Automatism 8
「まず・・この力についてからだな・・」

「うん」

サムはディーン助手席に乗せた車で署を離れ、コ−ヒ−を二人分買ってからセントラルパ−クの中にある湖の側で車を停めた

「・・・・」

爽やかな風を感じ揺れる水面とスコットランドの城を模した美しい建物を眺めながら、初めて一緒に現場に向かったあの日より数段柔らかい表情で隣に立つディ−ンが懸命に言葉を探すのを、辛抱強く待つ

「・・力自体は・・餓鬼の頃からだと思う・・でも捜査にこの力を使えると知ったのは、
 この前みたいに何も証拠が出ない事件で死体と向き合った時だ
 昔から妙な声が聞こえたり変な物が見えたりしたけど・・
 俺の方から積極的に彼等に語り掛けたらどうなるかって」

「それで・・被害者しか知り得ない話が聞けた?」

ディ−ンはコクンと頷いた

「最初は上手く聞き取れなかった・・そうしたら俺の中に入って体を借りて話した方が早いと言われて
 ・・・一緒に居たアッシュが、死者からのメッセージを聞き取ってくれたんだ」

「・・アッシュは初めての、その瞬間に立ち会ってたんだね・・」

「ああ・・あいつは変わってるが度胸があって・・考え方が柔軟だったから・・・良かった」

「確かに彼なら少しも怖がらないで
 これで事件が解決するならいいじゃないか、とか平気で言いそうだね・・・もちろん僕もだけど」

サムはその場に居たのが心霊関係に理解が有る信頼出来る友人で良かったと心底思い、ディ−ンに微笑みかけた

するとディ−ンも、微かだがその魅力的な唇の端を上げて初めての表情をサムに見せてくれて、うわ笑った、と、サムは内心飛び上がりそうになる

「・・っ・・で・・暫くは順調だった?」

懸命に動揺を隠して咳ばらいし、平静を装い話の続きを促す

「・・ああ・・ずっと問題無かった、何年も
 俺の意思で霊の出し入れが可能だったし、俺の方法が常に彼等より立場が上でコントロール出来てた
 だから油断して、慢心の気持ちがあったんだと思う・・・・・あの事件までは・・」

サムは核心に迫った話に、思わずゴクゴクとバニララテを飲み干す

「そ・・その時だけ、コントロール不能になって・・それで・・?」

「・・そう・・・・強い霊だった、とても・・・無念だったろうし・・それに、彼は・・・・・・」

「それに?、何?」

突然黙り込んだのに心配して横を見れば、ディ−ンは誤魔化すようにコ−ヒ−を飲み首を振る

「・・・・いや・・それだけだ、その時の記憶も・・よく覚えてない
 気付いたら血まみれの犯人と・・同僚の刑事が倒れてた・・」

「・・ぇ?」

サムはディ−ンが警察関係者まで傷付けたとは初耳で、思わず聞き返してしまった

「霊に乗り移られた俺は・・手にしていた銃身で殴ったらしい、撃たなかったのはせめてもの幸いだった
 刑事はそれを止めようとして酷い怪我をした・・そのときの俺は信じられない程強い力だったらしいから」

そしてディーンは、さっき見ただろ?とサムに聞き、署の建物が有る方向を向いた

「あの血塗れの銃・・・俺が刑事だった時に使っていた物だ
 ・・忘れない為に・・・戒めの為に、今でも手元にあの写真を持ってるんだ」

「・・・・・」

サムは、その事件でだけ彼の意思が完全に霊に支配されてしまった理由が何か有るのではと感じたか、過去の心の傷に俯くディ−ンにそれ以上は原因を追求出来なかった

「・・でも・・心神喪失や・・その・・他の方法で裁判を切り抜けることは出来たんじゃないの?
 どうして意識が無かったディーンが、責任能力を追求されたのかが分からない」

「それは俺が弁護士が勧める精神鑑定を拒んで、全てを認めたからだ、サム
 ・・当然の罪だと思ったから・・・こんな事をした俺の・・・」

哀しそうに水面をつめるディーンの姿に、サムは心が痛んだ

そしてその彼の苦しみが今尚周囲に理解されず許されていない事も、サムを遣り切れない気持ちにさせる

「だけど、もう・・その罪は償ったのに
 その事件での負傷者に仲間が居たから、刑事達はあなたをあんなふうに言うの?・・それって・・」

「・・俺が傷付けた刑事は、もう元の職場では働けなくなった」

サムは、やがて顔を上げたディ−ンの頬に、涙が一筋流れ落ちるのを見た





「俺は彼の腕の骨を・・・粉々に砕いたんだ、サム」




























「・・!、事件だっ」

サムがディ−ンの言葉に呆然としていると、突然車の警察無線がけたたましく鳴り響き、二人は即座に乗り込み車を発進させた

「・・ブルックリンで4階アパートから銃声」

「多分・・刑事達今日は出払ってて、俺達が一番乗りだが
 犯人がまだ居るかもしれない所に一人じゃ危険だ、サム」

「一人って、どうして?・・二人だよ?」

「銃を持ってる人間、しかも刑事が、だよ・・俺はどっちでも無い」

だがサムは近くに他の刑事車輌が無い事をナビでもう一度確認しても、サイレンを取り付けアクセルを踏み込んだ

助けを求める人が居れば、危険でも一人で踏み込むつもりだ

「・・・・・」

ディ−ンも元刑事として同じ気持ちなのか、案じる気持ちを表しただけで納得したように黙り込み、止めようとはしなかった









やがて通報が有った住所に着けば、幸運にも丁度警官が二人踏み込むところ出くわした

「待て、僕が先に行く・・ディーンは車に残ってて、危険だ」

「っ・・馬鹿言うな、サム・・俺も行くっ」

当然予測した通りディーンは言い張り、サムは足早にアパートの階段を駆け上がりながら警官に彼を一般人だと説明して警護を頼んだ

だがどうにも刑事しての昔の意識がそうさせるのかティーンはサムの背後にまで何時しか前進して来ていて、ドア静かに開けて侵入するのも警官達を押し退けて通常の刑事の位置取りだ

サムは声を出さずに、目と唇の動きだけで彼に伝える

 <もっと下がって、犯人がまだ居るかも>

入ってすぐ見えた、頭を撃ち抜かれたのか大量の血溜まりの中の死体がピクリとも動いていないのに恐らく即死だろうと判断したサムは、
壁際で銃を構えたままその遺体に背を向けて、奥の浴室へと向き直る

だが背後から死体を覗き見ていたディーンは、サムを突付いて止めて来た

 <待て、サム・・なんか変だ>

 <?>

 <どうしてあんな所に棚が?>

確かに部屋の真ん中、死体のすぐ横に置かれた棚は斜めに曲がり、不自然な位置に有る

見れば絨毯には60センチほど横の壁際に棚の跡が残っており、以前はそこに置かれていたと分かった

「・・・・・」

その現場に漂う不自然さをサムも感じて聞いたが、最初から自分が犯していた大きな間違いに気付かぬまま、何故か執拗にディーンが注意を向ける遺体の方向とは逆に銃身を構え、進む






そして数歩、歩いたその時








「っ!・・サム、危ないっ!!」

突然凄い勢いでディーンに突き飛ばされるのと同時に、一発の銃声が二人を掠めた





「なっ!?・・」

続いてサムの耳には、後から入って来ていた警官が発砲する音が数発とさっきまで死体が有った場所からの応戦する音が交錯する

「・・まさか・・」

そして大きなデスクの陰に突き飛ばされ、自分を庇う様に覆い被さったままのディーンに遮られて見えなかったが、サムの位置からはもう一つの死体が確認出来た

それは不自然な位置に置かれた、棚の裏側

そこには、頭を撃ち抜かれた本当の被害者の死体が隠されていた

「っ・・畜生っ、あいつがっ」

すべてのからくりが分かり慌ててディーンを抱きながら身体を起こせば、もう自分を被害者に偽装していた犯人は正当防衛で射殺され再び血の海に突っ伏している

つまり死体を隠した犯人は、自分が殺した男の血溜まりに死体のふりをして寝転び、駆けつけてきた警官までも殺そうと待ち構えていたということだったのだ









サムは警官に事件現場状況の通報を依頼すると、改めてディーンの全身を確認した

すると彼は痛そうに顔を顰めて足首を回していて、それによく見れば足首だけでなく上着には弾が掠った痕まで有った

「ディーンっ、怪我を!?」

「・・馬鹿・・騒ぐなよ、ちょっと挫いただけだ・・平気・・」


あの時

彼は、自分の身体を盾にしていた

確かに、自分の身体を弾とサムの間に入れて、庇っていた

「・・・・・・」

サムがショックで黙ったままでいると、ディーンは彼の位置からは見えなかったであろう本当の被害者の死体の方向を指差した

「最初死体だと思い込んだ奴じゃなく、こっちから声がした
 目の前に居るのが犯人だ、って、芝居をしてるんだって声が
 そしたら、直後奴が起き上がるのが見えて・・・お陰でお前を助けられた」

よかったよ、と安堵した表情で張り詰めていた息を吐き出したディーンだが、サムは納得いかないままだ

「・・よくないよ・・どうして僕を庇ったりしたの?」

「どうして・・って、お前に何かあったらどうするんだよ?」

「っ・・それはディーンだってそうだろっ?、もし撃たれたりしてたらっ?
 僕を庇って・・もし・・・・死んだりしたらっ?!」

自分が当然のようにした行いにサムが不満を訴えるとは思っていなかったのか、ディーンは驚いた表情でこちらを見上げている

「・・サム・・俺はいいだろ?・・・・俺はいいんだよ、もう・・どうなっても、だから・」

「っ・・そんなこと、言うなっ!」

「言うなって言っても本当の事だっ
 お前は愛してくれる家族だって居るんだから・・どちらか死ぬなら俺が死ぬべきだっ!」

ずっと堪えていたサムの中の何かが、その言葉でプチンと切れた

「・・黙れ」

「っ!、なんだってっ?!!」

「黙れって言ってるんだよっ!!、この馬鹿ディーンっ!」

「っな・・・・っ!」

サムはディーンを奥の浴室に引っ張り込み、それが仮にも昔刑事だった先輩に対する言葉使いかと叱る為に開いたであろうディーンの唇を、警官の目を盗んで思い切り奪ってやった

もうこれ以上自分を卑下する言葉も軽んじる言葉も聞きたくないと、目の開けたままで彼の反応を伺えばグリーンの綺麗な瞳は大きく開かれ、驚きからかその身体は硬直して固まったままだ

「・・っ・・んっ・・・」

そのままサムはディーンの反論を完全に封じる為に、口を大きく開かせて舌を捻じ込む

ビクビク怯えるように引っ込んだ彼を絡めて誘い出せば、やがてディーンの身体からは力が抜けその潤んだ目はギュっと閉じられる

そしてもう分かったからと意思表示する力無いディーンの手も無視してサムは存分に彼を味わい、最後には呼吸困難になって縋り付いて来るまで離さなかった

「・・・・」

ゆがてはぁはぁと荒い呼吸のディーンを前に、途中から当初の目的を逸脱した自覚はあったサムは浴室を出る前にもう一度軽く彼の髪に口付けて、ふら付く肩を優しく抱いてやって部屋を出る






直後、そこに他の刑事や科学捜査班が来る気配に追い立てられるようにして、二人はお互いの顔を見ず黙ったままで車に乗り込むと、早々に現場を後にした







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