Automatism 10
次の日の朝、すっかりディーンの相棒となったサムは、約束通り部屋へと迎えに来てくれた
起きたばかりで片方の目だけしか開かずベッドの上でぼんやり座っていたディ−ンは、ノックしてから鍵を開け遠慮がちに寝室を覗いてきたサムと照れくさい気持ちで顔を合わせる
「おはよう、ディ−ン」
「・・ん・・おはよ・・」
見ればサムの手には紙袋が有って、コ−ヒ−の良い香りがしている
「これ朝ご飯、二人分有るから」
「・・・ん」
ありがとうとか悪いなとか、いくら先輩といえども御礼を言うべきだなのだが寝起きの悪いディ−ンは頭も口も回らず、やがてどうにかフラフラと立ち上がって歩き出せばサムは心配そうに体を支えてついて来た
それをシャワーだと言って振り切りポイポイ服を脱いで振り返れば、サムは赤くなった顔を必死で背けていてなんだか可笑しくなる
昨夜の事は酔っていたくせに、やけにはっきり思い出せた
優しく抱き上げたサムの腕の強さや胸の筋肉の硬さ、近づいたからこそ知った彼の体臭
そして迷って躊躇っている自分に、彼が待つと言ってくれた事も
このまま毎日こんなふうに、サムと上手くやっていけたらいいのに
叶わない望みだと思っていてもディ−ンは今だけはそんな未来を信じたい気持ちになって、何年ぶりかで笑顔のまま温かな湯に打たれ完全に覚醒するまでの僅かな時間を、幸せな気分で過ごした
その日はずっと平和なニューヨ−クシティだったが、夜になって強盗殺人の通報が飛び込んで来てディーンはサムを急かしてダウンタウンへと急いだ
着けば現場はある小さなバ−でカウンターの前で撃たれたバーテンダーの女性が絶命し、唯一事件の全貌を目撃していた用心棒の黒人男性が事情聴取を受けているところだ
「サム・・見ろ、マイケルが居る」
「あそこに俺達が行ったら、お前達は帰れって言われるかな・・」
一足先にマイケル・ウェザリーが一人で駆け付けて居るのが見えてそれにディーンは追い払われるのを予想して急いで背を向けたが、丁度その時一台のパトカーがそのバ−に横付けされるのを見て振り返る
「・・もう、容疑者が捕まったのか?」
「まだ10分も経ってない・・早かったね」
だが、すっかり部外者の立場で黄色いテープの外側から見物していた二人は、パトカーから警官によって無理矢理引きずり出された緑色のパーカーを着た男の顔を見て顔色を変える事になった
何故なら、そこで拘束されていた男はマイケルの相棒、ニューヨーク署の刑事のジム・メイヤー本人だったからだ
「っ・・嘘だろっ?!」
「・・うそ・・」
私服警官に後ろ手に手錠を掛けられ突き出された彼を見て、サムの口からもディーンと同じ言葉が漏れる
例え自分に冷酷な態度を取って来る相手でも一応は刑事仲間で警察関係者だから彼が強盗殺人を犯すなど考えられず、何かの間違いだと唯一の目撃者が否定するのをディーンはサムの傍らで待つが、目撃者の用心棒は少しの躊躇も無く頷いた
そして二人とマイケルの目の前で目撃者の黒人は確かに犯人だったとはっきりした口調で証言し、更に警官がジムのポケットから押収した証拠品の札束を見せる
「白人で180センチの身長、グリーンのパ−カ−、盗まれたのと同額の金に目撃証言・・全て一致します」
警官が確認をとっても相棒のマイケルはショックでそれが耳に入っていないのか、少しも動こうとしない
「・・・・・ぅそ・・だ・・」
「ウェザリー刑事!、署に連行します・・よろしいですね?」
「・・・・・ジム・・お前・・が・・?・・」
そしてその時、ついに耐えられなくなったジムがマイケルに向って叫んだ
「マイケルっ、これはなんだ?・・どうなってるっ!!
俺はやってないっ!・・この警官もその男も誤解してるんだっ!!、助けてくれっ!」
「・・まずいっ」
やがて呆然としていたマイケルが警官に押さえ込まれるジムの方に走り寄るのを見て、ディーンは急いでロープを潜った
「・・っ、ディーンっ!?」
後ろから驚いたようなサムの声が聞こえていたが、ディーンはそのままマイケルを羽交い絞めにして止める
「やめろっ、マイケルっ!・・ここで暴れるな、彼に今後不利な状況になるっ!」
「っ・・お前っ、Dかっ!?・・・離せっ・・ジムがっ・・ジムがこんな事するわけないんだっ!!」
酷く取り乱して口汚くディーンと私服警官を罵り、そのやり取りを見てサムは急いで彼等の間に入り署への連行を命令するが、その間もマイケルは走り去る車から目を離さない
「っ・・分かってる、マイケル
だが同じ部署の刑事が容疑者になれば、関係者はその事件に手出し出来ないっ」
「容疑者っ?!、容疑者だとっ!!」
「や・・やめてください、ウェザリー先輩っ!」
普段そう肉体派ではないマイケルだがその力は強く、サムも加勢に入って漸くディーンは荒い息をつけた
「マイケル・・動揺するのは分かる、でも今は冷静になる事がジムの為だ・・」
「お前・・なんかにっ・・何がわかるっ!・・・お前・・なんか・・に・・っ・・・」
「・・・・・わかるさ」
やがて無理矢理マイケルを車に押し込み自分達の車に戻りながら小声で呟けば、サムが複雑な表情でディーンを見た
そして微かに微笑み、頷いてくれた
二人は署に連絡してボビーに詳しく今のジムとマイケルの現状を伝えると、次に通報が入ったタイムズスクウェアで起きた殺人事件の現場に向い一人の白人男性の死亡を確認した
そこは小窓からコインを向こう側に入れその時間女性の淫らなダンスを覗き見て楽しむ店で、死体はその小さく箱のようなスペースで下着一枚で死んでいる
腕と脚の指の間には注射器何度も刺した痕があり、ただの麻薬の過剰摂取かとも思われたがその死体については何かがディーンの中で引っ掛かり、店長のピーキング・トムと名乗る軟派そうな男に話を聞いたが有力な情報は何一つ手に入れられないままその場を離れた
そしてその後署に戻ると、傍でディーンが居て話を聞いている事にも気付かない程、その日の刑事達の間にはジムが容疑者とされた事件に対する動揺が走っていた
相棒だったマイケルは言うに及ばず仲の良かったゴードンも内部監査官に掴み掛かって捜査に加えろと迫るなど、所長のボビーも彼等を抑えるのに額に汗していて、その隙に科学捜査課の部屋へディーンがサムと入って行っても何の問題も起きなかった
そして表向き同僚の刑事には何も教えられないとしながらも、科学捜査課の一人はこっそり二人にたった今見つけた奇妙な証拠を見せてくれる
それは、先ほどの覗き部屋のある店で発見された死体の肩に付いていた緑色の色素で、間違いなくジムが着ていたパーカーと同色
緑色だった
「やっぱり俺が彼等に聞いてみよう」
「・・ぇ・・やるの・・?」
ディーンが検死室へ向う途中サムに言えば、何故か彼は乗り気な反応を見せなかった
ジムの無実を信じている自分達が、現時点で唯一犯人の顔を確認できる証人の証言と違う結論を導き出そうと思えば、能力を使って死者に直接尋ねるのが一番手っ取り早い方法だと分かっているにも関わらずだ
「やるの?って、それしかないだろ?
バーテンダーは殺される瞬間真犯人を見てるだろうし、あの覗き部屋で死んでた男の体からは緑の色素
もしかしたら2つの事件は繋がってるかも・・誰かが用意周到に計画してジムを嵌めた可能性だって有る」
「でも・・」
「まさか、お前・・・相手があのジムだから、見捨てろなんて言うんじゃないだろうな?」
「っ・・違うよっ、ジムは気に入らないけど・・同じ署の仲間だ、もちろん助けたいよ・・」
慌てて言ったサムに、ディーンは足を止める
「昔・・・まだ刑事だった頃、あいつとも組んで動いた事がある
俺はジムが強盗殺人なんか絶対にしないと信じてる・・いい奴だ」
「・・あんな酷い事を言われても・・?」
裏庭での光景を思い出したのか顔を曇らせるサムに、ディーンは唇を端を少し上げて首を振ってやった
「サム・・あれは酷い事じゃない・・・真実だ」
検死室に入ったディーンはアッシュに頼んで、まずバーテンダーの女から交信を試みることにした
死体の前で軽く目を閉じて、彼女の霊に呼び掛ける
「・・・・?・・」
だが、確かに彼女はこの場居ると分かるのだが、何時ものように会話が成立しない
相手が突然の死で混乱し訴えたい事のイメージが掴めないいというのではなく、何かが自分と彼女の霊の間に立ち塞がっているような感じなのだ
「ちっ・・選りによって・・」
「・・ディーン・・どうしたの?」
だが心配そうにするサムに首を振ると、何でもないと何時もの様に深呼吸をして呼吸を整え精神を集中させる
目を閉じて俯き米神を押さえて、ゆっくりと前後に体を揺らした
脈が乱れる
呼吸が妨げられる
しかし、そのままいくら霊の憑依を待っても、ディーンに彼女の霊体が入り込むことは無かった
「っ・・やめろ、ディーンっ・・・駄目なら無理するなっ!」
より強く念じて彼女を引き寄せようとするがその時間が長ければ長いほど疲労は増し、状態が悪くなるのを見かねたアッシュが声を掛けて止めに入る
「・・っ・・はぁ・・っ」
詳しく知るアッシュは直ぐに強く背中を叩き、しっかりとディーン自身の霊体を納め治してくれた
「・・・・ア・・ッシュ・・・」
「どうしたのっ、ディーン!・・なっ・・何が起こったんですっ?、アッシュさんっ!!」
サムは倒れ込み咳き込むディーンを抱きかかえ、アッシュを見た
「・・落ち着け、サム
たまに有るんだ・・・ディーンが話を聞けない霊、そして体に入れることが出来ない霊
・・何て言うか・・アレルギー反応みたいなもんだ、こうなると・・お手上げだな・・」
「そんな・・」
その後も酷い発作に襲われ続けるディーンは横のシンクで無理矢理吐かされ、サムにそのまま医務室へと運ばれることになった
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