Galaxy Express 11
自分を助けに来て、葡萄谷の山賊に捕らえられ犯されそうになったディーンを見て、我を忘れた

あの瞬間だけは仕事も使命も、もしかしたら人類の未来をその手に握っているという自覚も無かった

そう

頭に血が上った

完全に

だからディーンに触れたら皆殺しにすると言った言葉も、嘘ではない

それは彼の持つ価値故ではなく、ただ込み上げた激しい感情から



今の自分の立場を忘れた、愚かな思慕





「・・ディーン・・僕は愛してはいけないんだ・・・・愛する資格なんか・・無いんだよ・・」





サムは安心したように安らかに眠るディーンの顔を見つめ、辛そうに顔を歪めた














































「あー、寒いっっ!・・・当然だけど宇宙空間だけじゃなく、やっぱりこの星の街の中も寒いなっ」

サムのシャツまで借り、ありったけ服を重ね着して意を決して冥王星に降り立ったディーンだが体温を維持出来ず、歩きながらも忙しなく体を動かしていた

それによく見れば地面も壁も氷で出来ていて、尚更に容赦無く感じるこの寒さに拍車をかけているのだ

「着いた・・此処だよディーン、今日のホテル」

「・・へぇ、立派・・・・・・・・って、サムっ!」

ディーンは、やがて済ました顔で立ち止まったサムと一緒に目の前の大きくて豪華なホテルを見上げて、愕然とする

「ぅ・・嘘だろ・・ホテルまで氷かよ・・」

微かな太陽の光を通すホテルの外壁はもちろん、外から見えるロビーもチェックインカウンターのデスクも横にあるカフェらしき所の椅子までも透明で、ピカピカ透き通って光っている

それはそれで鑑賞するぶんには美しいのだが、一刻も早く暖まりたいディーンにとってはなんとも落胆する出来事だ

「大丈夫だよ、零下5度位に充分暖房が効いてる部屋を予約したから」

「・・・・・」

唇を尖らせ更に不満を口にしようとすると、サムは取り付く島も無くディーンに言ってきた

「じゃ、僕は少しやる事があるから」

「・・えっ?、サムっ・・・もしかして・・別行動??・・」

タイタンで星に着いた途端あんな事があったからずっとサムのマントの端を掴んでいたディーンだが、仕方なくその手をモジモジと離す

実の所そんな理由が無くても知らぬ星で一人で居るのはどうにも心細いディーンだが、よく考えれば危険が無い星でなら彼の傍を離れてもいい筈で、子供のように気後れしているとはサムに知られたくない

「ディーン・・ホテルに入りたくないなら、街の中に居れば一人でも安全だよ
 ただし外に出るのは絶対に駄目・・危険だからね、いいね?」

「・・銃があるから・・平気だ」

「銃なんか寒さで使えないよ、じゃ・・あとで」

「・・・・ぅん・・」

そう言い残してサムはディーンに背を向けてしまい、仕方なく膨らませて見せていた頬を萎ませると一人街の中を散策することにしたのだ































だが取り立てて見る所も無い小さな街の中に直ぐに飽きたディーンは、サムからの言いつけを守らずに徐々に町外れへと足を向けていた

人気の無い方へと歩き、やがて開けた広大な空間に出たディーンは、その光景に息を飲む

視界いっぱいの、一面の氷の地面

「・・なんなんだ・・?・・ここは・・」

そして見回せば、遠くに地面に膝を付いてなにやら覗き込んでいるサムの姿

「・・サム?・・・こんな所で何してる・・?」

その後ろ姿からは何故か悲しさや寂しさが伝わってきて、ディーンは彼の秘密を垣間見てしまったような気持ちになり咄嗟にこのまま街に帰ろうか迷った

だがサムについて多くを知らないディーンは好奇心に負け、階段を下りて近づいて行く

コツコツと氷の上を歩き、改めて今立っている足元に見るべき物など無いだろうとディーンもサムと同じように氷の下を覗き込めば、次の瞬間ゾッと背筋に寒気が走る

「・・っ・・これはっ・・」

ディーンが見たのは、氷漬けになった無数の人間













「驚いた?」









「っ!・・・あんたは・・」

声に驚いて振り返ればいつの間にかディーンの背後には気配も感じさせず一人の女が立っていて、この寒さだというのに薄いブルーのドレス一枚で肌もこの星の氷のように青く、一目で機械化人だと分かる

「私の名はシャドゥ・・氷の墓の管理人・・」

「・・・・氷の墓?」

長く垂らした前髪のせいで全く表情の窺えない女に警戒して、ディーンは少し距離をとって尋ねた

「病気で死んだ人や・・ここで機械の体に変えて元の体を置いていった人達の抜け殻の眠る所・・」

「・・人間の・・抜け殻・・」

それを聞いてよく見れば、地下深く何層にも重なって人間が埋葬されているのが分かる

「・・・・」

だが、そうだとすればサムがこんな所に居る理由が分からない

身内か、もしくは恋人の肉体に会いに来たのか

もしそうなら、そうだと自分に告げればいい

こんなふうに隠れてまでして、来る所ではない筈だ

「・・・・サム・」

「いらっしゃい・・私の元の体を見せてあげる・・」

ディーンがサムの方へ一歩踏み出すと同時に、シャドゥの手がディーンの肩を掴んで引き寄せた

「って・・・・・・・・ゃ・・・やめろっ!・・体が凍るっ」

そのシャドゥの手はほんの少しの面積で触れられただけでもディーンの体全体を凍えさせるほどに冷たく、途端にガタガタ震えだすが彼女の力は少しも緩まずにある場所へとディーンを引き摺るようにして連れて行く

「私はここで機械の体になって他の星に行ったけど元の体が懐かしくて・・
 ・・元の体の側に居たくてここの管理人をしているの」

そこは半球の形をした氷のドーム

中央には豪華な棺に入った、若い女性の遺体

「・・・っ・・」

確かにシャドゥの元の体は、他人に自慢して見せたくなる気持ちが分かるくらいに美しかった

こんな美しい人間は見たことが無いとディーンは思ったが、同時に隣に立つシャドゥの執念が纏わり付いている感じがして不気味さも漂ってくる

「綺麗でしょう?・・機械の体ではあれ以上には作れなかった・・」

「・・・・・ぁ・ああ、凄い美人だな・・だけど・・もう分かったから、俺は街に帰る
 このままじゃ凍えちまうって・・・・なぁ?、離してくれっ・・」

美人には弱いディーンだからこれ以上のお誘いは丁寧な言葉でお断りするが、シャドゥの狙いはただ元の自分の美しさを認めさせる事だけではなかったらしい

どんな顔にも満足できなかったからとうとう顔は作らなかったと、何も無い恐ろしい顔を晒したかと思えば咄嗟に驚いて蹈鞴を踏んだディーンを、凄い力で氷の床に押し倒したのだ

「・・っ・・!・・はっ・・離せっ!!っ・・俺をどうするっ」

そしてシャドゥの全身を使ってしがみ付かれれば急速にディーンの体温は低下し、銃に伸ばした手も悴んでそれを取り落としてしまう

「・・私はただ・・・あなたに私の体の側に居て欲しいだけ・・・永遠にね・・・ふふふ」

動かなくなる体に必死に力を込めてもがき続けるディーンだか、ゆっくりとその意識は遠のいてゆく

「・・っ・・くそ・・・」

「・・ね?・・・おやすみ・・」


















「やめろっ、シャドウっ!!」

そして遂にディーンが暗い闇の淵に落ちそうになった時、サムの鋭い声がドームの中に響いた






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