Galaxy Express 21
二人はホームを目指し、懸命に階層を上へと上がって行った
途中古傷のため多少足を引き摺っているディーンは、崩れ落ちる瓦礫に足を取られて躓きサムの手によって掴んで引き上げられると、じっとその手を見つめた
「・・暖かいな・・サム・・この体が機械だなんて信じられない・・」
「僕の体は・・・・ディーンの弟、ジャレッドの体
僕は貰った体が歳をとれば、また別の体に移し変わる
・・そうして果てしない時間の中を旅してきたんだ」
「・・・・じゃ・・機械伯爵の所にあった剥製は何だ?」
「多分レプリカだよ・・彼は随分とこの体に執着してたみたいだね」
そうか、と再びどうにか走り出しながら、ディーン頷いていた
ジャレッドは剥製にされていなかった
それどころか今隣で、暖かい体で、サムの魂が宿って存在しているという奇跡が嬉しい
「・・なぁ、サム・・・俺達、ここを無事に逃げ出せたら・・」
「っ!・・ディーンっ、駄目だっ・・・黒騎士がっ!・・」
無事に逃げ出せたら一緒に暮らして欲しいと言おうとしていたディーンは、慌てて立ち止まったサムが指差す方向に黒い影を見た
「?・・・あれが・・黒騎士?」
モヤモヤとしたそれは数秒後にははっきりとした人の形となり、気付けば何も無かった筈の空間に一人の男が立っていた
どうやら空間を自在に移動する力を持つらしいと分かると、ディーンはここで戦うしかないと覚悟を決めゴクリと唾を飲み込む
「サミュエル、これはどうゆう事だ?・・・随分と騒がしい事が起きている様だが
・・それに・・・折角見つけた螺子候補の人間を連れて、何処へ行くつもりだ?」
「・・・・黒騎士・・止めてくれ・・」
サムはディーンの前に、黒騎士から庇うようにして立った
「この星は内部から崩壊しているんだ、わかるだろっ?・・もう何をしても無駄だ
・・だから、僕はいい・・・だけど、ディーンは・・ディーンだけは・・・・」
「サムっ、何言ってるっ!」
ディーンは黒騎士が銃を抜いたのを見て、サムの手を振り払い自分もコスモ・ガンを構えた
「ディーン・・・・お前がディーンか・・・」
「・・・・・・な・・なんだっ!・・なんだってそんな目で俺を見るっ・・」
だがディーンは、恐ろしい姿の黒騎士の目が意外にも温かな優しさに満ちているのに戸惑い、必死に押し留めようとするサムの言葉に動きを止めた
「駄目だっ、ディーン・・・黒騎士を殺してはっ、何故なら彼は君の・・っ」
そして、次の瞬間、黒騎士自身から信じられない事実を告げられる
「そう・・・それは、私がお前の父親だからだ、ディーン・・」
「・・っ・・・・お・・・お前・・が・・・?・・・」
「そうだ、ディーン・・私の愛しい息子」
「・・・・っ・」
酷く動揺したディーンだが、そのグリーンの瞳は的確に、黒騎士の指がその隙を見てゆっくりと引き金に伸ばされるのを捉えていた
「お前が父親だとしたら・・機械伯爵に命令してジャレッドを殺したっ、そうなんだろ?!」
「違う、ディーン・・それは誤解だ、彼は君達の保護を頼んでいたっ・・伯爵が嘘をついたんだっ」
だが黒騎士の策略を読み取ったディーンにとっては、もうサムの制止も意味をなさなかった
「誤解だとしても、たとえお前が俺の父親だったとしても
今、俺とサムに銃を向けている・・それだけで、お前を殺す理由は充分だっっ!!」
「っ!・・ディーーーンっ!!」
叫んだサムを壁際に思い切り突き飛ばすのと同時に、ディーンのコスモ・ガンから光が放たれ、その軌跡は真っ直ぐに黒騎士の額を貫いていた
「少しも躊躇ったりしてやれなくて悪いな、『父さん』・・」
黒騎士の握っていた銃は何故か最後まで一度も火を吹くこと無く、そのままゆっくりと崩れ落ちる体は耳障りな金属音をたてた
そして悲しみに胸を痛めるサムの前で、ディーンの呟きがそれに混じり合い、静かに床に落ちる
「だけどこれが宇宙で生き延びる唯一の道だと、もう俺は学んだ
・・・・・命懸けで俺を助けてくれた・・友達からな・・・」
「ディーンさんっ・・早く!」
GEの吐き出す蒸気が見える所にまで来ると、そこには心配そうにこちらに手を振るクレアと車掌の姿が有った
そして待ち構える二人の他にも、助け出されたのか多くの人々が列車へと急いでいる
ディーンは、まだこの星から逃げ出すことに躊躇っているか歩を止めるサムを無理矢理乗せると、同じように人々を押し込んでいる車掌に尋ねた
「車掌さんっ・・この人達はっ?」
「ぁぁぁぁ・・後で説明しますぅっ・・もう出発しないとっ、この列車も巻き込まれますぅっ」
彼の視線の先を同じように見れば、メアリーのエネルギーと部品となった人間の自決の意思はこの星に存在する全ての箇所の機械に及ぶのか、最後尾の車もボロボロと崩壊を始めていた
全速力で走り出すGEの機関車の人工知能は、車体が宙に浮くとそれを切り離す事で急速な腐敗のような破壊を止めて見せると、雨のように降り注ぐ巨大な機械片の中をただ宇宙空間目掛けてひた走る
「・・サム・・見ろっ、ジョーだっ!・・来てくれたっ」
空の彼方から打ち込まれる太い光の先を確かめれば、そこには巨大な海賊船が悠然と姿を現していた
誇らしげに海賊特有の骸骨のマークの旗を翻し、この機械化母星へと全面攻撃を仕掛けてくれている
「はぁぁぁ・・こ・・これでっ・・助かるかも・・・」
ブルブル震える車掌とクレア、そして二人の前で、ジョーの海賊船の波動砲が加える圧倒的な攻撃は内部から壊れ行く星に決定打を与えた
「・・・サム・・・」
ディーンは自分より大きなサムの体を包み込むように抱きしめて、爆走する列車の中、機械帝国の最後の姿をただ見つめるしか出来なかった
空高く聳え立つ塔の崩壊を掻い潜り、降りかかる火の粉が無くなり宇宙空間へ列車が飛び出した瞬間、全てが終わったと誰もが思った
だが全宇宙の生命を機械化し、死の恐怖の無い世界に変えようとゆう執念は、ヒタヒタと不気味な足音を立てて列車に忍び寄っていた
「っ!!・・ぐっ・・うっ・・」
「とっ・・父さんっっ!!」
突然の事にサムが振り返れば、一人列車に忍び込んだアザゼルがディーンの命を今にも消し去ろうと立っていた
背後から首を絞められ息を詰めているディーンは、抵抗しようにもギリギリと締め上げる力が強いのか刻々とその意識は薄れてゆくようだ
「やめてくれっ・・ディーンを放してっ・・」
「道連れだよ、サミュエル・・・・これはお前のせいだ」
「・・っ・・・僕の・・・せい・・?」
「お前は私を裏切って、全てのものを私から奪った
だから私は・・ディーンをお前から奪ってやる・・
これから生涯今日のことを後悔し、苦しんでお前が生きるのが・・私の望みだ」
やがてアザゼルの腕を掴んでいたディーンの手が、パサリと音を立てて力無く落ちる
「・・だめ・だっ・・やめて・・・・父さんっ!!」
「っ・・ディーンさんっ!!」
「な・・何をするっ!!、離せっ!!」
絶望のまま自らの父に飛びかかろうとしたサムの前で、一歩早くアザゼルの体にしがみ付いた小さな影が有った
「・・・クレアさんっ・・それはっ」
見る見るそのガラスの体が発光し、サムには彼女がこれからやろうとしている事が分かった
「くっ・・・クレア・・っ・・やめろっ!」
漸く開放され気道を確保し咳き込むディーンも、目の前で起ころうとしている悲劇に耐えられず彼女を止める
「ディーンさん・・・私のたった一人の・・お友達・・・・」
だがクレアは次の瞬間迷うことなくその全ての力を解放し、アザゼルの体は強烈な光に包まれた
「・・っ!!・・」
神の如き清冽な光の中で、聞こえるのはアザゼルの断末魔の悲鳴と、その体が砕け散る音だけ
「・・・クレア・・・・」
やがて光消えれば、クレアの体は粉々のガラス片となって、キラキラと床にこぼれ落ちた
彼女はその命を掛けて、二人を、そしてこの列車に乗る全ての人の命を、悪魔とも言える男の魔の手から救ったのだ
→