくずっと俺の嘘を聞かされて育ったくせに

その不自然さを、自然と感じてくれてもいい筈なのに

「ディーンは嘘つきだ」

子供でなくなると何時しか俺を冷たい目で見て言うようになって、それだけでも酷く嫌な気持ちにさせるのに今夜はそれに加えて更に一言

「ディーンは信じられない」













漸く、二人で悪霊狩りの旅をすると決まった

俺の誘いを承諾してくれて二人でインパラに乗り込んで、今夜で一週間

別の言い方をすればジェシカが殺されて、まだ一週間

確かに我慢出来なかった俺が悪いんだが、これはどうにもならない

何故なら、俺はセックス依存症ってものに、なってしまったらしいから


























「・・なぁ・・・・サァミィー・・」

「サム、だ」

呂律が廻らなくなっていた俺の口調をキッパリ訂正して、サムは俺の腕を掴み無理矢理ベッドに突き飛ばした

確かにこんな状態で明け方近くモーテルに帰ってきた挙句、又ウイスキーのビンを手にしようとした俺も悪いから、ここは黙って大人しくされるがままになってやる

「・・なんで・・嘘付きだなんていうんだよぉ、お兄ちゃんに向かってぇ・・悲しいぞ・・」

わざと泣き真似しながら丸めた毛布に抱き付くと、さっきこの部屋に戻ってきた時言われた話題が又蒸し返される

「誤魔化そうとしたって匂うんだよっ、ディーン!


 マリファナ吸って来ただろっ!?、正直に言えよっ!!」

「・・匂いを嗅いだだけでわかるなんて・・
 ・・・お前も吸ったことあるんだぁ?・・・悪い子だ、サミィ」

さっきは吸ってないと嘘をついた俺だが、ヘラヘラ笑って暗に認めれば覆い被さって来たサムにいきなり服を剥がされる

「・・っ・・・なんだよぉ・・」

「ディーンの服からも髪からも、マリファナと酒と香水の混ざった匂いがプンプンして気持ち悪いんだよっ」

「・・っ・・お前・・嫌いなのかぁ?・・」

「は?」

お気に入りのシャツが破けるからもっとそっとしてくれと頼みたくなるサムの乱暴な手が、そう言うとピタリと止まった

「嫌いもなにも・・マリファナは非合法だぞ、ディーンっ!」

「・・・・・」

ヒゴウホウと呟いてみたが、葉っぱでラリった頭では正しい綴りさえ浮かばない

それにこんなカード詐欺や公文書偽造のオンパレードが日常の俺達が今更非合法という点に拘るのも不自然で、サムの酷く真剣な顔を見れば彼が怒っているのが違う理由からだと分かる

「いつからそんな物やるようになったんだよっ?!、昔は吸ってなかったのにっ」

確かに自分の愛していた彼女が殺されてたった一週間だというのに、兄貴が酔っ払った挙句様々な臭いを付けて帰ってくれば腹も立つだろう

「・・葉っぱくらい・・ずっと・・前・・から・・」

「嘘だろ?!」

だがサムは怒りに駆られながらも、俺の心配をしているのも確からしい

「嘘じゃない・・最初は15歳位かな・・酒場に行けばよく貰った
 ・・俺って可愛かったからな・・・タダでラッキーって・・・」

「・・・・・」

子供だったサムの前で吸うなんて真似は決してしなかったが、一時期狩の無い日や親父が偶にくれた自由な時間をそんな風に爛れた感じで過ごしていた時期は、確かに有った

だが家庭内で早く大人になる事を強制したという自覚が有ったらしい親父は、俺が社会的にも少々早く大人の汚い部分に染まるのを見て見ぬフリをしていたし、その時は子供がほんの興味半分未知の物に手を伸ばす無邪気さからの行動だった

だから俺だって、最近のある事が無ければこんな物に再びのめり込んだりする気など、無かったのに









ある事

それは、親父の失踪

今目の前にいるサミーが数年前俺を捨てて家から出て行って、今度は親父までもが俺を捨てて姿を消した事

特に失踪が親父の意思だと薄々気付いてから大学に通うサムのアパートを訪ねるまでのこの数週間、たった一人にされてしまった俺は何かに頼らなければ居られない程、精神的に追い詰められた

そしてその頃絶望の淵で薬やマリファナに溺れると同時に、商売も兼ねて女の肉を片時も手放さなかった俺はそれ以来、なんの天罰かセックス依存症と言われるものになってしまったらしい

すっかり正気に戻ってからも毎晩女と交わらないといられない、そんな体に

だが俺はそんな事をサムに教えてやるつもりは毛頭無く、又サムも話が逸れていると気付いたのか冷静さを取り戻そうと水をゴクゴク飲み、再びベッドに寝そべる俺の横に腰かけた

「・・・・昔の事なら・・・・それはもういいよ」

「・・いいのか?・・・ふぅーん・・」

「それより・・さっき酒場で俺に先に帰れと言ったのは、なんで?」

「・・はぁ?」

俺は心底意外な事を聞いたという表情を作って、サムを見る

内心、やっぱり誤魔化し切れなかったかと思いながら

「はぁ、じゃないだろ?
 僕が目を離した隙に、やたら親しそうに擦り寄って来て耳元でなんか囁いてた年配の女が居た
 その後、急にディーンの態度が変わったんだ・・・・あのおばさん、一体誰なんだよ?」

「・・・・・・」

「昔の女にしては歳が行き過ぎてる・・ディーンがナンパするタイプじゃないだろ?」

確かに今夜酒場で偶然、俺が少し前に知り合ったそう自慢出来る関係ではなかった女の一人に会ったのは事実だ

マリファナの香りと共に思い返されるその女の記憶は、父親に捨てられた寂しさを埋める為に一晩100ドルで信じられない位の回数交わってやったって事

だがその後行きずりのその女の母性にも似た優しさと、与えてくれた快楽と薬物が見せてくれた甘い幻覚の中で俺は今まで親父にもサムにも見せたことのない涙を流し、思いの丈を吐き出して新たなる一歩を踏み出したというのも又事実だった

サムへの思いも家族への思いも、全てを見知らぬ女に知られてしまったのは後から考えれば気分の良いものではなかったが、あの夜が有ったから俺はサムのアパートを訪ねる決心が付いたのだと思う

だから今更偶然再会したあの女がふざけ半分に要求する、弟への口止め料の一夜など安いものだった

「どんな関係?・・言えよっ」

「・・んー・・・」








ああ、また嘘をつかくなくては、と俺は思う

愛しいサムなのに、俺は嘘ばかりだ

だけど本当の事なんか言ったら、またお前は俺を捨てていなくなってしまう




捨てられたくない

その為なら何でも出来る

俺は、嘘に依存して生きてゆく









「・・サム、タイプじゃないって言うけどぉ・・・お前、俺のタイプ・・知ってるのかよ」

「知らない・・けど・・彼女、45歳位じゃないの?」

サムの中では45歳がラインなのか、と思いながら俺は適当に答えてみる

「52だってさ」

「・・・・・・・ディーン・・もしかして、年増・・好き・・?・・」

「悪いか?、美人だぞ」

「・・・・・・・」

年増好きも何も、昔ふくよかなマダムが3人集まっていた所に連れて行かれ、ノーマルなセックスどころか後ろ手に縛られての行為を要求された事だって有った

その上ニップルクリップなんて物まで乳首に着けられ、擬似ペニスを代わる代わる肛門に突っ込まれるという変態じみだプレイを強要されたが、あれで新たな快楽の境地を開拓することが出来たし別に後悔もしていない

それに今夜の女だって、昔の事の口止め料と言われなくてもサムと旅を始めて今夜で一週間の俺には、もう限界だったのだ














「・・でもぉ・・お前の方が好きだなぁ・・・サミー・・」

俺はギューっと力いっぱい、隣にいるサムに抱き付いてやった

「・・っ・・ディーン、おい・・」

腹を立て焦った様子のサムの声を耳元で聞きながら、マリファナの臭いでもなく香水の香りでもなく、彼の体臭を胸いっぱい吸い込む

「・・可愛い弟・・だぁ・・・なぁ・・・」

「もう・・しっかりしろよっ、寝るなっ!・・っ」

「・・ごめん、サミー・・もう駄目・・」






俺はムニャムニャと眠りにつくフリをすれば本当に数秒で意識を失いそうで、女と交わった肉体的な充足感とサムの温もりに流石の依存症の俺も今夜はどうにか乗り切れそうだと思った

だが俺は分かっていた

俺は俺自身にも、嘘をつき続けているって事を

求めているのは女じゃない

依存しているのも、女じゃない






でも、しょうがないんだ

お前が相手をしてくれない

お前でないのなら、誰だって同じ










やがて俺は本当に深い眠りの淵に沈み、微かに聞こえるサムの溜息を聞きながら一晩だけ約束された安らかな眠りについた







end

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