Automatism 1
血に濡れた手






赤く染まった銃

荒い息と、痺れた腕







全て、俺は覚えてる

鮮明に、全部








だから

あれは俺だったのか、それとも他の誰かだったのか







わからない









今でも















わからないんだ





























































「新人のサミュエル・ウィンチェスター、配属されて来ました・・宜しくお願いしますっ!」

配属一日目の朝

兎に角最初の挨拶は肝心だとビシッと決めたスーツに身を包み、で直立不動で声を張り上げて頭を下げれば、部屋の中に居た先輩刑事達に大声で笑われた

「・・おいおい、新人・・ここは街の警察署じゃないんだぜ?」

「まったくだ・・・元気が良いのは悪い事じゃないが、
 そんなに張り切ってると、午後にでも検死官のアッシュに早速死体に沸いたウジ取りを手伝わされるぞ」

「・・ぅ?・・・ウジ??・・っ」

「ああ、さっき運び込まれてたのを見たんだよ・・スゲーのが」

刑事の癖に死体やグロい光景がとことん苦手なサムは、ここが日々解剖や証拠の分析に明け暮れる科学捜査部署も併設した建物だった事を思い出し、密かにその身を震わせた

これは十数年前に起きた警察全体への改革の結果で、全く分野の違う部署も捜査機関も互いに意思の疎通を念蜜にし協力して、効率良く事件解決に当たれという上層部の意思表示だった

その一つとして作られたこの新ニューヨーク署は意向通りCSIこと科学捜査部署と刑事科の人材の境が曖昧らしく、他の地域では現場でしか見慣れない制服の人間が刑事達の間を何人も歩き、所々で話し合っている光景が展開している

「ほら、サム・・俺達への挨拶はいいから所長に会って来い、随分前から待ってたぞ」

「所長を怒られたら・・ウジどころかゲイの死体の尻の穴に指を突っ込まされるんだ」

下品なジョークをゴードンという黒人刑事に言われ絶句していると、マイケル・ウェザリーと名札を付けた先輩が歩み寄り所長室の場所を指差してくれて、漸くサムはその方向に向かい一目散に走って行った






















「サミュエル・ウインチェスター・・・スタンフォード大学を首席卒業か・・」

所長のボビー・シンガーに、サムはこの職に就こうとしてからもう何度目になるか分からない質問を受けていた

そんな名門大学を卒業したのに、何故刑事に?

それには今迄、何十回と答えた

「・・在学中・・母が強盗に殺されて、決意しました」

僕の口から聞かなくても刑事なんだから書類を見れば推測出来るだろうと言いたいのを我慢して、サムは静かに告げる

「・・・そうか・・」

だが寡黙なタイプなのか所長のボビーは頷いただけで、皆が口にする上辺だけのお悔みや励ましは口にしないまま仕事の話を始めてくれた

気の毒に

大丈夫か

お母さんの為に立派な刑事になれ、と

多くの者はわざとらしく暗い表情を作って、ありきたりの言葉を口にする

サムはそのどれにももううんざりしていたから、それだけでこの所長に好感を持った

若くても、もうプロ意識に徹する大人の男だと、サムには彼が認めてくれた気がしたのだ
























だが一人前の男でも、道には迷う

「なんで俺が、こんな新入生歓迎会みたいな事に付き合わされるんだよっ」

所長の命令にブツブツ文句を言う先輩のウェザリーに頭を下げて、サムはこの複雑な建物の中を案内してもらっていた

それもその筈で、迷路のような入り組んだ建物の中ではよく新入りが迷子になるらしく、急ぎ取って来いと言った資料や証拠が届けられるのに小一時間もかかる事があったらしい

「・・確かに・・一日じゃ無理ですね・・」

後で防災避難経路の図でも携帯で撮影して今晩眺めて頭に入れて来た方が良さそうだと考えながら、サムはウェザリー刑事の後に続く

刑事課の建物と半階ずつの段差を付けたような構造で科学捜査部署の建物は一体化していて、上から螺旋状に円を描くように階段を下がってきたサムは最後に地下の問題の検死室へと到着した

先ほどのウジの話を思い出し青ざめる自分を面白がるウェザリーが、わざと中まで案内しようとしている事に気付く余裕さえ無く、サムは部屋の中に押し込まれその責任者らしきアッシュという白衣の男に紹介される

「アッシュ、新人のサミュエル・・サムだ、是非ウジ取りを手伝いたいらしいぞ」

「・・っ!・・ちょ・・先輩、止めてくださいよっっ」

アッシュと呼ばれた男は背後の空のステンレス製の寝台を振り返って、ふぅーんと生返事をした

この男、前から見れば普通の短髪だが、後ろ髪は女のように長い

「・・・・・」

思わず不躾程ジッと見つめてしまうが、その風変わりな男は気にしていないようだ

「・・生憎ウジ取りは俺の高貴な趣味の一つでな、早々に終わったよ・・・残念だったな、サム君」

今度そんな死体が運び込まれたら呼んでやると言われ慌てて断るだが、気付けばウェザリーはサムをすっかりアッシュに押し付ける気で、背後の入り口のドアを潜って行くところだ

「じゃ、サム、俺はもう行くからな・・・案内板を見ずに、一人で刑事科のあの部屋まで戻って来いよっ」

「・・ぇっ!?・・そんなっ・・」

「そんな、じゃねぇっ・・・方向感覚テストだ、丁度いいだろっ!」

じゃあな、とバタンと音を立てて扉が閉まり、サムは妙な男と二人、死体置き場に取り残されることになった









「まぁ・・・一杯飲んで行け」

変人だが良い人らしいアッシュに誘われて、置いて行かれたサムは検死室の片隅へと足を踏み入れしていた

もちろん死体を扱うと言っても清潔で明るく、最新の機器も置いてあるから不気味さは全く感じられないし、入念に消毒された部屋はある意味世界一美しい所だと言うアッシュの言葉も嘘ではないと知っている

しかし、何時もは何対もの死体が解剖されている場所だと思えば、あまり気分が良いものではない

「・・・死体が無ければ・・此処も平気なんだけどな・・・」

「なんだ・・死体が怖いのか?」

「・・ぇぇ・・まあ・・・」

ガラスで隔てられた休憩室に通されコーヒーを入れてくれるアッシュを待ちながら、サムは薦められた椅子に座らずその部屋を歩いてパソコンの上に飾られた彼の趣味の不気味なゾンビのフィギィアや、刑事課への通信用のモニターを眺める

だがそのうち部屋の一角に、もう一つの小さな入り口が有る事に気付いて足を止めた

境にドアは無く、中の壁際に見える設置された棚にそこは薬品庫なのかとも思うが、その入り口には何故か白い粉で引かれた一本のライン

「・・・・これは・・・・何なんですか・・?、アッシュさん・・」

「ぁっ・・おい、それはっ」

アッシュが止めるのも間に合わず、サムの指はその白いラインを一筋崩した










「アッシュ、此処から追い出せ・・・こいつ、勝手に結界を破りやがった」








「・・っ!!」

するとその小部屋中からスニーカーの履いた足が伸び、サムの手を容赦無い力で思い切り踏み付けて来た

痛みに悲鳴を上げて見上げれば、不機嫌そうに顔を覗かせたその男は、酷く整った顔をしていた










最悪の、出会いだった






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