Automatism 3
「冗談じゃないっ!・・お断りだ、ボビー」
部屋に入って来たサムをまるで空気のように無視して、ディ−ンはきつい口調で所長に向かい言った
恐らくそれは何か所長の提案に対してだろうが話の途中から加わったサムには訳が分からず、ただその邪険な言い方に彼が何か咎めを受ける事になりはしないかと、所長の表情を窺うだけだ
「即答か?・・もう少し考えてから結論を出して欲しいものだな
・・・現場に居た方が効率が良いと何時か言ってただろう?、ディーン」
だが所長のボビー・シンガーはそんな彼の態度を気にしていないのか愛情の篭った目でディーンを見つめていて、しかも彼の方も所長を名前で呼び捨てている
まるで、恋人同士みたいに
「・・っ・・」
サムはさっきの妄想が蘇りそうになるのをプルプル頭を振って必死に掻き消して、オズオズと前に進み出る
「あ・・あのっ・・サム・ウインチェスターです、所長・・僕に用って・」
「確かに昔俺は言ったがっ、誰か相棒が欲しいなんて一言も言ってないし
ましてやそれが、こんな新入り刑事の子守を兼ねるなんて絶対に嫌だっ!」
「・・っ」
見事にディーンに会話に割り込み返され、おまけにきつい目で睨まれた
「それにいくら俺に命令しても・・こいつがYesと言わない限り成立しないぞ、ボビー
新入りだからって、選りによって俺なんかと無理矢理組ませるのはどうかと思うがなっ」
「・・まぁ・・・確かに一応本人にも聞いてみる必要は有るかもしれない」
急に二人の視線が自分に集中し、僕??と、サムは初めて今置かれた状況を認識しパニクる
「・・・って?・・まさか・・」
現場?
相棒?
子守?
組む?
それらのキーワードが導き出す答えは一つだ
「・・ぁ・・ぁぁぁぁぁぁ!、や・・やりますぅっ!!
・・ディーンさんと一緒にっ・・お願いしますっ!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
サムの余りの勢いに二人とも呆気に取られ、ディーンなどはそんな答えを予測していなかったのか、目の前で風船をパチンと破裂させた時の小動物みたいになった
ただでさえ大きな目がクリクリに丸くなって、その形の良い唇もポカンと開いてる
可愛いっ、とサムは内心ディーンがこんな顔も出来るのかと益々彼に興味を惹かれて、にっこりと笑いかけた
「・・そ・・それじゃ・・・それほど新入りが乗り気なら
取り敢えず一週間・・一緒にやってみろ、ディーン・・・これは所長命令だ、いいな」
一瞬ディーンより先に我に帰ったボビーは彼が反論し始めようとするのを手で制して、圧倒的な権限を振り翳して命令した
サムは自分は嬉しいが彼は嫌がってるのにいいのか?と視線で訴えるが無視され、その上ディーン本人は不貞腐れて顔を背けてしまいなんと言ったらいいのか分からずに、ただ握手を求めて遠慮がちに右手を差し出す
やがて所長に挨拶くらいしろと促されたディ−ンは初めて真っ直ぐにサムを見てくれてたが、その綺麗な顔を顰めているだけで握手には応えてくれないままだ
「・・ディ−ン先輩・・・・僕は、貴方と組んで仕事がしたい、お願いします・・」
「そんな事・・お願いされなくたって、所長命令なんだから従うしかないだろっ?!
・・俺がどんなに嫌でもなっ!」
だがディーンは手を出したままのサムを置き、背を向けると凄い勢いで所長室の扉をバタンと閉め、出て行ってしまった
「待ってっ!・・ディーンさんっ!・・お願いだから、待っ・・」
「・・・どこまで付いて来るんだよ・・っ」
苛立つ『モルグのD』と追い縋る新人刑事の珍し過ぎる組み合わせに、廊下を歩いていた周囲の人間は何事かと歩調を緩め聞き耳をたてる中、やがて地下室の検死室の前まで追い掛けるられ諦めたのか、ディーンは舌打ちしながら漸く振り返りサムを見てくれた
「お前・・俺と組みたいなんて正気なのかっ?・・・俺の事聞いたんじゃないのかよ?!
・・あの時、それで興味を持って尾行したんだろっ?」
襟元を掴まれて耳元で言われたがサムは構わず、はっきりとディーンに告げた
「あなたの昼食を覗いたのは謝りますっ、でも・・それは訳の分からない変な噂だけを聞かされたからで・・
だけど、僕はあなた自身を見て判断したいと思ってた
・・それに・・刑事は夢でした、早く現場に立ちたいんですっ」
「・・・・・・」
「一週間と所長も言ってました、だから・・・僕と・」
「っ・・・入れっ・・入れって!!」
ペコリと頭まで下げていると、ディーンは直ぐサムの腕を掴んで検死室の中に押し込んだ
「・・ディーンさん・・本当に僕は・・」
「もう分かったっ!・・だから、廊下で俺に話しかけるなっ・・・・・・お前まで嫌われるぞ」
「・・ぇ・・・それって・・」
どうやらディーンは自分が変な目で見られるのは構わないが、新人のサムが孤立するような事態に陥るのは避けたいと思ってくれたらしい
だが不意の彼の優しさに触れて嬉しくなって部屋の奥まで付いて行こうとするサムは扉に押し返され、ディーンは廊下の人だかりが居なくなったら帰れと言い捨ててまたあの小部屋へ篭ってしまい、その日再び出て来ることはなかった
「それで?・・・サムと二人で組むことになったのか?」
「・・・・・・さあな・・」
新人が帰った後の検死室では何時もの部屋のディーンとその外側にアッシュが椅子を寄せ合って、塩のラインを挟んでの夜のお茶会と相成っていた
このニューヨーク署に配属されて一日で早速現場に出ることか決まり懸命なサムが目に浮かぶアッシュは、目の前でしきりに溜息をつく綺麗な顔の男を気の毒そうに眺める
「だけどよ・・サムはどこまで知ってるんだ?・・」
「・・・聞いたのは噂だけ・・って言ってた」
「・・噂ねぇ・・」
「どうせ・・俺はボビーが飼ってる愛人だとか、不思議な魔術に傾倒して頭がおかしくなったとか
・・そうゆう事だろ、いつものパターンさ」
「そりゃそうだ・・・当時この署内に居なかった人間に、あの事を新たに教えるのは禁じられてるんだ
だったら新人に対してお前を非難するあの馬鹿どもが言える事なんざ・・それくらいしか無い」
「・・・・・あれが極秘だなんて・・表向きだろう?
今知らなくてもそのうち知るさ・・それで逃げ出す・・これもいつものパターン、うんざりだ」
「そうかな?・・サムは結構度胸のある男だと思うがな」
ゴクゴクとブラックコーヒーを飲み干すディーンに、アッシュは続けた
「それに・・
シンガー所長だってお前をこんな無理の有る立場のまま、薄暗い部屋に閉じ込めとくのは心苦しいんだろう
・・これはチャンスだぞ・・あの新入りと一緒に久しぶりに現場の空気を吸ってこい・・例え一週間でも」
ふん、とディーンは嗜虐的に笑った
「・・・・もう・・刑事でもないのに、それを許されるなんてな・・」
「・・・ディーン・・・」
アッシュは呑み終わったコーヒーカップを持った立ち上がったディーンの上着の袖を掴んで、まだ話は終わってないと引っ張ってやる
「法的にただの市民でも、お前がこんな境遇に我慢して協力してくれなければ解決出来ない事件も有った
表沙汰にならないだけで、お前はまだ人々を救える・・・そりゃ、こんな扱いは辛いかもしれないが・・」
だがディーンはそれを優しく払うと、コップを洗いながら違うと言った
自分は決して今の状態を辛いとは思ってない
むしろ、当然だと受け入れているのだと
「それに・・俺にはこんな場所が必要だ
・・安全だからな、このニューヨークの何処よりも・・・・・知ってるだろ、アッシュ」
「・・・・・」
そして誰にとっての安全なのか分かっているアッシュは、蘇ってくる記憶に悲しみを堪えて小さな声で呟いた
それはこれまでに何度口にしたか分からない、彼への虚しい慰めだったのだが
「・・・あの事に関して・・お前は悪くない、ディーン・・・・・何の責任も・・無いんだ」
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