半神 1
ある朝
目を覚ますと俺はサムと、腰の部分でくっ付いていた
「・・・・・・・」
こんな状況をボビーの前で、くっ付き双子と言うのではなく結合性双生児だと俺の言葉を訂正したのは目の前のサムだったが、問題は呼び方じゃない
どうして、こんな状態になったかだ
確かに昨日はモーテルのツインの部屋が満室で、ダブルベッドで男二人ギュウギュウに密着して眠った記憶が有る
だが、人間の体は粘着性の物質など分泌してない
そんな事で体がくっ付いて細胞が分裂して筋肉の橋渡しが成されて、その上そこを恐る恐る触ってみればドクドク脈打って暖かいなんて、どう考えても在りえない
「・・・サム、起きろっ・・起きろってっ!」
大変な事が起こったのに暢気に寝ているサムを揺すり起こせば、うう〜んと唸ったサムは目を開けて時計を確認するなり当然のように俺の肩を抱いてガバっと起き上がった
「っ!!・・も〜ディーンっ、遅刻ぎりぎりじゃないかっ!・・起きてたならもっと早く起してくれよっ!」
そしてベッドから下りて、一歩、二歩
歩きづらい
まるで運動会でやる、二人三脚だ
「・・・・」
確かにくっ付いていると実感させられて呆然としたままズルズル引き摺られて洗面所に入れば、直ぐにシャコシャコ歯を磨きだすサムをじっと鏡越しに見つめる
おかしい
何かが確実におかしい
改めて見ればこの部屋は昨日泊まった、モーテルの部屋じゃない
「・・・サム・・あの・・これは・・」
「早く仕度してくれよ、あと10分しかないんだからっ!
何度も言ってる・・ディーンが遅刻したら、僕も遅刻・・分かる?」
苛立つサムに歯ブラシを差し出され、目の前には腰の上だけを前に折り曲げ器用に顔を洗い始める、広いサムの背中だけ
「・・・・」
彼は急いでいるらしい
取り合えず俺は流されるままに、サムとスピードを合わせて身支度を整えることにした
「・・なぁ・・これから何処に行くんだ?・・」
「っ??・・はぁ?」
何故かこの状態に歩き慣れているらしいサムに引っ張られるように道に出て、隣の小さな店で朝食代わりのチョコバーを買っても俺達の体は奇異な目を見られるどころか、馴染みらしき挨拶を受けていた
つまりおかしくなったのは俺の頭で、俺以外の人間は正しいという事か
「ディーン・・・どうしたんだよ?、大学だろ?」
「・・大学・・って・・お前の・・法律の・・?」
「そうだよっ!・・夕方までは僕の大学で、夜は兄貴の仕事・・・・話し合って決めただろ?」
呆れたのを通り越して、サムは心配そうに俺を見ている
「そう・・だったか・・?」
「・・・・・もしかして・・嫌になったの?」
「嫌?」
「ずっと・・ディーンは昼間働きたいって言ってただろ
それを僕が弁護士になりたいからって説得した・・・・今更その話題を蒸し返すなんて・」
「待て、サム」
俺は慌てて手を広げて見せた
よく分からないが、俺は一度納得したらしい
納得した事を、後からウジウジ言うのは大嫌いだ
「いいんだっ、ちょっと・・その・・寝ぼけてただけだっ」
それにサムが大学に進み、弁護士になってまともに人生を送るのは俺の願いでもある
願い?
そうだったっけ?
何か俺は忘れてないか?
大切な何か
大切な使命
気のせいか、起きた時に感じた違和感が薄まるのと同時に、何か大切な記憶がどんどん俺の中から流れ出しているように感じる
この世界に、頭中が染まってゆく
「なぁ、サム・・・俺の仕事って・・なんだっけ・・?」
「・・ほんと・・大丈夫?、ディーン」
丁度その時気不味い雰囲気を吹き払うようにバスが止まり、俺達は蟹歩きをしてどうにかバスのドアを潜った
「ハァイ・・おはよう、サム」
大学とやらに着くと、後ろから女の子の声がした
ジェシカだ
何故か、彼女の名前が分かった
どうして?
「おはよう、ジェシカ」
「・・・・・・・」
親しげに挨拶を交わす二人を、俺はまた呆然と見る
「どうしたの、ディーン?今日は静かね・・いつもは女の子みんなに声をかけるのに」
「・・ぁ・・ぁあ、昨日は眠れなくて・・・参ったよ」
「そう・・じゃ、サム・・またゼミで」
俺もサムも走り去る彼女を目で追うが、二人の視線の意味合いは全く違う
知ってる
サムは彼女が好きだ
「・・ディーン・・僕さ・・」
ほらきた
「・・ディーンには言っとかないと不味い事になるから・・言うけど・・」
「・・・・・」
「ジェシカに告白したい、付き合いたいんだ・・」
「・・一々俺に了解なんか・・必要無いだろ」
俺は、わざとなんでもない事のように言い返す
内心何故か酷く動揺しているのに
「必要は有るよ・・・・分かってるだろ・・」
何が?
馬鹿なことにその時の俺は、全く思い当らなかったのだ
サムの告白が成功して一週間後、ジェシカが俺達の家に来てサムの隣の席で食事をして、その後
漸く俺は、サムが遠慮がちに交際の了解を求めた理由が分かった
俺達は腰で繋がってる
つまり、何時だって一緒だ
学校も
仕事も
飯も
シャワーも
トイレだって、間に衝立を立ててもらって漸く最近便秘が治ったと思い油断していたが、当然ベッドでの行為だって俺はサムの横に居なきゃならない
サムと、女の行為を見てなくちゃならない
「・・サム・・」
「ジェシカ・・愛してる・・」
この状況で愛を囁きあって濃厚なキス交わせる神経は凄いものだと、俺はキングサイズのベッドに横たわり雑誌を捲るフリをしながら横の二人を窺う
するといよいよジェシカがサムの上に乗りシャツを脱ぎ始める段になると、隣からある物が手渡された
それは、布製の目隠しと使い古しのウォークマン
「・・なん・・だよ?、これ・・」
「ディーン・・昔からの約束だろ?」
約束?
その言葉から推測するに、ティーンの頃から俺達の間では互いのセックスの間この2つのアイテムを片方が使用するという契約が取り交わされているらしい
まあ俺も逆の立場だったら、目を閉じ耳を塞いでいて欲しいと思うだろう
「・・・・・ごゆっくり・・」
俺は目隠しを付け、イヤホンを耳に嵌める
だが、音楽は最後まで流さなかった
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