Automatism 9
「ぉ・・怒ってる・・?」

「・・・」

他の刑事と顔を合わせたくなくて現場から逃げるように乗り込んだ車の中で、ディ−ンは暫く何も言ってくれなかった

だが長い赤信号に捕まり停車すると、チラリとその綺麗なグリーンが漸くサムを見る

「お前・・昔からゲイなのか?・・俺が好きって、ああゆう意味でなのか?、本気なのか?」

「えっ?・・えっと・・ノ−にイエスと、イエス」

そんなに一度に質問しないでとサムは慌てて答えるが、潤んで赤くなったディ−ンの目が穏やかではないのに気付く

「もしかして、ディ−ン・・そうゆう意味じゃないと思ってた??、この前の告白・・」

「・・・・・ぃゃ、そうじゃない・・・・でも・・」

「ああゆうのまでは・・迷惑?」

さっきのキスにディ−ンも酔っていた感じが確かにあったのに、何やら考え込む彼にサムの不安が増す

自分の告白に対しても即座に拒絶せず頬を赤らめて逃げ出たから脈ありと思い込んでいたのだが、事態は楽観視出来ないようだ

「・・・・・・」

「ディ−ンっ」

沈黙に耐え切れないサムが信号で停まったのを見逃さず体ごと向き直れば、ディ−ンは両手を広げて見せた

「っ・・もう、この話題は終わりだ」

「なっ・・なんでっ!?」

「いいから署に戻って俺を降ろせ、夜はお前だけでやれよ」

「ま・・ちょっと待って、ディーンっ・・話を・・」

「話はいいっ」

サムが焦って道端に停車させようとしても横から伸びた手が無理矢理ハンドルを戻してしまい、揉み合いながらフラフラ走る車がどうにか警察署に辿り着くと、サムが止める間も無くディ−ンは飛び出して行ってしまった



「・・・・・・・・はぁ・・」

まだキスは早過ぎたのか?、とサムは深く反省し、一人夕闇迫るニューヨ−クの街へと再び車を走らせて行った



























どうしたらいいか分からずプスプス燻ったままのディ−ンが検死室に戻れば、早上がりのアッシュがちょうど帰り仕度しているところだった

「お・・ディ−ン、早いご帰還だな・・もう終わりか?」

「・・・・ああ、後はサムに押し付けた・・」

「なら・・・これから飲みに行かないか?、久しぶりだろ」

ディ−ンが怠け者な訳ではなく霊との対話や交信、またそうしようと思わなくても地縛霊や浮遊霊を追い払うのに酷く精神力を削られ疲れ切ってしまうと知っていたから、定まらない勤務時間もアッシュは気にする様子は無い

「・・行くよ・・でも、ちょっと待っててくれ・・」

「・・なんだか今日も疲れてるみたいだな、またやったのか?」

「それもある・・・でも、それだけじゃなくて・・色々だ・・」

ディ−ンは他にも悩みの種が有ると呟き、アッシュがいい子いい子とふざけて頭を撫でて来る手を避けながら、何時ものクラブへと向かった

























それから3時間後取り立てて騒ぐ程の事件も無いまま、サムは一応の勤務時間を終えて署に戻って来た

すると絶妙のタイミングで、携帯にアッシュからメールが入る

店の名前と住所、そしてディ−ンも居るが一緒に飲むかと言われれば、当然サムは一目散に荷物を持って署から飛び出した



やがて着いたそこはかなり想像とは違う騒がしい若者向けのクラブで、そして何より引っ掛かるのが明るく上品な雰囲気は良いのだが、思い切り客をゲイだけに絞った店だという点だ

何気に不機嫌な表情でアッシュに教えられた通り彼の名前を入口の店員に言えば、途端に丁寧な対応に変わり案内付きで暗い通路を進んで、通されたのは俗に言うVIPル−ム

「よぉ・・来たか、サム」

「・・・・・・・」

中には目の前のテ−ブルに幾つものグラスを並べたアッシュと、その横のソファの上に靴まで脱ぎすっかり丸くなっているディ−ンの、たった二人だけ

「驚いたか? ここは昔起きた難事件を解決してやったらオ−ナ−が感謝して、
 それからというもの、俺達は何時来てもこんな待遇なんだよ
 だからゲイバーだって事に深い意味は無いからな・・・・ほら、納得したら座れって」

部屋は広く幾つも空いたソファが有るのだがサムは落ち着かずアッシュの横に座り、ディ−ンを窺い見る

「・・寝てる?・・一体どれだけ飲ませたの?」

「ビ−ル2本、ディ−ンはそれだけでこんなだ」

「・・うそ・・」

時折ダンスフロアから漏れる点滅するライトに反応してぴくぴく瞼が動くから完全に意識が無い訳ではないようだが、まだサムが来たのにも気付いてない

「随分疲れてるらしいしな・・・・・今日もやったんだろ?」

「・・ぇ・・やった・・って・・・・・キス?」

そんな事までディーンは報告したのかとサムが慌てて尋ねると、アッシュは目を剥いて叫んだ

「キスじゃねぇよ、この馬鹿っ!!・・お前の頭の中は万年ソッチの事だけか?!!」

「えっ?・・・・って、シィィーーっ」

その大声にうう〜んとディーンがぐずり、二人は慌てて声を潜める

「・・ぁ・・・・キスのことじゃなかったんですね・・・?・・・」

「・・当たり前だっ
 霊と交信したのかって聞いたんだろ・・だからディーンはこんなに疲れてるのかって・・」

「・・ぇ・・霊の声を聞くって・・そんなに疲れるんですか・・?」

アッシュはそれだけではなく、他の心霊にも過敏なディーンの生活がいかに彼に負担を掛けているかをサムに教えた

「・・ヤバイ・・・・じゃ、僕は・・疲労困憊でヘロヘロのディーンに無理矢理・・」

「無理矢理キスしたのかよ?・・・・・まあ・・無理矢理も時には必要だからな
 本人も全く嫌って感じでもないし・・・もしかしたらもしかするかも・・・」

そして俺の可愛い兎ちゃんをモノにしちゃうのかこの野郎と、アッシュがふざけてサムの首を絞めサムも暴れ始めると、流石にそのガタガタという音にディーンの目が半分開いた

「・・ぅ・・うぅん・・・・何・・やってんだ・・?」

「ぁっ・・ディーンっ」

「・・・サムぅ・・?・・何時の間に・・・」

急いで二人は子供のレスリングごっこのようになりそうだった体勢を整え、コシコシと目を擦るディーンに向き直る

「いやさ、俺が呼んだんだよ・・お前もう眠そうだし、サムに送らせようと思ってな」

アッシュはすかさずサムにウインクしながら、ディーンに言った

「えっ??・・・送るっ?、僕が?」

「・・・・ぅん・・もう帰る・・サムぅ、連れてけぇ・・」

抱っこ、と手を伸ばしてくるディーンに慌てるサムに、アッシュはこっそり耳打ちして来た

「サム、チャンスは逃すなよ・・・今夜のディーンはえらく酔ってる」

そしてその言葉にゴクリと唾を飲み込んでディーンを抱き上げたサムは、至近距離に近づいて感じる彼の匂いにクラクラしながら、急いで車へとその愛しい人を運んだ




















だがいくらディ−ンが酔ってるからといって、自分が素面のまま送り狼になれる程サムは悪人でも獣でもなかった

それにクラブで早々に寝込み車の中でもス−ス−寝息をたてていたディ−ンは、ちょうど家に着く頃には酔いも少しだけ治まりどうにか支えられれば歩けるようになっていて、ある程度のまともな会話も可能なのだ

「ここ?」

「・・ぅん・・」

アッシュに教えられたディ−ンの家の住所を見た時に想像した通り、酷く治安の悪そうな古びたアパートが立ち並ぶ一画に車を停めるものの数十分で盗まれそうだと周りを見渡すが慣れたディ−ンはもう壁伝いに無防備にフラフラ歩き出していて、サムは急いで後を追う

靴音が大きく響く外階段を上って、ふらつくディ−ンのポケットから鍵を探し出しドアを開ける間も後ろを警戒していれば、腕の中の彼に小さく笑われた

「この・・煩い階段の良いところは・・誰かが来るかが全部分かることでぇ・・」

「そう・・みたいだね」

まだしっかりした言葉使いではなかったから、慌ててしっかり支えるようにして部屋に入るとそこにも塩のラインが有り、窓から差し込む明かりで無数の呪符が壁に貼られているのがわかった

「・・すごい・・」

「・・んん・・?」

暗くても分かる自分の部屋で、ボフっとソファに倒れ込んだディ−ンは、そのまま俯せでクッションに懐いている

恐らく霊の影響を過敏に受ける彼がこの空間でだけは何者にも侵されず安心して休みたいと願っている分だけ、その霊的防御体制は過剰なまでに完璧だった

だが何も知らない人間がこの部屋を見たら頭がイカレた男だと思うに違いなく、サムはディ−ンの孤独を改めて胸が痛くなる

「・・・・・サム・・?」

「・・ぁ・・ああ、居るよ、ディ−ン」

暗闇の中暫く続いた沈黙に不安そうにディ−ンが自分の名前を呼ぶのに愛おしさを感じ、サムは最後まで面倒をみてやろうともう一度彼を抱き上たる

「ほら、こんな所で寝たら首が痛くなる・・ベッドは?」

そう聞いてみたものの2部屋のみの間取りでは何処かと探す必要もなく、サムは奥の小さな空間へとディ−ンを運んでやるとベッドサイドに膝を付きスニーカーを脱がせる為靴紐を解き始める

「・・サム・・」

やがてずっと何も言わなかったから眠ってしまったかと思ったディ−ンが、その時小さくサムを呼んだ

「寝ていいよ、鍵は僕が外から掛けておく・・それで明日の朝は迎えに来るから」

「・・・いいのか・・?」

漸く両足とも靴を床に落とし終え、サムは顔を上げる

「いいよ、もちろん」

「・・違う・・・・このまま帰って・・・それでいいのかって・・・聞いたんだ・・」

「・・ぇ・」

見れば月明かりにディ−ンの白い肌は銀色に輝き、そこに陰を落とす長い睫毛の下には赤く色付いたふくよかな唇が完璧な陰影を作り出していた

振り返りこちらを見ている今のディーンは、まるで月夜にだけ会える妖精みたいに美しい

「・・そ・・それって・・その・・・」

途端に喉の渇きを感じ、サムはゴクリと唾を飲み込む

「・・・・・・」

だがそんな事を聞いて来たくせに、ディ−ンは次の瞬間には躊躇うようにモゾモゾと寝返りを打ち顔を背け、ギュっとシ−ツを握り締めた

「・・ディ−ン?」

「・・・・・・悪い、サム・・・自分でもよく分からない・・どうしたらいいのか・・」

サムは張り詰めていた息を吐き出し、迷っているらしきディーンを安心させるように両手を広げて見せた

そんな事だけが目的じゃない

好きといった意味は、まず心だ

繊細で純粋で、それでいて強いディーンの心

「いいんだっ、いくらでも待つよ」

今日の性急な行為で誤解を受けたのかも知れないが違うのだと、サムは慌てて言った

「多分・・お前のことは好きだ、サム
 ・・・・だから・・・お前の望みを叶えてやるべきかとも思う・・・でも俺はそんな・・」

「ディ−ン、それは違うっ
 僕がどう思っているかじゃなく、自分の気持ちに従ってくれればそれでいいんだ
 ・・・今日は無理強いして、本当にごめん」

「・・・・・」

「・・もう帰るよ、おやすみ」

ディーンが小さく首を振っているのに安心して、サムは彼に背を向けた




「サム」

だが部屋を出ようとしたところを再び呼び止められて振り返れば、ディ−ンはこちらに手を延ばしている

「キスしてくれ・・お休みのキス」

「・・・・・」

サムはそっと近寄り、米神から頬を優しく撫でて目を閉じたディ−ンに静かに口付ける

そしてそのまま毛布を引き上げて安心したように眠りに就くディ−ンに、もう一度お休みを言ってから、サムはその部屋を後にした







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