マリア 4
サムとはそうした生活が、彼が学校を卒業し一人前の神父になり地区の教会を任されるようになるまで続いた

真っ当な人間になったサムとは裏腹に、彼を見守ることさえ許されるならどんな仕事にも俺はイエスと言った

弟という最大の弱点を組織に知られた今、俺も、俺に非道な行いをさせる者も効率良く互いをコントロールし営利を貪る事だけを考えるようになり、その歯車は上手く噛み合って回転を始めたがそんな日々は俺の心の柔らかな部分を壊していった

命乞いする人間の額を撃ち抜いても、色仕掛けで近づいたライバル組織のリ−ダ−の喉元をセックスの最中に掻き切ってももう何も感じなくなり、そんな日々の中無理矢理させられていたこの仕事に何時しか俺は心の芯まで染まってゆく

やがて気が付けばその働きは組織の中でも恐れられ、俺を毎晩玩具のように扱っていた男達よりも上の地位に押し上げていたのだ








「ディーンは人殺しってだけじゃないっ!
 男と・・男とも寝る、汚らわしい罪人だっ!、地獄に堕ちるよっ!!」

その日、監視付きで孤児院を訪問していた頃と違って、俺は組織の代表として数人の部下を連れ教会を訪れていた

ある事をサムに頼むためだ

だがサムは俺が男と一緒だった現場でも目撃したのか、初めてその事を彼の口から強く罵られる

彼が子供の頃は隠しおおせていた俺の仕事は当然もう知られていると分っていたが、俺は改めてショックを受け震えそうになる唇に偽りの笑みを浮かべて、必死に誤魔化す

「・・ひでぇな、サミー・・教会ってのは誰が来ても歓迎する所だろ?
 そして神父ってのは、誰の懺悔でも快く聞いてその内容を墓まで持って行く・・それが仕事」

「ディーンに懺悔なんて無駄だっ、悔いる心が無い」

「へぇ・・・生き残るための闘いが罪だってのか?、冗談じゃない」

そう

最後まで俺は、悪人でなければならない

何時か誰かに殺されるその日まで、罪の意識などこれっぽっちも感じない完璧な悪人を演じる

サムに懺悔することも無い

俺も、俺とサムに起こった真実を、墓場まで持ってゆく



「・・忘れるな、サミー・・・これでお前も、罪人だ」

俺は札束を叩きつけると、教会の飛行機を麻薬の運搬に貸し出すのを了承しないのに腹を立て今にも火を放とうとろうそくに手を伸ばしていた部下を引き上げさせて、静かに教会を出た

心の中でたった今言った自分の言葉を、強く否定しながら























「ディーンっ!」

そして麻薬を飛行機に積み込んでいる時、何故かこの場に来たサムと、やがて遠くから走ってくる軍の車を俺は見た

「サムっ・・お前、軍に通報したのかっ?!」

「・・そうだよっ、でもディーンは僕とここに残ってっ
その姿なら政府に協力して、麻薬の密輸を通報した神父だと言って逃げ切れるからっ!!」

「・・っ・・」

駄目だサム

そんな事をすれば、この場からは逃れられてもこの先無事では済まない

組織の真の恐ろしさを、お前は知らない





「止まれっ!!、その飛行機離陸を止めろっ!!」

「っ、畜生っ!!」

その時部下の一人が手にしていたマシンガンを応戦し、軍も無差別に発砲を始めた



そして一人の兵士の銃口が、ゆっくりと俺に向くのが見えた







「っ・・・・やめろっっ!!・・ディーン、危ないっ!」










「サムっ!!」



















































「・・・ほら、ここだよ
 でもディーン、なんでここに墜落したプロペラ機が有るって知ってたんだ?」

「・・っ・・」

過去の記憶から呼び戻された俺の前に、遂にチャーリーが島の中央付近で発見したという墜落機の残骸が現れた

見れば確かに、あの日見たのと同じペイントの機体

「でもおかしいぜ・・・ナイジェリア発のプロペラ機が南太平洋で墜落?、有り得ないよ」

不思議そうにしているチャーリーには何も言えず、俺は直ぐ辺りを狂ったように探し回った

彼を見つけるために



「ぉ・・おい、何か探してるのか?
 ・・まさか・・この飛行機に乗ってたのって知り合い?」

心配そうに後ろを付いて来るチャーリーの前で、まず草むらから部下の死体を見つけた

それはあの時、飛行機から俺を足蹴にした男

「・・・・ぁぁ・・知ってる男だ」

「神父の服?・・・・もしかして、ディーンも神父だったのか?」

「・・・・」

サムと離れ離れになったのはこの男のせいだったが、結果的に今俺が生きているのもそのお陰だ

あの後、一人残された俺は神父の服を着ていたために軍への協力者と勘違いされて保護され、直後事前に作成したサムのサイン付きの正式な神父委任状を使って国外に逃亡出来たのだから

僕のサインが有ってもディーンは神父なんかじゃないと言った、サムの声を今でもはっきり覚えてる





俺は更にその先に有る機体の中に入って行った

そして

そこに




分っていた筈だった

だが信じられない







「・・サム・・サミ−・・?・・まさか・・っ」








腐敗が進み、半ば白骨化したサムを見つけた

幼い頃に贈った、十字架がその死体を彼だと教えてくれている











「・・サミー・・許して・・・許してくれ・・っ・・」



俺は変わり果てたサムの体をきつく抱き締めた


守れなかった

この身に代えてもと思っていたのに、死なせてしまった

















俺はやがてボロボロの機体に燃料を撒き、全てを灰にする準備をした

そして全てを洗い流され、漂白されたような精神でぼんやり聖書の言葉を呟く俺だったが、その時チャーリーはもう一度聞いてきた

「・・・ほんとに・・ディーン、あんた神父じゃないのか?」








「ああ・・・俺は神父だ」





俺の口は、勝手にそう動いた

勝手に、生きることを約束させる言葉が

神父は自殺などしない

サムの前で誓ってしまえば、俺はそれを破れない



「主は我が牧者なり 我乏しきことあらじ 主は我を緑の野に伏せさせ 憩いの水際に伴いたもう
 主は我が魂を生かし 御名のもと正しき道ー伴いたもう たとえ我死の谷を歩むとも 
 災いを恐れじ 主が傍に居ませじ 主の鞭 主の杖が 我を慰む」 






やはり

この島では無くしたものを取り戻せる

この島では全てをやり直すことが出来る

奇跡が起こる





こんな俺にも












『・・ディ−ン、愛してる・・』

そして新しい人生に踏み出そうと背を向けた俺は、そんなサムの最後の言葉を聞いたような気がした



end

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