マリア 1
僕はサミュエル・ウインチェスター

この南の島に来て、もう何年経つか分からない



だけどここから見える景色は同じ

変化が有るとすれば、それは育ってゆく草木や時折行過ぎる風変わりな昆虫

激しく降って突然止む雨に、同じく気まぐれな風

それくらいのものだ



だから僕はここに寝そべって、たっぷり有る時間をただ一つの事を願って過ごす

それは




それは、話すと長くなるけど

聞いてくれる?








































僕の父のジョンは、神父をしていた

僕が生まれる少し前に、まだ情勢が不安定なアフリカのあの小さな国に妻と長男を連れて移り住んだのは、布教の為

後に見た父の日記には苦しむ人々にこそ神の教えが必要だと書いてあったから、当時そんな決断をしたのもただ純粋に信仰心に突き動かされての行動だったのだろう

だが、たった6年後、暴動の夜に両親は無残に殺された

幼かった僕はそのショックで前後含めて2年以上の記憶を失ってしまったが、例えその時もう大人になっていたとしても犯人など捕まえられなかっただろう

旱魃、貧困、疫病

それらが絡み合うあの国では、悪の力が全てだ




そして、僕のたった一人の家族として残った、兄のディーン・ウインチェスター

彼は僕が物心付いた時にはもう、その力を持つ側の人間になっていた

何故か、人種も文化も違う、あの国で




























「サミー、元気にしてたか?」

そんな言葉と共にフラリと、何時も唐突にディーンはやって来た

父と同じく神父になった、僕の教会にも

「ディーンっ、ここには来るなって言っただろ?!」

昔孤児院に居た僕を訪ねて来た時と同じ台詞だが、もう子供ではないから僕は喜んでディーンに抱きついたりしない

それどころかディーンの後ろにはギャングの取り巻きが数人何時も付いて来て、怖がって教会の中に居た人たちが出て行ってしまうのが酷く迷惑なのだ

「・・ひでぇな、サミー・・教会ってのは誰が来ても歓迎する所だろ?
 そして神父ってのは、誰の懺悔でも快く聞いてその内容を墓まで持って行く・・それが仕事」

無礼にも神の前で足を机の上に乗せ、暑い暑いとパタパタ動かすジャケットの陰からは黒光りする銃が顔を覗かせていた




そう

彼は罪人だった

最初から

罪人として僕の前に立った




だが、それがどうしてか僕は知ろうともせず、ただ生来のディーン自体が悪だったのだと決め付けた

何故なら、やがて彼がもう一つの大罪までも、犯していると知ったから






























その日、ディーンを見たのは偶然だった

免疫不全に陥って肺炎を起こす、あの不治の病に罹った子供の為の祈りを頼まれてのスラムからの帰り

慢性的に電力不足に陥ってるこの国で、夜唯一そこだけ煌びやかなネオンが輝くような一帯を抜けた富裕層の暮らす地区

その路上で、彼は男とキスしていた

僕の教会が有る地域では滅多に拝めない高級車に押し付けられるようにして唇を奪われ、その体を恰幅の良い中年男に撫で回されてもディーンは抵抗していなかった

それだけでなく死角から見ている僕にまで聞こえる淫靡な喘ぎを漏らし、そして肩を抱かれたまま目の前のホテルに入って行く




僕はその場を動けなかった

直ぐに立ち去るべきだったと気付いたのは、そのホテルの二階の大きく開いた窓から服を脱ぐディーンが見えた時

やがて相手の男は誰かに見せながらのセックスが好みなのか、ディーンを窓の側の壁に手を付かせ後ろから突き始める

ガクガクと揺れる体

命じられるまま大きく上げる声

確かに悦んでいる、声






暴力で人々を支配し、時には子供さえ浚って行くという悪魔のような男達

その中でも一目置かれる、残酷な殺し屋のディーン

容赦無く、顔色一つ変えずに人を殺すという


その罪に、もう一つ項目が加わっただけの事

それだけのこと





だが、僕はよろめきながらどうにかその場から逃げ、途中3回吐いた
































「ディーンは人殺しってだけじゃないっ!
 男と・・男とも寝る、汚らわしい罪人だっ!、地獄に堕ちるよっ!!」

それから少しするとディーンは、ギャング組織の中でもかなり上の地位に上り詰めたのかこれまでとは違う待遇を受けている様子で僕の教会にやって来て、教会所有の飛行機を麻薬の密輸に貸せと言った

軍が国境を封鎖し空港も制圧した今、自由に隣国へ大量の荷物を運ぶにはこの方法しかないのだと

そしてそれに僕が拒むと、当然の如くこの教会を自分の部下が焼き払うと脅す




僕はディーンを口汚く罵りながら、どうしてこんな男が兄なのかと神を恨みたくなった

人々を幸せにする為に父もこの国にやって来た筈

なのに

なのに、ディーンは悪に染まっている

悪に染まって彼等の中で美しく咲く、花のよう




「外で女が売ってたチャリティのマリア像・・今幾つ有る?」

ディーンは脅しに口を噤んだ僕に迫り、尋ねた

そして300だと答えれば、全部買おうと十分過ぎる額の札束を叩き付ける




僕は一瞬迷った

手の届く所に近づいて来た、美しい悪の花の美しさに見とれて

そしてこ頭の中で計算したこの金で子供達の為に買える、膨大なワクチンの数にも




だがやがてそんな僕に、ディーンは静かに告げた




「・・忘れるな、サミー・・・これでお前も、罪人だ」

そして今にも火を放とうとろうそくに手を伸ばしていた部下を引き上げさせ、静かに教会を出て行った







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