Galaxy Express 7
『お前はその青年に寄り添って、片時も離れずに居ればいい』
「・・・・・・」
サムは着替えを持って行ってやる為に一足先にバスルームから出て、今ディーンの帰りを一人車両で待っているところだった
だがサム以外誰も居ない筈の空間に、年嵩の男の声が小さく響いている
『余計な事を考える必要は無いぞ、これまでと同じだ』
手の中の、一見カード入れのように薄く小さな四角い物体でサムは誰かと通信していて、その表情は暗く厳しい
『分かったか、サム?・・答えろ』
「・・分かってるっ・・・・・・・・・っ!」
問い質すその声に苛立って答えた、丁度その時、後ろの連結部のドアが開きディーンが帰って来た
「・・サム・・誰か居るのか・・?」
サムが貸したダボタボのシャツを着て、素直に教えた通り24時間何時でも好きな飲み物が飲めるバーで冷たい水の入ったボトルを貰って来ている
「いやっ、誰も居ないよ」
サムは急いで通信機を胸ポケットに滑らせ、ディーンに向き直った
「?・・そうか・・話し声が聞こえたと思ったんだけどな・・」
「ディーン・・お風呂から上がったなら食事に行こう、お腹すいてるよね」
急いで話をはぐらかそうとしたサムだが、ディーンは向かいに座って改めて旅を共にする男をじっと見つめてくる
「うん、飯も・・いいんだけどな・・・・その前に俺はちゃんと聞いておきたいんだ、サム」
「・・何を・・?」
「どうして俺を・・このGEに乗せてくれたのか」
「・・・・・」
「俺は・・育ちも育ちだから、ずっと下品な誤解をしてた・・それは謝る
でもそうじゃなかったら・・お前は俺に何して欲しいのか・・
もしかして・・・・一緒に居てくれってのは、ボディーガードみたいな事か?、サム
お前の手、柔らかくてとても銃なんか持ったことない手だから・・それなら分かるけど・・」
今の通信を聞かれたのではと焦っていたサムは、そんな事かとホッとしてディーンを納得させる話を頭の中で組み立ててゆく
「ボディーガードはいいアイデアだね、ディーン・・・でも、本当の理由はこれだよ」
「・・何だ??」
サムは初めて会った夜、ディーンの夢を覗き見た装置を彼に手渡した
「ドリームセンサー・・・人の夢を、過去の記憶を・・見れる機械」
「・・これ・・が・・?・・どうして・・・」
暫くディーンは不思議そうに装置を弄っていたが、やがてその心当たりが有ったのか顔を上げて鋭い視線を寄越した
「っ・・まさか、お前っ・・あの時俺の夢を見てたのか?、ジャレッドの・・」
「弟さんは気の毒だったよ、ディーン・・狩りで殺されるなんて・・」
「・・・・じゃ・・・」
サムは潤んでキラキラ光る美しいディーンの瞳を真っ直ぐに見つめながら、心が痛むのを感じていた
彼を欺いている
彼はいつか自分を恨む、と
「サムっ・・お前・・俺の復讐に協力してくれるのか?
過去を知って・・・それで俺を機械の体にしてやろうって・・・そうなんだなっ?
・・もしかしてお前も?・・お前も家族を・・・?・・」
「・・・そうだよ、ディーン・・」
サムがぎこちなく頷くと、ディーンはそれをあっさり信じたのかガバっと抱きついて来た
「サムっ!・・」
「・・っ!」
気付けば目の前には彼の長い睫が見えて、サムは感激したディーンにキスされているのだと分かった
だがその唇の柔らかさと熱さに、さっきシャワールームでは咄嗟に拒絶出来た触れ合いを今は拒めなくなってしまう
窓ガラスに写るまるで恋人同士のような自分達の姿にこれでは駄目だと思うが、サムも純粋な心を持つディーンに惹かれてゆく自分の気持ちを押さえる術が見出せない
「・・っ・ん・・・・悪い・・つい・・」
やがてチュっと音をたてて唇を離すと、ディーンは頬を赤らめて俯いて嬉しかったからだと呟いた
サムはまたその可愛らしい仕草にまた胸が熱くなって、急いでディーンの肩を抱くと食堂車へと急き立てたのだ
キュルルルルと、食堂車に入るなり腹部が鳴ってしまったディーンは必死に腹筋に力を入れて聞かれまいとしたようだが、サムはメニューを開くとボリュームたっぷりのセットディナーのページを拡げて差し出してやった
「何でも好きなもの、頼んでいいよ」
「・・・・・」
近視でもないのにメニューを受け取った途端くっ付く程顔を近づけたディーンをおかしいと思いながらも、サムも自分の注文を決める為に文字を追う
確かにこの何十時間か、ディーン同様サムにも気の休まる時は無く胃に碌な食べ物を入れていないから、空腹を自覚した途端クラリと目が回るほどだ
「決まった?」
やがてスタンダードな肉料理のコースをチョイスしたサムは、メニューを下ろしディーンに尋ねる
「・・っ・・・・えっと・・・」
「?・・どうしたの?・・」
嫌いな筈の機械化人のウェイトレスが横を歩いているのにも気付かない程メニューに顔を埋めていたディーンは、漸くサムを見て小さな声でボソボソ言った
「俺・・こんな所で食事するの初めてなんだ・・
・・だから・・何が何だか・・分からない・・」
そう言って椅子の上で小さくなったディーンに、サムはまた保護欲を掻き立てられる
少し考えれば、スラムで彼等が食事を取れる場所など無く、また手に入れられる食べ物など想像が付くのに
「っ・・ごめんディーン、気付かなくて・・」
「・・お・・お前が謝らなくても・・」
愚かにもバスルームでの会話を繰り返してしまったサムは、反省しながらディーンから食べ物の好き嫌いを聞き、結局自分が選んだコースを勧めることにする
「肉は・・嫌いじゃないよね?」
「だ・・大好きだけど、まさか肉って・・・・合成肉じゃなくて?」
「この列車で出る物は何一つ合成された物なんか無いよ、肉も野菜も果物も本物
・・じゃステーキのコースだね・・焼き方は?」
「焼き方??」
「生に近い方からレア、ミディアム、ウェルダン・・厳密にはもっと細かく区別されるけど」
「・・・・・サムと・・同じでいい・・」
やがてウェイトレスを呼び止め、オーダーを入れる段になって漸くディーンは彼女の体に気付いたのか、驚いてその緑色の目を見開きシートの後ろにあとずさった
「・・っ!」
「ディーン、彼女はクレアさん・・ずっとこの列車で働いてるんだって」
「クレアです、宜しく」
「・・・・・」
「大丈夫だよ、ディーン・・この列車の中では機械も生身も無いんだ」
地球での機械化人と人間の対立を知っているクレアはニッコリと微笑んだが、ディーンは警戒と驚きで固まっていた
それもその筈、目前のクレアの体は全てクリスタルガラスで出来ていて、透き通って向こう側が見えるのだ
「もしかして・・私の体に驚いてらっしゃるのかしら?
・・・・やっぱり変ですよね・・・透明だなんて・・」
「・・・いっ・・いやっ・・・・す・・凄く、綺麗だっ・・・」
生来女性に優しい性質なのだろう、ディーンは相手が憎いはずの機械化人だというのに直ぐに悲しげなクレアに表情を和らげて、その美しさを褒めた
「・・ありがとう・・・・でもこれは私の見栄っ張りの母が勝手にてしまった物
私はこの列車で働いてお金を貯めたら・・ちゃんとした機械の体にするつもり」
「どうして・・?」
「ディーンさんが綺麗だと褒めてくれて嬉しいけど・・・ほら・・・私の体は全ての光を通してしまう
影の出来ない体・・・まるで此処に自分が存在していないみたいで、悲しいんです・・」
「・・・・・・」
ディーンは下がって行くクレアをずっと目で追っていたが、それを見つめていたサムの視線に気付いて慌てて言い訳した
「ぉ・・俺は・・別に考えを変えた訳じゃないぞ、サム
これからどんな機械の良い女に会ったって・・人間の見方だっ」
「・・分かってるよ、ディーン・・
ただ、ディーンは凄く女の子が好きなんだなと、思っただけ」
「・・・・」
ムニュとその形の良い唇を尖らせたディーンからサムが目を逸らせば、丁度料理が運ばれてきて若い二人の意識は直ぐそのいい香りの立ち上る皿に向った
だからサムはディーンと一緒に美味しい肉を頬張り、たった今感じた小さな嫉妬と彼を偽る良心の痛みを全て、それと一緒に咀嚼し飲み込んだのだ
食堂車から戻ると直ぐ、車掌が車両を回ってきた
「え〜・・次の停車駅はタイタン、惑星タイタン〜・・停車時間は16日〜」
「16日ぃ??・・サム、何かの間違いじゃないのか?」
「ディーン・・タイタンは大きな星だからだよ」
サムは驚くディーンに、この列車が停車する星での滞在についての注意を告げる
「滞在時間は、その星での一日・・つまり自転で一周と決まってる
その間は自由に下車して見物出来るけど・・一つだけ注意して」
「ん?・・なんだ」
「発車時刻に遅れたら、この列車は乗客を待つような事はしない
・・つまり、置いて行かれるって事」
「・・知らない星に・・・一人で・・?」
車掌は驚くディーンに近寄り、指を立てた
「そうですよ、ディーン様
この列車、ギャラクシィ・エクスプレスは時刻表を厳密に守る、というのが決まりでして」
「・・・・分かった・・気を付けるよ、モヤモヤの車掌さん」
フンとディーンは頷いて、車掌に笑いかけた
「・・モ・・・」
そして絶句した車掌も気にせず、すぐ外に見えてきたタイタンに夢中になったらしいディーンは窓際にべっだりと張り付いて動かなくなって、サムも下車の準備をしながらそんなディーンを到着までの間複雑な気持ちで見つめていたのだ
→