Galaxy Express 6
速度を一気に速めた列車はやがて大気圏を抜け客車の窓いっぱいに青い地球が広がったが、ディーンは生まれて初めて見るその素晴らしい光景にも窓の外に顔を向けたまま、無言で唇を噛み締めていた

遠く太陽からの光が雲を履いたように纏う地球の表面を照らして白く染め、海は明るいブルーに変わってキラキラと輝くそれは荘厳な自然美だったが、いくらそれを記憶に留めようとももう帰った時に話して聞かせる友は居ない

ディーンはせめて彼等が命がけで送り出してくれた旅立ちに涙を見せまいと懸命に耐え、サムもその気持ちを推し量ったのか暫くは何も言わず少し離れた車両の反対側に座っていてくれた















「え〜・・・パス拝見、パスを拝見〜」

やがて半時が過ぎ窓の外が遠くに浮かぶ月だけになると、先程も顔を合わせた車掌さんが列車の中を回って来た

余程客が少ないのかその車両を見渡しても他に人影は無く、車掌は真っ直ぐこちらに向かって来る

「・・ディ−ン、大丈夫?」

ディ−ンは列車に乗って初めて、隣の席に来たサムの顔をまともに見た

「・・・・・ああ、持ってるよ・・」

サムが尋ねたのがパスの所持についてでなく、たった今親しい者の死を前にした気持ちについてだと分かっていたが、ディ−ンはわざと明るい表情を作って顔を上げ近寄って来た車掌に笑いかけた

「悪かったよ、車掌さん、さっきは心配させて・・・・・・・っ??」

「いえいえ、ご無事で何よりです」

パスを見せながら一目車掌の顔を見て固まったディ−ンの横から、サムが慣れた口調で紹介する

「車掌さん、彼はディ−ン・・これから宜しく頼むよ」

「はい、サム様」

二人の昔からの知り合いのような様子も不思議だったが、ディ−ンは黒いモヤモヤした煙りのような車掌さんの顔の方が気になって、しげしげと覗き込む

「ぁ・・あの・・・・・・あんたは中身は・」

「っ・そっ・・それではまた後ほどっ、ディーン様っっ」

一体車掌の体はどうなっているのかと好奇心を抑えられなくなったディーンが聞こうとすると、二人分のパスの確認を終えた車掌は顔を隠すように背を向け、そそくさと立ち去ってしまった

「・・なんなんだ・・あの人・・?・・」

「どうかした?、ディーン」

「・・・・いや・・・・・いいよ・・」

まだまだ世界には自分の知らない事があるものだと無理矢理納得し再び溜息を付いて窓の外を見つめたが、今回はサムは自分の世界に沈んで行こうとするディーンを放っておかず、シートから立ち上がると言った

「じゃディーン、とりあえず・・・その格好、どうにかしよう」

「・・ん?・・ぉ・・俺?」

サムに指摘されて改めて自分を見れば、確かに激しい戦闘を潜り抜けてきたにシャツは所々破れてジーンズも裂け、元々一張羅で雨や風に晒されて汚れていた革のジャケットには結構な量の血も付いているし、窓ガラスに写った髪もバサバサで顔には乾いた泥が固まっている

随分長い間身なりなどに構っていられる状況ではなかったから、ディーンは前回体を洗ったのが何時かも覚えていなかった

クンクンと自分の体の臭いを嗅ぎ、サムの顔色を窺う

「・・俺・・臭いか・・?」

「臭くなんかないよ・・・でも、その格好だとみんなが驚く
 だから、お風呂に入って・・その間に服は洗濯してもらおう」

「・・風呂?・・って・・風呂が有るのかっ?、列車の中に?」

「もちろん有るよ・・行こう、ディーン、中を案内しながら連れてってあげるよ」

優しく微笑むサムにまるで女性をエスコートするように手を差し出されて、その手とサムの顔を交互に見たディーンは恥ずかしくなって、立ち上がりながらボリボリと首筋を掻いた

「案内、頼むよ・・・・・でも・・手は引かなくていいぞ、サム・・」

「ああ、そうだね・・じゃ、付いて来て」

「・・あっ、あと・・みんなって誰だ?・・他に乗ってる乗客か?」

ディーンはまるで子供だと自分でも思いながら、サムを質問攻めにしながら後ろを歩いて行く

「それもそうだけど、ギャラクシィ・エクスプレスが停車する星には客は降りて色々観光していいんだ
 だから、そんな戦地そのままの格好だと警戒されて怖がられちゃうからね」

「・・降りれるなんて・・・・思っても見なかった、他の星を見れるなんて・・」

客車から食堂車、機関車両とざっと歩いて、最後にサムは一つの扉を開けてディーンを中に誘った

「じゃ、ディーン・・服を脱いで」

「・・えっ?!・・って・・ここかよ・・」

ディーンがその部屋を見渡せば、何やら見たことも無い装置が並び巨大なカプセルのようなガラスの筒が奥に鎮座している

もしかしたらそれがバスタブの役割をする物にのか、どう見てもその使い方がスラム育ちのティーンに分かる筈はない

「僕はさっきの客車で待ってるから・・りんびり入ってていいよ」

「・・・・・・」

「・・ディーン?」

サムは、はいっと両手を出して汚れた服を受け取ろうとしている

「・・・・ぃゃ・・・・さ・・」

「?」

革のジャケットに手を掛けたまま固まっていたディーンは、戸惑いと気恥ずかしさに動けずに居た

どうも最初に会った時もそうだったが、このサムという男は育ちが良いのかなんなのか自分と考え方やライフスタイルがズレまくっている

「ぁ・・サム、俺は・・このバスルームの使い方が・・その・・」

何時までもモジモジしていても仕方ないと、ディーンは部屋を見渡して言った

「ずっと・・餓鬼の頃からスラムで育ったんだ・・だから見たことも無い
 そもそも俺の知ってる風呂ってのは・・・廃材で焚くドラム缶だからな・・」

笑われるか呆れられるかと覚悟してサムの表情を窺えば、何故か眉を寄せて悲しそうな顔をしていた

「・・ごめん、ディーン・・・・気が付かなくて・・」

「えっ・・お・・お前が謝らなくても・・」

そしてサムは、焦ったディーンの前でスルスルと服を脱ぎ始め、益々ディーンは焦った

「なにっ・・してる!?、サムっ・・」

「一緒に入ろう」

「・・・は???」

呆然としている間にサムは一糸纏わぬ姿になり、さっさとガラスの筒の中に入って何やらボタンを操作し始めている

「別に男同士なんだから、いいでしょ?」

「・・・・・」

そのうち暖かな湯がシャワーから噴射されて、ガラスの筒は煙る湯気で白く染まり中のサムもよく見えなくなると、一人外に残されたディーンも心を決め服を脱ぎ捨てて勢いよく扉を開けた

途端にアロマオイルも入っているのか筒の中の良い香りに包まれて立ち止まり、深く呼吸したディーンの腕はサムによって引っ張っられ傍らに抱き寄せられる

「・・っ・・」

「これで・・熱くない?、ディーン」

「・・・ぁぁ・・」

弟そっくりの男の胸の中に居る事以外には肉体的に都合の悪い感覚は無いのだがと、ディーンは優しく頭まで洗い始めようとするサムの手を止めて少しだけ彼から離れた

このままこの心地よい感覚にズルズルと流されて、妙な関係になるのはディーンには耐えられなかった

取引なら取引と、最初から割り切った関係として始めなくては、これからの不安な気持ちを何もかもサムに依存してしまいそうで怖いのだ

「・・・・」

「どうしたの?」

「・・確かめたいんだよ、サム・・」

前回は言っている意味が通じていなかったらしいが、悪意を全く感じさせないサムに再びこんな事を試すのは心苦しいと思いながらも、ディーンはこれからの二人の関係を決定付ける重要事項だとサムに向けて手を伸ばした

首筋に触れて肩をなぞり、逞しい胸を撫でて驚くサムの表情を窺う

そしてそっと近寄って下からキスを仕掛ければ、ディーンの口元は接触寸前にサムの大きな掌で覆われた

「・・だめだよ、ディーン・・」

「・・・っ・・・」

「・・高価なパスを貰って疑心暗鬼になるのは解るよ・・でも・・僕はそんなつもりじゃない
 代価なんか求めない、最後まで・・一緒に・・・・一緒に旅をしてくれればいいんだ、ディーン」

「・・・・・」

だがサムは、怒らせたか或いは嫌われたかと思い小さくなったディーンを、再びそっと抱きしめてくれた

「でも・・今はこうしてるのもいいね、ディーンが泣き止むまでは・・」

「・・っ・・なっ・・泣いてなんか・・」

子供のように頭まで撫でられてディーンは身を捩ったが、サムの腕はしっかりと体を包み込んで離さない

「いいんだよ・・・ずっとディーンが泣くのを堪えてたのを知ってる
 別れに痛みは付き物なんだ・・・僕も・・随分多くの別れを経験してきた・・・悲しいよね・・」

「・・サ・・ム?・・・」

ディーンはサムも泣いているように感じて、そのうち抑えていた感情が噴出し勝手に目から涙が流れ落ちてくるのを自覚した

自分の旅立ちに払った大きな犠牲

もう人間の体で戻る事はない、美しい故郷の星

ずっと堪えていたその哀しみが一気に溢れ、ディーンは静かに慟哭した

「・・っ・・クソっ・・・・・サム・・あいつらっ・・」

「うん・・」

「・・俺の・ためにっ・・・・っ・・」

「うん・・」

優しく背中を擦ってくれるサムの大きな手にディーンはそれが本当に弟のジャレッドのような気がしてきて、いつしか子供のようにしゃくり上げていた

いつも辛い時に励ましてくれたジャレッド

こんなふうに抱いて、優しい言葉を囁きながら暖めてくれた

そして同じようにサムも、ディーンを勇気付けてくれる

「・・ディーン、今夜は好きなだけ泣いて
 そして明日からは、彼等が望んだように未来に向って旅をするんだ
 みんなあなたが素晴らしい旅をするように望んでた・・・そうでしょう?」

「・・・ぁぁ・」

サムは頷いたディーンの米神にキスを落として、その暖かな蒸気の中、いつまでも抱きしめていてくれた








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