無垢な誘惑者 1
最初から話せと問い詰めれば、今拗れている父親との関係の切っ掛けはあの悪魔憑きの事件だったと、16歳になったばかりのディーンはボビーに語リ始めた
「知ってると思うけど・・俺はあの時、悪魔が取り憑いた状態の親父に犯された」
不思議なことにそう傷付いた様子も見せず、ディーンは過去の忌まわしい出来事についてさらりと言った
「ぁ・・・ああ・・あの時お前はまだ8つだった・・気の毒な事件だ」
「でも悪魔なんか憑かなくても・・・遅かれ早かれ、ああいう事は起こってた筈なんだ」
「・・?・・」
ボビーは今、突然自宅を訪ねて来たディーンの話を、暖炉の前に腰を下ろして聞いてやっていた
彼らの父親のジョンとは昔からの知り合いで、その息子のディーンはボビーにとっても家族のように思っている数少ない人間のうちの一人だから、これまでも鬼軍曹のような父親に言えない悩みなどを聞いてやる役を自ら進んで買って出ていたのだ
だが今夜のディーンの相談はどうにもボビーを戸惑わせ、動揺させるものらしい
パチパチと薪が燃える心休まる音も、今夜は全く効き目が無い
「・・どういう意味だ?、ディーン・・・ああゆう事って・・まさか」
ボビーはディーンの言葉の意味が理解出来ず、大人びた顔でブラックのコーヒーを啜るディーンをじっと見詰めてしまう
「そのまさかだよ、ボビー・・あの事件の前から、親父は俺に触れてた・・」
ゴトンと、力の抜けたボビーの手からビールの瓶が床に滑り落ちる
「ぅ・・嘘だろ・・まさか、そんな・・
ジョンが8歳にもならないお前に・・性的な虐待をしてたって言うのかっ?」
「・・っ・・違う・・なんていうか当時のは・・少し行き過ぎたスキンシップみたいなものだよ
それが・・俺が甘えたから、段々エスカレートしただけで・・・触られていただけだ」
ボビーは、こちらの反応に焦ったのかディーンの女の子のように長い睫が忙しなく上下するのを見つめながら、呆然と言った
「・・ディーン・・父親が甘えて来る子供に対してする慈愛の表現と、性行為は全く違うぞっ」
「・・・・・」
「・・・・お前は・・それをどう思ってたんだ?・・」
「・・俺は・・・・嫌じゃなかった
普段狩りのことで厳しく接する親父が・・その時だけは優しかったから・・」
「・・・っ・・・・そう・・か」
フゥっと、ボビーは一つ大きく息を付いてビールを煽った
ウインチェスター家の秘密を知るのは初めてではないが、今夜の事は少々勝手が違う
魔物が絡んだ事件ならまだしも、正気でのジョンと息子のディーンの性的な接触を告白されたのだ
しかも当時、ディーンは8歳
ボビーは、妻をあんな形で亡くしたジョンが当時少々精神的に異常を来たしていたのではないかと考えた
そしてまだ幼かったディーンは、親からの愛情表現と性愛染みた触れ合いの区別が付かなかっただけなのだと
「それで・・今はなにも無いんだよな?、ジョンとは」
頼むからうんと言ってくれと願いながら、ボビーは尋ねる
「・・・・・それが・・・・だから、今夜ここに来たんだ、ボビー・・」
「・・ディーン・・・・一体・・何が・・」
俯いて唇を噛み締めたディーンの横顔をボビーは信じられない気持ちで凝視して、彼の言葉の続きを待った
そして、顔上げたディーンは最悪の内容を口にしたのだ
「最近ずっと・・親父が抱いてくれないんだ、ボビー・・・どうすればいい?・・」
「・・・・ディーン・・・」
「・・?・・」
「・・・ディーン・・・それは・・」
「ああ・・直接って意味だよ・・道具とか、使うところは見ててくれる・・でも・」
「ディーンっ!!」
ボビーは漸くディーンの話の意味が理解出来て、出来た途端に彼の両肩を強く掴んでこちらを向かせた
「・・な・・なに・・?」
「なに?、じゃないだろっっ!!・・そんな・・そんな事を・・正しいと・・」
「・・・・ぇ?・・」
激昂するボビーに対し、ディーンは何をそんなに騒いでいるのか分からないという様子で無垢な表情を崩さなかった
「父親と・・息子だ、実のっっ!・・それが・・・・・・寝たって言うのかっっ??」
「・・だから・・あの事件が切っ掛けだったと言っただろう?
あれは・・なんていうか・・・普通の感覚じゃなかった・・・忘れられなくなったんだ・・」
「・・・・忘れられなく・・・?・・」
「凄く・・悦かったんだ、だから・」
パサリと、ボビーの手が力を失いディーンから離れた
「・・・・・だ・・から・・?・・・」
「あの後も・・親父に抱かれたくなった・・抱かれたくて堪らなくなったんだ」
ゆっくりとボビーは立ち上がった
そして今夜は夜も遅いから、話はここまでだと言ってディーンにいつも泊めてやっている客間の方を指差す
何故なら、これ以聞くことは耐えられなかった
全てを整理して、ジョンにも事情を問い質す必要が有る
「・・おやすみ、ボビー」
ディーンは何時もと変わらない表情でそう言って、部屋を出て行った
その姿は、たった今彼が告白した内容とは余りに懸離れた、清らかで美しい少年のものだった
翌日、暫くここに居たいと言うディーンの希望を聞き、ボビーは書斎に積まれた大量の本の整理の仕事を彼に宛がってから居間に戻った
そして早速ジョンに真相を問い質すための電話をかけると、たった数回のコールで受話器を取る音がする
「・・ジョンか?」
『ボビー・・ディーンがそっちに行ってるな?、居るなら直ぐ帰してくれ』
「・・・・・」
挨拶もそこそこにそう話しを切り出すジョンに、不自然なものを感じたボビーは腰を据えて全てを聞き出そうと思った
「確かに・・ディーンは俺の家に居るが・・昨日ある事を相談されてな
それに関してはお前が深く関係しているらしいから、話しを聞かなくてはと思ってた」
『・・・・・・あいつは・・あんたに何か喋ったのか?』
「喋られたらマズイ事でも有るってのか?、ジョン」
『・・・・・』
ボビーは受話器の向こうからの沈黙で、昨夜のディーンの言葉が事実なのだと悟った
そして込み上げて来る感情が何なのかも分からないまま、気が付いたらボビーは声を荒げていた
「お前はっ・・正気か?、ジョンっ!!
息子と・・実の息子と関係を持つなんてっっ・・狂ったのかっっ!!」
『・・・・・』
「メアリーがあんなふうに死んで・・残されたお前達が辛いのはわかるっ
だが・・だからこそ家族は・・支え合って生きて行くべきだ、あんなのは違うっっ!!、許されないっ」
『・・・・・』
「なんとかいったらどうだ!、ジョンっ!!」
ボビーは、何も言い返さないジョンがまるで全てを肯定し諦め切ってしまっているように感じて、堪らず横のテーブルを握り締めた拳で叩き感情を爆発させた
だがそれに対するジョンの答えで、再びボビーは呆然とすることになった
『・・ディーンと寝たのは・・・俺の責任じゃない
あいつが・・・あいつから誘惑して来た・・・・・・だからなんだ、ボビー・・』
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