Automatism 4
次の日の朝

サムが署に出勤すると間も無く、携帯にディ−ンからメール連絡が入った

それは『お前が俺を覗いた場所で待ってる』という短い文章だったが、初めての彼からの積極的なアプローチにサムは慌てて準備を整えると、何時か彼の昼食を取っていた建物の裏庭に向った

「・・・よぉ」

そこには、今日からサムと組んで捜査に当たる事への覚悟を決めたのか特別不機嫌そうな顔もしてないディーンが一人、人目を避けてポツンと立っている

「ぉ・・おはようございますっ、とりあえず一週間・・・宜しくお願いします」

「・・・・・まぁ・・それほど続かないと思うけどな・・
 もし明日もお前にやる気が有ったなら朝の合流と情報交換は此処で、それ以外は連絡は全てメールで済ませろ
 署の中で会っても俺にベタベタ話しかけるなよ、いいな?」

だが依然として二人の間の距離を敢えて取ろうとするような態度に変わりは無く、冷たい口調で必要なことだけを伝えてくる

「・・・・わかりました、ディーンさん・・」

「それと、そのウザい敬語は禁止な
 ・・・・あと・・俺と組むなら常に覚悟しておいて欲しい事がある・・・・・いいか、よく聞け」

「は・・ぃ」

目の前に人差し指をビシッと突きつけられて、サムはゴクリと唾を飲み込んだ

そしてディーンの綺麗なグリーンの瞳に吸い込まれそうになりながら、不思議な彼の言葉を聞く



「俺に何かあったら、迷わず撃て・・・警告は無意味だ、いいな?」



「・・・・・・・」

やがて、それは誰かに狙われているという事なのかと聞く間も無くディーンは車に乗ってしまい、忙しなく入る警察無線の音声を拾うのに精一杯になってしまったサムは、その話題を再び彼に振る暇も無くなってしまった
































ビッグアップル

人種の坩堝

様々な呼び方をされるこのニューヨ−クでは日々何件もの殺人が起こり、大概は目撃者の証言と証拠で解決するが、中にはそのどちらも見つからず捜査が行き詰まる場合もあった

刑事達が長年追い続けている連続レイプ犯のDJ・プラットも、そんな悪運だけで今まで起訴を免れ極悪人でありながら平然と自由を謳歌している一人で、罪も無い女性が犠牲になる悲劇は再び繰り返されたのだ










「・・言っとくが・・俺は警察手帳もバッヂも許可証も銃も、何も持ってないぞ」

二人が一緒の車に乗り込んだその日の午後、早速警察無線で事件発生を聞き付けたサムは他の刑事より早く現場に車を回すのに成功したが、つい黄色いテープを彼の後ろに続いて潜ろうとして呆れ顔のディーンに両手を広げられていた

「あっ・・そ・・そうだね・・」

慌ててバッヂを取り出して現場保存を担当している警官に翳したが、見慣れない刑事の顔に怪訝な表情をして無躾な視線をくれる

考えてみれば無理も無く、例え所轄の刑事が現場に来たとして二人ともこれまで顔も見たことが無いなどとは、どうにもその警官にとっては不自然な状況だからだ

「・・・えっと、僕はサム・・新しく配属されたばかりの刑事だから、君が顔を知らないのも無理は無いよ
 そして彼はディ−ン、捜査協力を依頼した専門家で・・・・・ぃ・・今の現場の状況はどうなってる?・・」

翳した星型のバッヂを本物か確かめるように凝視している警官を待つサムに、気が短いのかディーンはサムの後ろで苛立ったように舌打ちすると肩を叩いてきた

「いいから入るぞ、サム・・・おい、お前っ、ちゃんと野次馬どもを見張ってろっ」

表向き一般市民の中からの協力者と紹介しろと行きの車の中で言ったくせに、ディ−ンはいかにもベテラン刑事の仕草で警官を怒鳴りつけて先にテ−プを潜って行ってしまい、サムは仕方なく後に続き被害者の遺体が発見されたというその廃車置場を進んで行く

「・・ディ−ン、ちょっと待ってっ・・」

「煩いっ、ヒラ警官のくせに馬鹿にしやがって
 ・・あんなのに現場の事を聞いたって何も分かる訳ない、見るのが先だっ」

それに話なら後でいくらでも聞けると、ディーンは早速被害者である若い女性の死体が発見された車の中を覗き込んだ

首に絞められた痕がクッキリ残る女の死体は衣服が激しく乱れ、酷く殴り付けられてたのか紫色に変色した顔は充血した目を大きく見開いたまま、壮絶な形相だ

「・・・っ・・」

「ラッキーだな・・・俺達は科学捜査官より早かったらしい、まだ死体は発見時のまま手付かずの状態だ」

悲惨な死体にサムが呆然としている間に、もうディ−ンは指紋を付けないように慣れた手つきでクシャクシャのハンカチで覆ってからそのドアを開けている

「・・彼女・・・乱暴されてる?」

「ぁぁ、多分・・・詳しい事は話を聞いてみないと分からないが」

「あの大通りからここまで、犯人に追い詰められたのかな
・・・・目撃者を探してみよう、この近くの建物で・・」

そう言っても街灯が無いため夜は暗く廃車が高く積まれたこの場所では難しいがと周囲を見渡すサムに、ディーンは何故か即座に首を振った

「・・・いや、いい・・話を聞くってのは、そうゆう意味じゃない」

そしてディ−ンはあっさり車から離れると、何を思ったのか立ったまま目を閉じる

「・・??・・・ディーン?」

「・・・・・・・っ・・ダメだな、混乱してる・・」

「・・もしかして・・いきなり推理??・・これだけで犯人を考えるなんて無理だよ」

直ぐに首を振って目を開けたディーンに呆れたサムだが、どうも様子は違うらしい

「馬鹿、俺じゃない・・彼女だよ
 まだ混乱して、自分がどうなったのか分かってない・・説明から始めないと」

「へ??」

ディーンの指差す先には死体しかなく、サムは首を傾げた

「・・・本格的にやらないとダメか・・・気が進まないが、時間が経つとはっきりしない場合も・・・」

そしてディーンは何やらブツブツ独り言を言いながら、サムを大通りからは見えないコンテナの裏に連れてゆく

「・・ど・・どうしたの?、ディーン・・こんな所に・・」

だがディーンの表情はとてもふざけているようには思えず、酷く真剣にこちらを見つめている

「おい、覚えてるよな?、サム・・・朝、俺が言ったこと」

「・・・・もちろん、覚えてるけど・・・・・・僕にはちょっと意味が・」

「意味は何時か分かる・・・覚えてるならいい、俺の側に居ろ」

そう言うとサムの前でディ−ンは、車を方に視線をやりながら深呼吸を数回繰り返し、精神を集中する仕草を見せ始めた

「・・?・・・ディーン?」

「・・・静かにしてろ・・・邪魔するな・・」

訳が分からないがサムは言われた通りにそんな彼を前に沈黙に耐えれば、ディーンは目を閉じて俯き米神を押さえた



ゆっくりと前後に、彼の体が揺れ始める

少しずつ、少しずつ、大きく


「・・・・・・・」

それはまるで何時かの心霊番組で見た巫女の神降ろしの儀式のようで、まさか、とサムがディーンを凝視していれると、やがてまるで激しい痛みを堪えているかのように彼は低く唸り、その体もガクガクと震えてくる

「・・っ・・ぅ・・・・うん・・っ・・」

「???」



そしてその呼吸が極限まで昂った瞬間、ディーンの体がビクリと跳ね上がると、ゆっくりとその手が下がってゆく

「・・・・・ディーン?・・・大丈夫・・??・・」

心配して覗きこんだサムだが、その時見たグリーンのその瞳は、何時ものディーンのものではなかった

その表情も、仕草も

まるで



「・・・まさか・・」

呆然とするサムの前で、そのディーンであってディーンではないその人間は、掠れた声で言った










『・・せんとらる・・ぱーく・・東・・・植え込み・・・・・犯人を・・捕まえ・・て・・お願い・・』








「・・・・・・」

それは紛れも無く、目の前の車で殺されていた女性からの、メッセージだったのだ




































「いいから、探すんだよっ・・・彼女に言われたろっ!?」

「・・・言われた・・って・・言ったって・・・っ」

そんな馬鹿な、とサムはたった今目の前で起こった現象が信じられず、車に戻ってもオロオロするばかりだった

「恐らく証拠品だぞっ、無くなったらどうする
 ・・早く行かないと・・ ・・・・・・・どけっ、俺が運転するっ!」

挙句の果てに乱暴に助手席に蹴り込まれ、免許不携帯のディーンにハンドルを奪われる

だが、今最も気になっているのはそんな事じゃない

あの言葉

あの、ディーンであってディーンでない人間の言葉

そして、そんな事が可能だという事実




「・・・サム、今お前が何を聞きたいかは分かる・・・・だけど説明は出来ない
 ・・彼女が俺に乗り移って証拠品の在り処を教えてくれた、その事実があるだけだ」

「・・・・・・」

サイレンを鳴らしてニューヨークの街に車を走らせながらディーンは言ったが、サムはそのまま沈黙を続け必死になって気持ちを整理しようとしていた

これまで聞いた先輩刑事達の言葉

刑事ではないディーンが警察署に居る理由

検死室の彼の部屋の入り口の塩

それら全てが思い当たって、グルグルとサムの頭の中を回る

続く沈黙は彼への拒絶では決して無くサムにとってこの事態を飲み込むのに必要な時間だったのだが、運転席のディーンはその様子に誤解したのか諦めたように笑った

「・・ふ・・・・だから言っただろ?、一週間も続かないって・・・見ろよ、4時間で終わりだ」

「・・っ・・そ・・そんな、終わりだなんて・・僕はっ」

「じゃ、平気なのかっ?!・・・相棒が死者と話す化け物でも?、俺が怖いんだろっ」

その言葉に我に帰り慌てて向き直っても、ディーンの目は信じてない

「・・・・・・」



そして悟った

ディーンにとってこんな状況は、もう何回目かになるのだと

何度コンビを組もうとしても、相手の刑事が恐れて逃げ出す

だから、最初から諦めたように、こちらを見てた


今だって



酷く哀しそうだ








「・・・・・兎に角、証拠品を探すのだけは手伝え・・・後は署に戻ってからだ」

サムはそんなディーンに何も言えないまま、セントラルパークへと急いだ



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