Galaxy Express 1
21世紀も半ば近く

人類は限りある肉体を捨て、その臓器全てを機械に変えて永遠の命を手に入れる事に成功していた

餓えも寒さも、病からも無縁な人生

だが、その最先端の科学の恩恵を受けられるのは富める者のみで、貧しい者達は生身のまま眩い光に包まれた未来都市メガロポリスの地下のスラムに集まり、闇に紛れひっそりと暮らすようになる

だが機械化した人間達はその心も変えてしまうのか、生き残った生身の人間を排斥して虐待し、やがては動物を狩るようにハンティングの獲物とする者まで現れたため、人間達は自らの家族や恋人を守ろうと機械化人に銃で対抗するようになった

その戦いは熾烈を極め、人間にとっての安住の地はもはや存在しなくなった











今地球は、機械化人と人間の戦争の場へと変わってしまったのだ
















































「・・っ・・」

メガロポリスの最下層、スラムの瓦礫の下から頭上にほんの少しだけ見える夜空を見上げていたディーンは、そこに一筋の光を見つけて思わず身を乗り出した

いまや伝説となった、ギラクシィ・エクスプレス

通称GE

タダで機械の体をくれる星に行ける唯一の方法であり、若いディーンの唯一の希望




「なあ・・あれ、もしかして・・」

少しの可能性に心躍らせ、夜空に浮かぶライン状の光の筋を見る度に声を上げるディーンだが、もう焚き火の周りに集まって貴重な食料を分け合っている男達は空腹を満たすのに夢中で、誰も相手にしない

相手にせざるを得ないのはただ一人、彼の腕から流れる血を拭っている年配の男だけだ

「こらっ!、動くなディーン、破傷風で腕が腐って落ちてもいいのかっ?」

「・・・・」

ディーンは、消毒液の入った瓶と焚き火で消毒した針を持った男に叱られて冷たい地面に腰を下ろし居住まいを正したが、また直ぐ首を折れんばかりに上に向ける

今日の戦闘で深く切った傷をブスブス縫われながらも、彼の意識は遥か上の夜空だ

「ディーン・・・・どうせ又お前は、幽霊列車の光を見間違えてるんだろう?
 もうGEなんざ何ヶ月も運行してないと言ってるだろうに・・分からん奴だ」

「・・でも離着陸のプラットホームはまだ無事だ、可能性が無い訳じゃない
 俺はまだ若いから、あんたみたいに簡単に諦められないんだよ・・じいさん」

思い切りきつく包帯を締められて顔を顰めながら、ディーンはこのスラムの抵抗勢力を束ねる長であるボビーに臆する事無く言い返し、彼を息子のように可愛がるボビーも腹を立てた様子も無く治療の終わった腕をポンポンと叩く

「俺はまだ、じいさんって歳じゃないぞ・・・・・・ほら、終わりだ」

ディーンは、たった今までボビーが手当てしてくれた左腕の傷口を布の上から撫でた

「あーぁ・・また綺麗な俺のお肌が、傷物になっちまった」 

おどけて言ったが表面の傷だけでなく、度重なる戦いの中ディーンの体は傷を負っていない部分が無い程に傷付いていて、手足に何箇所も砕けた骨を原始的なボルトで留めて治療してある所が有った

そんな不自由な体でも持ち前の運動神経で巧みにバランスを取ってどうにか機械化人と日々戦っているディーンだが、肝心な時に躓きでもすれば仲間の命に関わるようなこの状況に、何時か彼らの重荷になるのではないかという気持ちにさせディーンを時折切なくさせる

「傷が付くのも残念な程の肌なら・・そのままの方がいいだろうに」

「・・ボビー・・今まで事、全部感謝してる・・でも俺の考えは変わらない
 今度GEが出るなら、どんな手を使っても必ず乗る・・そして機械の体を貰って帰って来る」

「全く・・機械化人と戦っているっていうのに、あんた自身が機械化人になるって言うの?
 そんな馬鹿な事は止めときな、ディーン」

「エレン・・」

だが、食料調達を一手に引き受けているこの集団の母親とも言っていい存在のエレンの登場にも、ディーンは決意は揺るがさずに言葉を続ける

「・・俺は弟の仇を討ちたいんだ
 それに・・機械の体になら、カプセルエネルギーだけで四六時中動ける
 寝ないで見張ってみんなを守る事だって出来るし、
 怪しまれずメトロポリスに入って・・武器も手に入れられるかもしれない」

エレンは今夜も何処からか運んで来た缶詰を仲間に配りながら、そんなディーンにきつい視線を寄越す

「確かに、それはそうだろうけどね」

「・・だったらなんで・」

「あたしが心配してんのは他の事だよっ・・・いいかい、ディーン?

 機械の体になるってのは、心も変わってしまうんだ・・上に住む奴等はみんなそう
 元は同じ人間だった・・・それが今じゃあたし達を狩って、殺して楽しんでる
 あたしは機械になって帰って来たお前が、今の心のままいられるとは到底思えないね」

「・・・・・」

自分の中に有る不安を的確に言い当てられたディーンは、何も言い返せず傍らの瓦礫に立てかけていた重い銃を肩に担いだ

「・・・見張り、交代してくる」

それは彼女の前から退散する口実だったが、その夜ディーンは仲間がひと時の休息を取るこの場所には戻らずずっとその周囲を警戒する番に就き、この暗い世界を救う手立てを一人考えていた































次の日、珍しく朝から機械化兵の襲撃が規模なものだけで、ディーンは遥か昔スタジアムのバックスクリーンだった部分に座り、周囲を警戒しつつメガロポリスの建物の隙間から一筋だけ差し込む暖かな日の光を浴びていた

戦争が激しくなるに従い人間が作った施設はことごとく瓦礫の山と化し、有名な野球場だったらしい此処もこの階段だけがポツンと残っているだけになっている

「なんだってんだ、アッシュ・・・こんな日に湿気た面しやがって」

ディーンは、もう残り少ないタバコを隣に座るアッシュという男に渡してやりながら、その頬の肉を引っ張った

彼は情報収集に優れた才能を見せる男で、家族を機械化人に殺された境遇も似ている数少ない同世代の一人だ

「いや・・さ・・ディーン・・聞きたいんだけどよ、昨日言ってた事・・」

「・・ん?」

「・・・本気か?」

「ああ・・・GEに乗る事は、弟を機械伯爵に殺されてからずっと考えてたんだ」

「・・・・」

「それに・・あとどの位この体で戦えるかって考えるとな・・・・」

弟を失いこのスラムに辿り着いてからディーンは、誰よりも激しい激戦を潜り抜けてきた

そんな中怪我も絶えず医療施設など無いに等しいこの場所で、いくつかの古傷の痛みにその体は悲鳴を上げている

「ぁぁ・・やっぱり痛むんだな」

「・・ぇ・」

まさか知られていないと思っていたアッシュに言われて、ディーン驚いて顔を上げた

「だって時々、夜中に寝ながらウンウン唸ってるんだよ・・激しく動き回った日や寒さが堪える時にさ」

「・・・・・・」

「なのにお前・・見張りを代わってくれとか、重い荷物が運べねぇとか一回も言ったことがないだろ?
 だから俺、本当はお前と別れたくねぇし・・内緒にしとこうと思ってたんだけど・・
 ・・でも・・やっぱり最後のチャンスかもしれないから・・・・言うよ」

「・?・・何をだよ、アッシュ?」

「ん・・うん・・・・・・・・だから、GEが今ホームに・」

「っ!!、なんだってっ?!・・来てるのかっっ!」

「ディーン・・お・・落ち着けって・・・・・・・・・・っ・・うわっ!、上っっ!!」

腰を抜かしたアッシュが指差す頭上を見上げれば、思わず立ち上がったディーンの上には何時の間にか音も立てずに、機械化兵の操る小型空中船が浮かんでいた

「っ・・ムーンかっ」

下から見上げれば空に浮かんだ満月のように見えることから名付けられたその敵機は、何故か上から麻酔弾をばら撒き眠った人間を吸い込み捕獲して、持ち去ってしまう

だが、連れ去られた仲間が一人も戻ってこない事から考えれば、自ずとどうされたのかは分かった

「隠れろって!、早くっ」

「まっ昼間からムーンで捕獲かよ・・なめられてるぞ、俺達」

ディーンは肩に担いでいた銃を構えると、頭上の円形に狙いをつけて撃ち捲くった

雨のように麻酔弾が降り注ぐが、その攻撃の合間の数秒の空白にタイミングを合わせて物陰に隠れる事を覚えれば事ではないからだ

だが今日に限って、何時もはディーンよりも無謀な気質のアッシュが銃を構えないばかりか、必死になってディーンの服の袖を引っ張って岩陰へと誘って来る

「や・・やめろって、ディーンっ!!
 もし麻酔弾食らったら、連れ去られなくても30時間は起きられないんだぞっ!
 GEに乗れなくなるっっ・・いいのかよっ!」

「?・・っ、まさか・・アッシュっ・・」

「そのまさかだよっ、GEは昨日からその無期限パスの販売が始まってるっ
 そして出発は・・・明日の夕方だっ!」

「・・だったらっ」

ディーンは慌ててアッシュの横に身を隠し、膝を付いた

「だからっ!・・こんな満月野郎相手にしてる場合じゃないだろ?、ディーン
 行く気が有るなら、さっさとパスを手に入れる作戦練らねぇとっ」

「・・っ・・協力してくれるのか?・・アッシュ・・」

「もちろんっ・・お前の復讐と、俺達人間の未来の為だからな」

「・・・・」

捕まれば、協力者も殺される

こんな状況でもそう言ってくれる友達をディーンは驚きを隠さずに見つめ、次の瞬間にはアッシュに腕を掴まれてその場から走り去って行った

そして途中、アッシュが礼は熱烈なキス一つでいいと言った冗談に、笑って頷いてやったのだ








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