Galaxy Express 2
機械化人で満ち溢れたメガロポリスを生身の人間が歩く事は、鼠が猫の目の前を横切るようなものだった
だが無期限のパスを盗むのを計画したディーンとアッシュは、無謀にもGXの停車している99番ホームが有る駅の建物に配管を伝って進み、裏から忍び込むと無事丁度発券機の上の通気口で息を潜めるまでになっていた
タダで機械の体をくれる星に行くギャラクシィ・エクスプレスは遥か昔は生身の人間ばかりが乗っていたが、今ではより優秀な性能の体を欲しがる機械化人がそのパスを買うと言う
なのに、もはや内戦が続く地球では安全に出発するかどうかも分からず、又人間からのテロの不安も感じているのかその宇宙列車のパスを買おうとする者が一向に現れない
「・・どうする?、ディーン・・」
盗むと言っても、発券機からパスが出て来る状況が無ければ盗もうにも盗めないと、アッシュは声を顰めて聞いてくる
「・・今晩粘れば・・一人くらい買いに来る奴はいるだろう
いいいか?、俺がそいつのパスを取ったら、平行に走るお前に直ぐパスする
・・・言っとくが今のは・・シャレじゃないぞ、アッシュ」
こんな緊張する場面でもアッシュはその言葉にニヤリと笑って反対側の通気口の上に行って下を覗き込み、ディーンも目の前の格子の螺子が完全に外れているのをもう一度確認して、その瞬間を待つ
30分
1時間
2時間
しかしいくら待っても、高額でリスクの高いそのパスを買いに来る者は一人も現れず、覗き込む下を通り過ぎて行くのは黒い制服を着た幽霊列車を運行する機械兵ばかりだ
「・・・?・・あいつ・・」
だがそのうち、下の機械化人達を観察していたディーンは、柱の向こうに居る一つの人影がずっと動いていないのに気付いた
まるで周りを窺い、タイミングを計っているように見えるその男は、時折この通気口もチラリと見上げている
「・・・偶然・・だよな?・・俺達以外にこの計画が知られてる訳ない・・」
その大柄な男はロングコートを着て頭からすっぽりと黒いフードを被っているため表情さえ伺い見れず、そこまでする必要が有るのは何故なのかと考えると、彼も生身の人間なのではないかと推測された
「人間か・・・・・買う気か、それとも・・俺と同じ計画か・・」
ディーンが身を乗り出し、唾を飲み込んだ時その男が動いた
「・・っ!」
発券機の前に立つと、手にしていたアタッシュケースから札束を幾つか取り出して機械に捻じ込み、ボタンを押す
そして次の瞬間、ランプの点滅と共に吐き出されたパスを受け取った手は確かに人間の肌色をしていたが、ディーンは躊躇うことなくその男の背後目掛けて飛び降りた
「悪いけど、それ貰うぞ」
そう言ってパスを男の手から引っ手繰って振り返れば、絶妙のタイミングで天井から降って来たアッシュはもうこちらに向って手を振って走り出している
「・・アッシュっ!」
「ほい、頂きっ!」
途端に全てを見ていた警備の機械兵が追いかけてきたが、二人は巧みに彼等の手をかわしパスを投げ合って、とうとうディーンは外に止めて置いたエアーボードの前まで辿り着く
乗って足先でボタンを押し空中に浮いたボードが前進する仕組みのそれは、かなりの運動神経でないと乗りこなせない代物だが、ディーンにとってはこのメガロポリスのスラムに来た当初からこれで物資を盗んでは、彼等の追及から逃げ切っていた素晴らしい乗り物なのだ
「Fooooo〜〜〜!」
走り出せば自動でONになるように改造した、プレイヤーから流れ出したツェッペリンの曲で恐怖を打ち消し吼えたディーンは、わざとエアカーの高速の反対車線を暫く逆走し迫り来る車の間を擦り抜けて進んでから、一瞬のタイミングを計り下の層へと降りる
光の川にも見える車の列は、突然舞い降りて来た影に混乱して至る所で追突事故が発生してその流れを止めた
それを何度も繰り替えし、やがてスラムに続く廃墟のビルへの暗い穴に落下すればメガロポリスの機械警察車は浮上が間に合わず、ディーンの頭上で途切れた道路に激突して爆発する
執拗に追って来ていた無数のサイレンの音もUターンし、辺りは闇と静寂に包まれた
「・・・・ふぅ・・」
息を付いたディーンだが途端に途中分かれたアッシュが心配になり、又たった今自分がパスを盗んだ男に対しても心が痛みだす
人間であの多額の金を貯めるには恐らく汚い事にも手を染めて来たのだろうし、餓えた家族が居るか、もしかしたら自分と同じような境遇という可能性も有ると途端にポケットに入ってるパスが重みを増して、ディーンはそっとそれを取り出して指で撫でた
「テイコウスルナ!!、ブキヲステロ!!」
「っ!!」
その時、強烈なサーチライトが暗闇を引き裂いてディーンに当てられ、機械兵士の警告が瓦礫の谷底に響いた
あっさりと先ほど引き帰して行った車は罠で、奴等の別隊はディーンの行動を予測しこの最深部へと先周りしていたらしい
「・・・・畜生っ・」
だが、無数の銃を構えた機械兵の出現にも辺りを見回したディーンは、まだ希望を捨てずに済むと思っていた
何故なら、このスラムは彼の庭と同じ
後ろの高い壁さえ無事越えられれば後は走ってでも奴らから逃げ切れる可能性が出て来ると、瞬時に頭の中で新たな逃走ルートを構築したのだが、それはあくまでも無傷ならという条件付き
ジリジリと後ろに下がりながら、わざとディーンは軽い口調で迫り来る機械兵士達に、ちょっとだけ後ろを向いててくれないかな、と呟いた
「・・えっ?!」
するとその願いが通じたように、機械兵達の背後に一つの小型爆弾が投げ込まれた
背後から人間に攻撃されたのかと慌てふためく機械兵を尻目に助かったとその隙に壁をよじ登るが、爆弾が投げ入れられた時の軌跡を辿っていたディーンは逃走ルートの先の廃墟のビルの高層階に一つの人影を見ていた
それは、フード姿のシルエット
さっき駅で、パスを盗んだ男のものだった
「・・・諦めきれない、って事か・・」
つまりパスを手に入れるにはその男と機械兵、どちらもから逃げなくてはならなくなったという訳で、これでは活路を見出したのかそうでないのか微妙な感じだ
だがディーンの体は迷わず、たった一つしかない退路であるその男の居る廃墟のビルの階段を登り始める
5階、10階と、驚異的なスピードで所々崩れ落ちている部分を飛び越え、下からの機械化兵のレーザー銃を避けながら階段を駆け上がって、、そのまま15階の連絡通路で隣のビルへと逃れるつもりだったディーンだが、流石に13階の踊り場で息が切れ足が止まった
「・・クソっ・・・足が動かねぇ・・」
すると疲れを知らず、全く足並みに乱れを生じない機械化兵の足音は見る見る近づき、レーザーも射程範囲に入ってしまったディーンはどうにか手すりに捕まり歩き出すが、その時もう数階下に迫った兵士の銃によって不運にも支えにしている方の足の膝を掠められた
「・・っ・・!・」
そして冷たい階段に突っ伏してしまったその拍子に、ディーンの履いているジーンズのポケットからGEの無期限パスが零れ落ちると、それに伸ばした手は突然背後から誰かに阻まれた
「・・っ・・!・」
「こっちだ、急いでっ」
そのままパスを奪われ力づくで横の扉の中の暗闇に押し込められたディーンは、操作一つでその部屋に厳重な扉のロックが掛かり機械化兵の侵入を完全に防ぐのを見た
そして、その時発光したライトに照らし出されたのは、あの黒いフード姿
「・・お・・おまえ・・一体っ・」
スラムを知り尽くした自分でもこの場所にこんな設備の部屋が有ったと知らなかったと警戒を強めたが、男は構わずそんなディーンの腕を掴んで驚くべき言葉を口にした
「GEに乗りたいのなら、僕と一緒に来て」
その男はやがて辿り着いた、薄暗い部屋にディーンを突き飛ばすと鍵を掛けた
だが殴られるか殺されるのではと警戒してそろりそろりと後ろへ歩を進めるディーンの前で、男が部屋の明かりを灯しすっぽりと被っていたフードを脱げば、その動きは一瞬にして止まってしまう
「・・っ・・・・ぅ・・嘘・・だろ・・・」
何故ならその男の顔は、驚くべき事に機械伯爵に殺された、弟のジャレッドに生き写し
体つきも背丈も、自分を追い越して亡くなる数年前からは何時も見上げていたディーンは、記憶を呼び起こす必要も無く全く同じだと分かる
「僕はサム、君は?」
「・・・・・・サ・・ム・・?・・・本当に・・?・・」
「どうしたの?、まるで死人に会ったみたいな顔だ」
だが弟が蘇ったのかと驚いていたディーンだが、男がロングコートも脱いで仕立ての良い黒のスーツ姿になると、当然の如くこれは別人なのだと思えるようになった
何故ならずっと貧しく住む家も食べる物にも困っていたジャレッドがこんな格好をしたところなど見たことが無いし、第一弟の死はしっかりとその目で確かめていたからだ
「・・・俺は・・ディーン・・」
「ディーン、いい名前だね」
「・・・・・」
それでも自分の名前を呼ぶ声にどうにも弟の面影を感じて固まったディーンにまずサムが言ったのは、パスの話ではなくさっき撃たれた膝の傷の手当てをしようという事で、ディーンは鞄の中から医療キットを探す大きな背中をベッドに座らされた状態で睨みつけていた
やがて見たことも無い立派な医療品がコンパクトに詰まったケースを手にしたサムが横に座り、ジーンズを脱ぐように言ってくる
「ぬ・・脱ぐのかよ・・っ?」
「だってこんなスリムなジーンズじゃ、捲れないよ?」
「・・・・・・」
傷は膝だし確かにそうなのだがディーンにしてみれば手当てなど頼んでもいないし、第一初めて会った、しかもパスを隙あれば盗もうとしている男に対してこんな事してくるサムの気が知れない
それでも敵意の欠片も見せず、弟そっくりのサムに対して手荒な真似をするタイミングを逸してしまったディーンは、仕方なく言われるままにジーンズを脱ぎ下半身だけボクサーパンツ一つという間抜けな格好になる
「・・サム・・あのパスは・・?」
痛みに顔を微かに歪め、深く裂けた傷口に消毒液を吹きかけられながらディーンは気なっている事を尋ねてみるが、サムはなんでもない事のように簡単に真実を告げる
「持ってるよ、さっきディーンが落としたのを拾った・・右のポケットに入ってる」
「・・・・・・」
「でも、今僕を殴ってとか殺してとか、考えないほうがいいよ」
サムは慣れた手つきで怪我の手当てを続けながら、少しの怯えも見せない
シーンズを脱いだ時、ディーンが腰に挟んでいた銃を傍らに置いたにも関わらず、だ
「・・どうしてだよ?・・」
「これから、ディーンは眠るから」
ディーンは弟と同じ顔で微笑むサムに頭の中で警鐘が鳴り響くが、何故か腕に力が入らない
「・・眠る?・・どうして・・・俺・・・が・・・・・っ・・・」
そこまで言ってディーンは、遂には目の前がボンヤリとぼやけてサムの顔がはっきりと見えなくなっているのに気付いた
直ぐ傍らに置いた銃に手を握ったが、その時は既に全身から力が抜けゆっくりと体は前に傾く
「・・おやすみ、ディーン」
そして、その深い眠りに落ちた体は、サムの逞しい胸で抱きとめられていた
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