Automatism 6
「ディーン・・っ・・ディーン!」
「・・っ・・」
サムはディーンを追って、裏庭から警察署の中に入り、地下までの経路を一気に走った
そして何時もの検死室の扉を乱暴に開けて中に逃げ込むディーンの姿に、彼が安全だと思っている場所が此処しか無い事に気付き、サムの保護欲が急速に高まる
「・・・っ・・ちょっと・・・待ってっ」
解剖途中のアッシュが何事かと顔を上げるガラス張りの空間の横を擦り抜け、あの日一筋壊して激怒された塩のラインもその長い足で難無く跨ぎ、サムは小さなデスクと椅子が置かれた倉庫兼隠れ家の隅までディーンを追い詰める
「もう・・怖くないからっ、ディーン・・」
目の前が壁になって漸く振り返ったディーンは、何故か必死にサムから体を遠ざけようと壁際まで下がってゆく
「・・怖い?・・俺はっ・・あいつらが怖くて逃げて来たんじゃないっ・・」
「じゃ・・どうしてっ?」
「・・・・サム、お前が・・・・聞いたからだ・・」
「?・・何を・・」
「・・・・・・」
キュっとその赤い唇をきつく噛み締めて、ディーンはサムから視線を逸らす
「・・ウェザリーが・・・言っただろ・・俺を・・・」
「ぁ・・ああ・・・・・でも・・」
前科者と、確かにサムはウェザリーがディーンを呼ぶのを聞いていた
だが、そんな筈無いとそう気にも止めていなかったが、サムが肯定するのを聞いたディーンの体からは力が抜けよろめくように椅子に座ってしまった
「っ・・・ディーンっ」
サムもそんなディーンの前に慌てて膝を付き、俯く彼の顔を覗き込む
確かにあのキーワードは引っ掛かるが、こんな状態の彼を前にしたらどうでもいい事のように思えてくる
「ディーン・・確かに僕は聞いたけど、たとえ真実でも理由がある筈だ
・・だから奴等の言う事は信じないよっ・・僕に必要なのはあなたの言葉だけなんだ」
「・・・・・」
「ね?・・僕を信じて・・」
サムはどうにか安心させようと、必死になってディーンが祈るような形で組んだ両手を自分のそれで包み込み、優しく撫でる
だが直ぐディーンはそれを振り払い、緩く頭を振った
「・・・・・何度も・・・・携帯にお前から連絡が入って・・
ボビーからも・・お前がコンビ解消を訴えて来てないって聞いてた・・・だから俺は・・」
「だからっ!、来てくれたんだろ?・・そうなんだろ、ディーンっ」
「・・そうだよっ・・少しは期待した・・・・だけどっ
でももう・・信じようとして裏切られるのは真っ平なんだっ、何度も何度も・・・同じ事を繰り返すのはっ
・・お前だって嫌だろっ?・・・俺が・・ここに居られるような人間じゃないって分かったんだからっ・・」
「・・・・・」
漸くサムは、ディーンの悲しみを理解した
彼は過去に何か、大きな傷を負っている
特殊な能力を恐れられたり、懐疑的な人々の思いに晒されたりするだけではなく
「・・ディーン・・・昔、犯罪を・・?」
刑事達があれほどまでにディーンを排斥する理由
それが、彼の過去にあるとしたら
そしてそれがあの力故であるとすれば、その可能性は一つ
「・・っ・・」
ビクンっと反応する彼の姿を、サムは大きな心の痛みを感じて見つめる
「逮捕された・・?・・それは・・・あの能力のせいで?」
「・・・・・・・」
「・・霊が入った状態で、人を傷付けた?・・・・そうなんだね・・?」
「立って、ディーン」
やがて沈黙によって全てを肯定し、諦めたように黙り込んだディーンを前に、サムは言った
そして咄嗟に驚いて顔を上げた彼の体を引き上げると、力いっぱい抱きしめる
「っ!・・サ・・サムっ・・何をっ」
抵抗を封じて自らの腕の中に閉じ込め、丁度頭一つ下の彼のつむじにキスを落す
「・・っ・・」
「ディーン・・僕は君が好きだ」
「・・なっ」
「これは冗談じゃない、こんな場面で冗談なんか言えないよ」
サムは呆然とするディーンに、優しく微笑んでやった
「・・・・・・」
「・・ね・・・・・捜査を始まる前に言った事、ちゃんと覚えてるよ
『俺に何かあったら、迷わず撃て、警告は無意味』、だったよね?
あれはディーンが誰かに何かされたら、て意味じゃなかった・・ずっと僕はそう思ってたけど
あれはディーンが・・・体に霊を入れたディーンが何かしたら、って意味だった・・・そうなんだよね?」
「・・・・・・・そう・・だ、サム・・・・
でも・・・昔の事件の事は・・俺の口からは言いたくない、だから・・・」
「・・いいんだよ、言いたくなったらでいい
それに大丈夫・・これからはちゃんと僕が側でディーンを見てる・・・だから、もう何も起こらないよ」
するとディーンは戸惑うようにそろそろと体を離し、サムを見上げてきた
「・・・お前・・・・本当に・・?・・・前科が有るって分かってもまだ、俺と一緒にやりたいのか・・?」
「うん」
揺れる綺麗なグリーンに写る自分の顔に、サムは頷く
「でも、サムっ・・」
だがまだディーンは不安なのか、探るようにサムを見ている
「・・それより・・返事は?、ディーン」
だからサムは、一つ深呼吸をしてニッコリと笑顔を作ってやった
「?・・・ぇ」
「僕の告白に対する返事を、まだ聞いてない」
「・・・・・・・・こ・・」
告白?と、ディーンの唇が声を出さずに動き、固まったままその頬だけが徐々に薔薇色に染まってゆく
「もちろん僕が言ったのは友人としての好き、じゃないよ・・・・分かってるよね?」
「・・・・・・」
暫くパクパクと動く彼の唇を見ていたサムだが、やがてディーンは踵を返すと、この部屋に入ってきた時と同じくらいのスピードで走り去ってしまった
「・・ぇ?・・・ディーン・・・・」
今度はサムの呆然とする番だったが、暫くそうしていると何が起こっているのかと同じように驚いた顔でアッシュが近寄って来る
そして、たった今まで腕の中にディーンを抱いていた格好のまま固まっている状態に全てを察したのか、頭をボリボリ掻きながら呆れた顔でポツリと呟いた
「サム、お前・・・・俺は子兎ちゃんを巣穴から引っ張り出せとは言ったが、手を出せとは言ってないぞ」
「お前なぁ・・いきなり告白なんて、強引だろっ」
「・・・はあ・・」
ディーンが走り去った後再び検死室でのお茶会となって、サムはアッシュに説教を食らっていた
アッシュのディーン観が特殊なのか本当は彼がそんなに可愛く可憐な性格なのかはまだ良く分からないが、どうやらアッシュ曰くサムは繊細な彼を酷く混乱させてしまったらしい
「いいか?・・今のディーンは怯えた可哀想な子兎ちゃんだぞ?
大丈夫いい子いい子って、撫でてやるくらいが限度だ
・・それをいきなり犯らせろって、お前・・・そりゃピョンピョン跳ねて逃げちまうに決まってるっ」
「ちょ・・っと、待ってくださいよっ・・僕、そんな事言ってませんっ!」
「お前が告った『好き』ってのはそうゆう意味で、なんだろ?・・・じゃ、同じだよ」
「・・お・・・同じじゃ・・・」
まさかと思うがディーンもそう感じていたどうしよう、とサムは大きな体を縮め、ションボリしてコーヒーを啜る
だが暫くそんな姿を見ていたアッシュは溜息を一つ付き、思い直したようにサムに言った
「・・でもよ・・そのくらい押しが強い方が良かったのかもなぁ・・
あんな顔したディーンを見るのは初めてだし・・・これからも組ませてくれってのは伝えたんだろ?
・・お前は奴の前科を知っても気にしないって・・・・言ったろ?、とゃんと」
「ぇ・・ええ、もちろん・・」
「ふぅん・・・・・・・・まあ、A検定ステップ1は合格・・かな」
「・・なんですか?・・・そのステップ1って・・」
アッシュはサムに人差し指をたててニヤっと笑う
「そりゃ、俺の子兎ちゃん保護許可基準だよ」
「・・・・・」
「・・・もっと喜べよ、初合格者だぞ」
「・・・はあ・・・」
サムはその言葉を、ドボドボとお代わりのコーヒーを注いで貰いながら嬉しいのか悲しいのか分からないまま、ぼんやりと聞いていた
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