半神 2
始め微かだった振動が、徐々に大きく振れ幅を変えてゆく
音楽が流れていないイヤホンは何時しか耳の穴からズレて、俺はジェシカの嬌声の合間に聞こえるサムの荒い息遣いを必死に拾い集めた
こうしていると、まるで自分が犯されているような錯覚に陥る
ガクガクと揺れるベッドと、濡れた音
「・・・・・」
俺は何気なく股間に毛布を引き上げ、こっそりとそそり立ってしまったものをその下で握り締めた
片方の膝を立てて死角を作り、サムにリズムを合わせて擦り上げる
「・・ん・・っ・・ジェシカ・・」
女の名前を呼ぶサム
それが俺の名前に変わる事なんか絶対に無い
辛い
こんな時、傍に居るのは本当に辛い
「・・っ・・」
だがそんな考えも、暗闇の中で感じるサムの汗の匂いや小さな喘ぎ声で掻き消される
俺は激しくなる二人の動きと共にクライマックスを目指し、サムの名前を必死で飲み込んで、果てた
これまで何故分離手術を受けなかったという疑門が、この一週間俺の頭に無かったわけじゃない
腰だけで結合している俺達がどの器官を共有しているのか分からないが、脳や脊髄に比べれば簡単な筈だと
だけど、今わかった
俺はサムを愛してた、ずっと
サム
お前が俺の全て
離れられるわけないんだ
「・・いらっしゃい・・」
俺の仕事場はダウンタウンの小さな酒場で、そのカウンターの中に立ってカクテルやらを作って客と話すという、いかにも俺が選びそうな仕事だった
幸い静かに飲む雰囲気の店だったから、サムは隣で勉強していられる
「ディーン・・どうしたんだ?、今夜はなんかぼんやりしてるな」
「ぁ・・いや・・・平気さ・・」
馴染みらしい客の記憶も失った俺が適当に調子を合わせて微笑んで見せていると、サムが隣からその客の名前といつものオーダーをメモに書いてこっそり渡してくれた
俺の記憶が何故だか失われてしまっているのに気ついたサムは、この一週間色々と手助けしてくれている
「・・何時ものでいいんだよな・・ビル?」
「ああ」
だが俺は一度客の顔とお気に入りのカクテルを聞けば、完璧にそれを覚えられた
これも昔やっていた仕事のお陰だ
でも、その仕事は思い出せない
なんだっけ?
人の顔を覚えたり、色んな事を多くの人に会って聞き出していた気がする
そして、戦っていた
なにと?
「・・っ・・」
ぼんやり自分の思考に入り込んでいた俺は、咄嗟に触れられた男の手を払えずに固まった
「・・ディーン・・憂いのある顔も色っぽいぜ・・」
汗ばんでネバついた男の手が、弱くも無い力でカウンターの上に無防備に置かれていた俺の手首を掴む
咄嗟にサムを見るが、硬い表情で俯いたまま何も言わない
「・・サム・・?」
「おい、弟なんかいいだろ?・・俺と今夜付き合わないか?」
そう言うと男は、胸ポケットから100ドル札を覗かせた
まさか
こんな事を?
俺はサムの横で男に体を売ってた?
「・・ぁ・・あの・・」
自分のしていた仕事が掴めずうろたえた俺を迷っていると勘違いしたのか、男し尚更にいやらしい手つきで引き寄せる
だが、その時突然、隣で教科書を覗き込んでいたサムが顔を上げた
「何やってんだよ、ディーンっ!!・・さっさと殴れっ!!」
「っ・・ぇっ?」
一部始終を聞いていたサムは顔を真っ赤にして、酷く怒っているらしい
そしてまだ俺が動けずにいると、男の手を払い俺を押しやり喉元を締め上げると、大声で怒鳴った
「ここはな・・そうゆう場所じゃないっ!、ディーンもそうゆう男じゃないっ!
二度と来るなっ、分かったかっ!!」
「・・・・」
陳腐な捨て台詞と共に男が去り、呆然としていた俺はサムに手を掴まれて袖を捲り上げられ、触られたところをゴシゴシと石鹸で洗われる
「っ・・痛いって・・サム・・」
「・・・むかつく・・むかつくよっ」
「・・・・悪い・・その・・」
「・・あの男、一ヶ月前からディーンにしつこく言い寄ってた
これまでは触ってきたりしなかったから、手が出せなかったけど・・」
一応客だからな、と俺は納得する
「そうか・・今夜があいつをぶちのめすチャンスだったって訳だ」
「・・流石に男に触れて切れたんだって言えば・・オーナーだって許してくれるから」
俺は濡れた腕を丁寧にタオルで拭ってくれているサムを、じっと見つめた
「なぁ、俺は・・・客に触れたのは今夜が初めてか?」
「・・そうだよ・・・でも、もうごめんだっ」
サムはギュっと俺にしがみ付いて来た
いつも近くにいる体だけど、こうして隙間無く触れ合うとドキドキする
「・・どうしてだ・・サム・・?・」
「っ・・我慢出来ないっ・・他の奴がディーンに触れるなんてっ」
その言葉に、胸の奥がカッっと熱く燃える
愛してる、サム
愛してる
でも
俺だって、お前が他の人間に触れるのを見るのは苦しい
苦しいんだ
度々俺達の家に泊まるようになってからというもの、ジェシカと俺の間には微妙な刺々しさが生まれていた
だが、俺はそれも当然だと思っていた
ジェシカにしてみれば愛している男の隣に、何時も関係の無い男がオマケのようにくっ付いて来る
食事でもトイレでも、恋人と一緒
ベッドでも隣で横たわっているとなれば、普通の正常な人間なら初めは仕方がないと割り切ってたとしても、やがて邪魔だと思わない方がどうかしている
ある日俺はどうにも気不味い雰囲気に耐えられなくなり、不機嫌に帰ってゆくジェシカの後ろ姿を見送りながらサムに言ってみた
「・・彼女、俺が邪魔みたいだ・・当然だけどな」
びっくりした顔でサムは振り向く
「何・・言ってんだよっ、ジェシカはそんな子じゃないよっ」
そんな子
そんな子って、どんな子?
「・・へえ・・そうか?
俺はまともな女なら、こんなくっ付き兄弟と付き合えないと思うけどな
デートだってキスだって・・・セックスだって隣で覗かれてるんだ
・・・ああ・・もしかして、そんな趣味があるって彼女最初お前に言ってたのか?
『私は見られて興奮するから、大丈夫よ』って?」
「っ!、ディーンっ!!」
サムは逆上して、俺に掴みかかった
だが腰でくっ付いている身、俺がそれを避けようとすればクルクル回って酷く間抜けだ
やがて、俺達はどちらとも無く蹴躓いて、ベッドに勢い良くダイブする羽目になった
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