世界が変わる日
「お前の兄ちゃんって、凄い美人だな」
「・・へ?・・」
サムは、ジュニアハイスクールの入学式から一緒に下校して来た今日友達になったばかりの近所の子が、家の前で出迎えたディーンを一目見るなり耳打ちして来た言葉に驚いて目を見張った
だが、どうゆう意味だと聞こうとして振り返った時にはもう彼は駆け出していて、手を振っているディーンの方だけを見ている
美人、と思わず立ち止まったサムは口の中で繰り返してみるが、どうにも妙な感じだ
その単語はこれまでサムは女にだけ使う物と思ってたし、ディーンの顔を他人が見てどう思うかなんて気にして事も無かったから
「おかえり、サミー」
「・・ぅ・・うん・・」
「どうした?・・学校でなんかあったか?」
思わずジッと、心配そうにこちらを覗き込んで来るディーンの顔を観察して、次に周りの道を歩いている男と見比べてみる
「・・・・・・」
これまではそれを兄の顔としてしか認識していなかったが、こうして見ると母親のメアリー似と言われる顔は確かにとんでもなく整っている
1ブロック先の同じ歳だという友達の兄などは、ブツブツ出来た無数のニキビと生え始めた髭でとても見れたものじゃなかった
なのにディーンは、最近ではずっと親父に付いて狩りに出るがその活動時間が夜のためか肌は抜けるように白いままだし、グリーンの瞳を縁取るクルンとカールした長い睫も赤みを増して見える肉厚の唇も、ある意味そのへんの女よりも綺麗かもしれない
毎日ハードな筋力トレーニングをしてても筋肉が盛り上がって付くタイプではないから、その体付きも一見では細くて華奢だ
「・・なんでもないよ、ディーン・・」
「?・・変なヤツだな・・」
不思議そうに首をかしげたディーンだが、その日からサムが兄を見る目は少しずつ変わっていった
「・・・サミー、なにしてる?」
その朝、パンツを洗っているところを後ろからディーンに声を掛けられて、サムはビクッとなって振り返った
だがその目が合った瞬間にディーンは全てを察したのか、納得した顔で直ぐその場を離れてくれる
思春期の朝によくある事が、とうとう自分の弟にもやって来たのだと嬉しいような寂しいような気持ちになっていたディーンだが、洗面台でゴシゴシと下着を擦るサムの気持ちは全く違った
何故なら、数日前に見ていた
実の父と兄ディーンの情事を、サムは見てしまっていた
少しだけ兄を見る目が変わっていたサムだが、その夜を境に完全に彼の世界は変化した
知ってしまった事実に受けた衝撃は計り知れないが、最もサムが驚いたのはそんなディーンに対して自分の肉体が著しい反応を見せてしまったことだ
実の兄
いけないと思っても、心の中でディーンに謝罪しながらその夜から毎晩のように兄を妄想しながら自慰した
そして同時に、ディーンを独り占めする父親が憎くなった
「卵、今日はどうする?・・サミー」
「・・・・・・」
朝早く家を発ったジョンはその日の朝食の食卓にはもう居らず、その後サムは居た堪れない気持ちのまま仕方なくディーンとテーブルを囲むが、食欲など全く無い
「言わないなら勝手に混ぜるぞ・・お前の嫌いなクヂャクヂャディーンスクランブルに」
フライパンの卵を掻き混ぜる時に見える、細くて白い手首
テーブルの上にお皿を並べている、その手
それらはあの夜ドアの隙間から覗いた時には、父親の命令に従って性器を扱き、そして最後はその根元を握り締めて啼いていた
今半熟の卵を迎え入れたピンク色の唇だって、始終しどけなく開かれて中から真っ赤な舌が覗いていた
「・・旨いぞ、食わないのか?」
「・・・・・う・ん・・ううん」
「どっちだよ?」
慌てて誤魔化すようにフォークを掴んだサムを、ディーンは恥ずかしがっているとでも思い込んでいるのかニヤニヤしながら眺めてくる
嚥下する度にそう大きくもないディーンの喉仏が上下し、ボタンを留めていないシャツの胸元も彼が動くとヒラヒラして、サムを落ち着かない気持ちにさせた
「ほら、ミルクも飲め・・・これ以上デカクなられてもムカつくけどな」
そのままサムの目の前に置かれたコップに瓶のミルクを傾けるディーンを何気なく目で追えば、その動作で胸の飾りが顔を覗かせた
小さくて尖っていて、サムが知っている同性のものより赤みが強い
その理由が、父親の命令で嫌と言う程ディーン自身の手で嬲っているからだと気が付けば、サムの股間き再び硬度を増してきてしまう
「・・っ・・ディーン・・僕、もう・・」
「?・・もう、って全然食ってないだろ?」
作った料理に全く手も付けないのを怒ったり悲しんだりする前に、ディーンは心配そうな顔でサムを見る
「なあ、サミー・・・その・・・あれを気にしてんなら大丈夫だ
親父にも、誰にも言わないし・・・・俺だって、誰だって男ならあんな事は経験してる」
「・・・・・・・ディーン・・も・・?・・」
「ああ、もちろん・・・夢にいい女が出てきて、いざって時に目が覚めるんだろ?」
「・・・・・・・」
嘘つき
ディーンは嘘つきだ
夢なんかじゃない
相手は女でもない
相手は親父だ
「・・ディーン・・」
「・・ん?」
サムは上着を着て鞄を持つと、玄関先で振り返らずに言った
「何時か・・もっと大人になったら僕のものにするよ、覚えてて」
end